Battle! Battle! Battle!



 セントラル中央庁独房棟。昼なお暗く、狭い独房室は、投獄された者の精神を底の底へ突き落とすのも容易なほど、酷い場所だ。鋼の鉄格子、カードロック式の錠、冷たい床、軋む寝台。誰しも、ここを地獄と呼んで憚らない。
 そこへ、レオハルトとセントリックスが投げ込まれてから幾日も経った。単調な毎日に時間感覚を奪われる。規則正しく届けられる食事だけが、時をあやふやながらに教えてくれるだけ。そして、今日がその最後の日。ゆるゆると視覚機能を起動させた彼は、無機質な天井に向かって溜息を吐いた。

「やあ、お目覚めみたいだねレオハルト。私も少し前に起きた所なんだが、今日は実に良い天気だよ! こんな日はどちらかと言うと、表のカフェでサンドイッチなんかをぱくつきたい気分なんだが、残念ながら今朝の食事も無味乾燥なスープと固形食料だ。本当に耐えられないよ! でも、君はそれでも、口に入れておいた方が良い。でないと、正午の前に栄養失調で死んでしまうよ」

 溜息に気づいて声を掛けてきたセントリックスが、そう宣う。相変わらず次から次へと繰り出されるマシンガントークに、レオハルトの口元に薄く笑みが上った。この軍医が自身の調子を失うことなどないように思える。

「それは、やっぱり医者の忠告かい?」
「勿論! それに、友人としての心配も含まれる」

 当然とばかりに付け加えてくる軍医は、きっといつものように笑みを湛えているのだろう。そう思い描くことが容易すぎて、レオハルトは小さく、 「君が羨ましいよ」 と囁いたが、その言葉が彼に届いたかどうかは分からなかった。


 無い食欲を無理矢理奮って、味気ない食事を片づけていると、廊下を歩く靴音が木霊し始めた。誰と考えるまでもない。こんな規則的な、迷いのない歩き方をするのは、知り得る中でも一人きりだ。
 カツン。どこまでも軍人一辺倒な靴音が止まる。顔を上げれば、いや上げなくとも、満足げな笑みが見られるはずだ。そう思って視線を動かしたレオハルトは、不思議そうにアイモニターを揺らがせた。目の前に立つグラッジバルドは、ニヤついた笑みを浮かべるでもなく、かといって軍人らしい無表情でもない、何処か曖昧な顔をしていたからだ。
 一瞬見間違いかと目を疑ったレオハルトだが、隣の軍医も驚いたように 「どうしたって言うんだい?」 と投げ掛けたから、自分一人がおかしいわけではないのだと分かった。とはいえ、何故彼がそんな表情をしているかについては、一切分からなかったが。

「・・・グラッジ、」
「処刑の時間が迫ってきた。貴様らを連行する」

 掛けられた心配そうな声音を斬り捨てるが如く、グラッジバルドは口を開く。その様子はまるでいつもの彼なので、違和感はにべもなく拭われてしまう。

(――失敗は、許されない。)

 不安定に揺れる青く澱んだアイモニターを揺らめかせ、グラッジバルドがそう心に繰り返すのを、囚人二人は何となく感じ取っていた。


***


 こうして処刑の準備が揃いつつある聖ブリジット・デイに合わせて、ジャンクポットの面々も急ピッチで準備を整えていた。アクアリアから違法船で舞い戻った彼らは、残された僅かな日数で、出来る限りの作戦を立てたのだ。

「良いかお前ら」

 ジャキ、と金属音をさせて背へ銃を背負ったグランハルトが、重々しく言う。前へ揃うメンバーも、静かな面持ちの下に興奮を湛えながら、彼を見上げた。

「これぁ一世一代の大喧嘩だ。なんてったって政府相手だからな。だがとにかく、行けるとこまで行くぞ。それぞれ決めた仕事をとことんやり尽くす、良いな?」

 問い掛けに、力強く頷く仲間たち。ニッ、と討ち入りにしては明る過ぎる笑顔で、グランハルトが笑った。

「それじゃ、いっちょ行こうぜ、ジャンキー共!!」

 朗々と上がる閧の声。開戦を告げる時は今。いざ、大立ち回りを演じよう。


***


 正午の太陽が降り注ぐ、門前の中央広場に、二つの処刑台が設らえられている。銃を構えた軍人たちは緊張の面持ちで警備を固め、周りには中途半端な興味を抱いたセントラルの住民たちが群がっている。彼らにとっては、処刑すら一つの娯楽。軍が安全を守ってくれているという指標にしかならないのだ。
 その群衆の海を見渡し、ラグハルトは視線を上へ向けた。良く晴れた日だ。何とも処刑に向かない日だ。今日断罪する相手が自分の部下でないなら、こんな感傷もないだろうにな、と苦々しく思いつつ、ふと口元に指を流す。公開処刑中は煙草が吸えないのが、やたらと物悲しかった。
 そんな彼の傍らを、囚人を従えたグラッジバルドが通った。ちらりと視線を寄越した彼は、無表情に頷き、そのまま歩を進める。後に続く囚人も歩みは止めなかった。

(天気が良過ぎて、困るな)

