It's the time
  about standing up!



 突然現れたガンマンにグランハルトは珍しく固まってしまっていた。胸中に様々な想いが回っていて、なかなか言葉にならなかったのだ。
 同志と呼んだマグナムの忘れ形見たる息子が助けを求めにきた。援けてやりたいのは山々だがレオハルトの忠告のこともある。
 やっとのことで口を開いたグランハルトが捻り出せたのは、いつもの彼には似つかわしくない 「俺に出来る範囲でな」 という台詞だった。
 それでもキッドはにっと笑みを浮かべると、中の面々を見回して己を指し、言った。

「厄介になるぜ。俺はキッド=マグナム、親父の敵討ちの為にエストランドからはるばるやってきた。グランハルトは俺の親父の盟友だったんだ、そうだろ?」

 威勢良く振り返ったキッドに、曖昧な調子でグランハルトが頷く。その様子にエマージが微かに眉根を寄せていたが、何も言いはしなかった。

「まあ、厄介者は日常茶飯事だろ、みんな。ああキッド、俺のことはグランで良い。それからあのデカくて赤いのがエマージ、医者だ。その隣りの女の子がミアちゃん。エマージの助手な」

 パンパンと柏手を打って場を整えたグランハルトの声はもういつも通りに戻ってはいたが、何処となく覇気のないのは見て取れた。しかし彼が何も言わない以上、仲間たちもまた何も訊くことはないのだ。
 紹介を受けた二人が軽く頷く。ミアはさらにお辞儀をした。

「で、そっちのマントがマディ。ふてぶてしいのがヒナだ」
「ふざけんな! 俺はヒナギクだっつってんだろ!」

 腕組みをして壁に凭れていたヒナギクが噛みつき、はははとグランハルトが笑う。何となく日常が帰ってきた気がして、エマージたちは内心ホッと息を吐いていた。

「・・・ところで、おいグラン、これ。キッチンのテーブルに置き去りだったぞ」
「ん? ・・・・・・何だ、ピストル?」
「あ、フリントロックじゃねーか、それ」

 思い出したようにヒナギクが投げて寄越した銃を受け取った時、キッドがきらりとアイモニターを輝かせて言った。ひったくるようにそれを手に収め、懐かしそうにひっくり返す。

「海賊が良く持ってんだ、俺小さい頃乗ってたことあるんだよ、海賊船。同い年のチビが居て、そいつもこれ持ってたっけ・・・。
 ――ん?」

 銃身を弄んでいた手がふと止まる。彼の視線は、傷にも見える彫り痕に留まっていた。
 ――《GALBERT》
 銀の地にギザギザした書体で彫られた文字はそう語っていた。

「これ、ガルのだ・・・」

 バッと顔を上げたキッドとグランハルトの視線が交わる。グランハルトが驚きと笑いの入り交じった表情でにかりと笑った。

「アクアリアの暴れ鬼とエストランドのじゃじゃ馬の息子が知り合い? はっはっは、そりゃあ良いや!
 それじゃ、そろそろ旅行の準備にかかれよ、お前ら」

 唐突にくるりと背を向けたグランハルトに、寝耳に水のキッドが思わず飛びつく。

「旅行って何だよ!? おい、セントラルから出るってのか? せっかくこんな近くに軍が、親父の仇が居るってのに!!」
「悪いな、こっちにも色々事情ってヤツがあるんだ。アクアリアに旅行だぜ、お前も興味あるだろ」
「ふざけんじゃねえっ!!」

 どん、とグランハルトの胸を突き飛ばし、キッドが腰のホルスターに手を掛ける。しかしその手が銃を引き抜くことは出来なかった。いつの間にか後ろに立っていたエマージがキッドの両手を強く押さえつけていたからだ。

「何しやがる!」
「傷害沙汰は見逃せん」

 私は医者なんでな、と続けながらガンマンの手を捩じり上げ、壁へ向かって放る。たたらを踏んだキッドは少しよろけたものの倒れはせず、踏みとどまった。
 エマージがグランハルトへ視線を戻した。彼は口を引き結んだまま、何とも言えない顔つきで立ち尽くしている。

「――私はな、」

 独り言でも言うような口調で、医者が囁いた。

「お前のことを、買っていた。」
「・・・・・・過去形かよ」

 エマージは応えない。代わりにグランハルトに背を向け、ミアの背を押して旅行の準備を促してやった。
 その時。

 パンッ。

 小気味良い音が、室内に木霊した。奥へ引き取ろうとしていたエマージたちも、不機嫌そうに隅を陣取っていたヒナギクも、驚きを隠せず音の源を凝視している。
 それは、マディがキッドの頬を平手打った音だった。

