Welcome to Junk pot!



 この世界には、様々な「ワールド」がある。例えば、未だ海賊の横行する海洋国家、明確な国家を持たず小国の集合体から成る国、医療技術の急発展により伸し上がった医療大国など・・・。これらのワールドは、全て「セントラル」と呼ばれる中央国家と繋がっている。立法・司法・行政に於いてどのワールドよりも優位に立つセントラルを治めるのは、君主でも大統領でもなく、軍部。最高権力を誇る、最大最強の軍隊だ。
 故に、人は謳う。
 セントラルは楽園だ。大犯罪も起こらない。セントラルに住むということが、一種のステータスにさえなる。
 これは、そんな「完全国家」の片隅でのお話。


***


 うら寂れた路地の奥まった所にドアがある。何の変哲もないただの錆びかけたドアだ。よくよく見ると、上方に乱暴な筆跡で「Junk pot」と書いてあるのが、何とか読み取れた。Junk pot。つまり「ゴミ溜め」と書き殴られたドアを開けるか否か――そこから始まる、彼らの物語がある。

「――いい加減、お遊びは止めないか、グランハルト!」

 錆び付いたドアの向こう、埃だらけの部屋の中で、二人のロボットが何やら言い争いをしている。片方は椅子にどっかりと座り込んでおり、そのせいで正確には分からないが、かなり体格が良い印象を受ける。一方のロボットはすらりとしており、目鼻立ちも座っている方より整っているようだ。どちらのロボットも同じ軍人タイプのボディをしているのに、体格や顔立ちのお陰かそれぞれのパーソナリティーを保っているように見える。
 その立っている方のロボットが、今度はバン!と眼前のデスクに掌を叩きつけ、先程と同じ台詞を吐いた。かなり大きな音だったはずだが、座った方のロボットは口を真一文字に引き結んだままで全く動じず、聞く耳持たないといった様子である。細身の方が溜息を漏らして、乗り出していた身体を後ろへ引いた。

「グランハルト・・・。このままでは、上層部だって黙ってない。治安を乱すのは止めてくれ」

 打って変わって懇願調子に発されたのは、彼が困り切った証拠であろう。ようやく結んだ口を開いて、グランハルトと呼ばれた方も言葉を返した。

「遊びでやってるわけじゃないさ。治安を乱したいわけでもない。俺は俺なりに、人助けしてるつもりだぜ。セントラル軍にいた頃にゃ出来ないことをしてるだけだ。
 おいお前、気をつけろよ、レオハルト。あいつらに入れ込むとロクなことが無いぞ」

 真顔で告げられた言葉に、レオハルトと呼ばれた細身のロボットはフェイスを歪ませ渋面をしてみせた。

「軍を悪く言うのか? 元々お前の属した場所なのに?」
「今は、ここだよ」

 にぃっ、と音がしそうなほど満面の笑みを浮かべて、グランハルトはドンドンとデスクを叩く。その衝撃で、もわりと綿埃が舞った。昔から変わらないかつての同僚の表情と仕草に、レオハルトの方はまたも溜息を漏らす。

「とにかく、お前はもう少し考えた方が良い。大体、ジャンクポットなんて名前、趣味が悪過ぎる」

 苦々しげにそう言い切るレオハルトに対し、グランハルトはアイモニターをきらりと揺らめかせ、太い両手を大きく広げて抗議してみせた。

「バカ言え! 俺は気に入ってるんだ、この名前が! 俺みたいなはぐれ者を集めるんだ。ジャンクポット・・・ゴミ溜めってのは間違っちゃねえわけよ。それにさ、」

 子供のような笑顔で付け加えられた台詞に、レオハルトの口がぽかんと開いた。

「ジャックポットみたいで縁起が良いだろ?」
「・・・・・・もう勝手にしろ!」

 余りに楽天的過ぎる調子の元同僚には付き合い切れないとばかりに、レオハルトはつかつかとドアへ歩み寄り、ノブを掴んだ。しかし彼がそれを回すより先に、外側から飛び込むようにドアが開けられ、完全に不意を突かれたレオハルトは鉢合わせた人物に押し倒される形で尻餅をついてしまった。

「きゃあああっ、ごめんなさあいっ!」

 甲高く、悲鳴に近い謝罪の声が上がる。
 ちょうどレオハルトの膝の上に座り込むような状態になった相手は、小さな女の子のロボットだった。指が隠れてしまいそうなほど大きな腕パーツの装飾品は、袖に見立てられて着けられたものであろうか。頭に戴いた十字マーク付の帽子の下方からは、二つに結ばれたファイバーヘアーがそれぞれ揺れている。ぶつかってしまったことに驚いているのだろう、大きな目は光をいっぱいに映して、まるで潤んでいるようだ。
 突然のことに絶句して動けないレオハルトの前に、ぬうっともう一人の来客が姿を現わした。こちらのロボットは図体のでかい、目線の妙に鋭い男だ。額には医者が着けているような反射鏡が、やはり鋭い光を投げつけている。右腕のチェーンソーが妙にしっくりきているのが禍々しい。

