未明の空に重い激突音が響き渡る。幾度となく途切れながらも続けざまに鳴り渡るその音には、殴りつける鈍い音の他、金属を切り裂く甲高い音と、更には銃声も混じっている。そう、GOD機動隊デルタチームが、パラサイダーロボと今正に戦闘の真っ最中なのである。 ここは都市中心部から離れたTブロック。山に囲まれた自然の多く残る区域だ。それはつまり、そこに様々な野生生物を抱えているということでもある。ブローの拳を受け止め、太い足で踏ん張っているこのパラサイダーロボもその野生生物の内の一体。 黒いボディは重厚な造り。 たくましい腕はチーム一のパワーを誇るブローに劣らない力を奮う。 胸に白い三日月を湛えた姿は、 「――っつーかさ、東京にツキノワグマなんか居るんだな!」 そう、ツキノワグマ型パラサイダーロボ、ワーグマーである! カールズの体当たりにも動じず、逆にぶつかった方が反動を食って転がってしまう。組み合ったまま拮抗しているブローは、押しているのではなく押されている。 「この辺りだけでなく隣県の方にも生息が確認されていますよ」 「ンな御託は良いから、さっさとこいつを何とかしやがれ・・・!」 「分かっていますったら!」 ブローからの文句に口を曲げたエースとて、何も手をこまねいているわけではない。むしろ雨のように弾を降らせているのだ。ただそれが全く実にならない。今まで戦ってきたパラサイダーロボの比にならないほど、ワーグマーがタフなのである。 「何て硬さなんだよぉっ、こいつー!」 「泣き言言ってる場合ですか! とは言え、流石にこれは・・・」 エースとカールズがいくら掛かろうと一向に埒が明かない。頼みの綱はパワーファイターのブローなのだが、敵もそれは承知の上らしく、組み合った手を離すつもりはないようだ。戦闘体勢に入って早々、この状態で膠着してしまっている。 しかもマグネフィールドも使えないときているのだから圧倒的に分が悪い。それと言うのもこの近くに変電所があるらしく、それに影響されてマグネデバイスの正常な作動が見込めないらしい。加えて山中のために足場は悪く、つくづく不利な状況である。 「もーやだ、隊長はまだかよー!?」 『そう文句垂れんな、こっちも必死だ!』 『道もないから進みづらくて・・・もう少しで着く!』 二人の反応通り、デルタローダーもこの地形に阻まれているものの一つだった。アスファルトで舗装された街中ならまだしも、ここは未舗装な上に山林なのだ。目的地へ辿り着くにも一苦労である。 「デルタローダーが飛べたらな・・・」 イーガルの手を借り何とか道を切り開いているイグニスがぼやく。車の形態を取るデルタローダーは飛行に向かない。合体時に宙へ浮き上がることは出来るが、可能なのはあくまで浮上であり前進が出来るわけではないのだ。 「浮かせて俺らで押すってのは?」 「・・・多分途中でオレたちがヘバるか、ローダーのバーニアがオーバーヒートするかのどっちかだな」 「やっぱダメか・・・」 舌打ちしたイーガルが道を塞ぐ倒木を持ち上げる。その下を潜り抜けると、道なき道とは言え何とか進めそうな状態なのが分かった。よし! と声を上げ、イグニスが揚々とハンドルを切る。 そんな膠着する戦況に違わず、オペレーションルームでもみな息をするのも忘れてモニターを凝視していた。 人気のない場所での戦闘とは言っても、下手に立ち回れば自然破壊を免れない。民間人の平和を守るのがGODの使命だが、同時に地球そのものへの配慮を忘れてはならないのである。あらゆる面で板挟みの機動隊は苦戦を強いられるばかりだ。 「もうちょっとだけ変電所から離れてくれれば、マグネフィールドを展開出来るんですけどぉ〜・・・」 「でもあのパラサイダーロボ、あそこから動くつもりはないみたいだし・・・」 「ああもう! 妙に小賢しいマネするんだから!」 ダンッとコンソールを叩きつけるユイリを叱る者は誰も居ない。アキラにしろマツウラにしろ歯噛みしたい気持ちは変わらないからだ。ただ機動隊を信じて見守るしかないという、無力感。 ――その時、戦場に動きが起きた。 「ごめんみんな、待たせた!」 ようやくデルタローダーが現場に到着したのだ。 エースの憂いが晴れ、カールズが万歳する。見ればブローの顔にも笑みが浮かんでいた。 合体要請シグナルを受けたオペレーションルームもにわかに活気づいた。テラスのアキラが合体コードを打ち込み、ユイリが機動隊のバイタルを確認する。