「ッ、テメー・・・!!」
「グランを撃とうとしたダロ!」

 マントから二本の細い腕が飛び出し、キッドの肩を掴んで揺さぶった。腕の細さに面食らったのか、キッドはぱくぱくと口を開閉させるのみで何も言えない。マディはまだガクガクと揺さぶり続けながら、叫び続けた。

「グランはワタシの恩人なんだヨ! いつもイッショケンメイなんだヨ! それにキミは、軍の怖さが分かってナイ!!」

 ガラスのように透き通った大きなアイモニターは、明らかな恐怖を宿していた。それもそうだろう。身近に迫る死から逃げおおせた彼だからこそ、知識の量なら誰にも負けない彼だからこそ、その恐ろしさが分かるのだ。

「カンタンに軍が倒せるワケないんだヨ! アイツらは、すごく、強いんダカラ!」
「んなことくらい分かってる!!」

 ようやく我に返ったキッドの手のひらがマディを押した。マント越しに触れたのは、驚くほど細いボディ。
 軽く押されただけなのだが、マディの身体は大きくふらついて崩れ落ちた。ぜいぜいと荒い息を吐きながら蹲る彼に、エマージが駆け寄る。

「・・・ゴメンナサイ、ちょっと、やりすぎタ・・・・・・」
「全くだ」

 マントの中を確かめ、外れかけのコードを繋ぎ直す。コードが繋がれる度に、マディは微かにフェイスを歪める。リジョイントは僅かに痛みを伴うのだ。

「ごめんな、マディ」

 マディの上に差した影が言う。苦しそうに眉根を寄せているロボットは、それでもにこりと笑ってみせた。

「グランは、謝ることないんダヨ」
「・・・ありがとな、マディ」

 哀愁のようなものを滲ませた表情で、グランハルトが笑う。それを見たから、もう誰も何も言えなかった。

「俺の友人がな、軍にいる。今、ちょっと風当たりが強いらしいんだ。そいつが治まるように、俺は少しここを離れたい」

 とつとつと零されたその静けさとは裏腹に、拳はぎりと結ばれていた。友人を軍に奪われてきた彼とて、声を限りに吠えたいのだ。けれどもそうすれば、今度こそレオハルトの首は飛ぶだろう。己さえ堪えれば良いなら、今はそうしてみたかった。

「・・・・・・それでもさ・・・やっぱり俺は納得できねえ・・・」

 同じく拳を握ったキッドが囁いた。けれど彼はそっと帽子のバッヂに触れたのみで、出て行くわけでも食ってかかるわけでもなく。代わりに、

「でも俺、他に頼れる奴を知らない。あんたが意気地を取り戻すまで、ついてかせてもらうしかねーんだ」

 心底悔しそうにそう吐き捨て、そしてそこで喧嘩はひとまず終わりを告げたのだった。

「――よし、旅行の準備してくれ。つっても荷物なんざそうねえだろ?すぐ済むから楽で良いな。俺は船の手配してくらあ」

 声だけはいつも通りの明るさで、グランハルトは足早にジャンクポットを出た。残された面々はそれぞれ黙々と作業をした。程なくして彼らの荷造りは完了し、航路を確保してきたグランハルトの号令で、アクアリアに向かうこととなったのだった――。


***


 水都、アクアリア。メディアルドの興隆前には全ワールド一の観光地として栄え、かのワールドへ首位を譲り渡した今でも、フェスティバルを観に多くの観光客が訪れる。
 町中には露天商らが弁舌を振るう声が溢れ、そこかしこでフェスタのお知らせが飛び交い、バルカローラは悠々と町中に巡らされた水路を進んでいく。

「ワアア・・・・・・!」

 活気の塊のような町並を、熱の籠った眼差しでマディが見渡した。ヒナギクやミアも同様、エマージは無関心を装っているものの、感嘆の光をひっそり瞳に宿らせている。ただグランハルトとキッドだけは、初見じゃない為か少し冷めた様子だった。グランハルトは町並観察に夢中な仲間たちに向けて苦笑混じりの声で呼び掛ける。

「おい、そろそろ宿に行くぞ? 身分証がなくても泊まれる所ってのは路地裏の奥の奥にあるんだ、辿り着くまでに日が暮れるぜ」

 歩を進めるよう促され、ようやっとみんなの足が動き始めた。セントラルでは一悶着あったものの、旅行へ来てしまえば何とやら、それなりに楽しんでいる様子である。但し、キッドとマディだけはお互い目も合わせない状況だったが。とは言っても、そもそもキッドは内の憤りを噛み殺しているのだから仕方ない。

