俺たちは仲間だ!



 黒の要塞と、白いイデルタ。対照的な姿が一時の間拮抗する。相手がどう動くか、まるでそれを図っているかのようだ。
 先に動いたのは要塞の砲台。一斉に砲門をイデルタへ向け、猛吹雪のごとき弾の雨を放つ!
 しかしイデルタも負けてはいない。左腕を盾にしながら、後方に被害が及ばないようエースガンでビームを狙い撃っているのだ。光子同士がぶつかり合う音が通りに満ちる。
 ・・・・・・そして、音が止んだ。敵の攻撃を掻い潜り幾発か要塞の壁に傷を負わせたものの、見る見る内にその傷は治っていってしまう。対するイデルタは大した傷は負っていないものの、小さなダメージが蓄積されているに違いない。
 長期戦になれば負けるのはこちらだ。

(くそっ・・・中にさえ、中にさえ入れれば!)

 だがそのためにはイグニスが分離しなければならない。彼が離脱すれば合体は解け、今度は要塞の攻撃を防ぎ切れなくなるだろう。頼れる最後の望みを彼は呼んだ。

(どこに居るんだよ・・・・・・イーガル!)


***


 通りの攻防戦は緊急ニュースとしてテレビに流れていた。家族の安否を気遣う者、現場付近の知人を心配する者、半ば他人事のように流し見ている者。ニュースを見る人の心は様々だ。更にニュースはテレビだけでなく、ラジオでも取り上げられていた。それを聞いていたのは母親の運転する車に乗っているうららであった。

「あらやだ、やたら混んでると思ったらまた事件なの? ついてないわ」

 先ほどからのろのろとカタツムリのように進む車列を睨み、せめて気を紛らわす番組でもないかとチャンネルを回すが、今はどこの局もこのニュースで持ち切りだ。
 同じくつまらなさそうにラジオを聞いていたうららだったが、ちょうど現場の話題に差し掛かった時、彼女の顔がさっと青ざめた。

「ま、ママ! 今アドベンチャーランドって言った!? あたしが昼間行ったとこよ!」
「えっ、そうなの? それじゃ一足先に帰って良かったわね」
「違う・・・良くない、中にタカシたちが残ってるかも!」

 急いでケータイを引っ張り出し、もつれる指にやきもきしながらタカシの番号に電話を掛けた。――繋がらない。

「じゃ、じゃあハカセ・・・!」

 願いは虚しく、こちらも繋がらなかった。しかも圏外通知。ゴーはケータイを持っていないので連絡の取りようがない。何かあったんだ――とうららの顔が曇った。
 ニュースは依然現場の様子を伝えている。イデルタが救援に向かったものの、内部に取り残された人間を助けるまでは手が出せないらしい。
 ――どうしよう。泣きそうな気持ちで窓の外を見たうららは、どきんと心臓が跳ねるのを感じた。橋げたの陰に見える、暗闇に融けない鮮やかな空色。あれはきっと――!

「ママ、あたし、行くね!」
「は? ちょ、ちょっとうらら!?」

 母親の慌てた声をよそに、彼女は止まった車から転がるように飛び出し、土手を駆け降りていった。コンクリートの壁に寄り掛かり水面を見つめていたのは、思った通りイーガル当人だ。

「イーガル様っ!」

 息を切らせてはいるが焦りと興奮が相まって、図らずも大声が出てしまう。ギョッと振り向いたイーガルの前に仁王立ちになり、うららはキンキン響く声で言った。

「イーガル様、こんなとこで何してるの!? みんなを助けに行かなきゃ!」

 まくし立てる彼女とは裏腹に、イーガルの態度は煮え切らない。何か言いたげに開いた唇は音を生まず、元通り閉じられてしまう。

「・・・・・・俺は、良い」
「良いって何がよ! イーガル様だってGODでしょ、みんな今戦ってるの知らないの!?」
「・・・・・・」

 こっそりと繋いでいた通信から、状況は知っているつもりだった。イグニスが現場に揃った時点で通信を切り、それ以来繋いではいないが、おそらく今はイデルタが戦っているに違いない。それなら自分の出る幕はないと彼は投げたのだ。

