それはいつからの関係だったのか。それすらも思い出せないほどに時間は経っていて、初めてその暖かさに触れた季節の事は、とうの昔に忘れてしまっていた。
月酔い
宵闇が深くなる頃、雨の後の独特な匂いが香り始める。先程までの打ち付けるような雨音は、気が付けば止んでいた。
「雨はあがったようだな。」
自分の腕の中で身を小さくする少女は、その言葉に微かに桃色の髪を揺らした。
狭い洞窟の中で、お互いの体温を感じ合うように触れる。いつからか二人の約束の場所となった此処でそれは繰り返される。
同じ境遇ではない、ましてや刄の先端を向けなければならない関係に、過ちの念がないわけではない。けれど一度、二度触れてしまえばもう戻れないほど深く深くに溺れてしまっていた。
(それは恐らく、)
(共鳴。)
求めるものは、惹かれるものは同じだった。愛するものは。
雲の切れ間から覗いた月は少女の絹のような淡い髪を照らしだす。白く映し出された色に思わず目を細める。
「…綺麗だな。」
その髪に触れるとやわらかなかおりが鼻を掠める。それを言葉にするのなら、安息。
「本当?嬉しい。」
照れ隠しのような笑顔に、こみあげる愛しさに触れたくなる。心が揺らぐ。そして、自分はなんて貪欲なんだろうかと思い知らされる。
(まるで大切なものを独り占めしたいと願う子供のようだ、)
刹那。
草木が擦れる音に少女が怯えたように肩を揺らした。大丈夫だと言葉を吐きだせばよかったのだが、それすら叶うはずもない気がして。言葉の代わりに、少女の震える唇に静かに触れた。言葉より何よりも、ただその体温に触れたいと願う。冷えた自分の身体を暖める統べは、もうそれしか見当たらない。
罪に彩られた運命の中で、さらに重ねる罪の味は甘く、そして愛おしい。
けれどその先には、答えのない未来しかない。
(それは彼女を苦しめる結果にしか、ならないのかもしれない。)
震える肩を救うことすらできず、ただあやすように。せめて安らかな眠りへと誘うことができるように、翡翠のような淡い瞳を掌で覆った。
「夜明けまでは暫く時間がある。少し眠るといい。」
「…はい。」
消え入りそうな声が余韻として頭に残っているうちに安定した呼吸が耳へと届くようになった。眠りの中で幸せな顔する少女を見て思う。いつか終わりがくる関係なら、安らかなまま何もなかったことにしてしまおうかと。彼女の幸せを、願うのなら。
(サクラ、お前は何を望んでいる。)
ただ永遠を望むのなら、筋違いだ。そう告げた時の振り向いた彼女のあどけない笑顔を今でも覚えている。時を越えて見つめた先に、サクラは何を見ていたのか。
(サクラから向けられる感情は、誰にも触れさせたくない。)
脳髄からあふれ出る本音は歪んだ思考。サクラの景色が彩られ、事実を知るときまでは、このままそっと彼女の温かさに触れていたいと願った。あの笑顔が自分に向けられているうちは、彼女の心臓を抱えて、堕ちるところまで堕ちてゆこうという決意に似た汚点。それは大きなシミとして広がってゆく。
手繰り寄せた細い糸が、切れる、までは。
終幕へ迎う日差しの中、
(待つのは神の裁きだけ。)
end
2008/09/21
title by ロジック
BGM:finale/L'Arc-en-Ciel