刻と桜
「だーかーら!俺のことはほっとけヨ!」
「そうはいかん!」
お互い引くことのない会話に終わりなどくるんだろうか。こうなってしまえばらちがあかない。押されて引く性分ではないことをお互いによく知っている。事の魂胆は今に始まったことではないが、いつもの会話にうんざりしていたのかもしれない。繰り返される会話。バイトだと言ったらやれ人を殺すな、やれ一人では危険だといちいち口を挟む彼女の真意は自分が思っているよりもっともっと深いのかもしれない。けれど自分には自分の言い分、モラルがある。所詮生まれてきた環境が違ったのだ。
「…桜チャンには関係ないダロ。」
「ある。友達だろう。」
「…………。」
(友達、ねぇ。)
先へ進もうともがいた足がふととまる。腕をかたく掴んでいた彼女の腕に痛いほどに力がこもった。
「……じゃあアイツはどーなの?」
「あいつとは?」
「……いや。」
捕まれた腕を振り払おうとしたけれど、そんな気すら起きなくて振り上げた手をゆっくり降ろした。
「じゃあどうしたら納得してもらえる?」
「では約束をしてくれ。必ず無事に戻ってくると。」
そうドラマのワンシーンのようなありふれた言葉を言って、彼女は自分の小指を立てて伸ばしてきた。最後に付け足すように『誰も殺すことなく、』と言ったのは余計だったかな。
「……なに?」
「ゆびきりだ。」
そんな子供騙しのような提案にほとほとため息が出た。今でもそんな風習があったのか。いや、そういえば以前も同じようなことを言われた気がした。
(以前は、ハグだったか?)
そういえばやわらかかったな、それに暖かかった。そんなことを愛用のタバコを吹かしながら思い出していた。
「指切りしたら諦めてくれるの?」
彼女が大きく首を縦に振ったので、腕を伸ばし彼女の小指に自分の小指を絡めた。
ことの魂胆は今に始まったことではないが、いつもの会話にうんざりしていたのかもしれない。繰り返される会話。そして繋いだ指の感触もやわらかさも、今日もかわることない温度だったのでイラついた。
不確かな約束と小指
end