「ケンカ、収まりませんね」

 心持ち浮かない足取りのミアが呟いたのを、エマージは敢えて聞こえないふりで流す。彼自身とて苛々しているのは否めず、そんな時に仲裁が出来るとは思えない。

「うわっ、と・・・」

 剣呑な雰囲気を裂いてグランハルトの声が上がる。どうやら通行人とまともにぶつかったらしいが、このメイン通りは人の最も多い街路なので、それも日常茶飯事だ。ただ一つ違ったのは、ぶつかった相手の剣幕だった。

「ちょいと旦那、何処見て歩いてんですかい!? そのカメラアイは飾りだってんですかねぇ? 大体でっけえ図体に団体様連れで道のど真ん中を闊歩たあ、よっぽど良いご身分なこって!
 そら、そこどいて下せえよ、あっしはここに用があんだから!!」

 マシンガンもかくやという勢いで文句を並べ立てたロボットは大きな算盤をガシャリと背負い直し、ふんっと不満げに鼻を鳴らして、さっさか大きな建物の中へ引っ込んでしまった。
 カンスガントラベリングカンパニーと並ぶ真鍮の文字盤を見上げ、呆然としていたグランハルトはゆるゆると仲間の方を振り向き、苦笑いをフェイスいっぱいに浮かべた。

「悪いの一言も言えなかったなあ」

 その言葉に、エマージが小さく「これだからアクアリアの連中は」と呟いた。メディアルドとアクアリアはなかなかどうして仲が悪い。


 しかしともかく、妙に浮かされたような雰囲気のまま、一行はやがて路地裏の奥まった宿へと辿り着いた。建物を一瞥し、うへえ、とヒナギクが不平の籠った声を上げる。

「なんつーボロ宿、これ崩れるんじゃねーの?」
「エディゼーラの建物と違ってな、ここらはみんな石材使ってんだ、そう簡単に倒れりゃしねーから安心しな」

 にかりと笑みながらの台詞は言外に 「文句は言わせねえぞ」 と告げており、仕方なくヒナギクは不満の爆弾から火を消さざるを得なかった。

「俺達みたいなジャンキーが泊まれる所ってのはマトモな所がねーんだ。ここだって、バルゾフ親父の誼で捩じ込んでもらったんだからな」
「ふうん・・・・・・」

 グランハルトの言葉に、今まで黙りこくっていたキッドが僅かに声を漏らし、看板を見上げた。“トルトゥーガ”なんて海賊が好きそうな名前だな、と呟く声音には懐かしさの他にも悔しさや悲しみが入り交じっていて、ふっと微笑を上らせた後、彼はまたさっと顔を俯けてしまった。

「とにかく、旅行は旅行だろ! 観光地回って美味いもの食って・・・そりゃあ楽しいぜ、なあ!」

 明るいグランハルトの声掛けに頷いたのはマディとミア、何だかんだでアイモニターを輝かせているヒナギクだけ。残りの二人は無言で少し視線を逸した。それを見たグランハルトは、だが不満そうに口元を歪めはしなかった。彼らの気持ちは、痛いほど分かっている。そしてそれでも、自分に従ってくれていることも。

「ほら、部屋行こうぜ、なあ」

 何はともかく、嫌な雰囲気を少しでも軽くしたい彼は自ら進んで宿の戸を開け、仲間を手招いた。豪快な店主に案内され部屋に通された面々が、元より殆ど無い荷物を解くのを待って、グランハルトから自由行動の申し出がなされる。全員で固まって動くより、初日はゆっくりしたいだろうというのがその理由だ。

「あっちじゃずっと一緒だったからな。お前らも、ちょっと息抜きしたいだろ?」

 主にその言葉は、長らくジャンクポットに居着いているエマージに向けて言われていたようだ。ふん、と鼻を鳴らした医者は、傍らに座るマディの肩に掌を乗せる。

「息抜きも何も、当分は休めそうにないがな。それもこんなにうずいてるのが、二人だ」

 二人の内に数えられたミアが、ぱっと顔を赤くした。小声でごめんなさい〜、と呟くのを聞いているエマージは、しかし全く参っているようにも不満なようにも見えず、むしろ楽しんでいるように見えた。どこまでも仕事熱心なんだな、とグランハルトの方が苦笑するほどにだ。