 くゆらす煙草が無いことを、本気で憎たらしく思った。


 囚人たちは処刑台に登らされ、台に首と両手首を固定された。その様子を、群衆たちは不謹慎な興味で見上げている。台上のレオハルトは彼らの視線を見たくなくてか、それともこれからの不安と絶望にか、引き立てられてからここまで、一度も顔を上げていない。対するセントリックスは、まだ持ち前の飄々とした態度を残しているのだった。

(ねえ君、まだ諦めたらいけないよ)

 レオハルトの脳裏を、先程こっそりとセントリックスが囁いた言葉が過ぎる。

(そんなこと、無理だよ)

 きゅっと唇を噛んで、彼は目前の床に弱々しい視線を向けた。誰も助けに来やしないのに。それに、もし来たとしても困る。逃げろと言ったのは自分なのだから。ジレンマに苛まれる彼を、しかし群衆の中から見上げる人影があった。

「罪状読み上げが始まったら突っ込むぞ。良いな?」

 迷彩柄を隠すようにマントを羽織ったグランハルトと、

「了解だ。後は野となれ山となれ、だったな?」

 同じく目立つ赤いボディを隠したエマージだ。目指すは処刑台の破壊と囚人救出。他の仲間は所定の位置で息を潜めていることだろう。二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
 ――泣いても笑っても、ここからが本当の大喜利だ。
 執行人の一人が、罪状を広げる。
 ざ、と人波を払い、二人が駆ける。走りながらマントを剥ぎ取ったグランハルトが、一足飛びに台へと飛び上がる。ひらり舞ったマントが落ちる前に、呆気に取られている執行人に肩当てを食らわし、台から突き落とす。と同時に、エマージも台上へと飛び乗り、そのチェーンソーが絶叫に近い歓声を上げた。
 自分を見上げる、驚いた顔のレオハルトに、グランハルトがにかりと笑いかける。

「悪ぃなレオ! ちょっとばかし遅くなっちまった! エマージ、一丁頼んだぜ!」

 分かっている、と答えるよりも早く、医者の得物は嬉々としてギロチン台を破壊しに掛かっていた。次はあちらだ、と軍医を振り向こうとしたエマージへと、軍人たちが銃を向ける。
 狙われている、とエマージのブレインサーキットが弾き出すより早く、群衆の波の中からエストランド風の出で立ちをしたロボットが飛び出し、狙いをつけていた軍人の気を一手に引いた。鍔広の帽子に端正な笑みを浮かべるそのロボットは、ちょいと帽子の鍔を小粋に傾げると、あっという間に構えられた銃を蹴り上げ、更にもう一撃回し蹴りを繰り出して、軍人を台下へと沈めてしまった。その鮮やかな身のこなしに、グランハルトたちも目を瞠る。

「貴様等ァァアアアッ!!!」
「やべえっ、あいつだ!」

 その時、処刑台へと続く階段から轟いた怒号に、グランハルトがさっと顔色を変えた。グラッジバルド。今最も脅威となる相手だ。銃は周りをも巻き込むと思ってか、彼は愛用の銃の代わりにサバイバルナイフを掲げ疾り来る。エマージが思わずチェーンソーを構えると、その腰を先程のロボットがぐいと引いた。

「あっちは心配要らねえさ! それよりこいつの台もぶっ壊してくれ!」

 その言葉にさっと視線を走らせれば、にこにこといつも通りの笑みを浮かべ待つ友、セントリックスの姿。ふ、と一つ、吐き出すように笑んで、思い切りギロチンの柱を叩き切る!


 ――その脇では、怒りに任せ突っ込んでくるグラッジバルドのナイフと、またもや台下から飛び出してきたロボットの刀が、火花を散らしていた。すらりと長い刀身に移るのは、緑のカメラアイに黒いファイバーヘア、幅広の袖口の一風変わった装飾は、以前ヒナギクが街で出会った、エディゼーラのロボットである。
 拮抗はほんの数瞬。ばっと間合いを取ったグラッジバルドは、今度こそ彼の得物を構えた。狙うは、台上に揃い踏みの反逆者共。
 彼らがハッと息を飲む前に、脇にレオハルトを抱え上げ、グランハルトが高々と叫んだ。

「――飛び降りろおぉっ!!」

 それが合図だったかのように、次々に台から飛び降りる馴染みある、または見知らぬ仲間たち。同じくセントリックスを抱えたエマージも、ずしりと重い音と共に地へと降り立った――が。

「・・・・・・やれやれ、どうも万事上手くは行かないようだね。一難去ってまた一難とは正にこのことだよ」

 彼らの周りを取り囲む、数多の軍人たち。その構えた銃の矛先は、しっかりとジャンキーたちを捉えていた。はは、とグランハルトが乾いた笑みを浮かべる。

「何だ、思いの外警備が厚いじゃねーかよ」

 呆然と呟いたその台詞に、ニヤついた返答が降った。台上から狙いを定めたグラッジバルドだ。凶悪に歪めた口元、澱んだ青いアイモニターは、逆光の中でも何故か良く見える気がした。

「貴様等の動向を、計り切れんとでも思ったかァ? 大人しく武器を捨てろ。まあ貴様等の末路は、全員仲良くあの世行きだがなぁ!!