「いざとなったらイデルタが居るし、平気さ。俺なんか居なくてもあいつらは勝つ」

 水面をぼんやり見つめ、投げやりな言葉を放つヒーロー。うららの目から涙が零れた。

「イーガル様の・・・・・・ばかぁぁぁっ!!」

 悲鳴のような絶叫と共に、バッチーン! と平手が鳴った。
 横面を張られ茫然自失のイーガルのバイザーにうららの顔が映り込む。

「そんなことないじゃない、イーガル様はあたしを助けてくれたヒーローなのよ!? そんなこと言わないで! そんな、そんなヒドイこと言わないでっ!!
 イデルタ、今困ってるんだって! アドベンチャーランドの中に人が居て、戦えないって! ・・・タカシたち、まだ中に居るかも知んないのっ!! あたし、あたし・・・・・・みんなが死んじゃったら、やだぁあ・・・っ」

 止めどなく流れる涙の雫がうららの握り締めた拳に落ちる。
 ふるふると小刻みに震えているその握り拳を見て、イーガルは思った。

(俺は・・・何してんだ、こんな所で)

 力なく垂らされていた腕に気が満ちる。

「・・・・・・お嬢ちゃん」

 立ち上がり、うららへ片手を差し出した。

「俺が悪かった。案内頼めるか?」
「・・・・・・うんっ!」

 うららを抱え空へ飛び立つ。目指すはアドベンチャーランド。仲間たちの待つ戦場へ。


***


 その時、風が吹いたとマツウラは思った。かまいたちのように鋭い風が。芳しくない戦況を胃袋がせり上がる気持ちで見守っていた彼の注意を引くには、十分過ぎるほど強い。
 風の来た道を辿るように顔を空へ向けたマツウラとその周りのGOD隊員は、そこに青を見た。鮮やかな青。夜空にまた昼が舞い戻ったかのような。
「待たせて悪かった! このお嬢ちゃんを頼むぜ、マツウラ!」
 その青にくらめいたマツウラの腕にずしりと重みが落ちる。慌てて抱き留めた重みの正体はもちろんうららだ。

「い、イーガル?」
「説明してる暇はねーんだろ?」

 ぴ、と指を突きつけてマツウラの問いを制し、彼はバイザーの奥の目を通りへ向ける。

「俺が行かなくてどうする。」

 誰に言い聞かせるわけでもなく自分に刻みつけるように呟いた彼の口調は、さっきまでの諦めなど微塵も感じさせない。ブースターを蒸かし、更に空へ高く舞い上がった。バーニアからの排気熱がぶわっと地を撫ぜる。顔を背けてそれをやり過ごしながら、マツウラはイーガルに目配せした。それに応えるイーガルの表情は決意に満ちている。民間人の命を守るのが彼らの使命。ならば、絶対に守ってみせる。見送りの代わりにうららが叫んだ。

「絶対みんなを助けて、イーガル様っ!!」

 分かった――と強く頷いた彼は、風を切り飛び出した。今まで閉じていた通信をようやく繋ぐ。真っ先に飛び込んできたのはイデルタの苦しげな呟きだった。周囲のビルを守るために砲撃を受け続けているイデルタである。いくら巨大ロボットとは言え、そのダメージは計り知れない。がっくりと膝をつきながらも何とかエースガンで応戦しているのが遠目に窺えた。

『中にさえ・・・中にさえ入れれば、助けられるのに――・・・!』
「そいつは俺に任せな」

 ハッとイデルタが首を巡らせる。要塞の攻撃で起こる白煙の向こうにきらりと光る青が見えた。緑色のアイモニターを煌めかせ、彼はその巨体を起こす。

「イーガルか!」
「おうよっ!」
『遅かったじゃんか、何してたんだよー!』

 イグニスの期待と安堵の呼び掛けと一緒に、カールズからブーイングが飛ぶ。
 けれどもその声はやはりホッとした響きを帯びていた。

「中にまだ人間が残っているらしいんだ。だけどオレたちはこの攻撃を防ぐので手一杯・・・ぐっ! ・・・だから、頼む!」
「場所と人数は?」
「人数は分からない・・・・・・場所は多分一階だ」
『・・・やはり、単独で潜行するのは危険なのでは?』

