難攻不落!?
  巨大要塞と黒の女王!



 きんと冷えた空気。ビルの中に居てもガラス越しの外気を感じてしまうような、今日はそんな日だ。景色がどこか灰色を帯びて見える。もしかするとそれは垂れ込めた厚い雲のせいかも知れない。
 しかし今現在、サンクタム・フラット内に立ち込めている雰囲気の冷たさはそんなものが原因ではないだろう。口を挟むのも怖くなるような凍りついた空気の中、イグニスのメモリからは地上の冬景色のことなどすっ飛んでしまっている。

「あなたのような自分勝手は見たことがありません! 大体いくら注意されても聞きはしない上に、自分の仕事まで放って遊んでいるとは何事ですか!!」
「グチグチうるせーなあ、お前は俺の母親かよ!? パトロール兼チビたちの相手、それで良いじゃねーか!」
「パトロールするならパトロールするでしっかりやって下さい! そんなだから見落としや行き零れが出て隊長が困るんですよ!」
「イグニスを引き合いに出すなっつーの! こいつからはそんな文句出てねーだろ、なあ!?」
「えっ? あ・・・いや、まあ・・・」

 凄まじい勢いで飛び交っていた口論の矛先が急に自分をロックオンし、イグニスは思わず裏返った声を上げてしまった。
 確かにイーガルのパトロール範囲には見落としが多い。しかし大まかにはカバー出来ているし、事件の摘発だってきちんとしている。それに行き零れはイグニスが回収できる範囲内のことだし、大体イーガルが子供たちの相手をしなければ代わりに自分が面倒を見ることになるので、何ら変わりはないのである。そう考えるとイグニスからは特に文句はないのだが、エースにしてみればそもそもイグニスにフォローさせること自体が問題らしい。

(別にオレは構わないんだけどなあ・・・)

 幾度そう言っても相手が納得しないのだから仕方がない。彼は何度めかの溜め息を吐き、それに目敏く気づいたエースに向けて慌てて笑顔を取り繕うのだった。

「隊長も隊長です、甘いんですよ。兄弟だろうと叱る時は叱らねば」
「まあ、あはは・・・それはそうだな」
「あなたは隊長の甘さに救われてるだけですよ、きっと」

 じっとりと、カメラアイからかくも粘つく視線が出るものかというような目つきでイーガルを睨むエース。流石にたじろいだのか、バイザーに阻まれて分からないもののイーガルの視線がうろうろと泳いだらしい。そこへ追い討ちを掛けるように。


「あなたが居なくても、我々は困りはしないんですから。」


 ピシリ――と。音がしそうなほど明らかに、イーガルの動きが止まった。

「戦闘はイデルタがいれば事足ります。その上更に仕事もしないのでは、居ても居なくても同じですよ」
「えっ・・・エース、それはちょっと・・・」
「隊長もそう思ってるんでしょう? 弟だから気に掛けてやっているだけで!」

 すっぱりと切り捨てられた言葉にあまりに驚いたのか、イグニスが目を白黒させる。そして当のイーガルはというと、何言かもごもごと口の中で遊ばせた後、くるりと身を翻して足早に出口に向かってしまった。その背中を慌ててイグニスが追い掛けようとした矢先、ちょうどカールズが帰還したので追いかける足が止まってしまう。
 しかし今日の彼はにこにこと機嫌が良く、凍りついていた空気を片っ端から溶かしていくようである。

「おう、機嫌良いな」

 例によって今まで壁際で岩のごとく沈黙を守っていたブローが、カールズへと片手を上げた。その顔にはわずかながら安堵らしきものが浮かんでいる。今までの空気の中では、いくらブローでも居た堪れなかったのだろう。

「うん! ミューちゃんの子供の貰い手、みんな見つかったんだ!」
「ああ、そうか」

 ブローが頷くのと同じくして、イグニスも納得した表情で頷いた。彼女の遺した子ネコたちは、タカシらの作ったビラとGODのささやかな宣伝のおかげで次々と里親が決まっていった。そして今回貰われていった子ネコが最後の一匹だったのだ。
 あの事件の後、カールズと子供たちはイグニスとイーガルと連れ立って、廃工場にミューちゃんのお墓を作ってやった。遺体がないので埋めたのは毛布と、そして戦闘後に見つかった鈴だけだった。友達の死に落ち込んでいた彼らも、遺された子ネコの親探しに明け暮れる内にだんだん元気を取り戻し、ようやくこうしていつも通りの笑顔を見せてくれるようになったのだ。

「やっとカールズが元気になったっていうのに・・・」

 はあ――と溜息を零して通路を見やったものの、弟の姿はもう影も形もなかった。また上手くいさかいを鎮められなかった後悔がちくりと胸を刺す。そんな隊長を見て、何も知らないカールズはあっけらかんとした声音で天井に指を向けた。

「タカシも来てるんだよ! 隊長に会いに来たんだってさ!」
「タカシが? そうか、じゃあ行ってやらなきゃな」

 次々に降って湧く仕事――これは仕事と言うより息抜きかも知れないが――に嬉しいような大変なような曖昧な苦笑を浮かべると、イグニスは軽く手を振り廊下へと姿を消した。その背中にぶんぶん手を振るカールズの後ろで、エースは腕を組んだまま苦い顔をしている。