全て良好、いつも通りだ。 「絆、信頼、拳に込めて・・・重ねよ心の絶対シグナル! I-Delta、激参!!」 巨神が降り立つ足元から、メリメリと木々の倒れる音。多少の被害は仕方ない。その代わり、早く終わらせてしまわなくては。コクピットで操縦桿を握るイグニスは一層気を引き締めた。 この状況を不利と悟ったのだろう、逃げようと踵を返したワーグマーを左腕で押さえつけるイデルタ。もがく敵だが、流石に合体ロボットの前では手も足も出ないようだ。 「よし、このまま一気に、・・・・・・うおっ!?」 不意にガクンと身体が揺れ、イデルタはバランスを崩しふらついた。押さえていたワーグマーが急に抵抗を止めたからだ。勢い余ってたたらを踏んだ隙を見逃すような敵ではない・・・・・・巨体をぐるんと反転させ、猛然とイデルタへタックルをかます。平衡を欠いている状態では、パワフルなワーグマーの渾身の一撃を耐え切ることなど出来はしない。むしろ堪える間もなく足が宙に浮いていた。15メートルほどもある巨体が一瞬中空に投げ出され、それから轟音を立てて地表に倒れる。 しかし突き倒された衝撃もさることながら、イデルタにとって何よりも問題だったのは、倒れた先に送電線が掛かっていたことだ。 「うあああああぁぁぁっ!!」 イデルタの重みで電線が千切れ、電流が流れ込む。いくらイデルタと言えど、動きを止めるのに十分なほど強い衝撃だ。流石に機能停止まではしないものの、中心核を担うイグニスにも多大な負荷が掛かる。 『隊長! 早く、身を起こして・・・!』 『ぐ・・・・・・ッ』 『うわあぁビリビリするー!!』 口々に叫ぶデルタチームの声に従い、視界を埋め尽くすスパークに邪魔されながらも操縦桿を握り直すイグニス。ゆっくりと巨体が身を起こしていく。 「おいイデルタ、大丈夫か!?」 「ああ・・・何とか。パラサイダーロボは?」 「ダメだ、潜って逃げちまった」 イーガルの示した先には大きな穴があった。 「すみません、アキラさん。逃げられました・・・」 『分かったわ・・・引き続きこちらでチェックをしているから、あなたたちは戻ってきてちょうだい』 『あ、合体機構に負荷が掛かってるはずだからそのまま戻っておいで。手動で合体解除してあげるから〜』 マツウラが通信を切ると、辺りはまた静かな山々に戻った。けれども先の戦闘で薙ぎ倒された木々の合間に、ちらちらと生き物の影が覗いている。静寂と思えた世界も実際は生命に溢れているのだ。彼らの住み処を戦闘で奪ってはならない。 「・・・次は必ず倒そう」 「ああ。んじゃ、そろそろ戻ろうぜ」 空中でビーストモードへ変形したイーガルがひらりと身を翻して誘う。それに続きイデルタも空へ飛び上がった。イーガルやエースほどではないが、イデルタも飛ぶことは出来るのだ。 白いボディに朝日を煌めかせ、傍らに尾を引く青を連れて、巨大ロボは東京の空を横切っていった。 *** ――ガチャン。 重い音を響かせ、コア形態のデルタローダーが分離される。帰還したイデルタはすぐさまサンクタム・フラットへ運ばれ、イグニスの離脱後、デルタチームのAIをスリープモードへ移行させて分離作業を行われていたのだった。 現在デルタチーム三体は無事にイデルタから分離され、それぞれが手動で変形プログラムを操作してもらってロボットモードへと戻っていた。デルタローダーも同じく、すぐにトラック形態へと戻されるだろう。 そのプログラム操作を部下に任せ、マツウラはデルタチームの起動を待つアキラの元へと小走りに駆け寄った。 「アキラさん、彼らは?」 「もうすぐ目を覚ますはずよ」 彼女が微笑むのと同時に、デルタチームのカメラアイが光を点した。バイタルチェックをしていたユイリがこちらに大きく手を振った後、親指を天へ突き上げてみせる。万事良好の合図だ。 続々と半身を起こした三体が三者三様に覚醒を示す仕草を取る。 両腕を上に伸ばし、大きく口を開けて伸びをしたり。 手を握ったり開いたりして動作を確認したり。 悔しそうに両の拳を打ち合わせたり。 「あーっビリビリしたー!」 「ふう・・・まだ関節が痺れている気がします」 「ったく・・・あの野郎、次は仕留めてやる」 けれど――その場の空気は見事に固まった。デルタチームは無論のこと、アキラたちも目の前の光景に言葉を失ってしまっていたのだ。勿論、その場で作業の終わりを待っていたイグニスとイーガルも同様にである。 