  撃 ち 殺 せ ! 」

 狂気的な号令に、全員の指が引き金を引――

「――そうは問屋が卸しませんぜ!!」

 バン! という激しい破裂音と共に、ざあっと辺りに濃い煙幕が広がった。迅速な煙の回りに、包囲網がざわつく。同じくグランハルトたちも焦りを浮かべたものの、エディゼーラのロボット――ササムラがそれを宥めた。

「安心なされよ、あの声音は仲間のものだ」

 緊迫はしているが静かな声音に、そうか、とグランハルトは納得して頷いた。グラッジバルドが慌ただしく指示を飛ばしている声が聞こえる。まあ有能なことだ、とエマージが鼻で笑う声も聞こえた。

「ササムラ、ゲイン、こっちです!」

 突然、煙を裂いて誰かの声がした。侍ロボットと、鍔付帽子のロボットとが声を振り向く気配がする。あ、とグランハルトとレオハルトが同時に顔を向ける。

「ジャスライト、か?」

 元13隊隊長、ジャスライト。軍を脱走してからは、同じジャンキーとして路地裏の民となっていた彼。以前ガルバートを引き取ってもらった、かつての同胞だ。銃剣を背負った姿が薄く見えて、グランハルトはそちらへ向かって手を振った。

「久し振りだな、ジャスライト! お前の仲間か?」
「はい! ですが今はさて置きましょう。時間がありません」

 凛々しい顔つきに、グランハルトのカメラアイが細められる。どこか頼りない好青年というイメージを捨てないといけないな、と、彼は小さく笑った。
 しかしぐずぐずもしていられない。グラッジバルドの指揮の下、軍はすぐに再編されるはずだ。

「混乱に乗じて正面突破の計画はおじゃんだな。どうする、グラン?」

 早口で問い掛けるエマージの隣で、セントリックスが前行くササムラたちを引き止め、何か話し出した。エマージを振り返り、またその他の顔を見つめ、朗らかに笑った。

「さあ南南東に進行だ、私達はこの煙が消える前に何とか逃げ出さないといけない。後ろの君達も来たまえ、幾らいても人手が足りないんだからね!」
「南南東・・・・・・?」
「そこには旧式の鉄門があったはずです」

 レオハルトの呟きに、ジャスライトが答える。

「こうなるのを踏んでね、私が前もって鍵を開けておいたのさ。正面から突破するのは不可能だろう? あそこから全員侵入し、それから持ち分の仕事に掛かれば良い」
「そりゃでかした! よし、俺と仲間で足止めする。エマージはキッドとマディ連れて中入ってろ!」

 背中から銃を取り上げて、グランハルトが言う。頷いたエマージと、ジャスライトの仲間たちが、煙幕の中一斉に南南東の旧門目指して走り出した!


 ざああ―――――・・・っ


 煙が風に吹かれたなびく。消えゆく壁、さらされる姿、いち早く捉えたグラッジバルドのカメラアイが揺れる。

「追い詰めろ! そちらに道は無い! 皆殺しにしろ!!」

 狂ったように叫ぶ彼の後ろで、ラグハルトも同じく得物を構え戦闘体勢を取っている。やっべ、と独りごち、グランハルトはさっと辺りに目を走らせると、空へ向けて一発、発砲した。すぐさま潜んでいた場所から、ヒナギクが駆け寄ってくる。少し離れた場所からは、同じくキッドたちも。さっと傍へ寄り添った忍の肩を引き寄せ、耳元へ囁く。

「侵入口変更だ、南南東の旧門から入る。全員入るまで、お前も足止め手伝え」
「承知!」

 ニィッとヒナギクが笑う。一直線に、彼らジャンキーは旧門を目指してひた走る。

「総員構え!」

 背後からラグハルトの号令が飛ぶ。続く鉄の音の多さに、ぶるりとヒナギクが身を震わせた。

「全く、自分とこの隊長と戦るってのぁ嫌な気分だぜ!」

 背後に仲間を庇う形で包囲網と対峙したグランハルトが、背に掛けていた物を手繰り寄せ掴み、吐き捨てる。隣ではヒナギクも、気持ちは分かると言いたげな面持ちで構えていた。
 発砲号令の直前、グランハルトは手にした手榴弾のピンを口で引き抜き、敵勢に向かって振りかぶった。しかしいち早く感づいたラグハルトが、それを空中で狙う。

「おっと、そうはいくかよ!」

 だが今度は、腕の隠しから球を取り出したヒナギクがそれを投げた。地面に着弾する時間も惜しいとばかりに、放られた球をクナイで追撃すれば、眩い閃光を放っての爆発。ご丁寧にも煙幕の追い討ちもついている。目眩ましには十分だ。

「さっすがシェイディアの戦士だな! よし行くぞ、ヒナ!」
「そりゃどーも、っつかヒナギクだっつーの!」

 続いて起爆した手榴弾に包囲網が怯んだのを見て取るや、ぐるりと身を翻すグランハルト。彼に従い、ヒナギクも軽やかに身体を反転させ、駆ける。
 鉄扉は僅かにその口を開けていて、既に仲間たちを飲み込んだ後だと分かった。そこへ二人も身を滑り込ませる。
 中にはもう既に人影はなく、ヒナギクはちらりとグランハルトを視線のみで仰いだ。それににかりと応えて、グランハルトは忍の後頭部を手で軽く前へ促す。