「すまないな、ミアが粗相をしたようだ」
「先生、ごめんなさぁい・・・」

 少々舌足らずな発音の少女を慰めるかのように頭へ手を乗せ、医者風のロボットがやや不遜な態度でそう謝辞を述べた。医者風なのではなく、事実、医者と看護士なのだろう。ここへ来てレオハルトはようやく茫然自失状態から立ち直り、身を起こすと客人らへ敬礼した。

「こちらこそ、不覚にも受け止め切れずにすまなかった。気にしないで頂きたい」

 そのやり取りを傍から見ていたグランハルトが、ちょうどその時に大声で笑い出した。ぎょっとしてそちらへ顔を向けた三人へ悪い悪いと手を振り、

「いやあ、あんまり堅苦しい行儀なもんで、ついなあ! 俺はそういうの好みじゃねーから。
 俺はグランハルト、元軍人だ。今はジャンクポットのリーダー張ってる。グランで良いぜ」

 削り取られた胸章をとんとんと拳で叩き、現軍人で無いことを示しながら、自身より巨躯の相手に全く臆した様子を見せずに、手短な自己紹介を済ませたグランハルトは、大きな掌を相手へ差し出した。その手と胸章へチラリと視線を遣った後、医者ロボットがニヤリと口角を上げて握手に応じた。

「私はドク・エマージ。メディアルド国より亡命した。こちらは助手のミアだ。宜しく、グラン」
「ミアです、よろしくお願いしまぁす!」

 慌てて頭を下げたミアへにかりと笑みを見せるグランハルトの傍で、そのやり取りを眺めていたレオハルトは、ドク・エマージの妙にニヤついた顔に若干不快感を覚えて眉間に皺を寄せていた。流れ者だという偏見のせいだと思おうとしてみたが、やはり底意地の悪そうな笑みが瞼の裏にちらつく。しかも振り払おうと目線をエマージから外す刹那、彼が自分の方をちらっと見たことと、その際にくいっと吊り上がった口元を見てしまい、ぞくりと背筋に寒気が走った。
 ――自分がグランハルトならば、とても握手など交わせない。
 自身が神経質すぎるのか、グランハルトが鈍感すぎるのかどちらだろう、とレオハルトは心の片隅でちらりと考えた。
 奇異なものを見るような面持ちのレオハルトをよそに、グランハルトはさっさと己の仕事を始めることにしたらしく、埃塗れのパイプ椅子からおざなりに埃をはたき落とすと、それらを二人へ勧めた。

「まあ座れ、立ち話もなんだからな。さっき亡命っつったが、メディアルドは有名な医療大国だろ? 何やらかした? ここに飛び込んだのにゃ訳があんだろ?」

 客とは反対の、今まで自分が腰掛けていた椅子へどっかと腰を降ろし、グランハルトが身を乗り出して一気に訊く。座った拍子にぶわりと埃が舞い上がったのを見てミアが困り顔をしたのは目に入っていないらしい。

「私のやり方は、あの国では少々合わなかったらしくてな。音楽性の相違ならぬ、信念の相違というわけだ」

 グランハルトとは対照的に、ゆったりと背もたれへ身を預けたまま述べたエマージは、そこまで言うとちらっと傍らに立つレオハルトへ目線を向けた。その有する意味を嗅ぎ取り、グランハルトはレオハルトに耳を塞ぐジェスチャーをしてみせる。音がしそうなほど眉間にしわを寄せたレオハルトは、それでも音声収集機能をシャットアウトし、手持ち無沙汰にむき出しのコンクリート壁に寄り掛かり、視覚機能をも切ってしまった。
 このやり取りはたまにあることで、こんな胡散臭い場所を訪ねてくる客は、概ね胡散臭いものなのだ。軍人であるレオハルトが聴いては、立場上マズい話も飛び出してくる。「聴いちまったら知らん振り出来ねえだろ、お前は」とはグランハルトの言だが、正にその通りなので大人しく聴かないことにしている。ついでに見るのも躊躇われるので目も瞑っておくのだ。我ながらお人好しなものだな、などと思いながら、レオハルトはじっと終わりが告げられるのを待った。
 レオハルトが話の輪から完全に離脱したのを見届けると、短く息を吐いてエマージはまたグランハルトへ向き直った。今度は身を傾け、組んだ指に口付けるように顔を寄せてぼそぼそと話し出す。

「――人を殺した。」

 簡潔明瞭に告げられた台詞に、グランハルトがぴっと口を真一文字に引き結んだ。それでも頷くことで先を促すのは忘れない。エマージも一旦は口を噤んだが、また同じ調子で続けた。

