まただ。
陽の射す海水の中に居るような、暖かで包み込むような感覚。そして息ができずに藻掻けど喉は圧迫されて苦しみながら沈んでゆく。
そして霞んだ先に見えたものは。











影 主










「目が醒めたみたいだね。」

薄ら開いた視界に映る紅が揺れる。次第に近づく色と気配に押し潰されそうになり大きく目を見開いた。

「……っ!」


紅の王。
穏やかに笑う瞳の奥があまりに深く、先が見えない深紅が広がる。
震える肩をやさしく撫でる暖かな手が、大丈夫だと宥める口元が、私の心臓を一層に震わせる。

怖い、怖い、怖い。
頭が何度も信号を送る。

彼の膝の上、腕の中、まるで小さな子供をあやすように。私は逃げ場を無くして怯える子供のように。体を強ばらせて涙を浮かべた。


「泣かないでおくれ。」

そう言って笑う。大きな手が伸びてきて私の目を覆い隠した。暗闇に支配された中、彼の笑顔だけが余韻のように脳裏に残っていた。
あのときと同じ、同じだ。
陽の射す海水の中に居るような、暖かで包み込むような感覚。そしてふっ、と楽になったと思ったのと同時に、霞む視界に映った、あの深紅。

「私、あなたの笑顔、記憶の片隅で見たわ。」

あの海の中、息苦しさと暗い深海に溺れゆく恐怖から手を伸ばし、掴んだものはあなたの手。

停止しかけた脳で考えることを止めた刹那、彼はとてもやさしい目で私を見て微笑んだのだ。恐怖はまるでない。在ったのはただ喪失感。

「あなた、は。」

兄さまと同じだった。あの真っ白な孤独の景色。さようならと告げられた場所。

「もうすぐ、死ぬわ。」

同じ、同じだったんだ。
(そして望兄様は、私の前からいなくなった。)


暗闇から放たれた先には瞬きせずにはいられないほどの光。私の目蓋から被せていた手が放たれる。

そして紅い目が視界に大きく広がる。小さく喉が鳴り声が漏れたが、恐怖よりも先に立つのは。

「やっぱり、君には未来が読めるんだね。」

彼の目に好奇心の色が入り交じる。私の胸を焼いた時と同じ。

「怖く、ないの?」

「怖い?」

「だって、私にもしその先読みの力があったとしたらあなたは、」

「そんなこと、私にとって意味を為さない事だ。」

未来を知りたい、と言う彼はうっとりとした目で私の揺らぐ目を捕らえた。


「さあ、もっと私に未来を教えておくれ。」

頬をなぞる手は優しくもけれど乱暴だった。しかしそれよりも、恐怖よりも先に立つのは痛み。
哀しい、と心が鳴いた。



end


BGM:illusion is mine/凛として時雨

2009/08/01
藍日



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