伸びをした形のまま、キョトンとした顔をするエース。 開いた掌を見つめ、恐る恐るそれをまた結ぶブロー。 前屈みの姿勢で拳を打ち合わせ、その形で固まっているカールズ。 各々姿と声は変わらないが、仕草と口調が全く違う。 「な、」 三体が同時に顔を上げ、そして同時にぎょっと仰け反った。 「何でオレがそこにいんのー!?」 「そ、それは私の台詞です! あなたまさかカールズですか!?」 「おいおい・・・俺のボディにエースかよ。一体どういう・・・」 大仰な仕草でカールズを指し、慌てふためいているエースと。 片手で口を覆い、狼狽えた表情でエースを見つめるブローと。 その二体を前にして、やれやれとばかり首を振るカールズと。 「アキラさん・・・まさかこれって・・・」 恐る恐るアキラを見やったマツウラに、アキラも困った顔で頷くしかない。 「ええ、恐らく・・・人格が入れ替わっているわね」 その瞬間。サンクタム・フラットにデルタチームの悲鳴が轟いた。 *** 「・・・・・・えーと、じゃあつまりこういうことかな? エースのボディに入ってるのはカールズ。 ブローのボディに入ってるのはエース。 で、カールズのボディに入ってるのがブロー。 ・・・間違いないかい?」 一体一体を指差しながら確認するマツウラも疲れた表情だが、それ以上にがっくりと肩を落とすデルタチームの方がよほど疲れた雰囲気を醸し出している。その落胆ぶりにはイーガルでさえ軽口を潜め、乾いた笑いを浮かべる始末だ。 「間違いありません・・・ああ、どうしてこんなことに・・・」 「おい、俺の姿で情けねえ格好するんじゃねえよ」 頭を抱えるブローへ不機嫌な顔のカールズが文句を垂れる光景は珍しいどころの話ではない。しかもそれを笑いながら傍観するのがエースなのだから余計に笑えてしまう。しかし当のデルタチームにしてみれば笑い事では済まされない。 「主任、早く何とかして下さい!」 「エースの入った俺の姿なんざ見てられねえぜ」 「私だって好きで入っているわけではありませんっ!」 「ほ、ほら、喧嘩は良くないぞ。エー・・・ス?」 姿と中身の違いに戸惑いイグニスが言葉に詰まると、ああもう――とブローの中でエースが嘆く。するとカールズの姿をしたブローが顔をしかめる。 ――堂々巡りである。 「AI自体が入れ替わったわけじゃないからね・・・もう少し調べてみないと何とも・・・」 マツウラの言葉が追い打ちを掛け、二体はがっくりと肩を落としてしまった。元気が良いのはエースの中にいるカールズだけだ。 「まーまー良いじゃん、これも結構楽しいぜー?」 「あなたは黙ってて下さい。私の声でそういう台詞を喋られるのは調子が狂います」 「ちぇーっ」 「ああもう・・・」 つまらないと唇を尖らせるエースに眉間を押さえ溜息を吐くブロー。何とも奇妙な光景だ。 ブローの身体をしたエースにしても、嘆いたところで事態が好転するはずはないと分かっているが、溜息の一つも吐かなくてはやっていられないのだろう。 これは一刻も早く元に戻る方法を見つけなくては。デルタチームがこの状態では、もしもまた敵が現れた時――。 ――ビーッ! ビーッ! まるでタイミングを見計ったかのように鳴り響くエマージェンシーコール。それと同時に、ミズキの声がスピーカーを通してキンキンと響いた。 「さっきのパラサイダーロボ、また現れましたーっ! 場所は変わらずですぅー!」 「オレたち先に行ってます、アキラさん!」 「デルタチームは役に立たねーだろ? 俺らで片付けてやるよ!」 軽口を叩くイーガルだが、当人もワーグマーの体長からして二人の手に負えるサイズでないのは分かっている。本来ならばデルタチームの出撃は見合わせるべきであろうが、現状を考えるとそう悠長なことは言っていられない。 「主任、私たちも出撃します!」 「お願いね・・・くれぐれも、気をつけて」 「分かってるってー! またオレが一番乗りだぜっ!」 高らかな宣言と共に平時らしからぬ身のこなしで踵を返したエースの肩を、大きな手がむんずと掴み引き戻す。 「あなたはブローを連れて空から向かうんですよ! 彼のスピードでは到着にいつまで掛かるやら・・・」 「へ・・・? えーと・・・じゃあ、連れてく?」 「ですから私ではなく、・・・・・・あ」 怪訝そうな顔をした彼は自身のボディ――現在はブローのそれを見下ろし、思わず片手で目を覆った。 