「まあ良いや。じゃあお前はミアちゃんとマディを頼む。出来ればヒナも頼みたいんだが・・・、」
「嫌だ! こいつと一緒は絶ッ対にごめんだ! 俺は一人で回る!!」

 途端、烈火の如く拒否し始めたヒナギクの言い様に、思わず周りがドッと笑った。キッドですら、我関せずのふりをして肩が震えている。分かった分かった、とグランハルトが宥めてようやく、この日の組分けが決まった。めいめいが部屋を発ち、キッドも動こうと腰を上げた時、グランハルトが声を掛ける。どうやら最初から二人になるつもりだったようだ。キッドが僅かに嫌そうな顔をする。

「そんな嫌がんなよ、観光しがてら、話がしたいんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 とん、と軽く肩に触れた手を見、ガンマンはふぅっと小さく息を吐き、ぼそりと 「行こうぜ」 と誘ったのだった。


***


 町並をぶらぶらと流しながら、二人は何処へともなく足を向けていた。だいぶあちこちをそぞろ歩いたせいか、黄昏れ始めた空が二人の影を長く伸ばす。どこのワールドでも、この夕焼け空だけは変わらないようだ。

「あのな、俺だって軍は嫌いだぜ」

 ぽつりとグランハルトが零す。今までそっぽを向いていたキッドの肩が、ぴくりと揺れた。

「お前にとっちゃ、嫌いなんてもんじゃねえんだろう。だけどマグナムは俺にとっても親友だった。海の頭領、バルゾフ船長もそうだ。
 ・・・・・・けどな、みんな死んじまった。これ以上失くしたくねえんだよ。俺が我慢して済むことならな」

 淡々とした口調だった。しかし気持ちはひしひしと伝わった。キッドは俯き、拳を握る。父親と同じく自由を求めた船長の死を聞いて、少し納得した自分がいた。だから分かっているのだ、グランハルトの考えは。失ったものはとても大きい。残っている者の価値が、存在が、どれだけ大きいかも、分かる。そしてそれは人質を取られているのと同じだ。彼の父親が敗北したのと、同じ状況なのだ。
 だからこそ、負けたくなかった。

「・・・戦えよ。あんた強いんだろ。仲間だって、少ないけど、強そうなのが居る」

 チラッと傍らの青年へ目を走らせたグランハルトの顔が、曖昧な苦笑に染まった。

「あいつらだって危険に晒すつもりはねえよ」

 へえ、と視線を鋭くしたキッドは、続けて小さく 「意気地無し」 と呟いた。グランハルトはそれを聞き流し、初日の観光は終わりを告げた。


 翌日からは、エマージたちも合流しての町巡りとなって、賑やかさは増したが、何処かちぐはぐなものだった。グランハルトはあれこれ指差してキッドの気を引こうとしたが、やはり彼は頑なな態度を崩さない。それに結局、初日に別行動に出たきり、ヒナギクは宿に帰っては来なかったのだ。ぎしりぎしりと、歯車が軋んでゆく。
 そんな軋みを抱えて迎えた、三日目の朝。何食わぬ顔をしたヒナギクが、あの小さな海賊、ガルバートを連れて帰ってきたのだった。

「港で隠れてんの見つけてさ。忘れ物取りに追いかけて来たっつうから、連れて来た」
「おう、ありがとな! グランのアニキ、オレのピストル!!」

 相変わらずの騒々しさだが、掻き回す勢いには上手く和まされ、グランの顔に久方振りの自然な笑みが浮かぶ。ちょっと待ってな、と言い置き、自分のカバンの底から、ピストルを引き出して放り投げた。

「そら、これだろ?」
「うわっ! 暴発したらどーすんだよ!」

 放られた銃を慌てた手つきで受け止め、素早く腰へ収める。なくしたパーツが揃ったと言いたげな、ホッとした表情を浮かべた彼は、それからきょろりと面々を見回した。その視線が一点で止まる。
 見つめられたキッドは、ここで出会うと思ってなかったので、ぱくぱくと暫く口を開閉させた後、ようやく 「ガル。」 と囁きに近い声を出した。途端、ガルバートの口がにいっと吊り上がった。

「やっぱキッドだ。見間違えるわきゃねーけどな!」
「お前こそ・・・その目立つ格好、忘れようったって無理だぜ?」

 懐かしい旧友の顔を見下ろし、キッドの声は初めて柔らかくなった。そして二人は同時に、
「親父さん、大変だったな。」
 と肩を叩いた。互いの肩に乗せた手が、ぎっと力む。泣くまいと決めたのだから泣かないのだ、と強がる二人は、幼少の頃から変わってはいない。それがまた、ひどく感傷を誘った。

