セントラルでは、住民の大半が専用の製造工場で造られる。ここの市民には、希望書を提出して許可されれば、「子供」という形で彼らの元に新たなロボットが贈られるのだ。 市民たちは生体金属で構成されているので、製造されてからある程度の期間は成長することが出来る。そして個体の最高値能力を一定期間保った後、徐々に能力が減退し、やがては機能停止する。 他のワールドも似たようなものかもしれないが、交流が殆ど無い為に分からない。少なくともセントラルの住民がこのシステムを疑ったことはなかった。 その中でも、更に厳重に警備された、工場の奥の奥で造られるのが軍用ロボット――つまりグランハルトと同じ型のロボットだ。タイプ、性格、所持武器の違いで多少の体格差はあれど、基本的には差異の無い軍人たち。 ――それがまるで人形のようで気持ち悪い、と従軍時代に零したことがあるが、誰も相手にしてくれなかったのを、ふとグランハルトは思い出していた。恐らくそう思っていたのは自分だけだったのだろう。そういう意味でも、元々俺はジャンクだったのだなあ、と自嘲では無しに思っていると、背後から声を掛けられた。 「コーヒー入りました〜。グランさんはお砂糖無しでミルクだけでしたよね?」 最近仲間入りした看護士ロボットのミアだった。二つ結びのファイバーヘアーがふわふわ揺れているのが可愛い。 「おお、ありがとなミアちゃん。あ、そこの床はボコッとしてるから気をつけ――、」 「きゃああっ!?」 ばしゃ、という水音に続いて腕にジリッと痛みが走ったが、気にせず両腕を前に伸ばす。お陰でバランスを崩したミアの身体は床に倒れることなく、グランハルトの腕に収まっていた。 そう、少々ドジなところさえなければ可愛くて良い子なんだけどなあ、と苦笑して、グランハルトは涙ぐんでいるミアの頬に片手を添え、 「怪我なくて良かったなあ、ミアちゃん」 「あう、でも、グランさんの腕・・・・・・」 はは、と苦笑いを浮かべると、グランハルトは身体を起こし、無事な方の腕で頭を掻いた。 「バレちまってたか! 良いさ、大した傷じゃない」 心配要らないと軽く手を振ってみせたグランハルトへ、奥の部屋からつかつかと図体のでかいロボットが近づいてきた。ミアを連れて転がり込んで来た医者、エマージだ。この時も不敵な笑みを浮かべながら歩み寄って来た。 「怪我をしたらしいな、ん? どう処置をしようか。切るか? それとも刺そうか?」 「手術の用意しますかー?」 ずいっと顔を近づけながら右手のチェーンソーと左腕に内蔵された注射器をちらつかせるエマージの横で、何の疑問も無さそうな顔でミアも問い掛けてくる。普通、火傷の処置にチェーンソーも注射器も必要ねーだろ、と突っ込みたい気持ちをぐっと堪え、グランハルトは口を引き結んだまま首を横に思い切り振った。 彼らが来てから、グランハルトは何度かこういうやり取りをしている。安楽死という以前に、こいつ何かやらかしてるんじゃなかろうか、と勘繰りたくなったのも一度ではない。いや、それより更におかしいのは、エマージの行動に何ら疑問を抱かないミアかも知れない。 (腕が良いのは確かなんだがな) 傷に薬を塗ってもらいながら、グランハルトはこっそり溜息を吐いた。 *** 所変わって、更に時も少々逆上り。夕闇迫る黄昏時のセントラル、中央部を少し外れた郊外のある工場で、サイレンが鳴り響いていた。赤く回る光の中をバタバタとエンジニアたちが走り回り、稼動している機械の電源を手動で落としていく。ロボットを製造していたラインの機械がメインシステムで制御出来なくなり、突然暴走を始めた為だ。 程無くして通報を受けた軍の一部隊が到着するのだが、それより前に工場から抜け出す影を見た者は幸いながら誰も居なかった。後になって、廃棄処分になるはずのロボットが一体足りないのが発覚するまでは、ふらふらと人目を忍ぶように建物の影を縫い歩くロボットの存在に気を留める者など、居るはずもなかったのだ。 「――ゼエッ・・・はあっ、はあっ・・・・・・!」 酸素が欠乏した金魚のように喘ぎながら、逃げ出してきたロボットは裏路地の煤けた壁に寄り掛かった。全身の回路が悲鳴を上げている。足の関節もがくがくと震えが収まらない。 「大丈夫、大丈夫だヨ、もう平気、壊されナイ、安全ダ、安全ダ・・・・・・」 そんなことが嘘っぱちなことくらい、ジャンクの自分にも解っているのだが、呟くことをやめられなかった。何しろ後少しで廃棄処分される所だったのだ。 ――完成を目の前にして、循環系のトラブルが見つかった為に、廃棄されることになっていた彼の名は、無い。名前を与えられる前に棄てられると決まってしまったからだ。しかも、仕上げ作業を施される前の段階で中止されたが故に、ほぼ全身がフレームボディ――いわゆる骨組のままである。今はその身体を工場からくすねてきた機能維持用のマントで隠し、何とか生き長らえているに過ぎない状況だ。 運良くAIを組み込まれたまま廃棄準備をされたことと、科学者として造られたことが功を奏し、工場のメインシステムをハッキングして混乱させ、まんまと逃げおおせる所までは出来た。だがいずれは軍の追及に遭うだろうし、捕まれば今度こそ御陀仏なのは間違いない。だがそこはジャンクなこの身体、とても独りでは満足に逃げることすら出来ないだろう。 「一難去ってまた一難、次から次へと難儀なことだネ・・・」 ともすればぐらりと傾ぎそうになる身体を叱咤し、脱走ロボットはまた歩き出した。残る希望はたった一つ。AIに蓄積されたデータの片隅にぽつりと落ちていた救いの光。 「ジャンク・・・・・・ポット・・・・・・」 以前、ジャミング電波に乗せてラジオに流れたことがあるらしい広告。 『ジャンクポットは、お前らジャンキーを歓迎するぜ!』 その情報が確かなら、正にジャンクの自分はきっと歓迎されるはずなのだ。暫く匿ってもらい、メディアルドにツテがあるなら紹介してもらえば良い。もしくは非公式の工場か研究室でもあれば、そこで自分の身体を完成することも出来るかもしれない。 もしもそこが駄目だったら、というのはこの際考えたくなかったので、彼は希望を胸に抱きながら、ずるずると足を引きずり歩き続けた。 やがて辿り着くのは、薄汚れた路地の奥まったドア。新たに書き直された文字がドアの上方に黒々と浮かんでいるのだ。それがジャンクポット。はぐれ者の吹き溜まり。 放浪の末にやっと見つけたそのドアをノックする代わりに、彼は前のめりに倒れ込んでいた。 *** 突然どかん、と入口で大きな音がして、グランハルトの腕に包帯を巻いている途中だったミアが、きゃっと声を上げてそれを取り落とした。思わず顔を見合わせたグランハルトとエマージは、暫し目で会話した後に扉を開けることに決めた。 それじゃあ俺が、と立ち上がりかけたグランハルトを片手で制し、エマージが無表情のままつかつかとドアへ近づいていく。 (一応、怪我人は座ってろってことなんだろうな。変なとこ医者らしいんだよなあ、あいつ) だがまた一方では、何かしらあった時にミアを頼むという意味合いもあるのだろうと考えたので、グランハルトは大人しく上げかけた腰を椅子へ戻した。 そんなグランハルトを横目で確認し、ドアの前で一呼吸置いたエマージが、相手の不意を突く勢いで扉を思い切り引く。 ゴトン・・・・・・。 鈍い音を立て、何かが部屋の床に転がった。これにはエマージもグランハルトも逆に意表を突かれ、数秒の間その倒れたモノを凝視することしか出来ずにいた。 しかしエマージの方がグランハルトより少し早く我に返り、さっとしゃがみ込むと倒れているロボット――そうと判断したからこそ行動に移れたのだ――をひっくり返した。光を失い、暗く沈んだようなアイモニターが現われたのを見て、ミアがはっと息を呑む。 「これは機能維持用のマントだな」 呟くように言いながら、エマージがそのマントの前を少し開け、中の身体を確認する。その眼差しが鋭く尖ったのに気付き、グランハルトが声を掛けた。 「どうだ?」 顔を少しだけ上げ、エマージは無機質な表情で首を振った。こういう場合、表情豊かに告げられるより、無表情の方が怖いな、とグランハルトが医者の顔を見ながら思っていると、横からミアが駆け出した。エマージの傍らにしゃがみ込み、二人して何やら弄くっている。いつの間にかグランハルトの腕の処置は終わっていたようだ。 突然の訪問者が一体どんな状態なのか確かめたい気もしたが、邪魔出来ない雰囲気に押されてグランハルトは一言も喋れないまま椅子でじっと固まるしかなく。 と、唐突にエマージが立ち上がり、二言ほどミアに指示を出すとグランハルトの方を向いて言った。 「奥の部屋で手術をさせてもらう」 「おいおい、奥って台所と物置だぜ!?」 医者の言葉にグランハルトは素頓狂な声を上げたが、エマージの方は特に意に介した様子もなく、先程までの慎重な手つきが嘘のような乱暴さで倒れたロボットを抱えると、ミアを従えて奥へと引っ込んでしまった。 「・・・・・・ほんとに手術する気なのかよ?」 