サイとサクラ


「離して‥。」

かぼそい声の彼女は今にも泣きだしそうだった。駆け出そうと試みた彼女だったが、それをさせまいとする僕の腕によってそれは阻止された。

「嫌です。」

冷静を取り戻しつつある、彼女の熱のこもった体を自分の手が冷やしていってるのだろうか。彼女の熱が僕の腕を伝って体に入り込んでくるような錯覚を感じた。
彼女の秘めたる興奮は今だに納まっていないようで、肩が微かに上下していた。


「もう、限界。なんでそんな事を今更‥。」


(今更?)

別れ話のような感覚。

彼女の爪が自分の肌に沈む感覚。

(それは貴方が思ってることで、僕はそれよりずっと前から思っていた。)

すべては、覚悟のうえでの行動。
(泣かせたかった訳じゃない。)
それだけはわかってほしいと自分勝手な言い分は始終頭の中を繰り返し、けれどそれを言葉にしなかったのは、彼女のその強気な瞳。
瞳の奥、確かに何かが揺れている。それが悲しみなのか怒りなのかは僕は解らない。

(そんな眼で、)
(見ないでください。)

刺さるような緑に、
壊れてしまいそうな理性を
押さえきれなくなってしまう。

食い込んだ爪の下から沸き上がってくる赤い液体をぼんやり眺めつつ、痛みをあまり感じない体がまるで彼女の居るの世界とは違いすぎているように思えた。


(僕は貴女が思う彼の価値観を知らない。)

けれど彼女を欲しいと思う僕の感覚は正直で、彼女の中を彼を消してしまいたいと思う、嫉妬、強欲によく似た感覚が浮かび上がってくる。綺麗な言葉でつぐむのなら「好き」なんだろうけど。
けれど出会い方も良い方ではなかった。今更綺麗な関係なんて。
(馬鹿げている、)

掴んだままの彼女の腕を引き寄せた僕の腕は細く赤い液体が蔦っていた。


最後の審判


僕はもう選んだ。
待つのは貴方の答えだけ。


end
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