「でもお前、何でアクアリアへ?」

 ガルバートの問い掛けに、キッド共々グランハルトまでもが目を逸す。それで大体察したのか、余計な詮索を控えた海賊の青年は、けれども強い口調で言った。

「仇は取る。そうだろ、キッド?」
「――ああ」

 一つ頷いて、ガンマンは肩から手を外した。分かっている。父に誓った約束を、違えることはないと。


「やろうぜ、キッド。自由への船は、まずオールで漕がなきゃ動かねえ。オレは宝を見つけて、そいつをみんなに分けてやるんだ!」
「ああ、俺達が生きるには自由がないとダメなんだ。空に、荒野に、かける身体を持たなけりゃ。
 俺はマグナム・・・・・・キッド=マグナムなんだ。絶対やってみせる・・・!」


 拳を握った二人に、まだそんなことを言うのかと食って掛かりかけたマディが口を噤んだ。迫力に気圧されて言葉にならなかったからだ。傍らで腕を組んでいたエマージが、無表情のままグランハルトを見やる。

「さあ、どうする、グランハルト」

 問われ、彼は困惑気味に視線を揺らした。しかしその握られた拳を見れば、どうしたいかなど一目瞭然で。最後の一刀が必要か、と口を吊り上げた医者は、低い声を響かせた。

「お前の決定ならば、私は進んで従おう。もし政府を打倒出来るとしたら・・・・・・、」
「けど、みんな死ぬかもしれねえ。ミアちゃんだって、マディだってな」


「ならば今、我々は生きているか!?」


 叩きつけられた言葉に、グランハルトが一歩後退る。

「生命すら弄ぶ医療、無知で培養された市民、見せしめの処刑! さあ、この圧迫の中、我々は生きていると言えるのか!?
 逃げ続けて生き延びられるなら私も納得しよう。だが! 軍から逃れる術はない、ならば根本から覆すより他に手があるか!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ぎり、とグランハルトが唇を噛み締めた。張り詰めた時に絞められ、誰一人口を開かない。
 と、今まで身を引いていたヒナギクが、一歩踏み出した。

「俺は政府打倒に賛成だ。誰かがやらなきゃ、一生このままだろ。隠れてばかりもいらんねーし」

 続けて、ミアとマディも身を乗り出した。

「み、ミアも賛成します! 治療してもらえない患者さんたちの為にも・・・!」
「ワタシも・・・・・・グランがやるって言うナラ、手伝うヨ!」

 震えてはいるものの、真っ直ぐな言葉。ここに居る全員の顔をゆっくり見回し、グランハルトは一度俯いてから、顔を上げた。

「――分かった。セントラルに戻ろう。そっから仲間集めて、政府と大喧嘩だ!」

 にっ、と。笑んだ彼の表情は、昔通りの彼のもの。医者は満足そうに溜息を吐き、ガンマンと海賊は高々と右手を突き上げた。

 ――しかし。

「おい、グラン! 軍がまたやらかすらしいぞ!!」

 ドタドタと階段を駆け上がってきた主人が抱えるラジオからは、ノイズ混じりに信じられないニュースが流れていた。

『――繰り返します。反逆者の公開処刑は聖ブリジット・デイに執行されます。反逆者の名前は、セントラル軍第14隊兵卒レオハルト、並びに軍医セントリックス・・・・・・・・・』

 さっとグランハルトの顔が青褪めた。同時に、エマージも音のしそうなほど拳を握り締める。

「聖ブリジット・デイはいつだ、グラン?」
「今週末。あと五日しかねえ。こりゃ仲間集めてなんて悠長なこと言ってらんねえな。向こうに戻ったら、俺らの準備だけでギリギリだ」

 絞り出すようにしてそれだけ言うと、グランハルトは揃った顔ぶれを見回した。

「危険なんてもんじゃない。死ぬこと覚悟で突っ込むしかねえ。だけど、負けるつもりは無い。・・・・・・ついてきてくれるか?」

 全員が、頷いた。ふっと微笑を浮かべ、彼は固い顔をしているガルバートの背を軽く押した。

「てなわけだ、せっかく来たのに悪いなガル。俺たちは、一つ喧嘩吹っ掛けに行ってくらあ」
「おう! トリトンの加護がありますように!」

 こつりと拳をぶつけ合い、ガルバートは今度はキッドへと向き直る。一度の瞬きの間視線を交わした二人は、互いに帽子に触れてみせ、そしてまた進む道を異にした。


 ――やがて交わるであろう若者の運命。それを食い潰そうと襲い来る軍の力。明日へ、未来へ、進む為に。彼らの物語が今、次第に速度を上げ始めた。



To be continued...



→long
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