僕はずっと狭い箱の中にいた。
そうNが私に言ったのは観覧車のゴンドラの中だった。慣れない雰囲気の中、規則的で機械的な観覧車の音だけが響いていた。暫らくの沈黙を破ったのは、彼で。
「それでいいと思っていた、その世界には否定をされることも、傷つけるものもいない。それに生きる為に必要なものはあったから。」
それまで外の景色を眺めていたNが、私を見て微笑んだ。
その姿が、心揺さ振る。私が手をのばして、その人に触れれば、彼の過去をもっと知れるような、そんな気がしていた。
「だけど、僕をその箱から連れ出してくれた、すべてが足りた箱から、世界の広さを見せてくれた。」
「君とよく似た、トレーナーだったよ。」
その言葉は私にとって残酷だということを、たぶん彼は知らない。知ってほしくもなかった。私の歪んだ感情には。私の目を確実にとらえて、穏やかに笑っている彼。話を聞くまでは知り得なかった過去。今の彼からは想像もできない出来事。悩み、苦しみそして、
そんな中、光をみつけたんだ。
「だから、君に逢えて嬉しかったんだ。」
もしも、もしも私がその彼女よりも、早くに彼と出会っていたなら。そんな夢のような話を頭の中でめぐらせる。もっと早く、もっと、もっと。
心臓が痛む速度が加速してゆく。暖かな言葉を穏やかな心で聞けない、ひどく騒つく感覚。
夕焼けが辺りをオレンジ色に照らしている。ここではない、いつかの日に想いを馳せている彼の横顔は、どこまでも優しくて、綺麗で眩しかった。
狭い狭いゴンドラの箱は、いつのまにか天辺に到達しようとしている。
妬 む
(いつかの彼女ではなく、今の私を見てほしい。)
そう願って、Nの瞳に映っている夕焼けの景色に視線を移した。焼き付けるように。
end
2015/04/21