 エースの割り込みに、しかしイーガルはふっと笑う。

「大丈夫さ、任せろ」
『そうは言いましても・・・、』
「ああ、任せるよ!」

 なおも言い募るエースを制し、応えたのはイグニスの方だ。イデルタのカメラアイと見つめ合うイーガルの口元がにっと上がった。
 任せろとばかりに飛び出し、砲撃を華麗に躱しながら突っ込んでいく後ろ姿を、イデルタは援護するため銃を構える。その最中、エースはまだ納得がいかないと声を荒げた。

『彼に任せてよかったのですか!? もし助けられなかったりしたら・・・!』
「イーガルが任せろって言ったんだ、大丈夫だよ。・・・イーガルは自分に出来ることを精一杯やってくれる。出来ないことならオレたちと協力してやり遂げてくれるさ。
 イーガルが大丈夫って言うなら、オレはそれを信じるよ」

 真っ直ぐ前を見つめる隊長はひたすらに弟の、仲間の言葉を信じると言う。
 二の句を継げずにいるエースに、ブローが小さく言った。

『任せてみようぜ。あいつ、やる時はやるだろ?』

 思い返してみろと言外に伝えてくる仲間の言葉を反芻するよう、エースはメモリーを遡った。

(・・・・・・確かに、その通りです)

 合体は出来ない。ボディも小さい。けれどもいつだって、イーガルは精一杯戦っていた。イデルタが戦っている間、民間人の避難誘導を手伝っていたのは彼だ。イデルタの攻撃をサポートしていたのは彼だ。敵を倒すことはほとんどなくとも、いつも自分に出来ることを一生懸命やっていた。
 輝かしい功績は確かにイデルタのものかも知れない。しかし、その功績の担い手は確かにイーガルでもあった。

「シュトロム・・・キャノン!」

 要塞目掛けて突っ込んでいきながら、イーガルは両腕に目一杯パワーを集め前方へ突き出す。もちろん、自身の攻撃の反動に負けないためバーニアの出力も最大パワーだ。全力で放たれたメーザーは堅牢な鉄壁を溶かし、穴を広げていく。
 だがその最中にも、じわじわと自己修復が始まり出した。

「さ、せ、る、かぁあああああっ!!」

 更に、力を絞り出す。叫びに呼応するようにキャノンの出力も、バーニアの出力も上がっていく。

「イーガルのパワー、どんどん上がってくわ! あの時と同じ・・・!」

 オペレーションルームでパソコンにかじりついていたユイリが驚きの声を漏らした。初めてイグニスがパラサイダーロボと戦った時も、イーガルが変形を成し遂げた時も、同じく限界値を超えたパワーを見せたが、今も正しくそれと同じだ。

「あなたたちは私たちの知らない何かを・・・持っているのね」

 大モニターに映る戦場を食い入るように見つめるアキラは知らず知らずにそう呟いていた。
 宇宙からここへ落ちてきた、未知のAIを持つ兄弟を見つめながら。


 ジュウウゥゥウウウ・・・・・・・・・
 凄まじい音と共に広がる穴。要塞が修復するスピードよりも早く。そこへ、躊躇することなくイーガルが飛び込む。
 ――間一髪! 穴が塞がる前に中へ転がり込んだ彼は暗がりを見渡した。外部から完全に遮断された建物内は夜闇より暗い。視覚を赤外線センサーにモードに切り替え、リボルバーを抜き出して足早に奥へ進む。
 慎重でなくてはならないが悠長に構えている暇はない。早く人間を見つけなければ。

「・・・・・・ん?」

 反響する自分の足音の他に雑音を捉え、イーガルは一旦足を止めた。聴覚センサーの感度を上げる。

「・・・早く・・・・・・・・・かな・・・、」

 小さく、だが確実に声が聞こえた。その声に聞き覚えもある。

「チビ助! 居るんだな!?」

 ぴたりと声が止み、それから。

「イーガル!? 僕たちここだよ、早く助けて!」
「GODが来たぞ、俺たちを助けに来てくれたんだ!」
「良かった・・・ここから出られるのね!」

 口々に叫ぶ声はもう聴覚を上げずともしっかり届いていた。迷わず走り出す。外面と違い、中は平生と変わらないので動きやすい。難なく彼は奥のゲームコーナーへ辿り着いた。

「GOD機動隊のイーガルだ! 全員怪我はないか?」

 銃に付けられたライトを点灯させて中を改めながらホッと息を吐く。一塊になった人々の姿が見えたからだ。どうやら怪我人は居ないらしく、もう一度安堵の息を漏らしたイーガルは彼らの元へゆっくりと歩み寄った。

