ずきん、ずきん。
腕が鈍く痛んだ。そこからぷっくりと赤い塊がふつふつと沸き上がってきた。それをじっと眺めるとふたつひとつと塊は重なり、ひとつの大きな塊となって日焼けしていない白い腕を侵食していった。それはついに溢れだして、重力に抗することなく腕から地面へと滑り落ちた。

「なに、それ。」

その声に誘われるように視線を名残惜しげにゆっくりと上へ上へと這わせた。そこに居たのは見慣れた男だ。もう小さいころから一緒にいた気がするけれど幼い面影はもうそこにはなかった。

「なにやってんの?」

陽が落ちた誰もいない教室、窓からオレンジの光が部屋を照らす。それはとても美しくて、自分の汚い部分も浄化してくれるような気がして。筆箱を探ってみたら、錆びたカッターナイフが出てきた。ああ、これでいいかと手首に赤褐色に染まったそれをあてがったところに彼は現れた。なんて間の悪いと思った。

彼の問い掛けに私が答えないからか、少し不機嫌を顔に映して私の腕を拾い上げた。
ぽたたた、ぽたぽたり。
男が腕を力強く掴んだからか血流に拍車がかかったのだ。圧迫された血管がじんじんと痛んだ気がした。

「…赤いなあって、思って。」

「は?」

「血が ね、赤いなあって思って見ていたの。汚い黒に変わる前に、きれいな夕陽が染めてくれるんじゃないかって。そうしたらどこまでも赤いから、うれしくなって眺めてた。」



「なんだそれ。ばかじゃないの。」

耳元で低い声で囁かれて、視界がぐらぐら揺れた。心臓がぎゅうとつぶされて、放たれる感覚。

「空気に触れたら酸化して、どうせドス黒くなる。そうなる前に俺が救ってやろうか。」

こいつの言っていることは理化学的で正直わからない。そう思えるのは私の頭がぶっ飛んでいるからに違いない。そういって、お前は笑うの、か。


彼はちらりと私と眼を合わせると、赤みがかった髪を掻き上げて、そして。


(…あ。)

私の傷口を舐めとり、そして赤い血液を口に含んだ。なんの感慨もわかない。だけどぞくりとこみあげる鳥肌。呼吸があらぶるのは何故。

「…おまえ、けっこうマゾなんだな。」

それだけを言って、また私の血に触れる。乱暴でいて、けれどどこかいたわるような赤い舌の感触が暖かい。

(ああ、興奮する。)


私の血を、すべて飲み干してしまってほしい。ずっとこのまま時間が止まればとただただ願う。どうせ流れる血は止まらないのだ。
黒くなるくらいなら、彼の身体の中で廻れるなら、そっちの方が存在意義があるような気がして。

ああ、きれいな世界がすぐそこに。眼を閉じて妄想の世界をめぐる。



だけど移した視界、床に落ちた鮮血は、黒に変わって。
ああコイツの言う通りだったな。
世界は変わらないのか。私の世界は濁ったまま。本当に致死量を越える出血で、死んでしまいたくなった。
ぶっ飛んだ私の頭は制御不能。
私を止めるのはあなたしかもう居ないんだよ。


沈んだ僅かな残光が、

疼 く


(だから、ねえお願い。一番ひどい裏切り方で私を殺して。)



end


2015/04/26




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