「そうですね・・・私を連れていってもらいます。となればブロー、あなたはボーッとしていてはなりませんよ」 「ああ・・・切り込み隊長は俺か。よし・・・」 のっそり立ち上がるカールズが楽しげな笑みを浮かべた。彼にとって一番乗りという言葉は魅力的に違いない。元がヘビーファイターの彼は最後尾の到着が多いからだ。 ――が。 ずべしゃ。 例えるとして、そんな擬音であったろう。もっとも転んだのは鋼のボディを持つロボットなので、そんな可愛らしくも間の抜けた音ではなく、もっと硬質かつ耳に痛い音ではあったが。 「だ・・・大丈夫ですか?」 「・・・・・・・・・」 むくりと身を起こすカールズにブローが尋ねる。だが転んだ彼は無言である。 ・・・と思った矢先、口を開いた。 「・・・軽すぎる」 ぼそりと零された不平らしき言葉の意味を図りかね、一同は首を傾げてしまった。しかし若干の間を置いて、アキラがパチンと両手を打つ。 「なるほどね・・・ブローのAIでは、カールズの軽量化されたボディのバランスが取れないんだわ」 「そうか、エースやカールズは入れ替わったことで重くなったけど、ブローだけは軽くなっちゃったんだものねぇ」 「くそっ・・・すげえ動かしづれえ。デブネコのくせに軽過ぎだ」 「だから言ってるじゃん、オレはデブじゃないってー!」 じたじた地を踏みしだくエースをよそに、ブローとカールズはそれぞれ自身の腕を上げて動かしてみる。 確かに、ブローのボディへ入ったエースにも違和感はあった。動作がいちいち重たいのだ。思うように身体が動かない感覚は多少歯痒い。けれども彼にとっては、所詮その程度の差異とも言えた。加重される分には動作自体に深刻な支障をきたさないのだ。せいぜい思考と動作に若干のラグが生まれるくらいである。 ――しかしブローは違う。 そもそもチーム一の体重を誇るブローが、チーム一軽量のカールズのボディに入っているのだ。その差異は大きく、現に立ち上がることは出来ても、歩く走るといった動作に四苦八苦する有様。これでは戦うことはおろか、自力で現場へ向かうことさえ出来るか怪しい。 「・・・もしかしなくてもさ、これってヤバい?」 エースが零した言葉で一同の顔に暗い影が差した。 「と、とにかく・・・エースとブロー――じゃない、カールズとエースは先に出動して。ブローは少し動きに慣れてからじゃないと無理そうだから・・・」 その言葉で顔を見合わせた二体は仕方なく頷き合い、サンクタム・フラットの出口へ爪先を向ける。 「頑張って下さい、ブロー。バランサーを調整すれば何とかなります!」 「オレみたく動けるようになるには百万光年早いけどねー!」 うるせえバカールズ! と唸り凄まれ、 「光年は時間でなく距離です」 と突っ込まれても意に介さず、エースはブローの手を掴み駆けてゆく。 「空飛ぶのって初めてだぜー! アクロバット飛行して良い!?」 「ダメです! うう、凄く不安になってきました・・・。ちゃんと飛べるんでしょうね、あなた」 「飛び方分かんないけど何とかなるよなっ」 「なりません!!」 先が思いやられる、とブローから溜息が漏れた。この表情をもし元の持ち主が見たら、俺のボディで情けない顔をするなと憤慨したことだろう。だがしかしその当人は必死に動きの練習中である。 ともかく、ブローの体躯を素早く現場に運ぶには空輸しかありえない。泣こうが喚こうが不安を覚えようが、エースのボディを持つのは現在カールズなのだから頼らざるを得ないのは紛れもない事実だ。 「・・・くれぐれも安全運転で。飛び方は私が教えます」 「よっしゃー!」 任せろ! と満面の笑顔を浮かべた自分の顔を見つめるエースの心境やいかに。そして彼に追い討ちを掛けるよう、空の旅が予想に違わぬ有様となることを、今の彼はまだ知らない。 *** 空路を選んだ二体が想像斜め上の飛行体験をしている頃、そして未だサンクタム・フラットを出られずにいるブローが調整に躍起になっている頃。イグニスとイーガルは既に現場へ到着していた。彼らも空路を真っ直ぐに来たのである。 上空からでも、木々を薙ぎ倒して邁進するワーグマーの姿はよく見えた。季節はもうすぐ春。枯れた木々も新たな葉を芽吹かせ、花を咲かせるはずであろうに。踏み倒されていく自然を目の当たりにし、イグニスはイーガルの背の上で立ち上がった。 「あいつにこれ以上動き回られちゃ困る」 「了ー解。