「無事らしいな、良かったぜ。全員俺が必ず助け出すから安心してくれ。ここのドアは開かねーんだな?」
「はい、びくともしません」
「そんじゃ、上へ上がろう。砲台の脇から外に出られるかも知れねー」

 メモリーから要塞の外観を引き出して確認する。中からせり出す造りの砲台ならば、外へ繋がる隙があるはずだ。もしダメなら壁を壊すまでさと笑うイーガルの手を、タカシが握り締めた。

「絶対来るって信じてた・・・。ありがと、イーガル!」
「礼は無事に出られたらにしてくれ。そん時ゃ死ぬほど聞いてやるから」

 少年の手を握り返して離し、イーガルは真っ直ぐ前を見据えた。銃を構え直して暗い廊下をライトで照らしながら、後ろに子供と店員らを従え進む。不気味に反響する足音のせいで誰もが無言だった。
 必ず救出する。そのプレッシャーを噛み締めていたイーガルの聴覚を、その時何かがくすぐった。ハッと足を止める。突然の事態にざわめいた面々を掌で制し、彼はしーっと唇に指を当て、注意深く辺りを見回した。

 ギギ ギ ギィ・・・

 軋むような音。確かに聞こえた。それはおそらく――。

「下・・・か?」
「いえ、この店に地下階はありませんが・・・」
「じゃあ地面の中からか。建物内に入って俺たちを追いつめるつもりだな!」

 急ぐぞと急き立てられ、全員が歩を速めた。イーガルが先陣を切り、その後ろにタカシたちと高校生グループ、そしてしんがりを店長たちが続く。暗い店内はいくらライトがあっても進みづらい。時折つまずき、ふらつきながら進む道のりは心もとなく、タカシは思わずハカセとゴーの服の裾を引っ張った。彼ら二人も不安なのは同じだったらしく、三人は更に距離を詰めて一塊になる。
 そんな子供たちの様子に気づき、イーガルはぐっと唇を噛んだ。タカシたちの心配もさることながら外で戦うイデルタのことも心配だった。また防戦一方の戦いを強いられているのだろう。長く待たせるわけにはいかない。

(上へ昇る。こいつらと外に出る。そしたらイデルタも攻撃出来る)

 きっとイグニスは自分を信じて待っている。そう思うと勇気が湧いた。
 ――その時、イーガルの目に横道が映った。さっと光を向けると後ろの店員がホッとした声を上げた。

「ここが階段です! 上へ上がれば、出られるんですよね?」
「ああ。絶対出してやるよ」

 段に足を掛けたイーガルの聴覚を先ほどの不穏な音が刺激した。こちらの後を追い掛けてきているのだろう。さっきよりもずっと近い。ライトで足元を照らしてやりながら階段を駆け上がる。狭いが緩い造りの階段は思いのほか昇りやすく、彼らは難なく最上階へ辿り着いた。
 ここの廊下はぼんやりと薄暗い。光がどこからか入ってきているのか。
 暗闇に慣れた一行の足取りは一階の時よりも速度を増した。

(砲台のある場所はどこだ・・・――!)

 焦りを含んだイーガルの表情が角を曲がった途端に霧散した。そこには壁に連なる砲台があり、彼の思った通りその脇に隙間があったのだ。巨大な要塞にとってはわずかな隙間だろうが、人間にしてみれば抜け出すのには十分な隙間だ。
 しかし、そこから外を確認したイーガルの表情がまた曇った。要塞の表面は滑らかで、とても人間の力では降りられない。彼は後ろに控える人間たちを見た。子供と大人、合わせて十三人。

「仕方ねー、一人ずつ運び出すしか・・・」

 そう呟いたイーガルの言葉を金属を引っ掻くような音が遮った。廊下の先を見た子供たちから悲鳴が上がる。

「くそっ、もう追いつきやがったのか! みんな下がってろ!」

 構えていた銃で狙いを定め、発砲しながら叫ぶ。その言葉通り、店長が全員を纏めて後ろへ下がった。すぐ傍の部屋へ逃げ込んだ彼らは身を寄せ合い、手を取り合って中央で固まる。
 廊下では、パラアント相手にイーガルが苦戦を強いられていた。

(全員いっぺんに運び出すアイデアなんて、俺にはねーよ・・・どうする!?)

