これは好奇心と云うものなのかもしれない。ただそれ以上に感情が溢れ出てくることはなくて。
ただただ興味があったのかもしれない、見てみたかったのかもしれない。

彼と彼女の侵食劇


「いい加減にしてよ。」

自分でも少し言動に度が過ぎたとは思う。けれど僕はただ事実を云ったまでであまりそれに対して後悔の念などはなかった。

「サスケくんを悪く言うのはやめなさいよ。もう十分でしょう。」

先程まで彼女は威勢を張って、僕を睨みつけていたのに。いつしかその目には生気が無くなり、うっすらと涙が浮かんでいた。こんなに女々しい彼女は初めて見た。その元凶といえる種は僕がまいたんだけど。

彼女は感情の無い僕とは違い沢山の表情を持つ。けれどその泣き出しそうな瞳も愁いを帯びた表情も、嬉しそうな姿なんかも。
全ては彼に向けた表情なんだろう。

(うちは、サスケ。)




つい先程の事。僕を誘ったのは彼女だった。
ヤマト隊長の手によって創られた木製の家、心地よい木の香り。そして、今までの疲れもあってか目蓋が重く感じた。そんな心地よい静寂を破ったのは大きく音を立てて開いた扉の音。

「サイ。」

僕の名を口にして、彼女はぱたぱたと音を立てて歩みよってきた。

「‥なんですか?」

「ナルトがまだ戻ってきてないの。日が暮れてきたから独りだと危険だわ。」

そう言って、窓の方を見やる。ここまできたら、彼女の言わんといていることに大体検討がついたので深くため息をついた。彼女はそれを確認して、にっこり笑った。この笑顔に最近騙されたばかりだけど。

「‥一緒に探しに行ってくれるわよね?」

「いいよ、一応仲間だし。」

「ありがと。」

まただ、また笑う。

「‥笑顔は安売りしないほうがいいよ。手の内がすぐにばれてしまうからね。」

「えぇ、憶えておく。」

そう言ってまたさっきみたいに笑ったので、学習能力が無いな。と思いつつ重たい腰を上げ、彼女と外へ出た。

日が完全に沈んで四方を木に囲まれたこの場所は全くと言って、光が届かない。彼を探すために森の中、気配だけを頼りに探した。その途中に他愛のない話をした。彼女は、今までのことや出来事を話してくれた。彼女は楽しそうに話を進めて、何も感じない隣の僕はただ相槌を打つだけ。

そして話は自然の流れで彼の、うちは サスケの名前が出て、彼女は思い出をひとつひとつ確かめるように語った。

「サスケくんがね、」

必ずキーワードのように、彼の名前が出てきて半ばうんざりしていた。そして彼が里を抜けたこと。このときばかりは彼女から哀しい声が聞こえた。悲しいときはこんな声をするのか。笑ったり哀しんだり、本当に多種多様な人だ。そう思いながら暗闇に慣れてきた目で、隣を同じ速度で歩く彼女を見やった。

すると何かが胸の奥で悲鳴をあげたような気がして。

初めて感じた、胸の辺りの鋭い痛み。なんだろう解らない。だけど彼を想う今の君は、好きじゃないよ。

(それは、そう。不快感に似ている。)

彼女の言葉にただ、相槌を打っていた僕は初めて口を開いた。

「彼‥、ナルトくんもそうですけど、サクラさん、あなたは彼に甘すぎる。裏切り者の彼を想って何になると言うんです?」

“裏切り”

しまったと次に紡ぐ言葉を静に飲み込んだ。彼女にとってこの言葉はタブーだ。そう思った時にはもう遅かった。ふと隣を見ると、彼女の姿はなく少し後ろに立ち止まり、俯いた彼女がそこにいた。また殴られるのかと歯の2、3本は覚悟したのだけれど。

「いい加減にしてよ。」

彼女の口から漏れた言葉は以外なものだった。また前みたいに笑顔が見えると思っていたから。


そして今に至る。

「私は言った筈よ。今度は手加減しないって。覚悟は出来てる?」

瞳の下に溜まった涙を腕ど拭い、いつもの彼女が見えて、僕を強く睨み付けた。

「また作り笑いでもして、僕をふっとばしますか?」

作り笑いとかじゃなく、クッと口元が少し歪んだのが自分でも少し解った。それを見た彼女は何も言わず、拳を握りしめてふりかかってきた。

それをお得意の瞬発力で受けとめる。彼女の怪力は既に自分の身体で立証済み。両手で受け取ることにより万全の態勢で受け取る。しかしそれは以前受けた彼女の拳の重さとは異なっていた。

(弱い。)

その理由は、彼女の顔を見て解った。否。泣いているのか。彼女から少しばかりの震えを感じる。

「っ‥‥!」

彼女は少し後に下がり、顔を横に逸らした。

「本当に、どこまでも甘いんですね。」

自分なりの笑顔を演技して見せて、彼女の拳を強く握る。

「うぅっ‥。」

痛みからか、彼女の顔が少し歪んだ。そんな姿を見てふいに思う。こういうのを彼に対して優しいと言うのか。彼女等を裏切り、里を裏切った彼なのに。今でも彼に向ける言葉はどれも優しすぎて。