途方に暮れた自分の声音を聞きながら、しかし彼らならやるのだろうな、と何処かで納得していたのだろう、グランハルトは踏ん切りをつけるかのようにくるりと奥のドアに背を向け、ついでに医者が閉めていかなかった表へのドアを閉めてから椅子にどっかと座り込んだ。最近はあの二人の掃除指導のお陰で埃も立たない。 特にやることが見つからないので、仕方なくグランハルトはラジオのスイッチを入れた。つまみを左右に回しながら、次々切り替わる番組を聞き流す。 ――が、ぴたりとその手が止まった。ラジオからは、ニュースをアナウンサーが淡々と告げているのが聞こえている。グランハルトはちらりと奥のドアへ視線を送り、それから小さく溜息を吐いた。 もしかしたら、いや、もしかしなくとも、その内口煩い元同僚が来るのを予測しながら。 *** 奥の部屋では、エマージとミアが黙々と準備を進めていた。小さなダイニングテーブルに患者を寝かせる為、エマージが乗っていた物をさっと薙払う。一瞬で空中に放り出された小物たちは、重力に従い下へ落ちる。それらが床に当たり盛大な音が上がって、ミアがびくりと首を竦めた。隣りの部屋でもグランハルトが息を呑んだことだろう。しかし、そんなことを今更この医者が気に掛けるはずもない。 「さて、手術を始めよう」 抑揚の無い声でエマージが宣言する。 「はいっ、先生!」 緊張した面持ちでミアが応える。かく、と小さく頷いて、エマージはカチャカチャと患者のマントを剥がし、中の身体を露わにした。 「・・・先生、どう処置しますか?」 「急場凌ぎしか出来んだろう。回路を繋ぎ直して蘇生させる」 「分かりました!」 *** 物が落ちた轟音がしてから、もうかなり経つ。始めの方は余り気にしないよう努めていたグランハルトも、流石にちらちらと奥のドアへ視線を投げるようになっていた。あの騒音以来聞こえた音といえば、何に使ったかは知らないが、医者の腕に装備されているチェーンソーの回る音だけだ。その後、妙に静かなのも気に掛かる。一抹の不安が過ぎるのも無理はないと言えよう。 いい加減やきもきするのは沢山だ、とグランハルト思った瞬間、表のドアが叩かれた。外に居るのが誰であれ、ひどく苛立っているのは間違いなさそうな叩き方だ。しかし大体予想はついていた為にさして焦った風も無く、むしろ余裕を持ってグランハルトは客人を迎えるようにドアを開けた。 「よう、レオハルト。ジャンクポットに何の用だ?」 予想通り、ドアの向こうには不機嫌そうにフェイスを歪ませたレオハルトが、片手に銃を構えてこちらを睨み付けていた。 「随分物騒なもん出してくるなぁ。どうした?」 「工場から廃棄処分されるはずのロボットが脱走した。お前のことだ、匿っているんじゃないかと思ってな」 退け、とレオハルトのアイモニターが煌めく。仕事熱心なこって、と苦笑いを浮かべながら、グランハルトは身体を少しずらして室内を示した。 「だあれも居ないぜ?」 「奥にも部屋があるだろう。そちらも見せてもらう」 「なあレオハルト、奥は今ちょっと・・・・・・、」 言葉を濁したグランハルトを、レオハルトがきっと睨みつけた。その鋭い視線を真っ向から受け止めて、グランハルトは少しだけ低い声で言った。 「レオハルト・・・。お前、仕事が絡むと、人が変わるぜ。」 告げられた言葉に不意を突かれたのか、些かハッとした表情でレオハルトがたじろいだ。そんな彼を、グランハルトは視線を外さずにじっと見つめる。 セントラル軍の軍人はみんなそうだと、グランハルトは知っていた。アウトローであった自分以外、命令が絡むと人が変わったようになる。普段こそ温厚なレオハルトですら、だ。 「・・・・・・奥では何をしている・・・?」 先程より幾分か落ち着いた声音で、レオハルトが呟いた。 「野良ネコの治療だよ。医者が頑張って獣医の真似事やってんだ」 ちら、とレオハルトが視線を寄越したが、グランハルトはいつものような明るい笑みを崩さない。 ここで振り向いて帰れば、とレオハルトは考える。ここで帰れば、そして何も無かったと報告すれば。――だが、それが出来ないことは自身が一番良く分かっていた。 「確かめさせてもらうぞ」 つかつかと奥の部屋へ近付きながら、銃の引き金へ指を掛ける。脱走ロボットを見つけたら射殺しても良いことになっているのだ。脳裏に、 「聴いちまったら知らん振り出来ねえだろ、お前は」 という元同僚の言葉が響くのを打ち払って、ドアノブに手を掛けた。 To be continued... →long |