 どんなに無理をしようが、自分が運べる人数は三名程度。その間、残された人が敵に襲われてしまうだろう。銃のシリンダーが空回りしたのに舌打ちし、弾を込める時間稼ぎに脚部の機銃で牽制する。パラアントたちはこちらへ近付いては来ないものの、奥からぞくぞくと湧いて出てくる。このままでは取り囲まれるのは時間の問題だ。

「くそっ、マジでどうする・・・!」

 ――イデルタに連絡するか。

「イーガルッ! これ、これ使えないかな!?」

 その時、タカシの声が彼を呼んだ。視線を向けた彼の眼に映ったのは――。


***

 ビームとビームがぶつかり合う音が辺りを満たす。要塞の放つビームをイデルタのエースガンが迎え撃っているのだ。正に一進一退、どちらも退く気配を見せない。

「イーガルが必ずみんなを助け出してくれる。大丈夫だ! それまでは、絶対持ち堪えてみせる!」

 そうは言っても銃のエネルギーは残りわずか。これが切れれば今度は自らの身体を盾にしなければならない。しかし既にイデルタの左腕は、幾度も攻撃を受けて煙を上げているのだ。

「おい、あれに任せておいて、本当に大丈夫なんだろうな!?」

 膠着状態を見かね、トクノが何度目かの怒声を張り上げた。けれど隣に立つマツウラはその声に臆した様子もなく呟く。

「大丈夫です。みんななら・・・大丈夫」

 それはおそらく根拠のない答であり、むしろ願望であったろう。しかし彼らを信じる以外に手はない。そして今まで信頼に応え続けてきたのもまた、機動隊の面々だった。一心不乱に攻防戦の様子を伺うマツウラに、トクノは少し気圧されたように黙り込み、それから悔しそうに地面を蹴りつけた。

 ドォォンッ!!

 靴がコンクリートを蹴る、ジャッ! という音と同時に、要塞の中で爆発音が轟いた。ハッと顔を上げた二人の顔が青ざめる。しかしすぐにその表情からは緊張が抜けた。
 ――今のは、イーガルのシュトロムキャノンの音だ!
 マツウラの確信を裏づけるように、要塞から飛び出し中空に一本引かれた青い残像の線。
 けれども、それに砲台が狙いをつけた。目を見開いたマツウラとトクノが揃って一歩踏み出した、瞬間。
 ダダダダダダダッ!
 砲台の一斉射撃が硬い音を立てた。
 ――だが、白煙を上げたのはイーガルではなく、イデルタの方。間一髪滑り込んだ巨躯はゆっくり立ち上がると両手を開く。

「・・・無事か」
「はは・・・サンキュー、助かったぜ」
「カーテンで全員を包んで飛び出すなんて、ナイスアイデアと無茶の紙一重だったな」
「無茶は余計だぜ」

 へっ、とわざとらしく誇ってみせるイーガルが運び出してきたのは、ホールの一面を覆うような大きさのカーテン。その中に、テーブルを台座にして人間たちを包んできたのだ。

「民間人の救助完了、全員無事だ。後はお前の仕事だ、イデルタ。中の雑魚もろとも派手にやっちまえ!」

 突き出されるグーサイン。イデルタの緑色の光が和らいだ。
 次の攻撃が始まる前に人間たちを地に降ろし、要塞と向かい合う。

「さあ、もう手加減はいらないようだな。全力でやらせてもらうぞ!」

 人質となっていた人間たちを助け出した今ならば、イデルタが攻撃を躊躇する理由は一つもない。この時を待っていたかのように、天を裂き現れたのはトリスカリバーだった。

『必要になると思って送っといたわ。ちゃっちゃか倒して、早く帰ってきなさい!』

 通信機から響くユイリの声音にイデルタは力強く頷いた。柄を掴み、剣を振る。ヒュンと空気の切れる音を挑戦の合図と見たのか、攻撃のタイミングを測っていた砲台が一斉にイデルタへ狙いを定めた!