(そして僕の心は彼女に対して歪んでいるんだろうか。)

それほど、大切な人物なのか。それともただ未練がましいだけなのか。どちらにしても吐き気がする。

自分の両手で支えていた彼女の拳を更に強く握り、自分の左手で彼女の腕を掴んだ。そして力任せに近くにあった木の幹に彼女を押さえ付ける。舞い落ちる葉が視界に纏う。

「ぐっ‥!」

そしてふいに二人の距離は近くなる。

「っ、離して。」

思ってもみなかった行動と木に押さえ付けられた痛みからか、彼女の声が少し裏返る。

「ナルト君から聞きました。僕の声や顔立ちはうちはサスケに似ていると。」

彼女の瞳は大きく見開き戸惑いの色が容易く伺えた。

「違う、似てない。」

「僕は裏切り者とは一緒にして欲しくないんですが。」

本当に酷いとは思う。自分でも歯止めの効かない言葉が次々と溢れてくる。

「止めなさいよ。」

彼女から殺気のようなものが伺える。解っているよ、そんな目で見なくても。でももう遅い。

「本当に似ていないと言うのなら試してみますか?」

彼女の耳元に顔を近付けてまるで呪いのような言葉を吐き出す。

「‥彼はあなたの事、なんて呼んでいたんですか?」

そう呟くと彼女の肩が微かに揺れた。怯えているのだろうか、この状況に。

「っ‥やめてっ!」

小さく声が聞こえて、大きく抵抗してくる彼女をさらに拘束するように締め付ける。悲痛な声が小さく漏れた。

「サクラさんが前みたいに直ぐに殴りかかってこなかったのは、迷いが生まれたからではないんですか?」

「…違、う!」

今度は震えてる。威勢を張ってみせても余裕なんてないくせに。まるで大切なものを壊されないよう、怯え抱える子供のようだ。

「サ ク ラ。」

名を呼ぶとさっきまでの抵抗は止み、顔を伺うとなんとも間の抜けた表情をしている。

「…どうやら、呼び方は合っていたようですね。」

その言葉に静止した彼女の首筋にゆっくりと顔を近付け、その白い肌に舌を這わせた。

「ぅあ‥。」

びくりと小さく震えるように反応する彼女の身体を撫でる。それでも舌を這わせる行為は止めることはしなかった。少しずつ丁寧に下へとなぞってゆく。

「‥ん。」

額に触れる彼女から漏れる息が荒い。それと同時に彼女の抵抗する力が、少しづつだが緩くなっていくのが解った。

「‥サスケくん‥。」

荒い息と一緒に吐き出された聞き覚えのある名前。

(彼の名前を聞いたのは、今日だけでこれで何度目だろう。)

「‥あ‥?」

彼女の身体から顔を離すと途中で止めたことに少し唖然とした表情を浮かべる彼女を冷めた目で見た。赤く火照った顔が艶やかだ。揺れる瞳はどっちを映しているのか。

「あなたの心はいつまでたっても、彼に囚われているんですね。」

泣きじゃくった瞳は僕を捕らえている。でもその奥には。

「本当に甘いですね。」

「…何?」

「‥いえ‥。」

彼女は聞き取れなかった言葉を問いただす。僕はそれに答えずに変わりに参考書で見た笑顔の作り方どおりの顔を向けた。

マニュアルというものはこういう時にこそ役に立つ。おそらく簡単にオモテを隠すことができる手段だと思う。闇に溶けることない目印のような彼女に近づくにはちょうど良かった。

「それよりも、彼を感じることができましたか?」

その言葉を口にした後、彼女の頬が一層紅く染まり、瞳が大きく見開かれたと思ったら次の瞬間、彼女の手が僕の頬に思いっきりぶつかってきた。乾いた軽快な音が森の中に響き渡る。

平手打ちを受けて、少し彼女との隙間が空いたうちに彼女は顔を真っ赤にしたまま深い森の中を走り去っていった。取り残されて彼女が見えなくなったのを確認して、打たれた頬を片手で庇う。近くにあった木を背にして、すとんと腰を下ろした。

何も本気で殴ることないじゃないか。感じていたくせに。少し愚痴をこぼし深くため息を吐く。

もう少ししてから帰ろう。そう思いながらゆっくりと瞳を閉じた。

結局、彼女の反応からして僕は彼に似ているんだろうな。でも僕は彼になりきれないし、なりきろうとも思わない。感情を作るのは難しいと改めて感じた。

彼女の前で何故あんなことしたのか今になって少し疑問に思う。ただ興味があったのかもしれない。見てみたかったのかもしれない。

彼女のその溺れゆく様を。


end


2006/12/08

title by 不在証明

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