そんじゃ今度こそ変電所から引き離して、マグネフィールドにぶち込んでやろうぜ」 「ああ!」 ぐうっとイーガルが首を下げて進路を下へと取る。前のめりになりながらも、イグニスは臆する様子を見せなかった。弟の飛行技術に信頼を置いているからこそである。 頭上から接近する二人にワーグマーは影で気づいた。首をもたげ、ずんぐりとしたボディを起こして、空を舞う邪魔っ気な敵を叩き落とそうと伸び上がる。けれども息のぴったりな兄弟が簡単に撃墜されるわけもなく、むしろ制空権を取られたワーグマーの方が不利なのは一目瞭然だ。 すると、イーガルが軌道を変えた。しかも敵を挑発するかの如き動作で。無論、頭に血が上っているワーグマーはこれに食いつき、進路を変えた。 内心イグニスはガッツポーズを取る。敵が挑発に釣られて移動すれば、変電所から遠ざけられるはずだ。 「・・・あーっ! 来た来た来たー、来ましたよぉー! 変電所の影響域離脱、マグネデバイス射出しまーっす!!」 オペレーションルームではミズキが両手を突き上げ歓声を上げた。イグニスの予想通り、ワーグマーは十分変電所から引き離されたのである。突き上げた腕を即座に下ろして淀みなくキーを叩き終えると、彼女はギュッと握った拳を口元に揃えて笑顔を浮かべた。そして可愛らしい表情のまま、彼女はその拳を躊躇なく発射ボタンに叩き込む。 まるでその勢いを受けたかのように、デバイスは尾に雲を引きながら激昂するワーグマーの周囲を取り囲んだ。イグニスとイーガル両者も共に中へ取り込み、フィールドを展開させていく。 乾いた地面。台座のような岩が散在する、これは荒野のフィールドだ。 「――たぁいちょーっ!」 ちょうどその時、フィールドの天井部が歪んだ。天を突き破るようにしてブローを抱えたエースが飛び降りてきたのだった。本来自分が飛ぶ側であるにも関わらず運ばれる側に甘んじなければならなかったエースは、ブローの顔であることも相まってひどい渋面だ。けれども仲間がそんな顔をしているとは露知らず、相変わらず明るい調子でカールズ――もとい、現在の姿はエースの彼が飛び跳ねた。 「よーし、今度こそオレがやっつけてや、ぎゃっ!?」 颯爽と一歩踏み出したところを慌ててブローの大きな手が食い止める。 「何すんだよぉ!?」 「それはこちらの台詞ですよ! 私の身体で突っ込んでいかれては堪りません!」 「あっ・・・」 そうだった、と思ったのが手に取るように分かるほど明確な表情をした後で、彼は大きく頷いてみせた。 「じゃーオレが援護役で、エースが突っ込む役だ!」 「えっ?」 浮足立つエースを前に、ブローは一瞬ぽかんとしてから頭を抱える。 「そうですね・・・接近戦は現在私の役割です」 全く経験のない接近戦。だが出来ないわけではない。得意ではないだけで。そう自分に言い聞かせながら、ブローはずしりと重い足音を立てて前に出た。ワーグマーは既に体勢を低く取り突撃の構えを取っている。 そして! 「グオオオオォォォォォォッ!!」 一気に距離を詰める敵を見据え、ブローも見真似で構えを取った。 (いつもブローがするように・・・重心を低くして・・・受け止める!) しかし激突した瞬間、突き出した両腕に凄まじい衝撃が走った。地面を押さえていた両足が耐え切れずにふらつき・・・・・・背中から地に倒れる。押し倒された! 「まっ・・・まだまだぁっ!」 完全に組み伏せられる前に拳を敵の身体へ突き当てる。格闘経験のなさをパワーで補うごり押し戦法だが効果はあったようだ。連打に耐え兼ねたワーグマーが吠えて下がる。すかさず起き上がろうとしたが、身体が重い。思うようにいかない。 「カールズ! 援護射撃です!」 「う、待って待ってどーやんの!?」 「どうって・・・!」 いざどうやるのかと問われると難しいのか、起き上がろうともがきながらブローは口をぱくぱくさせた。 「だ・・・出そうと思えば出ますよ!!」 結局捻り出したのはこの答。けれども感情直結型のカールズには功を奏した。エースの身体を操る彼は水を得た魚のように生き生きと笑い、 「りょーかーい!」 ――本当に、銃を発射した。 狙いは的外れだが、弾幕はワーグマーの攻撃を阻むに有効だ。ブローもやっと身を起こし再度構えを取る。そこへ、ブゥンと空間を揺らがせてようやくカールズが飛び込んできた。 「ブロー! もう動けんの?」 「ギリギリ何とかな・・・」 「アキラさん、合体は出来ますか?」 