「医学は完全ではない。未完成のプログラムと同じだ。故に、打ち払えぬ病気もあれば、拭えない副作用もある。だから私は・・・、」

 そこまで言ったエマージの言葉尻を、黙って俯いていたミアが突然さらった。

「先生は悪くないの! 患者さんたち、もう助からなかったの・・・。だから楽にしてあげましょって、先生は・・・先生は・・・っ!」

 大きな瞳にみるみる涙が溜まり、ミアはそれ以上続けられなくなってしまった。しゃくりあげる少女の背中を擦ってやりながら、エマージは妙に無機質な声音でグランハルトに言った。

「そういうわけだ。安楽死は未だ非合法。患者を助けたとは認められない。大量殺人を犯した私は、狂っているというわけさ。
 元々馬が合わんと思われていたからな、良い機会とばかりに追い出された。もちろんメディアルドへの立ち入りはもはや出来ん。路頭に迷うとはこのことだ。
 そんな折、ある噂を聞いてな。はぐれ者を匿ってくれる場所があるとか、無いとか」

 淡々と述べ、また後ろへ身を倒したエマージは、じっとグランハルトを見つめた。返事を待つつもりなのかもしれないが、その目には何の感情も窺えない。
 ふむ、と口をへの字に曲げたグランハルトだったが、ぱっとその顔を明るくさせると両手を大きく広げた。

「良いぜ、引き受けよう! 居場所がねえならここに居りゃあ良い」

 昼飯のメニューを決めるのと同じ気軽さで発された言葉に、エマージもミアもぽかんと口を開ける。しかし当のグランハルトは、にかりと輝かんばかりの笑みを崩すことはなかった。

「・・・本当か」

 ようやく言葉を取り戻したエマージが言えたのはその一言のみ。そしてそれに対しても、先程の台詞を覆すことなく大きく頷くグランハルト。そうか、と呟いたエマージの肩が小刻みに揺れ始め、やがてくくっと笑いを漏らすや否や盛大に高笑いを始めた。

「ハーッハハハハハハ! どうやら噂は本当だったらしいな。素性が明るみに出ない者だろうが面倒を見る物好きというのは!」
「せ、先生、あんまり笑ったら失礼ですよう!」

 いつまでも笑いを止めないエマージにミアが慌てて制止をかけたが、グランハルトは大して気にしていないようだった。むしろ、不躾な医者の動向を楽しんでいるようにすら見える。子供のような表情をする割りには、案外中身は大人なのだろう。

「さーて、その物好きに拾われたんだ。基本的にゃ好きにしてもらって構わねえが、手伝いが必要な時にら手ェ貸してもらうからな」

 エマージとミアが頷いたのを見ると、グランハルトもまた大きく頷き、固く目を閉じたままのレオハルトへと歩み寄って肩を叩いた。

「よう、相棒。相談は終わったぜ」
「・・・そうか、それは何よりだ」

 不機嫌そうな口調でそれだけ言い、彼はこちらを窺っている客人へと視線を流した。かっかっと靴を鳴らして向かい合い、ぴしりと敬礼する。

「どんな結果が出たのであれ、セントラルに留まるのであれば歓迎します。但し、問題を起こさないように気をつけて下さい」
「ああ、セントラル軍は厳しいと聞いている。善処しよう」

 にやり、と口角を上げてみせたエマージに、やはり苦手だと目を逸らしたレオハルトは、もう一度グランハルトへ向き直った。

「良いか、問題だけは起こしてくれるなよ、グランハルト。これ以上は私だって目を瞑っていられないんだからな」

 こくんとグランハルトが頷いたが、レオハルトはあまり信用した顔ではなかった。それでも一応は納得したらしく、小さく敬礼をし合うとドアへ向かい、振り向くことなく表へと消えていった。

「――本当にお堅い軍人だな」

 去る背中を暫く見送っていたエマージがグランハルトに顔を向け、揶揄い気味な笑みを浮かべながら言う。

「仕方ないさ、セントラルじゃあれが標準だ。俺たちがアウトローなのさ」

 さして元同僚の堅物さに辟易した様子も見せず、欠伸を噛み殺しながらグランハルトはぶらぶらと部屋を歩き回りながら言った。どすどすと重い足音が響く度、もわもわと薄い埃が立ち上ぼっているのが薄汚れた明かり取りからの光で見える。

「あの、ミア、お掃除しても良いですか?」

 ついに我慢が出来なくなったのかミアがおずおずと言い出した。ぽかんと口を開けたグランハルトに追い討ちを掛けるようにエマージも、

「うむ、少々ここは汚れ過ぎだ。せっかく人数が増えたのだから多少は事務所らしくしても良いだろう」

 二人分の視線をひしひし浴び、暫し交互にその顔を見ていたグランハルトも観念したらしい。がっくりと肩を落とすと、仕方ないと言いたげに首を縦に振った。



To be continued...



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