「全員仕事に掛かったのさ。やれる所までやり切る、そいつが今回の仕事だ」
「分かってらあ。俺らは中枢目指すんだろ? さっさと行くぞ!」

 元軍人のグランハルトと、セントラルを調査していたヒナギクにとって、ここは庭のようなもの。お互い迷うことなく、奥に向かう通路へ向かって走り出した。


***


 一方、既に内部へ侵入していたエマージは、レオハルトとミア、セントリックスを引き連れて、開けた場所目指してひたすら進軍していた。広場に人員を割いている軍内部は、それでも警備の壁があるにはあるが、普段に比べれば閑散としているに違いない。向かう相手を締め上げながら、四人は突き進んでいく。

「次はどこを曲がる!?」

 今対峙した相手を、彼がカメラアイを瞠るよりも早く斬り倒したエマージが後方に吠える。あっちだ、とレオハルトが右の通路を指差すと、その矛先をセントリックスが腕をぐいと引いてわずかに左へ変えさせた。

「そっちよりこっちの部屋を通った方が早いよ! 実は奥の通路に通じるドアがあってね、なあに前見つけた近道だよ」

 言うなりさっさと部屋の中へ身を滑り込ませる軍医。続いてエマージとミアが、最後に慌ててレオハルトが走り込み、扉を閉じた。また走り出した一行のしんがりを勤める、真面目一本の軍人に向けて、エマージがニヤリと笑う。

「こういう脇道も、覚えておいた方が良いだろうな」

 ぽかん、と呆けたレオハルトへ降る笑い声。大声は困るよエマージ、と振り返って叱るセントリックスと、隣の赤いジャンキーを見比べながら、レオハルトは一瞬今来た道を振り返った。
 自分が知らずにきたことが、何か一つでも落ちているような、気がして。
 しかし、ちょうど彼らが別の通路へ飛び出したのと同時に鳴り響いた警報に、レオハルトだけでなく、全員が意識を一点に向け顔を見合わせた。

「どうやら別の奴らが始めたようだね!」
「ふ、好都合だ。ならば我々も遅れは取れまい!」
「早く目的地まで行かなくちゃですね!」

 広間はもう少し。警報の発信源へ駆けてゆく軍人たちの前に立ちはだかるエマージの得物が、禍々しい雄叫びを上げる。

「こ、こっちにも侵入者だ! Cエリア4番通路にも応援頼む!」

 無線に向かって叫ぶ一人の側頭部を、セントリックスのペンチが叩き抜く。吹き飛んだ軍人の身体が床で弾むのと同時に、何処かで爆発音が沸き、建物全体が軋みを上げて揺れた。誰かが爆弾でも起爆させたのだろうか。そこかしこで鳴り響くサイレンが、異常事態を演出している。

「くそ、どうなってるんだ!? 何でこんなジャンキー共に・・・・・・!!」
「所詮軍などこの程度ということだ、残念だったな!」
「ぐあ、あぁッ・・・!」

 次々通路に流れ込む軍人たちを斬り伏せ、捩じ伏せ、やがて四人は広間へと辿り着いた。セントリックスが壁の警報器をぶち壊し、ここにもけたたましいサイレンを撒き散らす。

「――さて、派手にやろうじゃないか!」
「元よりそのつもりだ。ここに全兵力を集めるつもりでな!」

 背中を合わせて構えた医者二人に倣い、ミアもまたその背を二人に預ける。手に抱えているのは、爆薬を詰めたカプセルだろうか。レオハルトも事情が分からないなりに、倒れた軍人から銃を取り上げ構えた。しかしそのフェイスには、ありありと困惑が滲んでいるのだった。


 ――軍内部は確実に混乱を来たしていた。グランハルトの仲間だけでなく、広場で合流したジャスライト率いる一団もこの混乱劇を盛り上げているのだ。彼らの一見破天荒に見える暴れっぷりにも、隠れた意味がちゃんとある。
 この混乱の中、その意を果たすべく、キッドとマディも自らの仕事のため中へ侵入していた。彼らが目指すのは中央管制室。マザーコンピュータを乗っ取るのが二人の仕事なのだ。
 軍人らは十分別の場所に引きつけられているようで、二人が走る通路には今、人影一つ見当たらない。

「ほんと上手くいったぜ」
「安心するのはマダ早いヨ! 管制室にはキット人が居ル」
「そん時のためのコイツだろ!」

 片手に構えたピストルをちょいと帽子脇に掲げてみせるキッドに、その背にしがみついているマディが慌てて抗議する。

「手、離さないでヨ! 落ちたらどうするのサァ!」
「悪い悪い! ・・・・・・おっと!」

 先の角を人影が掠めるのを見て、キッドが足と口を止める。手近にあったドアノブをひっ掴んで回し、迷わず中に飛び込んだ。

「中、誰もいなくてラッキーだったな」
「こんな大混乱なのに、ノンビリ部屋に籠ってる人は珍しいだろうネ」

 すげなく言いながら背から降り、マディは抱え持っていたパソコンを覗き込む。早くマザーコンピュータをこちらの支配下に置かなくては。
 マディの持つ技術力は、マザーコンピュータ攻略に欠かせない要素だ。しかし彼一人では、今度は戦闘力が不足する。なけなしの人員の中、付き添いに選ばれたのがキッドだったのだ。マディの死に損ないの身体がどう捻り出しても持ち得ない機動力とスタミナを補うのが、キッドの役目。
 一時は険悪な雰囲気だった二人だが、今は互いに力を合わせる心持ちになっている。そもそも、心が揃わなければこの仕事、務まりはしないだろう。
 と、暫く慎重に廊下の人影を探っていたキッドが、ようやくマディを振り向いた。