チームが揃ったところでイグニスが司令室に通信を入れる。だが答は芳しくはなかった。三体のAIはボディと同調していないので上手く変形させられないと言うのだ。 『時間を掛ければボディとAIはシンクロする・・・けど、もしそうなったら彼らはもう元の身体に戻れなくなっちゃうかも』 「ええっ!?」 困惑するイグニスに対し、マツウラはいつものなよなよした口調を更に弱らせて言った。 「今デルタチームはAIのプログラムだけが入れ替わった状態で、AIそのものを交換したわけじゃない。それがもし彼らの異なるボディと同調してしまったら、AIプログラムが定着してしまう。そうなると無事元に戻せるか分からないんだよ」 なるほど。つまり、今はAIプログラムが不安定であるが故に元に戻す余地はあるが、それがボディと同調し定着してしまった場合、AIプログラム自体をまた抜き出すことは難しいと――そう言いたいのか。 これにはイグニスのみならずデルタチームも頭を抱えてしまった。単体で戦えば苦戦を強いられるのは間違いない。さっさとイデルタに合体し、片をつけてしまいたいのに。 しかしそうは問屋が卸さない。敵は既にかなり激昂しており、これ以上与太話などさせるものかとばかりに機動隊目掛け突進を仕掛けてきたのだ。 もうもうと上がる土煙、地を揺らす地響き、これがマグネフィールドによる立体映像だと分かっていても、リアルな体感には変わりない。 突っ込むワーグマーに立ちはだかろうとしたカールズを引き戻し、 「あなたは今ブローではないのですから! 私がやります!」 ブローがその位置にそびえ立つ。 (今度こそ、止めてみせます!) 体勢を低くし、出来る限り重心を下げて待ち構える。 その時、駆け来たるパラサイダーロボが一際太い咆哮を上げた。ぎょっとした面々の前で敵のロボットは走りながら変形を始めたのだ! おいおい――と空飛ぶイーガルが口角を引き攣らせる。 「マジかよ、器用だな!」 「エース、もっと腰落とせ。弾かれねえように地面を足で踏み締めてろ」 「分かっています!」 ワーグマーの前脚が地を蹴り、上半身が腰からぐるりと半回転する。 今まで背中だった部分が胸となり、大きく反り返ったそこへクマの顔が嵌まり込んだ。 足はビーストモードとさほど変わらず、そのせいで上半身だけが隆々と大きく、足が短く太いシルエットになる。 ロボットモードの頭が内からせり上がり赤い光を瞳に灯した。 我こそはパワーファイターなりと言わんばかりの体躯で、敵は勢いを殺すことなくブローへ体当たりを食らわせる! 「ぐうう・・・・・・っ!」 ザザァ――ッ! 土砂の擦れる音を引き、ブローの身体が後ろへ押された。踏み止まろうと堪えるのだが、助走をつけた巨体はなかなか止められる勢いではない。ひっくり返らないようにするだけで精一杯である。 「エース! オレ援護射撃やるーっ!」 「正直今は止めて頂きたいのですが・・・!」 ようやく踏ん張りが効き、がっしと組み合ったブローが恐ろしいものを見る目でエースを見た。 そんな心配など意に介さず、彼はわくわくした様子で両腕を構える。 「よっしゃー、エールストライーク!!」 そして躊躇いもなく無邪気な笑顔で必殺技をぶちかました。 撃とうと思えば撃てるという助言通り、ミサイルとビームガンはしっかりとその任務を果たしている。――即ち、ワーグマーとブロー目掛けて銃弾の雨を降らせたのだ。 これが普段通りのエースの援護ならば、仲間を避けて敵だけを攻撃出来たはず。けれど今、エースのボディを操るのはカールズだ。狙いすまして撃てるわけがない。弾は敵味方なく襲い掛かり、ブローは慌てて組み合った両手を振りほどいて、両腕を傘にしながらカールズを怒鳴りつけた。 「何考えてるんですか、全く! 自分の必殺技でやられるなんて笑い話じゃすみませんよ!」 「えーっ、エースがやるみたいにやったのにー」 不満げに口を尖らせるエースへギョロリとワーグマーのカメラアイが向けられた。無粋な攻撃をした彼に怒り心頭なのか、太い両腕を振りかぶり鋭い爪をぎらつかせた。エースは咄嗟に避けようとしたが、普段よりも重いボディに阻まれ出遅れてしまう。 迫る爪、その先端に煌めく陽光――! 「ざっ、けん、なァアッ!!」 瞬間、横から雷のようにカールズが飛び出してワーグマーのボディを吹っ飛ばした。ゴロゴロともんどりうって転がった彼は、敵の下敷きになってカエルの潰れたような声を漏らす。 