「黒崎くん、一緒に帰ろう。」
声をかけて来たのは井上だった。いつも誘うのは俺ばかりだったし、真剣なのか井上には似合わないような眉間のシワ。いつもとは違う感覚にすこしだけ戸惑った。
「あ、あぁ。」
「…あ、もしかして用事とかあったの?」
「いや、用事はないから、一緒に帰るか。」
その言葉とともに撫で下ろす肩の小ささに目がいった。
「それにしても井上から声かけてくるなんて珍しいな。」
空はまだまだ青い。校舎の外に出れば風が頬を撫でる感覚の中二人、歩き慣れた道を進む。
夏のあのむせ返るような暑さは随分なくなった。少し冷たくなった風に秋の訪れを肌で感じる。
「たまには私から誘ってみようかなって思ったの。」
鈴のように笑う声が風に害されることなく耳元に届いた。手と手が触れ合う程の距離に胸が熱くなる。
「そ、か。」
「うん、久しぶりだから。」
そう言えばこんな風に二人で歩くのは久しぶりだな。ふたり、現世に戻ってきてから間もない。物寂しく感じたのはいつのまにか過ぎていった初夏の熱と秋の風の所為だったんだ。
秋空から視線をずらせば揺れる長い髪と、それから。
(少し、)
顔のラインが細くなったように見える。いつも特に注意して見ていたわけではないが、記憶の中の彼女とはひと回りもふた回りも小さくなっていた気がした。
「…井上、」
ふいに呼び止めた声に反応する彼女に少し安堵を覚える。紛れもなく彼女は傍らにいる。それだけで安らぐのは、きっともう彼女を手放したくはない、悲しませたくはないと思うことからなのだろうか。
「あ、いや。」
「ふふ、変な黒崎くん。」
声に出すことは叶わず、けれどその代わりに触れた指先がお互いの熱の在処を探して絡まった。
次は何が鮮明になる
end
BGM:スノースマイル/BAMP OF CHIKEN
2010/03/03
藍日