「こんにちは、女王候補様。どうぞこちらへ…」


王立研究院に到着すると即座に研究員の方々にパスハさんの元へと案内された。奥へ奥へと促された先の広い間では研究員が多く集まり、天井には無数のモニターが設置されている。この空間だけピリッとした緊張感が漂っていて、何度も瞬きを繰り返す。王立研究院の責任者であるパスハさんは女王候補試験に大きく関わっているのだが、守護聖以外にもたくさんの協力者がいるということを実感した。

「お前がもう一人の女王候補だな」
「わっ!」

突如低い声が響き渡り咄嗟に後ろを振り返った。鋭い目つきに、深い青緑の髪。特徴的な耳は大きく噂どおり尖っている。パスハさんは人間ではなく水龍族という別の種族の人らしい。物珍しいけれど、じろじろと見つめては失礼だと思い背筋をすっと伸ばした。

「ハナコです。よろしくお願いします」
「パスハだ。さて、ハナコ。この数日間何もしてなかったようだが?」
「…………すみません。正直、怖くて何も出来ませんでした」
「……怖い、だと?そんなことで次期神鳥の女王が務まるとは思えんな」
(う……)

元々鋭い目付きがより増して、私の体を射通すようだった。この人にどんな言い訳をしても無駄だということが本能的に感じ取れる。相手の言っていることは正しい。何も言えず怒られた子供のように俯いてしまった。


「……今から自分の大陸の様子をその目で確かめてくるといい」




大陸





長い螺旋状の階段を上ると、ホールの真ん中に『遊星盤』と呼ばれる円盤が床に広がっていた。遊星盤に乗って大陸に行くと聞いていたけれど、これでどうやって行くのか疑問しかなかった。言われるがまま円盤の真ん中に立つとパスハさんの声が耳に響く。

「意識を集中させるんだ。そして、行きたい場所を思い浮かべる」

「……っえ、!?」

瞳を閉じ暫くすると円盤が輝きだし浮遊感に襲われた。悲鳴を上げながら慌てて目を開けるとそこはすでに王立研究院ではない、時空の狭間と呼ばれる大陸までの回路。強い風が吹き荒れており膝をつき遊星盤に掴まりながら必死に行きたい場所を思い浮かべる。エリューシオン、私の大陸へ───激しい急降下が起きたと思った瞬間柔らかな風がすっと体を貫いた。

瞳を開けると、私はなだらかな丘の上に立っていた。


「ここが……私の………」


無事にたどり着けたことより、エリューシオンが想像とは似てもにつかないことに私は困惑していた。立派な建物なんて物はなく、古い小屋に痩せた畑。干からびた地面。人が暮らすには貧しすぎる環境だった。この大陸を私は育成しなければならない。実際に地に降りて、この光景を目にして、私は初めて自分自身に恐怖心を抱いた。









「その目でみて、何を感じた?」

私は両側を研究員さん達に支えられてやっと立てる状態だった。何よりあの遊星盤がよく揺れ、急上昇と急降下を繰り返すものだからまだ目が回っている。それに大陸で見たあの光景が、脳裏に焼き付いて離れない。

「……今のエリューシオンは、全然発展していなくて、人が住める環境ではありませんでした」
「ああ、そうだ」
「安心してここに住めるようにするのが私のこれからの、目標なんだと再確認しました。これは女王試験のためじゃなくて、民のために……」


パスハさんは、少しだけ口角を上げた。研究員さん達に指示をし私を私館まで送ってくれるように手配をしてくれたようだった。怖いけれど、根はいい人なんだと感じる。


「───…あんな女王候補に大陸を任せて本当に大丈夫なのか?」
「シッ、聞こえたらパスハ様になんて言われるか…」


王立研究院から出る際に聞こえてしまったひそひそ話。私だって研究員の立場だったら、こんな女王候補をみて不安を抱かないわけがない。今のままじゃどんなに頑張ったってこの人達には認められないだろう。認められるためには結果を残すしかないんだ。
自分の頬を軽く叩いて気合を入れ直した。