飛空都市、それは新しく発見された世界をよりよく発展させるための施設である。
その真下にはこれから私達女王候補が育成をしていく大陸が広がっており、中央の島を境目に右半分をロザリア、左半分を私に授けられ、それぞれロザリアはフェリシア、私はエリューシオンと名付けた。

守護聖によるサクリアの力で自分の大陸を発展させていき、最終的には相手より早く中央の島まで発展させることが目標である。


大陸の育成───何も無いこの土地に、これからたくさんの生命が生まれ、その生命を守っていかなければならない。果たして私はこの見知らぬ土地でその使命を全う出来るのだろうか。





葛藤





見知らぬ広い天井。持て余すふかふかのベッド。何度眠りについてもこの光景は変わらなかった。私はどうやら元のいた世界ではなく、この別世界に来てしまったという事実を着実に飲み込み始めていた。帰る方法さえ分からないというのに、いきなり次期女王様の候補になって重要な使命を課されてしまった。……何もしたくない、起きたくない。

「失礼致します。ハナコ様、具合は宜しいでしょうか……?」
「……あ、はい」

ワゴンを引きながら私室に顔を出したのは、私の身の回りのお世話をしてくれるシャルロッテさんというメイドさん。黒髪に白い肌が特徴的で、緊張が解けない私に毎日優しく声を掛けてくれる。

「ハナコ様、本日は王立研究院よりエリューシオンの調査表が届いています」
「王立……研究院?」

ベッドから体を起こし、王立研究院から届けられたエリューシオンに関しての分厚い調査表を手に取った。ああ……そうだ、大陸の育成はもう始まっているんだ。

大雑把に『大陸の育成』と言われたって誰でも戸惑うはず。大陸の望みとやらを叶えればいいのか、そこに住まう民の望みを叶えればいいのか、初歩的であろうことから早速躓いてしまっている。考えれば考えるほど頭がぐるぐると混乱していき、調査表は取り敢えず伏せておいた。

「……ハナコ様。今日は大陸のことを忘れて、気分転換に外に出られてはいかがですか?」

恐る恐ると言った感じで、シャルロッテさんがぽつりと言葉を漏らした。とても気を遣わせてしまっていることは分かっている。……確かに私はこの別世界のことを何も知らない。この私館の周りに何があるのか、さえ。見知らぬ土地に一人で来たからと言って落ち込んでばかりだと気が滅入ってしまう。

「あの、シャルロッテさん。……お化粧道具とかありますか?」
「……!はいっ!」






私館の周りは多くの花木に囲まれていて、心地よい風が吹き抜けていた。こんな素敵な場所にいたんだ───背筋を伸ばして大きく深呼吸をすると、心が落ち着いていくのがわかる。……もう、ロザリアは大陸の育成をどんどん始めてるのかなぁ。


「おや、こんにちは」
「!!……こ、んにちは……」

太陽を浴びながらぼーっと思考を巡らせていると、私館から出てきた人から声を掛けられた。陽射しを浴びてきらきらと輝く水色の長い髪。物腰の柔らかそうな雰囲気で、慈愛に満ちた表情を浮かべている。

「ハナコですね。具合がよろしくないと聞いて花を持ってきたのですが、こちらでしたか」
「わ、私にですか……?」
「ええ。私は水の守護聖、リュミエールともうします。そう緊張する必要はありませんよ」

くすくすと溢れた笑みに見惚れてしまうも、さらっと告げられた言葉に衝撃が走った。この方は守護聖…!?まだ何もしていない私の為に、わざわざここまで足を運んでくれたなんて。

「その、ありがとうございます、……リュミエール様。これからよろしくお願いします」

感謝の思いを込めてぺこりと頭を下げる。すると妙な沈黙の後で、すっと頬に手が伸びてきた。細くてしなやかな指が案外力強く私の顔を持ち上げ、水色の瞳と目線が交わった。

「安心しなさい、ハナコ。この試験期間中、貴女は私達が必ず守ります。だからいつでも守護聖というものを頼ってください」
「リュミエール様……」

穏やかな声色が強ばった体を包み込んでくれて、緊張がみるみるうちに解けていくようだった。ああ、この世界にもこんなに優しい人がいるのか。一人で思い悩んでいた時間が無駄だったと気付かされた瞬間でもあった。

その後リュミエール様は何も言わず微笑んで、この場を去っていった。私はぐっと固く拳を作り次に向かう場所へと早々に足を走らせていく。目指すは、私の大陸……王立研究院。