※光秀と濃姫
城内ですれ違った男は全身に血を纏っていた。それは空気に触れ、赤が黒に近い色に浸食している。それが返り血なのか、彼のものなのかは解らない。解ろうとも思いたくはなかった。薄気味悪い男の私情など。
「これはこれは奥方様。」
長く流れる銀の前髪を掻き分けて見えた表情に、不快感が込み上げてくる。それを余所に笑う男の顔は不敵なまでの様子を醸し出していた。もとからこの男の事は好きではないし、興味もない。ただあの御方がこの男を必要としているから此処に居るだけ。それが気に食わなかった。
「光秀、お前は上総ノ介様のため、働いているのではない。刄が人の肉に食い込む瞬間を楽しんでいるんだろう。」
戦場で、返り血を浴びた男の表情を忘れたことなどない。屍の山の頂上で笑う姿が、まるで物語に出てくる鬼神のようで。長い銀色の髪が血を吸い尽くすように広がり、そして。
「あなたの手も、」
男の声で我にかえり、顔を上げるとそこに居たのは。
「可哀相、可哀相にねぇ。貴女の手も汚れているというのに。信長様をお慕いすることに夢中で手元に転がる死骸に気付かないなんて。」
血は広がり私の掌を汚してゆく。
「勿体ないですねぇ。」
ひたひたと音を立てて横を通り過ぎる男の髪は整えたばかりの衣を少し掠める。
視界にゆれる色を追うように視線を流すと、ふいに歩く足元に目がいった。
点々と続いてゆく紅、紅。いずれ清掃されるであろう赤が染み込んでゆく床を見つめ、そのなまりのような血の道の先は何処へと続いているのだろうと、少し興味を持った。
時折あなたの籠になりたいと思う
end
BGM:黒アゲハ舞ウ丘
/HIGH and MIGHTY COLOR
2010/02/21
水葬