※小次郎とギン千代




息苦しさに目眩を感じた。
吐き出す息は身体から酸素を奪い頭をくらくらとさせる。
そして迫りくる死の恐怖を胸の内に隠しながらもひやりとした地面に頭がおかしくなりそうになる。

「強いね、君。」

五寸もある鋭利な刄の矛先は私の鼻先にまで伸びてきて、逃げ場の無い地面に打ち付けられた。
できるだけ荒い呼吸を隠すように息を殺す。弱いと、惨めだと、恐怖に怯えていると知られたくなかった。所詮女、であると貶されたくはなかった。

「綺麗な、目をしている。」

うっとりとした顔。
宵の闇に溶かれて表情はわからなかったし、ましてや顔立ちなど気に掛けている間もない。

気配を感じた途端、刄を交えてきたのは向こうだ。
そしてどれだけの時間が経ったのだろうか。私の一瞬のスキが男に好奇を与えてしまった。

煌めく刄をかわそうと反らした身体は地面に崩れ落ちる。長時間にも及んだ戦闘に身体はガタがきていたんだろう。そしてこの結果に至るのだ。

綺麗だと言った顔が、私の顔にゆっくり近づく。

(…なんだ、私より綺麗な顔してる、)

恐怖にかりあげられている内面、そんな事が脳内を駆け巡った。ぼんやりと、けれど冴えてきた目は何故か釘付けになっていた。

(私の知る漢は、どうしてこうも綺麗な顔立ちをしているのか。)


「ねぇ注意逸らさないでよ。」

「きゃ…!」

刄は音を立てて引き抜かれて、代わりに男の顔が近づいてくる。今まで男の姿をこんなに間近に見たことがなかったため、驚きと恐怖で声をあげてしまった。

「あれ。君、女の子なの?」

男の声が耳元、嫌いな言葉が掠める。ああ、気付かれてしまった。

「ふぅん。道理で綺麗だと思ったよ、その太刀。」

「な…!」

私の手に握られた刀筋をすぅっと指でなぞる。そして腕、首筋、頬へとゆっくりずれてゆく。

「動き、術。どれもしなやかで、綺麗だったよ。」

嬉しそうにはしゃぐ声はまるで幼子のような。

「おまえ、」

「ふふっ、強い君には選ばせてあげるよ。」

斬られるのと、
犯されるのと、

「どっちがいい?」

「!な、ぁ…、」

男の手が愛おしそうに頬をなぞる。本当は虚勢のひとつでもぶつけてやればよかったが、何せ初めての事だったので待機していた言葉は吐き出す事無く消えた。


「そんなに怯えなくてもいいよ。冗談だからさ。」

男はゆっくりと腰を上げ、鈴のように笑った。鞘に光る刃を仕舞う。擦れる音が心地悪い。

「楽しかったよ、また死合おう。」

「…なぜ、殺さない、」

背中を向けて闇に溶けゆこうとする背中に問い掛ける。苦痛と呆気から、身体はまだ言うことを聞かない。立ち向かうことも追い掛けることも今はできずに、言葉で男を止めることしかできなかった。

「君が死んだら、もう死合えなくなるからね。それにもともと弱ってる君を殺しても楽しくない。」

「……。」

そして男はゆっくりと深くなってきた闇の中へと身を寄せていった。


「けれど、次逢ったときは、」
(ねえ楽しい死合をしよう。)


目を刺した旋律



end


BGM:/

2009/02/02
インマイクラス



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