「おし、居なくなった。行くぞマディ、捕まれ!」
「分かっタ!」

 ラップトップを抱え直し、ヒラリとキッドの背に飛び乗る。また風のように走り出した二人が目指す――その場所へと。
 ――だが。
 その時、警報を上書きしてアラームが鳴り響いた。新たな展開を告げる音に、キッドとマディのみならず、中央部で暴れていたエマージたちも、人知れず切り込んでいたグランハルトとヒナギクも、方々で戦うジャスライトの仲間も皆、一様に身を固くした。

『――各員に告ぐ。侵入者排除の為、レベルシックスを発令。よってこれより、機械兵士の投入を開始する』
「機械兵士だあ?」

 キッドが訝しげに、聞き慣れぬ単語を口に乗せる。
 そういえば一度だけ、確かストリートチルドレンの掃討作戦か何かの折りに、そんな物が投入されたという話を聞いたような気がする。

「アレ、使う気かァ。マズイネ、今のままじゃ止められナイ」

 頭上で呟く声に、知ってんのか? と問い掛ける。

「そりゃそうサ! 前にワザとハッキングしたことがあるんだモノ。グランに頼まれたからネ」

 あの時は、とマディは続ける。

「ウマいこと侵入できたケド、今回はチョット難しいカナ」
「・・・・・・じゃあ四の五の言うより、管制室乗っ取っちまった方が早いんじゃねーの?」

 ぱちり、と。二人の視線が交叉する。

「――言えてるネ!」
「そんじゃ、先を急ごうぜ!」


***


 その頃、広間で派手な一戦をぶち上げていた陽動組は、雪崩れ込む軍人の多さに押されつつあった。いくらエマージの戦闘力が並以上とはいえ、同じく医者に過ぎないセントリックス、更には本来戦う術を持たないミアでは、戦闘のエキスパートたるセントラル軍に対して役不足なのだ。
 そしてその戦闘力不足を補うべきレオハルトすら、未だに自らの迷いに照準を揺るがせている。
 対峙しているのは、元仲間。そんな想いが彼の手元を狂わせる。折り合いが良くも悪くも、彼にとって仲間は仲間なのだ。例え自らを処刑しようとした軍の構成員であっても。

「まるで、蟻の大軍を相手にしているようだ・・・潰しても潰しても・・・まだ湧いてくる! 対処のしようが・・・ありゃしないよ!」
「その口にマシンガンを装備すべきだったな、喋る暇があるなら一人でも多く叩き潰せ!!」

 セントリックスが息を弾ませれば、声を荒げてエマージが叫び返す。
 広場に雪崩れ込む軍人たちは、同士討ちを恐れて銃を派手に使いはしないが、何分数が違うのだ。しかし奴らを釣る為には、リスクを負わねば始まらない。

「先生たち、目を閉じてて下さいっ!」

 手に砲丸のようなものを持ち、ミアが叫んだ。サッと身を伏せた仲間の上に弧を描き、弾は床に着弾するや閃光となって弾け飛んだ。
 室内に満ちた高濃度の光にモニターを焼かれ、軍人の波がどよどよとブレる。

「良くやった、ミア」
「えへへ、ヒナさんからもらったんです〜」

 ふ、と笑みを浮かべ、ミアの頭に片手を乗せたエマージは、助手の華やかな笑顔から視線を離して敵軍を見渡した。
 と、その時、ずん・・・と響く重い音を聞いて、エマージとセントリックスが顔を見合わせた。

「どうやら、また新しく何か来るらしい」
「先程の警報にあった、機械兵士という奴か」

 また難儀な、とエマージはぎっと眉間を寄せる。

「離れた方が良い。ここは広すぎる、数当たり戦は不利になる」

 まだ閃光弾の効力がある内にと、一行は別の出口を目指してまた走り出した。
 ――ずん・・・ずん・・・。
 彼らの後を追いかける、重厚な足音。敢えて振り向くこともせず、一行はとにかく細い通路を目指して走った。

「・・・・・・この辺りで良いだろう」

 ぴたり、と。先陣を切っていたエマージが足を止め、周りもそれに倣った。重い足音は次第に近づいてくる。

「軍人たちは追いかけてくるかな?」
「多分来るが、背後で待機するはずだ。機械兵士の攻撃に巻き込まれたくないはずだから」

 セントリックスの質問に、今まで口を閉ざしていたレオハルトが囁くように返した。

「あの兵士には感情が無い。だから例え味方を巻き込む危険があっても攻撃する」
「それって・・・酷いです・・・」
「つまり、破壊行動に特化した冷酷極まりない精鋭だと」
「足音を聞く限り、少数精鋭ではないようだね、残念ながら」

