選ばれた9人の守護聖は光、闇、風、水、炎、緑、鋼、夢、地の『サクリア』という聖なる力を持っており、それぞれ誇り、安らぎ、勇気、優しさ、強さ、豊かさ、器用さ、美しさ、知恵をもたらす。大陸の育成にはこのサクリアが必要不可欠になるが、ただ無差別に与えるだけでは大陸は育たない。

「なるほど。その都度民が求めているサクリアを与えて、発展していくことが重要なのね!」
「……そういうことよ。なんで私が午前中を、あなたとのお勉強に費やさないといけないのかしら」
「だってロザリアしか頼れる人がいないんだもん〜」

ロザリアの部屋で淹れたての紅茶とお菓子をいただきながら私は懸命にノートを取っていた。流石にこの世界のことを何も知らないまま大陸の育成は出来ない。ロザリアには正直にこの世界のことや守護聖のこと、サクリアの存在や意味を知らないと伝えた。想像通り唖然といった表情を浮かべていたけれど部屋に招き入れてくれたロザリアはこうして一からちゃんと教えてくれるし、質問にもすべて答えてくれる。

「いい?ハナコ、私達本来は敵同士なのよ?こういったことは今後ないと思いなさい」
「……ん、わかった。ここまで教えてくれて本当にありがとう。助かったよ」
「ええ。ロザリア・デ・カタルヘナのライバルという立場にあるのだからこの女王試験、がっかりさせないで」
「ふふ、今度遊びに来る時はロザリア自身のことを聞かせてね」

私の言葉に目を点にして固まったロザリアは、すぐさまいつものように鼻でふっと笑いロール型に巻かれたさらさらの髪を靡かせた。





年少組





「はぁ……いつ来ても慣れないなぁ」


聖殿、守護聖様たちが執務を行う場所。
女王候補の就任式以来に訪れたけれど相変わらずこんな広いのに埃のひとつも置いていない。きっといつ来てもこの光景には慣れないだろう。……綺麗なのはいい事だけど、むしろ息苦しく感じる。

「こんな所にいて、守護聖様は疲れないのかな。私だったら抜け出すかも」
「うん。俺も同感だな」
「そうだよね〜、………!?」

誰もいないのをいい事につい思ったことを口に出した瞬間、違和感なく誰かが会話に混ざった。驚いて声のする方へ振り返ると茶色の髪を靡かせた男性がこちらを物珍しそうに眺めている。

「やっぱりハナコだ。こんな所で何しているんだい?」
「!あ、えーっと、少し迷ってて……」
「そっか、数日前に来たばっかりだもんな。俺も最初は慣れなくて何回も迷ったよ。今も慣れてないけど」

くしゃっと笑うその笑顔が特徴的で、何となく守護聖かなと直感が走った。それと別に、先程の言葉に賛同してくれたこの人とは気が合いそうだと思う。

「風の守護聖、ランディだよ。よければ案内するけど、どこに行くの?」
「ランディ様……ありがとうございますね。緑の守護聖のマルセル様のところに行きたいんです」
「あぁ、マルセルか!それなら俺も今から遊びに行こうと思っていたんだ。喜んで案内するよ」

お目当ての人物の名前を出すとより嬉しそうにぱっと明るい顔をあげた。ランディ様はマルセル様と仲がいいのだろうか?このまま迷っていても進まないのでヒラヒラと靡く赤いマントの後ろを大人しくついて歩くと、とある扉の前に立ち止まった。ここがマルセル様の執務室か……ちゃんと覚えておかないと。

「お〜いマルセル!」
「わっ!その声は、ランディ?」

扉を開けた向こう側はまるで別空間で、草花木のにおい、小鳥のさえずり、そしてあたたかい春の陽気を感じた。……部屋に入ったはずなのに森林に入った錯覚を起こしそうになる。すると奥では緑に囲まれた執務イスから元気よく立ち上がったマルセル様が私たちの元へ走ってくるのが見えた。

「あれっ?わぁ、ハナコだ!こんにちは、こうして話すのは初めてだね!」
「こ、こんにちはっ」
「道に迷ってるところを案内したんだ。マルセルに用があるんだって」
「ボクに?もしかして、育成の依頼?」

こくこくと頷けば、眩しいくらいの笑顔が返ってきた。執務室に向かう途中でランディ様から聞いた話、マルセル様は守護聖の中でも最年少で、私と同じ初めての女王試験というのにこんなにも堂々としていることにとても驚いた。

「じゃあ今夜、緑のサクリアをたくさん送っておくね」
「わぁ、ありがとうございます!」
「ううん。君の役に立てることなら何でもするから!」
「ハナコ、また風のサクリアが必要になったら俺の執務室にもおいでよ」

二人の人柄の良さに触れて最初は緊張していたものの次第に執務室が明るい笑い声に包まれていった。守護聖様というより、普通に友達と話している感覚に陥る。この世界に来てこんなに笑ったのは初めてかもしれない。


────ドタドタドタ。バンッ!
「うるせーよっ!!集中できねぇだろ…………」


笑い声に包まれている最中、ふと徐々に近付いてくる重い足音に気付いて扉の方へ顔を向けるとすぐに人が飛び出してきた。スパナを持って怒鳴り込むこれまた同い年くらいの銀髪の男の子。驚いて黙り込む中でほんの一瞬、目が合ったもののすぐに眉間に皺を寄せてランディ様達に目線を戻した。

「……早速守護聖達を懐柔させてンのか、ごくろうなこった」
「か、懐柔って……!」
「ゼフェル!ノックくらいしろよ!」
「おめーはいちいちうるせぇっ!」

あからさまに投げかけられた嫌味にかちんと頭にきた途端、後ろからランディ様がつかつかと歩み寄り口喧嘩をはじめてしまった。置いてけぼり状態で瞬きを繰り返していると隣にいたマルセル様が両手を腰に当てながら大きな溜め息を吐く。

「いっつもこうなんだ。だから気にしないで、ハナコ」
「そうなんですか……あの人も守護聖様なんですよね?」
「うん。鋼の守護聖のゼフェルだよ。根は良い奴なんだけどなぁ」
「……仲良くできるかなぁ」

呟いたと同時にまたもゼフェル様とばちり目線が合ったものの、すぐに逸らされてしまった。ランディ様とマルセル様、それに直接お話はしていないけれど……第一印象がまるで悪いゼフェル様。不安は残るものの、女王試験の協力者である守護聖様のことを少し知れた一日だった。