「くそっ、思い通りに動きゃしねえ・・・!」 「やっぱりオレ、自分のボディが一番良い!」 「私も、自分の武器が一番手に馴染みます」 三体とも、心は一つ。このまま違うボディでやっていくなど嫌だ。自分は自分――そう思う。 「私は遠距離支援型、他の仲間のようには戦えませんが・・・」 「俺のやり方は大雑把で力任せだけどよ・・・」 「オレ、よく当たり負けして吹っ飛ばされるけどっ・・・」 「――それでも、いつも通りが一番良い!」 自分は自分。他の誰にもなれやしないし、なるつもりもない。誰よりも自分の役割をこなせるのは、やはり自分しか居ないのだから。 ブローがワーグマーを投げ飛ばしてカールズを助け出す。エースも駆け寄り、三体は互いの手を重ね合った。 「もう一度・・・同じことをやってみましょう」 マグネフィールドの外――変電所を見据えたブローが静かに言った。通信機を通しオペレーションルームへ届いたその声に、ユイリが慌てて反論する。 『ちょ、ちょっと! それってもう一回送電線に突っ込むってこと!? 危険過ぎるわよ、あの時とは状況が違うし、上手くAIが入れ替わるかどうかなんて分からないじゃない!』 「それでもやらないよりマシです!」 「正直このままやり合ったって勝機は低いぜ」 「対して、あの電気量ならば私たちは耐え切れます。上手くいけば良し、戻らなければその時はその時です。とにかくやってみなければ分かりません!」 ――・・・凄まじいことを言ってくれるわね。 ユイリは両手で髪をぐっしゃり掴んで零したが、彼らの言い分には一理ある。 やらせるしかあるまい・・・・・・彼女はアキラを仰ぎ、アキラもそれに頷いてみせた。 「良いわ、やんなさい! バイタルはあたしがきっちり見といてあげるから!」 通信機に手を添えきっぷの良い返事を投げてやると、了承を得たデルタチームはすぐさまマグネフィールドを飛び出した。向かうは変電所。事の原因となった送電線目指して。 「――オレたちも一旦避難しよう」 イグニスの言葉にイーガルも同感を示し、ひらりと宙返りして壁へ向かう。戦う相手を失ったワーグマーの怒りは凄まじく、そのぶつけどころを探して吠え狂っている。ここは奴だけをフィールド内に残して閉じ込めておくのが良いだろう。 無事に外へ飛び出した二人を追い、敵はガリガリと壁を引っ掻き、幾度も壁に体当たりを繰り出している。そしてその度にビリビリとマグネフィールド全体が揺れた。 「大丈夫かな・・・」 「平気だろ、こいつはちょっとやそっとの力じゃ破れやしな――」 地面に降り立ち、フィールドを見上げたイーガルが最後まで言葉を紡ぐ暇もなく。ガラスの砕け散るような音を立てマグネフィールドの壁にヒビが入った。そのヒビ目掛けて敵が突っ込む度、クモの巣のように広がっていく。 「おいおいおいマジかよっ!?」 「ダメだ、これじゃ突破される!」 イグニスが戻ろうと叫ぶのと同時にイーガルは彼を乗せ猛然とマグネフィールドへ向かっていたが、その目の前でついにワーグマーがフィールドの壁を突き破り飛び出してしまった。 「イグニキャノン・フルバースト!!」 空中に身を投げ、両手の砲口からありったけのエネルギーをぶつける――が、落下する敵は止まらない。 「チェンジ、ヒューマンモード! からのっ、・・・シュトロムキャノン!! フルパワーだあああっ!!」 最大火力で放った荷電粒子砲はわずかにワーグマーの巨躯を押し返したものの、破壊するどころか大した傷さえ与えられない。大きく舌打ちを響かせ、落ちていくイグニスを拾い上げて視線を先へ投げる。 ――デルタチームは辿り着いたのか!? 「ミズキさん、マグネデバイスで敵の再捕捉をお願いします!」 「いいや間に合わねー、あいつがデルタチームに追いつくのが先だ!」 地表に足が着くと同時に走り出したワーグマーのスピードは、ビーストモードの時よりも遥かに速い。前傾姿勢で迫る姿は怒りと興奮で猛り狂っているようだ。あっという間にデルタチームとの距離が縮まっていく。 「エース! ブロー! カールズ!」 イグニスが叫んだ正にその瞬間に、デルタチームの身体を光が覆った。それは彼ら三体のボディを駆け抜け、衝撃となって空へ突き上げたように見えた。まるで空へ逆さに落ちる雷のように。 凄まじい光量に目を焼かれたワーグマーが怯み、両腕で顔を覆って立ち止まった。イグニスとイーガルも、翳した手の陰から何とか事態を把握しようと目を凝らす。 ――光を切り裂き、何かが敵のボディを襲った。銃弾――ビームライフルの弾だ。 たった数発だったが、正確に足と腹を狙ったそれにワーグマーが膝を折る。 「やはり、私にはこれが一番です」 ズシンと一歩踏み出したのはエース。片腕の銃身を撫で、再度構えた。 「近接格闘は好きません」 「ま、そいつは俺たちの仕事だからな」 「そーそ、任せとけって!」 続いて彼の両脇に進み出たのはブローとカールズ。両腕を打ち鳴らしようやく暴れられると息巻くブローと、肩をぐるぐる回してやる気十分のカールズの姿は、いつも通りの彼らに相違ない。 「良かった・・・・・・」 イグニスの呟きはオペレーションルームの面々とも繋がり、音になって零れ落ちた。そんな彼へブイサインを作ってみせてから、カールズはぐっとしゃがみ込み、 「んじゃー行くよ! エースはサポートよっろしくー♪」 ――まるでバネのように飛び出した。その後ろからブローが悪態を吐きつつ追い掛ける。前線で戦う二体はいつも張り合い喧嘩してばかりだが、今日ばかりはこの光景がありがたく思えた。 地に手をついたもののすぐに身を起こした敵は、膝を撃たれたとは思えない速度で向かってくる。そして装甲の薄いカールズ目掛け腕を振るう・・・・・・が。 「ざーんねーん!」 まるでゲームのハズレを宣言するような声音を残してカールズの姿が掻き消えた。 ――否。彼は宙返りを打ったのだ。 そこにはもうブローが到着していて、すっかり了解していたかのように腕を足場代わりに組んでいた。 「派手にやれよ」 「もっちろーん!」 カールズの体重を受け、ブローの足が地面を噛んで沈む。その反動でカールズは更に高く高く跳び上がった。 無論、敵が逃げようとするのも計算の内。しかし彼は毫ほども心配してはいない。 ――何故ならこちらには優秀なスナイパーが居るのだから。 「逃がしませんよ!」 正確無比の射撃で新たに膝と腿を撃ち抜かれ、今度こそワーグマーは完全に地面へ手をついた。それを見たブローが腰を落として構えを取る。同時にカールズが腕を振りかぶって落下に入り・・・、 「クロースラァア―――ッシュ!!」 金属を切り裂く甲高い音、敵の絶叫がそれに被さる。 そして地に手から着地した瞬間、カールズはタイミング良く後ろへ跳ね飛んだ。 まるで次はブローの番だと言うように。 息の乱れなどない。彼らチームの戦いぶりは流れるようにリンクしていた。 下がるカールズと入れ違い、ブローの両腕がワーグマーへと繰り出される。 「ブロウクン・・・・・・ブラストォォォアアアアッ!!」 十分にパワーを溜めた一撃は、巨体でさえあっさりと吹き飛ばしてしまうほどの威力で。 敵の身体が転がるのを見て、凄いと呟いたのはイグニスか、イーガルか。 体格的に持ち得ない圧倒的なパワーを、弟の方は羨ましいとさえ思う。 その時、後方より来たるエンジン音に、イグニスがハッと我に返った。 「オレ、行かなくちゃ!」 弟に掴まっていた手を離し自由落下に任せる。彼の下にはデルタローダーが運転席の屋根を開けて待っていた。すとりとそこへ収まり、ハンドルを握る。穏やかだったエンジンが爆発めいた音で叫んだ。急速に発進、デルタチームの元へ急行する。 「あ、隊長来た来た!」 「了解です。主任、合体の許可を!」 言うまでもなく、既に準備は完了していた。むしろその言葉を待っていたくらいだ。合体承認の号令と共にデルタチームのエンブレムが光り出す。 ――再度、森に巨神が降り立った。 今度こそ逃がしはしない。それに、同じ轍も踏まない。敵が動き出す前に決着をつける! 「トリスカリバー!!」 天へ突き上げた掌に剣の柄が収まる。地平線目指して降りていく太陽の光を反射し、刀身は眩く煌めいた。 白く輝くそこへ緑の瞳をきらりと映し、イデルタは思い切り地面を蹴り前へと跳んだ。足裏のバーニアは巨体を中空に留めたまま、敵へ向かって一直線に進んでいく。 ワーグマーは迎え撃とうとしたようだった。けれども力の差は今や歴然。迫る剣圧に負け、後ろへよろめいた刹那を狙い。 「デルトイド・ブレイク・アウトオオォォォッ!!」 剣一閃――断末魔の雄叫びを上げる間もなく、ワーグマーのボディが貫かれ、爆散した。 剣を下ろしたイデルタの姿を見て、アキラたちもようやく張り詰めていた息を吐き直したのだった。 To be continued... →long |