「今度は好きにさせるものか!」

 要塞の一斉掃射をものともせず、突っ込んでいくイデルタ。剣を派手に振りかぶれば辺りに被害が及ぶ。そう考えたイグニスは操縦桿を握る手に力を込めた。
 地面から要塞を切り離し、マグネフィールドで分離する。そうすれば広く安全な場所で倒すことが出来る、と。
 ――しかしただそれだけの作戦だと言うのに、イグニスの心は何故か晴れない。何かが足りないのだ。その不安な感覚を覚えていたのは、操縦する隊長だけでなくエースもであった。そして彼の方はもう、不安の正体に薄々感づき始めていた。

(今までのパラサイダーは全て動物を素体としてきました。・・・それなのに、今回だけビルと言うのは、何かおかしい)

 イデルタは押している。間違いなく優位である。にもかかわらず、その瞳には揺らぎがあった。
 すると――急に要塞が攻撃をぴたりと止めた。静寂の不気味さに耐えかね、イデルタはぐっと壁に食い込ませた剣先を抜き、正眼に構え直す。マツウラとトクノも同じく、指令を飛ばすのも忘れて固唾を呑んだ。
 ドド ド ド・・・・・・
 小刻みな振動が足下から湧いた。靴底から伝わるそれに、トクノは弾かれたようにマツウラを見る。この時ばかりは隣に立つ男を嫌っていることなど忘れていた。同じくマツウラもトクノへ顔を向けている。

「何だ、地震か・・・?」

 そうであってほしい。トクノの呟きにはそんな響きがあった。
 しかし、彼の願いを打ち砕くように揺れは次第に強くなり、やがて要塞そのものがぶるぶると震え出した。ハッとしたイデルタが剣を突き出す。けれど、切っ先が食い込む手応えはなかった。
 太い棒のようなものが二本、トリスカリバーを挟み受け止めていたからだ。先端が尖ったそれは、よく見ると節のあるロボットの脚――そう、パラサイダーロボの・・・、

「まさか・・・この要塞そのものと・・・・・・融合しているのか!?」


 ギィィィイアアアアアアアアアァァァァァッ!!


 要塞から更に伸び上がったケーブルが天に向かい新たなボディを形作っていく。要塞部分を腹に見立て、胸、頭と形成される姿。大きな腹を抱えるように脚を蠢かせる。正に、巨体。その場にいた全員が思った。
 アリを模したその姿は女王の風格。アリ型パラサイダーロボ、セクトクイーンが天を揺るがす咆哮を上げる。

「ウソだろ、こんな・・・!」

 圧巻されたトクノが一歩退いた。同じく隣でマツウラも下がる。だがその一歩を、彼は震えながらも踏み出し直した。

「イデルタ、大きさに怯んじゃダメだ! 切り離して隔離しないと!」

 無線機を握り締めて叫ぶマツウラを、ハッとトクノが振り仰ぐ。

『マツウラさんっ! 要塞の中から反応・・・大量に来ますよぉっ!』

 同時に通信機からミズキの声が飛んだ。マツウラは泣きそうに顔を歪め、強く首を振って声を絞り出す。

「トクノさん、お願いします!」
「・・・、あ、ああ!」
(・・・・・・優柔不断な使えない男のくせに)

 それなのに。足を踏み出したのはマツウラの方で。
 怖いくせに、弱いせくに、なよなよした男のくせに、今誰よりも真っ直ぐ立っているのはマツウラなのだ。
 その背を見て、トクノは気づいた。
 怯えているのは自分も同じなのだと。
 ――そして、それでもなお戦わねばならないのだと。

「全班、前へ出ろ! 包囲網を敷き、一匹足りとも逃すな!
 ・・・・・・俺たちで、GOD機動隊を援護する!」

 彼の声にマツウラが振り向く。けれど彼は、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「治安を守るのがお前らだけだと思うなよ」
「・・・ありがとうございます!」

 こんな状況でよく笑えるな。
 マツウラの笑顔にトクノはそう小さく毒づいた。だがいつの間にか、腹の底からぞくぞく湧くような恐怖はなくなっている。
 そして彼は、自分も唇を吊り上げていることに気がついたのだった。