 前を見据えながら言葉を交わす四人。次第に近づいてくる足音が、じわじわと鋭気を削りにかかる。


 ずん・・・・・・――


 重低音と共に、機械兵士が角から姿を現した。
 それと同時に、セントリックスが左腕のペンチを構え突進する。不意を突かれた機械兵士が腕の銃器を構えるも、遅い!
 頭上から降った一撃に一体目が沈む。次の一体が弾を乱射する一瞬前に、長身をいっぱいまで地に沿わせて躱す。背後では、エマージがチェーンソーを盾にミアを庇う。レオハルトも低く身を伏せていた。

「お前だけ避けるな」
「痛いのは御免だからね」

 顔も見ずに言葉を交わすが、お互いがどんな顔をしているか、旧友の彼らには手に取るように分かっていた。片や不機嫌に口端を曲げ。片や不敵な微笑を浮かべている。
 間違いない、と腹で笑い、エマージは右腕を振りかぶる。狭い通路では、機械兵は一列にならざるを得ない。その腹ど真ん中を狙い、得物を叩き込む。
 ギ、ガ・・・―――!
 チェーンソーの回転音に伴って悲鳴に似た音を上げる身体を、力任せに押し出す。後ろに詰まった機械兵士が銃を撃つが、それでは前の兵士に当たるだけで意味はない。分断された兵士がくずおれると、その後ろには数々の銃口。

「――伏せろ、巻き込むぞ!」

 鋭くレオハルトの声が飛ぶ。考えるより早く地に伏せた二人の医者を超え、マシンガンから放たれる弾丸が機械兵を襲った。振り返れば、ミアを後ろに隠し武器を握る軍人の姿。

「今までの大人しさが嘘のようだな!」
「彼らはただの鋼鉄の塊・・・・・・私の仲間とは思えなくてね!」

 嫌いなんだ、とレオハルトが続けた気がするが、敵味方入り乱れる銃撃の音で掻き消された。幾発かは確実に彼の身体を傷つけているはずなのに、退く素振りすら見せないのは流石軍人と言うべきか。
 幾体目かの機械兵士が倒れた所で、マシンガンが空回った。積み重なった鉄屑が邪魔をし、残りの機械兵士はその場で立ち往生している。

「今の内に退こう! こんな障害物じゃ足止めにもならない」

 ちらとミアの無事を確認し背を向けた軍人の後ろを、ひらりと身を翻して医者二人が追いかける。レオハルトの言葉を裏付けるかのように、後方で鉄屑を踏み壊す音が響いた。

「あれを全て倒すのは不可能だ。数が多すぎるし、後にはまだ軍人が控えているんだぞ」

 走りながらエマージを振り仰いだレオハルトが言う。しかし医者はというと、ニヤリと彼らしく口を歪めて笑っていた。

「全て倒す必要など無い。ただ我々は耐えれば良いのだ、――・・・仲間が管制室を制圧するまで」

 ハッと軍人が目を瞠る。軍医の方は、成る程と言いたげに頷いた。

「そういう段取りなわけだね?」
「馬鹿な、管制室のマザーコンピュータはそうそう簡単に扱えるものじゃ・・・・・・、」
「幸運にも、こちらには脱走した科学者が味方についている」
「あの時の・・・――やっぱりグランハルトだったか、くそっ!」

 捜索の結果、結局見つからなかった脱走ロボットの所在をしれっと聞かされ、思わずレオハルトは舌打ちをしてしまう。その反面、彼が助かって良かったとも思う。あの時対峙した友人の目と言葉を思い出し、彼は安堵とも苦笑とも取れる笑みを零した。

「ということは、私たちは逃げ続けながら追手を減らせば良いわけだ」
「なるべく引きつけながらだが――もはやそう余裕ぶるわけにもいかんな」

 彼方から重い足音が近付いてくるのを聞き取り、巨躯の医者はぐるり辺りを見渡して呟いた。

「先程のように、同士討ちを誘いながら戦うしかあるまい」

 こくり、と面々が頷く。その時、レオハルトの背中をミアがちょんとつついた。何だい、と屈み込んだ彼に、心配そうなミアの視線が刺さる。

「お怪我大丈夫ですか?」
「ああ――大丈夫、何ともないよ」

 正直な話、平気なわけはないのだが、今は立ち止まっている暇はない。そう考えて頷いた彼に、ミアはまだ不安そうな表情を崩さなかったが、彼の気持ちを汲んだのか、それ以上食い下がることはなかった。


 ――ガシャン。ガシャン。ガシャン。重い足音が近付いてくる。
 角から姿が見えると同時に、ミアが先頭に向かって何かを投げた。地面に触れた瞬間、球は閃光を撒き散らして爆発する。光に撹乱され歩みを止めた機械兵士に突っ込んでいくのは、エマージとセントリックス!
 大振りにチェーンソーで敵を薙ぎ払う。唸る武器は兵士たちに反撃の間を与えずに、片っ端から沈黙させてゆく。攻撃からあぶれた者は、今度はペンチに頭を潰された。真剣な眼差しだが口元がニヤリと歪んでいる辺りセントリックスらしい。
 先頭軍団を蹂躙したところで、二人は攻撃の手を緩め退く姿勢を見せた。壊れ落ちた機械兵士の残骸から、セントリックスが銃を一挺後ろへ蹴る。床を滑る音を聞きながら、敵と距離を開けつつ、彼は旧友の背後へ回った。

