※ビルとアリス
理解と理性の尺度を越えた瞬間、秘めた獣が覚醒し、主人にさえも牙を向くという。
「アリス。」
「なに?」
背後からの私の問い掛けにアリスがくるりと振り返った。それと同時に紅いスカートが翻る。例えるなら純潔な血を啜った薔薇のようだ。
「エプロンの紐が解けています。」
結び目から別れて垂れた白い紐を指差す。背中を見ようとするアリスの体勢はぎこちない。見兼ねてエプロンの紐をすくい上げてアリスの見えるところまで持っていった。
「本当。ねぇ、結んでもらってもいい?」
お願い、と軽い調子でにこにこ笑いながら頼まれた。それでも悪い気はしないのはこの世界を生んだ当人だからだろうか。それとも。
「いいですよ、アリスが望むのなら。」
前を向いてくださいとアリスを促す。それに答えるように素直を前を向く彼女に愛おしさを抱く感情もそここそに、紐を慣れた手つきで結んだ。紐を結ぶのはこれが初めてではないのだ。
「ふふっ、いつも思うけどまるで家政婦さんみたいね。」
「…‥執事の方がまだ嬉しいのですが。」
他愛のない話はこれで何度めか。以前では信じられないほどに穏やかにすぎる時間が想像できただろうか。
(あなたの傍に居れること、)
(とても嬉しく思います。)
けれど最近になって奸な感情がひとつ生まれた事を私だけが知っていた。
理解と理性の尺度を越えた瞬間、秘めた獣が覚醒し、主人にさえも牙を向くという。
(獸というものはいつでも主人を食べる夢を見ているものですよ。)
あなたを私だけのものに、なんて歪みきった私のわがままな感情。この傲慢な想いは誰にも打ち明けることなく眠りにつこうと思っていた。
(けれど私はまだこうして彼女の傍に居る。)
「はい、できました。」
紐の結び目、もう解けることのないようにときつく結びつけた。その言葉を確認すると、まるで邪気のない笑顔を差し向けられる。その表情に罪悪感なんてものよりも心臓の奥底に潜む獸のような感情が駆り立てられるのだ。
(ああ所詮私も獣にすぎなかったようだ。)
獣は黙って服従
end
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2008/02/13
不在証明
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