行く先々の不幸



「マーツーウーラーくん!」

 今日もお馴染みの怒号が響き渡るGODのオペレーションルーム。腰に手を当てて仁王立ちになったユイリの前で、長身を縮こまらせて震えているのは副主任のマツウラだ。主任であるアキラも、ユイリの勢いを止め切れずに困ったような微笑を浮かべて立ち尽くしており、カシイやミズキに至っては離れたところから傍観の構えだ。ユイリの雷はとにかく怖いのだから仕方がない。

「今日一日でどんだけ失敗してると思ってんのよッ!」
「ご、ごめんなさい・・・気をつけてるんだよ、一応・・・」
「マツウラくんの一応は何なわけ!?」

 ダンッとショートブーツの踵がフロアを踏み鳴らす。ひぃ! と声を上げるマツウラの他に、離れた場所のミズキも同じく小さく悲鳴を上げて一歩下がった。

「ゆ・・・ユイリ、ちょっと落ち着いてみたらどうかしら・・・?」

 恐る恐るといった様子で声を掛けてみたアキラも、キッと振り返った瞳の鋭さに負け、口を噤んでしまう。今回ばかりはマツウラの非が大きいと思われるのも、ユイリを止め切れない一つの要因でもあるのだ。

(ごめんねマツウラくん。今日のは流石に、フォローし切れないわ・・・)

 諦観を込めた眼差しをマツウラに向けると、がっくりと彼が項垂れた。

「だって今日一日でどれだけ失敗してんのよ!? 思い出してみなさいよ!!」

 言われてマツウラはえーっと、と言いつつ脳内で今日一日の出来事を振り返ってみた。

 ――出勤時。定時より前に来て会議の用意をするはずが、資料を家に忘れてスタートに戻る。結果、会議に遅刻してアキラさんに苦笑される。
 ――会議中、持参した資料が一枚足りないとユイリさんに指摘される。さらに最重要事項に大きなミスが見つかり、アキラさんにまたも苦笑される。
 ――休憩しようとコーヒーを淹れて飲んでいたら、コンソールの上に零してしまって大惨事。ユイリさんに叩かれる。
 ――ゴミ出しに行こうとゴミ袋を収集所へ運んだら、実はカシイくんがまとめておいた試作用パーツだった。眩暈を起こされ掛けてしまった。
 ――昼まで何も起こらなかったので、買い出しに行ってこようとGODを出発する。レジで会計してもらってる時に、財布を忘れたことに気づいた。
 ――何も買わずに戻ったら、ユイリさんに怒られた。すみません、もっと早く気付けば良かったんです・・・。
 ――また同じ店に行って、同じ物を買ってレジに並んだ。奇しくも、さっき会計してくれたアルバイトさんだった。苦い顔で、「お財布はお持ちですか?」 と言われた。
 ――帰ってくる時に、ビニール袋を植え込みにぶつけて破いた。中身が零れてしまい、通行中の人に拾ってもらった。
 ――何とか帰りついた時、そこで財布を落としてきたことに気づいた。カシイくんが呆れた顔をしていた。ショックだった。
 ――現場に戻ったけど財布がない。近くの交番に出向いたら、高校生の子が届けてくれたと言われた。さっき拾うの手伝ってくれた子だ・・・。
 ――財布を受け取って戻ってくる途中で転んだ。この歳になって・・・。
 ――昼ご飯を済ませて、午後の仕事。会議資料の手直しをしようと思って休憩室に向かう途中、やっぱり転んだ。二度目・・・。
 ――慌ててぶちまけた書類を拾い集めて、仕事開始。朝の会議の時よりさらに書類が足りないことに気づく。絶対さっき落とした時だ!
 ――廊下に探しに行ったけれどどこにも落ちてない。仕方ないので再作成することにした。アキラさんが手伝ってくれた。本当にすみません・・・。
 ――アキラさんに淹れてもらったコーヒーを書類に零した。十枚くらいダメになった。再作成決定。ああもう・・・・・・。

 そして今に至る、というところまで回想を終えると、最早言い逃れなど出来もしない失態だとひしひし思い知って、さらに項垂れるしかない。すっかり落ち込んでしまったマツウラを前にすると士気を殺がれるのか、ユイリが微妙に怒気を払った声で言った。

「今日、絶対マツウラくん疲れてるわよ。後はあたしたちやるから、寝てきなさいよ」
「うん・・・ごめん、そうさせてもらおっかな・・・」

 ごめんなさいと頭を下げると、その後頭部をバシッと良い音を立てて叩かれた。痛い! と涙目で顔を上げると、口をへの字に曲げたユイリがそっぽを向いていた。

「副主任が情けない声で謝んないの! 良いからさっさと休む!」

 はあい――と苦笑混じりに返事をして、マツウラは素直に休憩室へ引っ込んだ。仮眠用ベッドに横になりながら、そういえばここ数日寝てなかったっけと思い至る。今回ばかりは身体と頭が悲鳴を上げていたのかもしれない。早く休んで元気になったら、それから役に立てれば良いかな。夢の世界に引きずり込まれながら、明日は頑張るぞ・・・とむにゃむにゃ呟いた。

 その翌日も、朝から元気にコーヒーを零すのは、また別のお話。
 どっとはらい。


 (title by 不在証明
→ss
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -