「我々のサクリアによってそなた達の大陸は如何様にも変わる。定期的に民の望みを聞き、叶えてやれば自ずと発展していくだろう」
「は、はい、ジュリアス様」
「しかし……変わった答えを出したな。本来の目的である女王試験を、民のためとするか」

執務イスに姿勢正しく座り、机に広がる資料を片しながらちらりと一瞥される。ほんの僅かな時間だったというのにそれだけで私の背筋も連動して伸びた。
ジュリアス様は、9人の守護聖をまとめる首座の地位にある御方。その上大貴族の出身でまさに「誇り」を司っている光の守護聖である。何かあったらこの人に相談をしたらいいとロザリアに言われたけど、私が言う前からすべてをお見通しのようだった。

「その心意気は認めよう。だが、これは次期女王候補を見極める試験だ。それを念頭に行動すべきだ」
「……わかりました」

「ジュリアス様。失礼します」

緊張感で包まれる部屋にノック音が響き渡り、扉が開かれる。燃えるような真っ赤の髪型に青いマント、腰には佩剣があった。誰だろうと暫く眺めていると私に気付いたその人はすれ違いざまに口笛を鳴らす。

「今話題の女王候補様じゃないか。ジュリアス様にサクリアのお願いか?」
「オスカー。急ぎの要件か」
「ああ、いえ。一度ジュリアス様の目に通して頂きたいものがあってお持ちしました」
「そうか。ハナコ、もう要はないな」
「は、はい!ありがとうございました!」

一連の流れを瞬きしながら眺め、有無を言わさない雰囲気を感じ取ると頭を下げ硬直した手足を同時に動かしながら執務室から逃げるように飛び出した。ほんの数歩歩いた曲がり角で、手汗が滲む手のひらを眺める。

ジュリアス様のあの突き刺すような瞳が、少し苦手だ。それに私は一つ勘違いをしていた。───女王候補は丁寧に扱われるものだと。実際に色々な人に身の回りはお世話になっているが、それ以外は何ら特別扱いというものは存在しない。女王候補は決してプリンセスではなかった。浅はかだった自分の考えや、甘くない現実に思わず重たい溜息が吐きでる。

「はぁ〜〜っ……」
「緊張したか?」
「……はい、すごく……」

静かな廊下に足音がして振り返ると、先程ジュリアス様の執務室で遭遇した人物がにこやかに此方を見ていた。

「よう。自己紹介がまだだっただろう。俺は炎の守護聖オスカーだ。よろしくな、お嬢ちゃん」
「……お嬢ちゃん……って、守護聖様だったんですか!?」

変な呼び方に一瞬気が取られたが、そういえば執務室に入ってきた時にサクリアの事を話していた気がする。この女王試験のことを知っているのは一部の人間だけ。それにやはり派手で目立つ容姿の方々は守護聖だと思っていれば間違いないのかもしれない。
ジュリアス様や、リュミエール様なら何となくの雰囲気でわかるんだけど……。

「……っ!?」
「俺の前で考え事はいけないな」

突然ぐっと顔が近付き、甘い声が脳に響く。咄嗟に耳を押さえながら距離を取ればオスカー様は楽しげな表情を浮かべていた。……この人、さっきと雰囲気がまるで違う!

「ハハ。女王候補をからかいすぎると怒られるから、程々にしておこう」
「なっ……」

ジュリアス様のような堅実な守護聖もいれば、オスカー様のように軟派な守護聖もいる。この個性豊かな人達と協力しながら大陸を育てていくことなんて出来るのか、いつも不安になる。
それでも遊星盤に乗ってこの目で見たあの光景は忘れられない。この世界に呼ばれたからには、使命を果たしてから帰ろう。





水晶玉の向こう側





『そうだお嬢ちゃん。ジュリアス様に挨拶をしたなら、クラヴィス様にも挨拶をしておいた方がいい』
『クラヴィス様……ですか?』
『安らぎを司る闇の守護聖だ。対極に位置するジュリアス様とは同い年でな、任期もそれなりに長い』

別れ際にオスカー様から助言を頂き、折角なのでそのクラヴィス様の執務室に足を運ぶ。ジュリアス様のような人だったら…と思うとまたも嫌な汗がかいてきた。勇気をだして恐る恐る大きな扉をノックするが、返答はなかった。留守にしているのだろうかと少し押せば扉が開いてしまう。

「わ、」
「………」

前へよろめいてしまった体を大きな体に支えられる。視界に広がる黒い衣服に何度か瞬きし、顔を上げると濃い影ができた不機嫌そうな表情が伺えた。

「し、失礼しました!」
「用があるのならば、入れ」

すっと踵を返した背中を追いかけるべく扉を閉めると辺りは一気に光を失った。クラヴィス様の執務室は光が少なく、執務机の上にある水晶玉が特別明るく輝いていた。

「…………それで、何だ?」
「あの、挨拶に参りました。ハナコです、これからよろしくお願いします」
「………………」

執務イスに座ってから一度も目を合わさずに、クラヴィス様は紫色の光を放つ水晶玉をずっと眺めていた。ジュリアス様とはまた違う雰囲気。威圧感は無い代わりに、感情が表情に出にくい人なんだと思う。きっと不必要な干渉は好まない。これ以上話し掛けても煩わしいだけかもしれない、とその光景をじっと見つめているにつれ不思議と力が抜けていくようだった。

「(……変な感じ。ジュリアス様の執務室より居心地がいいなんて)」
「お前は、闇を恐れないのか?」
「へっ、や、闇……?」

突如水晶玉に向けられていた瞳が此方に向けられ声が上擦ってしまう。小さく咳き込み、クラヴィス様に向き合うと細い瞳が私をじっと見据えていた。

「正直、闇と言われてもあまりピンと来なくて……あ、でも。クラヴィス様は怖くありません。どっちかっていうと、ジュリアス様の方が怖いです」

質問の真意が汲めず脊髄反射で思っていたことを口に出してしまったが、すぐさま後悔した。クラヴィス様がジュリアス様に告げ口しないとは限らない。咎められることを覚悟で肩を竦めながら重い瞼を開ける。


「……お前は変わっているな。人々は闇を恐れ、私をも恐れる」


額に手を当て長い髪を後ろに流す姿を目で追っていると、自嘲じみた表情を此方に向けられた。───笑った。この人でも、笑うのか。言葉が詰まってしまう私を他所にクラヴィス様は再び水晶玉を覗き込んだ。その水晶玉の向こう側には、何が映っているのだろう。