※政宗とギン千代




「…何故判らぬ。」

雨に打たれた頬が、涙を流しているような錯覚を起こした。目を凝らしてみてもそれは変わらない。目の前に立つ女の表情はそれを顕にしていた。

「…すまない。」

初めて声を聞いた気がした。もう何度も交わしてきた会話が、まるで嘘のように思えた。今まで女のその弱々しい声を聞いたことがなかった所為か一層違って見えた。

「だが私は決めたのだ。私は…、」

「何故だ、何故わからぬ!」

苛立ちが込み上げて、波のように引いていく。何故これほどにも熱くなるのか。気が付いた時にはもう既に遅かった。

女の口からあふれ出てくる言葉を皆まで聞きたくなかったのだ。忌々しい男の名を。

「…私は、三成の意志に惹かれたのだ。」

そう言い切る女に、感情が舌打ちとなってあらわれた。おそらくは一番聞きたくなかった言葉だ。

「…ならば今この時をもって儂と貴様は敵、だ。」

そうして刄を女に突き立てた。その刄の先端に居る女が視線を落とした。その姿を見つけて、それでも知らぬふりをする。

雨が降り続き、地面を打ち付ける。頬を伝う水滴は洪水となって流れ落ち、まるで泣いているような錯覚が胸中を熱くさせた。
諦めきれぬ。ただそれだけが思考を支配する。戦場の中、美しく太刀を振るう姿が目に焼き付いて離れない。その姿は正しく思想としていた姿だ。

欲しい、あの揺るがない瞳が欲しい。

「…すまない。」

いつになく小さな声だ。欲しかったのはそんなか弱い声ではない。欲しかったのはそんな小さな声の答えではない。こんな弱々しい女ではない。

「ふん、謝るのは早いわ。儂は諦めぬ、覚えておけ。」

刄を鞘に納めて女に背を向けた。雨音が、視界に映らなくなった女の存在を隠す。後ろから小さな声で名前を呼ばれた気がしたが構わず足を進めた。

その声を頭の中に余韻として残しながら、女を手に入れるための次の一手を考えた。


ドロドロと雨が溶かし覆う



end


BGM:Rain/大野智

2010/08/05
水葬



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