「化け物ども、ロボットだけが貴様らの敵だと思ったら大間違いだ!」

 アスファルトを突き破り地下からわらわらと湧いて出たパラアントたちを、警官隊とGODの隊員が迎え撃つ。

「固まって戦え! 脚を狙って機動力を封じるんだ!」
「イデルタが勝つまで、絶対に食い止めよう!」

 敵の顎や脚から逃れながら、銃で、もしくは他の武器で立ち向かう人々。
 彼らが諦めないのは、白き巨体が必ず勝つと信じているから。
 全ては、人々の平和のために。


「エースガンッ!」

 トリスカリバーを片手にし、右腕の銃が火を噴く。しかし融合を果たした後も、要塞の修復機能は健在らしい。

『隊長、要塞部分に撃ち込んでも無駄です。パラサイダーロボ本体に攻撃を!』
「分かった!」

 銃の照準を上げ、セクトクイーンの胸元へ。

「エールスマッシャ・・・――っ!?」

 引き金を引こうとした瞬間、イデルタの足に衝撃が走った。要塞の砲台がまたも集中放火を浴びせてきたのだ。次いでセクトクイーンの脚が襲う。鋭い爪先はイデルタのボディに傷をつけ、貫こうと繰り出される。

「くそっ・・・防ぐだけで精一杯だ! 何としても切り離さないとならないのに・・・!」

 トリスカリバーで攻撃を弾きながら、イデルタはじわじわと押されていく。
 ついに片膝が地についた。

「ギィイイイィィアアアッ!」

 まるで勝利を確信したかのようなパラサイダーロボの雄叫び。脚を振り上げ、串刺しにしようとバネのごとく振り下ろす!

「させるかよおぉぉッ!!」

 ――瞬間。青い閃光が空を裂き、一直線にセクトクイーンの顔面に衝突した。不意を突かれた敵は振り下ろしかけた脚をばたつかせ、顔に貼りついたものを剥がそうと首をぶんぶん振るう。
 振り落とされないように必死にしがみつきながら、イーガルが叫んだ。

「今の内だイデルタ! こいつを切り離せ!」

 その間にもパラサイダーロボは首を振り、もがく。ついに邪魔者が剥がれないと分かると、今度は鋭い脚で薙ぎ払おうとし始めた。自身のフェイスが傷つくことも厭わず幾度も顔を横ざまに擦り、小さな蝿を払うようにイーガルを追い払おうとしている。けれどもどれだけぶつかろうと、イーガルはセクトクイーンから離れようとしなかった。自分が視界を遮っている限り、パラサイダーロボはイデルタを攻撃出来ない。

(俺に出来るのは、イデルタのサポートだ!)

 たとえこの敵を自分の手では倒せなくとも。華々しくとどめを刺せなくとも。戦いの役割はそれだけではない。
 イグニスと、デルタチームと、イデルタと、GODのみんなや警察の人々、消防隊・・・・・・そして、自分。
 今までだって、平和はみんなで勝ち取ってきたのだから。

「今度こそ!!」

 立ち上がったイデルタがトリスカリバーを構え直した。全身がオーラで煌めき、刀身が白く輝く。カメラアイの見据える先、土台の要塞ごと――パラサイダーロボを!

「うおあああああああああッ!!」

 斬!
 一閃――夜の闇を斬り払い、剣が滑る。
 ズ・・・・・・と要塞が横にズレた時、オペレーションルームでミズキが高らかに。

「まーってましたぁっ! マグネデバイス、射出ぅーっ!!」

 力いっぱい振り下ろした拳がスイッチを叩き押す。射出塔からデバイスが放たれ、すぐさまセクトクイーンの周りを取り囲んだ。

「こうなればもうこっちのものだ!」
「俺は離脱する・・・後は頼んだぜ!」
「ああ、任せておけ!!」

 バシュッとバーニアを噴かせたイーガルが巻き込まれない内に敵から離れ、フィールド外へと飛び出した。入れ代わりに中へ飛び込んでいくイデルタを見送るよう、地に背を向ける。

「・・・任せたぜ」

 ふっ、と。彼のバーニアから出力が止まった。突入時と、パラアントを撃退する時の攻撃で、通常の倍以上エネルギーを消費してしまっているのだ。そのままイーガルが落下していくのを見て、マツウラが隊員に指示を飛ばす。