「頼むよ」
「全く、仕方がないな」

 言うや否や倒れた兵士を引きずり上げ、前に翳すエマージ。同時に、後続から一斉射撃が放たれた。
 ガンガンと金属に当たる弾の音。大柄な二人のボディが兵士一体で覆えるはずもなく、腕や脚を弾が掠めた。それでも足早に後方へ退がると、今度は入れ違いにレオハルトが前へ出てきた。
 普段使うより一回り大きなマシンガンを手に、エマージの後ろから躍り出す。弾が頬を掠めたが、構っている暇はない。腰で銃底を支え、グリップを握る手に力を込める。トリガーを引きながら、弾の飛び交う中を敵に向かって突っ込んでいく!
 バラバラと落ちる薬莢が澄んだ音で転がるが、聴覚機関には届かない。聞こえるのは敵のボディを弾丸が貫く音。貫通した弾は後ろの兵士に当たり、前から次々に崩れ落ちていった。
 勿論レオハルトの身体にも、幾つも弾が穴を、ひびを、焦げ痕をつけていくのだが、痛みを今は感じなかった。膝を折った兵士の銃を蹴り離し、首を掴んで引っ張り上げる。そのボディの陰から、背後にひしめく機械兵士の群へ、マガジンを空にする勢いで一気に弾を浴びせた。
 ――正にそれは鬼の攪乱。ど真ん中に弾を喰らわされた兵士たちがどよりと隊列を崩した。後ろに控える者が引き金を引くが、前の仲間に当たるだけでレオハルトには届かない。
 マガジンを食い尽くし空回りする銃を投げ捨て、代わりに自分を狙っていた敵の手を蹴り抜いて新たな銃を奪う。手近な奴を思い切り突き飛ばし、狙われない内に後ろへと跳んだ。その動きは、白兵戦を得意とする14隊に相応しい。

「流石セントラル軍14隊。敵に回すと厄介だが、味方にすれば安心この上無い」

 へらりと軽口を叩いたセントリックスの肩を引き、エマージが脇道へ飛び込む。後からミアとレオハルトも続いた。

「その厄介な敵とまだ当たっていないのが気に掛かる。グランの方へ回られるとまずいな」
「もっともっと頑張らないとですね、先生」

 走りながら呟くエマージを、後ろからミアが追いかける。四人とも体力的には限界だが、まだ終わりにするわけにはいかないのだ。
 祈るような気持ちで仲間の成功を思い、人知れずエマージは唇を噛み締めた。

(早くしてもらわねば困るぞ、キッド、マディ――!)


***


 その頃、エマージの祈りが届いてかは分からないが、キッドとマディは管制室に続く通路をひた走っていた。無限に続きそうな廊下は広いが、人影は無い。

(楽勝だな!)

 キッドがそう確信した時。たった今通り過ぎた細い横路に影が見えた。ハッとした拍子に彼のスピードが落ちたのを感じ取り、背のマディはいち早く振り向き、そして叫んだ。

「走っテ! 追いかけてきてル、デモ軍人じゃないヨ!」
「機械兵士ってやつか!? 振り落とされんなよマディ、管制室まで突っ切るぞ!」
「分かっタ!」

 ぐん、と掛かるGを感じて、マディの手は強くキッドの肩を掴み、帽子に腕を回ししがみつく。
 走る、走る、走る。後ろからは重い足音が迫り、銃弾が頬を掠めていくのも一度や二度ではなかった。けれどキッドは、二人分の重みを率いて尚、風のように駆けた。

(俺は走れる! 荒野を駆ける馬みたいに・・・親父がそう言ったんだ!)

 廊下の突き当たりを右へ。壁にぶつからなかったのが不思議な程のスピードでカーブを乗り切ると、すぐに管制室のドアが見えた。CONTROLと上部に彫り込んである。
 片手を腰のホルスターに伸ばし、淀みなく引き抜いて、ドア横の壁にあるロックキーのコンソールに照準を合わせる。暗証番号など打ち込んでいる暇はない、というわけだ。
 素早く二発、銃弾を叩き込む。パッと火花が散り、ドアが音もなくスライドして開いた。中にはギョッとした顔が一様にこちらを向いている。キッドはにぃっと唇を吊り上げ、彼らに銃を向ける。

「ジャンキーの到着だ! ここを開け渡してもらうぜ、覚悟しな!」


***


 ――ガシャンガシャンガシャン。重苦しい足音が通り過ぎたのを確認し、グランハルトは注意深く廊下に顔を覗かせ、カメラアイを右から左へ動かした。誰も居ない。機械兵たちはちょうど角へと姿を消したところだった。

