ねえ、あなたのために研いた手なの。

そう言って淡い緑の色のネイルを俺に見せるように手を出した。目の前に座るサクラの表情は明るくてはしゃいでいるように見える。
春っぽくていいでしょう?そう言ってサクラは空にその手を翳すようにして爪先のその色を見つめて言った。

「…手、貸せ。」

「え?あ、うん。」

ふいに出た言葉と差し出した手に驚いたのか、サクラはおずおずと俺の表情を伺い手をゆっくりとのばす。その手の指をなぞるように触れて掴み、細い指先を見つめる。整った綺麗な指だと思った。そんな指からふるわれる人を殺すための鉛が放たれる。そんな腕から岩を砕く力を解き放つ。そんな風には見えないほどとても華奢なものだった。

「…サスケくんのために、研いたの。」

サクラはその言葉を繰り返した。顔をあげて表情を見れば、優しく微笑む顔が視界に入る。

「…ああ、綺麗な爪だな。」

そういって視線を指先へ戻す。先程と変わらない色を認識した頃、視界の外でサクラのやわらかな笑い声が聞こえた。それにつられるように顔をあげる。先程よりもやわらかな微笑みを向けるサクラに釘づけになる。いっそう微笑むと首をゆっくりと横に振る。

「ううん。私はね、サスケくんを取り戻すために強くなりたいと思ったの。」

そのためにこの腕を研いた。そう伝えた言葉の真意は、サクラの眼の中から一途に向けられる視線を見れば理解することができた。



昔。俺とナルトとサクラとで班を形成し始めた頃。自分の非力さに涙を流していたサクラの事を思い出した。それから随分経って今のサクラがある。決意や想いの強さには適わないと思った。

「女の子にそこまでさせたんだから、サスケくんは罪深いね。」

おどけるようにサクラは笑う。それに連動するように指先から伝わる声が心地いい。

もう一度サクラの指先に視線を落とす。華奢だと思っていたその指先はやわらかな手入れされた女性の手には似付かわしくない小さな傷がいくつかあった。俺をこの里に連れ戻すために磨いた力も、俺に綺麗だと言われる為に塗ったネイルもすべて、変わらない気持ちで愛されていたことを今更知る。こうして向き合って、触れるまで、だいぶ時間がかかってしまった。けれどその想いに応える手段として細い指先に唇を落とした。恋人がするみたいにできるだけ優しく。

応 え る

そこまでさせたんだから、責任はとろう。今までできなかった分をまとめて。そう言って笑えば、みるみると顔を赤らめていくサクラの顔。昔と変わらない反応に、やはりずっと昔から俺に向けられた感情は変わらないのだと思った。

(今度は俺がそのすべてを愛したい。)




end


2015/05/11




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