「衝撃吸収マット用意! ・・・よく頑張ってくれたね、イーガル。お疲れ様」

 無事マットに着地した彼はすぐにレスキュー隊員によって運ばれていった。それを確認した後、マツウラは天上のマグネフィールドを見上げる。隣へ立ったトクノも、同じくそこを見上げていた。

「・・・やれるんだろうな?」
「もちろん。彼らは絶対勝ちます。絶対に」

 統率を失ったことでパラアントの群れは足並みを乱していた。こうなればもう制圧するのは格段に容易い。
 ――勝利は間近だ。
 期待を受け堂々と立つイデルタはトリスカリバーを軽く振るった。さん、と空の切れる音に反応し、セクトクイーンが牽制の鳴き声を発する。
 だが元々要塞と合体している腹と脚は動くのには適さない。ただじたじたとざわめくだけで彼女自体は動けないのだ。

「さあ・・・・・・終わりにしよう」

 剣を構えるイデルタの、緑色のアイライトが燃える。前傾し、地を強く蹴って、前へ。同時に剣をスピードに乗せて振り切る――!


「 デ ル ト イ ド ・ ブ レ イ ク ・ ア ウ ト !! 」


 剣は、敵の腹を貫いた。前脚を高く掲げ、仰け反ったセクトクイーンが爆散する。その爆風に圧されることなく、イデルタはすっくとフィールドを踏み締めていたのだった。


***


「お疲れ様、みんな!」

 合体を解きフィールドから外へ戻った面々を迎えたのは、晴れやかな笑顔のマツウラだった。その後ろには、仏頂面のトクノが続いている。

「無事で良かったよ〜」
「街は全く無事じゃないがな。笑っている場合じゃないんだぞ」

 腕を組んでぴしゃっと言い放つ警部を前に、カールズが口を尖らせた。けれどもそんな表情には目もくれず、言うだけ言ったトクノはさっさと踵を返して行ってしまった。
 何しに来たんだよ! と憤るカールズをまあまあと宥めながらマツウラが言った。

「あれでも、僕らのこと認めてくれてるんだよ」
「えーっ、ウソだぁ! あいつ、ヤな感じ!」

 カールズがべーっと警部の背中に舌を出すと、イグニスたちは思わずどっと笑った。

「・・・・・・あ、イーガルは。イーガルは大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。今レスキューチームが看てくれてるからね」

 マツウラが指した先にはレスキューワゴンに群がるチームの姿。少し心配そうなイグニスの背をエースが軽く押した。振り向いた隊長を見下ろす彼は口をへの字に曲げ、何とも煮え切らない顔をしている。

「・・・イーガル」

 ストレッチャーに固定された弟をそっと呼ぶ。すると物々しさに反して、イーガルは朗らかな感じで片手を上げ、笑みを浮かべた。

「お疲れさん、イグニス」
「そっちこそお疲れ様。怪我、大丈夫か?」
「なーにこんくらい、どうってことねーよ!」

 けらけらと笑うイーガルだが、レスキューチームがすかさず 「重傷の癖に、何言ってるんです!」 と突っ込んだ。ついでに胸を叩かれ、彼はあでっ! と悲鳴を上げる。

「いってーなぁ・・・」
「やっぱり酷いんじゃないか」
「まーな。でも良いのさ、今回はほら、遅れちまったからよ。・・・・・・悪かったな」

 急に声音を落としたイーガルにイグニスが黙る。真摯な視線を受け、首を振った。

「良いんだ。ちゃんと来てくれるって、信じてた」
「イグニス・・・・・・」
「――・・・あの」

 そこに、唐突にエースの声が割り込んできた。きょとんと見上げる二人の前で、彼は暫し考えあぐねるように腰に手を添えて足を踏み替えたり唇を噛んだりしていたが、やがてぼそりとこう零した。

「・・・・・・少し、見直しました。あなたのこと」

 今度はイーガルが言葉を失う番。まさかエースからそんな言葉が飛び出すとは全く予想もしなかったので、咄嗟に声が出なかったのだ。
 唖然としている彼を尻目に、それだけ告げるとエースは早足でその場を去ってしまった。残された二人は顔を見合わせる。

「・・・・・・素直じゃないな」
「あいつらしいぜ」

 二人の笑い声はいつの間にやら晴れていた夜の星空に、どこまでも昇っていった――。



To be continued...



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