「よし、行くぜ」

 背後を見張るよう、背中合わせに立っていたヒナギクに声を掛ける。彼も短く頷くと、すぐにグランハルトの後に従い走り出した。音もなく、二人分の影が廊下を滑っていく。
 どれ程隠れ、走ったろうか。進む程に警備は手薄になる。どうやら陽動組は上手くやっているらしい。グランハルトはその不気味な雰囲気にもかかわらず、にんまりと満足げに笑みを浮かべた。彼らはひとえに、グランハルトを最奥へ行かせんが為、その身を張って戦っているのだ。
 ――と、そこでグランハルトの足が止まった。背に思い切りぶつかったヒナギクが、おいこらと不満たらたらの罵声を漏らす。しかし彼もまた、先の廊下に目を向けて瞠目した。
 その一角だけ、累々と横たわる軍人が廊下を覆っている。

「何だこりゃ・・・」
「先に行った奴が居るな。きっとあいつだ、ジャスライトだ」

 死体はまるで獣に襲われたような有様だった。その戦いぶりから特定される人物なんて、会いたくはない。本能から来る寒気を押し殺し、ヒナギクは問う。

「お前の仲間だな?」
「ああ。あいつらはあいつらで動いてるらしいな」

 また駆け出した背中を追い、前だけを見て走った。気には入らないが、グランハルトが仲間だと言うなら信じよう。俺も大概甘いよな。そう考えると、こんな状況にも拘わらず笑みが零れた。不思議と悪い気持ちはしなかったのだ。


 廊下を先へ先へ、更に進んだ突き当たりがエレベーターホールだった。たった一機だけひっそりと立てられたエレベーターは、唯一大総統の謁見室に繋がる移動手段である。
 息せき切って角を曲がった二人は、しかしそこでぴたりと足を止めた。こちらに向かい刀を構えるロボットの姿があったからだ。刀より何より、グランハルトらを射抜く視線の方に切られそうである。
 が、すぐに彼は刀を下ろし、視線と表情を和らげた。

「これは、お仲間か」

 ほ、とグランハルトが息を吐く。よくよく見れば、相手はあの処刑台での乱闘の際、グラッジバルドと打ち合った男――ササムラだった。その風体を見て、ヒナギクが「お前、あん時の」と指を指した。買い物に出掛けた時会ったエディゼーラのロボット。あの時もその秘めたる実力に驚いたが、今の構えで更に驚かされた。そして、その後ろに居たのは、

「グランハルト!」

 これまた広場で会った軍人ロボット。グランハルトの顔が、にっと笑った。無事で良かったと握手を求める彼、ジャスライトの手を握り返す。続いてヒナギクも。

「・・・ま、それは置いといてだな、エレベーターは?」
「それが・・・・・・」

 明るかったジャスライトの表情が、さっと曇る。彼の説明に依れば、エレベーターがどうにもこうにも動かないらしい。成る程、とグランハルトは内心歯噛みした。
 大総統へのアクセス手段はこのエレベーターしかない。となれば当然、最も厳重に遮断すべきはこの場所ということになる。このエレベーターさえ動かさなければ、大総統へはどんな賊も辿り着けないのだから。
 ジャスライトの説明に、腕組みを解いたヒナギクが噛みつく。

「どういう事だよ! 俺達は骨折り損ってか!?」
「落ち着けヒナ、俺達が焦ったからって直るモンでもないんだからよ」

 チッ、とヒナギクが壁を蹴る。確かにここまで来てこれでは、納得もいかないだろう。だがグランハルトには、一縷望みがあった。このエレベーターを、いや、軍部の中枢を管理しているのは・・・・・・。

「そうだジャスライト、お前情報課志望だったろ? 俺達がここに居るって、ジャックか何かして知らせられないか?」

 彼の言葉に、ジャスライトが首を傾げる。

「そりゃ、基礎は習ったが・・・私にはそこまで高い演算処理は出来ないし、やったところでメインコンピューターにアクセス出来なければ意味がないぞ?」

 しかし、グランハルトはにいっと笑って、ジャスライトを促した。成る程と言わんばかりに、ヒナギクも頷く。
 ササムラとジャスライト二人は良く飲み込めていない表情だったが、グランハルトらには勝算がある。恐らく今頃、キッドとマディが既に管制室を乗っ取っているはずだった。
 とにかくやってくれと言われ、ジャスライトは暫し考え、頷いた。非常用コンソールのカバーを外し、壁に埋め込まれた接続器に自分の胸部から伸ばした端子を繋ぐ。その様子を見て、ヒナギクのみならずグランハルトまでもが、感嘆の声を漏らした。

「・・・ほんと、こいつが居てくれて良かったな。お前出来ないんだろ、これ」
「おう、全くな!」
「ったく・・・俺らだけだったらどうなってたんだか」

 それこそ本当に骨折り損だったに違いない。この穏やかな当たりの軍人ロボットが例えあの廊下の惨劇の元凶であれ、仲間なのは確からしい。ヒナギクは一人こっそりと頷いた。
 ――と、その時エレベーターが低い唸りを上げた。真っ暗だった階層表示ランプに光が点っている。ゴウンゴウンと音を立てながら降りてくるエレベーターに背を向け、グランハルトは監視カメラへ、その向こうにいる仲間へと大きく手を振って礼を叫ぶ。
 エレベーターの、重い鉄の扉が開く。上層へ昇るための、唯一の道。誰も見たことの無い、このワールドの統括者を拝む為に。
 グランハルトは、鉄の箱を背に面々を振り返った。

「――さあ行こうぜ、こっからがクライマックスだ!」



To be continued...



→long
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -