エストランドの無法者を束ね、数々の反政府活動を繰り広げ、保安官の包囲網を軽々と突破しながら次第に勢力を増していた一人の男が居た。 彼の名はマグナム。この国で最も偉大なガンマンに冠される称号を戴いた男だった。本名は誰も知らず、しかしそんなことに頓着する者も居なかった。彼は無法者たちの期待の星。ただそれだけが、彼らにとっての唯一無二の真実だった。 しかし、度重なる反政府活動に業を煮やしたセントラルはついにエストランドへ軍隊を派遣。ジプシーたちを盾取り、ようやくマグナムの逮捕を成功させたのだ。 彼の処刑は異例の早さで執行が決まり、その場所は、見せしめの意を込めてエストランド保安局の大広場で行われることとなった。 台上に引き立てられた男は、集まる観衆を見渡した。身分証を持つ特権階級の奴等は、みな一様に顔をしかめ、ゴミ屑でも見るような顔つきで彼を見上げている。しかしその向こうでは、憤り声を荒げるガンマン、彼を慕うジプシーたちが、軍人たちに制されていた。 満足そうに一つカメラアイを瞬かせ、彼はゆるゆると首を振った。ぴたりと無法者たちの喧騒が治まる。 「やめとけ。今暴れちゃ元も子もねぇ。あっという間に粛清されてジ・エンドなんざ、サバクトカゲに笑われらあ」 どっ、とガンマンたちから笑いが漏れた。顔は涙で汚れていたが。 そんな彼らを見下ろして、マグナムは満足そうに頷いた。それから、周りを固める軍人たちへ向けて、空を見上げるようにして言葉を放つ。 「お前らに言える言葉は一つだけだ。 A good man in evil society seems the greatest villain of all.(悪人に囲まれた善人は、最も悪人に見えるものだ。) ・・・俺を処刑するってのはその証明だ。忘れるなよ。」 無表情のまま、執行官が手を挙げた。銃口がマグナムを取り囲む。緊迫の中、強く唇を結んでいた彼は、ふっとその口元を緩ませた。最期の時に遺す言葉はもう決めていた。今この時を、何処かから眺めているであろう、彼の息子に向けた遺言。 「――キッド!」 マグナムの口から言葉が溢れた。 「エストランドの男ってのは、自由を何より重んじるもんだ! 大空舞う鷲の如く、荒野を駆ける馬の如く! 翼を失った鷲は幸せか? 脚を折られた馬は幸せか? 違う! 自由なくして俺達は生きられない! それはな、空気と同じもんなんだ!」 黙れ、と軍人の一人が制したが、マグナムの口上は止まらない。その顔は精悍な笑みを湛えていた。 「お前は翔べる! お前は走れる! 俺の言葉を忘れるな、キッド。もうお前は俺の背中に隠れる子供(キティ)じゃない。 次のマグナムはお前だ! 強くあれ、キッド=マグナム!!」 空に、声が昇った。 振り下ろされる手。発砲。台上にパッと染みが散る。 掃射が終わるまで、自らの足で立ち続けたはぐれ者の英雄は、ゆっくりと前のめりに倒れ、そして、永遠に沈黙した。 処刑終了を告げる鐘が鳴らされ、続々と人が捌けてゆく中、そのロボットは茂みの中で蹲っていた。 彼こそマグナムの息子、今やその名を継いだ、キッドだった。 「ちくしょう・・・・・・!!」 ぎりりと強く握った拳。唇を噛み締めるも零れる嗚咽。ぼろぼろと涙が溢れるのを止められないが故の罵倒か、それとも無力な己への嫌悪か。しかしキッドが父親の処刑を妨害しなかったのは、決して憶病風に吹かれたわけではなかったのだが。 それでも、込み上げる悔しさは歯止めが効かないものだった。 誇り高き父親、彼の自慢。その男が、撃ち殺され、無惨にスクラップにされたのだ。 「・・・・・・でも、泣いてばっかじゃ男じゃねぇ」 絞り出すように呟き、キッドは乱暴な手つきで涙を拭いた。大きく息を吐き、茂みから立ち上がる。大広場に最早人は居らず、閑散とした日差しの下、乾いた草玉が一つ転がっていた。 ふときらめきを見つけ、キッドはその場へ駆け寄ってみた。 落ちていたのは金色のバッヂ。マグナムの帽子に飾られていたものだ。弾みで落ちて、そのままにされたものだろう。キッドはそれを拾い上げ、埃を払った。キラキラと眩く輝くそれは、父親を彷彿とさせる。 自らの帽子にそれを付けると、彼はぎらつく太陽を見上げた。 「――絶対、仇を取ってやるからな、親父!」 *** グランハルトはガチリとラジオの電源を落とした。淡々とマグナムの処刑風景を語っていた司会者の声はそこで途切れ、ジャンクポットに一時静寂が訪れる。 「知り合いだったのか」 一つ離れた席でコーヒーを飲んでいたエマージが、ラジオの電源ボタンから指を離さないグランハルトに言う。そこには疑問の響きがなく、グランハルトは二度ほど瞬くと、ぽかんと口を開けた。 「やはりな。肩を落としていたから、そうだと思った」 ちらりと間抜けた顔を見やって肩を揺らし、エマージは事も無げに言う。へえ、すげえなあ、との呟きには、またも無表情に戻ることで応えた。 「どんどん俺の知り合い、やられちまうなあ。軍の奴等、やることが過激になっていきやがる。海賊討伐、ストリートチルドレン掃討作戦・・・・・・それに今回の処刑」 「全くだな。・・・で、お前は何か報復でもするつもりか?」 不穏な台詞に、グランハルトの方が視線を逸らした。部屋の片隅ではヒナギクが事の成り行きを見守っている。 ギシリと背もたれに寄り掛かり、彼はあっけらかんとした声で言った。 「いや、良いさ。問題は起こさねえことにしたんだ」 ふ、と医者が息を吐き、ヒナギクはつまらなそうに舌打ちをし。奥の部屋から顔を出したマディは、空気の剣呑さに凍りつき。 が、この軋みも、買い物から帰ったミアの明るい声で融解した。 「ただいまですー! ・・・・・・あの、あの、頼まれてたものはほとんど揃えたんですけど、その・・・」 妙に口ごもるミアを、買い物を頼んだ張本人であるヒナギクが訝しそうに見た。 「何だ? 何かあったか?」 「えっとあの・・・トーフと卵、転んだ拍子に割れちゃいました・・・」 心底申し訳なさそうに袋を差し出す少女を前にしては、さしものヒナギクも罵声を飛ばせはしない。特にデカい保護者からの刺すような視線つきなら尚更だ。はあ、と溜息を吐き、彼はミアから袋を受け取るとその肩を撫でた。 「ま、仕方ねーわな。その二つは俺が買ってくるわ、ありがとなミアちゃん」 励ますように二度三度軽く肩を叩かれ、うっすら涙を浮かべていたミアもにこりと笑った。 「てなわけで、俺は買い物行くぞ」 「おう。・・・ああ、マント忘れんなよ」 「承知!」 バサリとマント代わりの布を羽織り、ヒナギクがにっと笑った。独特の風貌を持つ彼は町中でとても目立つので、こうして隠す必要があるのだ。 さて出掛けるかとドアノブに手を掛けた彼へ、マディの明るい声が届いた。 「キャンディもオネガイ!」 こら、と医者の咎める声がしたが、ヒナギクはひらりと手を翻して出て行ってしまった。マディを睨みつけるエマージだったが、たまの嗜好品くらい許すかと盛大な溜息を零し。マディはこの上ないくらいの笑顔を浮かべ、お気に入りのラップトップを抱えて、四人の集まるデスクへとやってきたのだった。 *** 仲間たちが話に花を咲かせている間、ヒナギクは買い物に行くことにした。セントラルには見所などほぼ無いに等しいが、生まれてこの方仕事以外で他国を見たことのなかったヒナギクには、ここの生活環境自体が新鮮だったのだ。 やがて路地裏が終わりを告げる。眼前に広がる表通り。ここの人波と活気から何か薄っぺらいものを感じ、ヒナギクはいつも身震いする。住民が軍に疑問を抱かないからだろうか。 「あっ、て!」 気圧されるように一歩下がったヒナギクの身体が何かとぶつかる。と、頭上から声が降った。 「おっと! ・・・御主、大丈夫か?」 え、とヒナギクは目を瞠った。幾ら警戒していなかったとはいえ、背後の気配に気がつかないほど平和ボケはしていないつもりなのに、この男の存在には全く気がつかなかった。 クセのある黒いファイバーヘアに、袂の広い衣装。 (こいつ、エディゼーラの奴だ) あのワールドの住民が国外に居ることは珍しいとヒナギクは良く知っていた。だから警戒も忘れて思わず男の顔を見つめてしまったのだ。何となく望郷の想いが兆してくる。 それを振り払うように首を振った彼の頭に、ふわりと掌が乗せられた。 「どうした、口をなくしてしまったか?」 「ば、バカにすんじゃねーや! ちゃんと喋れらあ!」 反射的に啖呵を切ってしまうヒナギクの態度に、男はきょとりとカメラアイを瞬かせ、からから笑う。 「はは、そうかそうか、それは悪かった」 「悪かったと思うんなら頭撫でんなオッサン! 俺ぁもうガキじゃねんだよ!」 「ん? まあ、そういう時もある。」 ぽんぽんと更に頭を撫で、満足げにその手を離すと男はするりと表通りの人込みの中へ融けていった。残されたヒナギクはもう一度 「ガキじゃねーっつの」 と吐き捨て、それから慌てて買い物に走る羽目になったのだった。 *** そんな仮初の平和から切り離されて君臨する軍本部。堅牢な建物の中で、一筋叫びが響いた。 「マグナムの件はやりすぎではないのですか!?」 直立不動の姿勢を保ったまま、キッと上司を見据えレオハルトが吠える。彼の所属する第14隊隊長を含め、他部隊、他課の隊長格の面々は無表情にそちらへ視線を向けた後、憤怒に近い勢いで顔をしかめた。 「何を言い出すのだレオハルト。それをわざわざ、我々の会議を中断させてまで問いに来たのかね?」 ガタリと席を立つ上司たちに臆しそうになった足を、レオハルトは必死で叱咤する。 軍は自分の居場所。忠誠を誓う相手。そう信じてきたし、信じたかった。けれどあの日、グランハルトが辞表を出した日から、きっと軋んでいたのだ。 「エストランドの武力鎮圧、ストリートチルドレン掃討作戦、海賊討伐指令・・・。我々はやりすぎています。治安を乱すものは排除すべきであることは理解していますが、こうも沢山の命を奪う権利などありはしないと思うのです」 ――ああ、軋む。居場所が、音を立てて。 レオハルトの心に、ふと友人の顔が過ぎった。震える膝を奮い立たせる勇気を貰って、また彼は前を向く。 並び立つ内の一人、レオハルトの部隊長であるラグハルトが、ゆらりと動いた。 「権利など関係ない。我々はその力を有している。力のある者が支配する。そういうシステムだ。」 淡々と告げるアイモニターの奥、表情のないカメラアイを見つめ込んで、レオハルトは一瞬酷い眩暈に襲われた。いつかのグランハルトの言葉――「お前、仕事が絡むと、人が変わるぜ」――を思い出し、自分も隊長と同じように、こんな恐ろしい瞳をしていたのだろうかと恐怖したのだ。 だが、ここで引いてはならなかった。 「ならば・・・・・・この軍(システム)が間違っている!!」 咆哮めいた響きで叫んだ。崩れ去る、足場。落ちる重力を感じながら、かつての友人の面影に微笑う。 これで良いんだろう? お前は正しかったよ。私の居場所は・・・間違っていた。お前が教えてくれたんだ。 ――ありがとう、グランハルト。 言うべきことは言った。もしもこれで彼らが目覚めてくれるなら良い。そんな願いが萌した瞬間、強く重い一撃を腹に食らってレオハルトの身体があっけなく吹き飛んだ。鞠のように軽々と宙を切った身体は壁にぶつかり、鈍い音と共に床に伏す。咳き込む彼の視界に、足先が映った。 「軍法会議の決議を言い渡そう。」 迫る爪先。衝撃が襲い、目の前がブラックアウトする。 「お前の言動を軍部への反乱と見なし、更に過去の軍規違反も考慮した結果――、」 薄れゆく意識の中、ラグハルトの冷たい声がした。 「貴様は斬首刑に処す。」 ――死刑宣告を受けた。それだけが分かった。 誰かが医者を呼ぶ声がし、やがて足早に近付く気配をうっすら感じて、レオハルトは微かにカメラアイに光を宿らせた。 「大丈夫かい?」 自らを抱え上げているのがセントリックスと分かると、彼は薄く微笑んだ。その唇が、音を生まずに小さく動く。 『――逃げろと、伝えて。彼に、伝えて』 じっとそれに見入った軍医がにこりと頷くのを確認し、レオハルトはかくりと首を垂れた。 「処置をしておけ」 「一体何故こんな酷い傷を負うに到ったかの経緯を聞いても良いかな? 私にはその義務があるんだが」 「お前にそれを主張する権利は無い」 そうかい、と呟いたセントリックスは、じとりとラグハルトを睨みつけてから患者の身体を抱えて医務室へ急行した。その背に、忌々しそうな視線が突き刺さっていることを知りながら。 ――そして、夜。外出許可証の取得を待たずして抜け出したセントリックスは、脇目も振らずにジャンクポットへと向かった。今は一刻を争うやもしれない。彼は強く扉を叩いた。 「どちらさん?」 ひょこりと顔を出したグランハルトがにかっと笑う。 「よお! こんな時間にコーヒーでも――、」 「君の友人から言伝があるんだ。心して聞いてくれよ?」 いつもの笑顔のはずなのだが、グランハルトが少し固い表情で頷いた辺り私は上手く笑えてないらしい、とセントリックスは内心で眉をひそめた。 「・・・・・・君達は早くセントラルを出たまえ。ここは危険だから、と」 嫌だと言われると思っていた軍医は一旦言葉を切り、続けて説得に掛かろうとした。しかしその前にグランハルトがぽんと肩を叩いた為に、それは敵わなかった。 「分かった。暫く旅行にでも出るさ。あいつに安心しろって・・・ああ、伝えなくてもいいな。これ以上、迷惑は掛けられねえや」 力強く頷くのを見て、それ以上何も言わずにセントリックスは微笑んだ。お互い握手を交わし別れる。 去る背中を半分しか見送らずに室内を振り返ったグランハルトは、その扉を閉めようと手を引いた。 ――途端、ガリガリと音を立てたドアの桟に、グランハルトを含め全員がハッと視線を集める。 「ここ、ジャンクポットだろ」 桟に挟まっていたのは一挺のピストル。銃身を割り込ませているのは、テンガロンハットに金色のバッヂ、ベストを模したボディパーツ。特徴的なエストランド出身の造形に、グランハルトがぼそりと呟く。 「・・・お前、あいつの息子か」 驚きを滲ませたグランハルトに、まっすぐ向かうガンマンの視線。 「ああ、そうだ。エストランドの英雄、マグナムの息子──キッド=マグナムだ。 あんたに助けを請いに来た。――俺に力を貸してくれ。」 To be continued... →long |