「どうした?」

 ぐっと伸びをしながら立ち上がったブローが追い抜きざまに小さく聞く。

「・・・・・・何でもありませんよ」

 ちらりとブローのカメラアイがエースのフェイスをなぞった。相変わらず唇を噛んだままの顔に、彼はふんと息を吐く真似をしたが、それ以上は何も言わずにカールズの首に腕を回した。

「おいデブネコ、戦闘訓練付き合え。身体が鈍って仕方ねえ」
「だーかーらぁっ! オレはデブじゃないっつの! それはブローの方だろー!?」
「ああ? 俺のどこがデブだコラ、あ?」
「いたたた痛いよもげるもげる! もー馬鹿力! デブ! デブロー!!」

 ぎゃあぎゃあと喚きながら去ってゆく二体の背中。その背に向かってエースは一つ溜息を零した。

(・・・私は、間違ったことなんて、言っていないはずです)


***


 エントランスへと足を向けたイグニスは応接用ソファに沈むタカシの姿を見つけていた。少年はぷらぷらと足を揺らしながら、ガラス張りの壁越しに寒々しい街並みを眺めている。

「やあ、タカシ」
「イグニス!」

 聞き慣れた呼び声にぶらつかせていた足をぱっと床につけ、少年は年相応らしい機敏さで飛び跳ねんばかりにイグニスの元へ走り寄った。いつも通りの眩しい笑顔のタカシは、けれど肩越しにエントランスの入口を振り向き、怪訝そうな顔をしながらイグニスへ向き直った。

「さっきビーストモードのイーガルがすっごい速さで駆け抜けてったけど、何かあったの?」
「ああ・・・ちょっと喧嘩したんだ、エースと」
「エースと?」

 意外と言いたげに瞬いたタカシだが、すぐに苦笑を浮かべる。

「イーガルとエースって仲悪そうだもんね。エースがケンカ? って思ったけど・・・そういえばデルタチームもケンカ良くするし」
「ははは・・・返す言葉もないなぁ」

 子供にすら良くケンカすると見なされていると知ったら、彼らは何と言うだろうか。おそらく不本意だとまた喧嘩するに違いない。そう想像したイグニスがまた溜息を吐いた。今日の彼は溜息の大安売りである。どことなく疲れているように見える、そんなイグニスの様子を見て、タカシがぐいっと彼の手を引いた。

「そんな顔しないでよ! 僕、これから遊びに行く約束してるんだ、イグニスも来ない?」
「オレも? そうだな、行・・・――い、行きたいのはやまやまだけど、オレはパトロールがあるから。代わりに送っていくよ」

 楽しそうだと思わず頷き掛けたイグニスの脳裏をエースがよぎる。慌てて断った彼だが、少年を落胆させないようにと代案を示したのだった。思った通り、イグニスが送ってくれると分かった途端にタカシの顔が明るくなる。

「やったあ! イグニバイク乗せてくれる?」
「もちろんだ! ここで待っててくれ」
「はーいっ!」


 ――それから数分後。イグニスとタカシは約束通り、バイクに二人乗りしながら幹線道路を風を切って走っていた。イグニスの背中に負ぶさるようにしがみついているタカシが居るので、いつものようにスピードは出さないが、それでも十分な速度である。上機嫌らしい少年は危ないと注意されてもなお、楽しそうに放り出した足を時折ゆらゆらと風に遊ばせていた。
 暫く走る内、あそこだよ――とタカシがビルの並ぶ通りを指差した。高層ビルに混じり、そう高くもないビルがいくつか立ち並ぶ通りだ。その一つがタカシの目的地である――、

「――アドベンチャーランド! 今、友達の間で知らないヤツ居ないんだから。小学生から高校生までなら自由に遊べるんだよ! だけど小学生は二階までしか行けないんだ。それ以上の階はもっと大きくなってからだって」

 アドベンチャーランド――いわゆる子供向けのゲームセンターである。高校生以上は客として原則入店禁止だが、付き添いで来店する者はちらほら居る。階によって遊べる年代が決まっていて、小学生ではスロットや激しい対戦ゲームは遊べない作りになっているので、普通のゲームセンターに行かせるより安全だと親たちからも評価が高いらしい。タカシとその友達もこのゲームセンターに夢中らしく、週に一度は遊びに来るのだと言う。

「ほんとはさ、エミリちゃんも誘ったんだけど、バイオリンのおけいこなんだって。ハカセもエミリちゃんも大変だよねー」

 塾通いの友達を例に挙げ、少し唇を尖らせたタカシの頭をぽんとイグニスが叩く。

「また今度誘ってみたら良いさ。あんまり遅くならない内に帰るんだぞ? アキラさんが心配するから」
「分かってるって! いってきまーす!」

 大きく手を振りながら中へ消えていく背中を見送り、それからバイクのハンドルに手を掛けて、イグニスはこれからどうしようかと考えた。  ――パトロールがてらイーガルを探すのも良いかも知れない。出ていった弟のことを心配はしているものの、イグニスは少し楽観している部分もあった。それはひとえに彼が、イーガルを役に立たない存在だなどと思ってはいないからだ。気を入れるところではいつも一生懸命頑張っている弟。イグニスにとってそれがイーガルの評価だった。
 それだからきっとその内帰ってくる。それこそパラサイダーが現れれば戻ってくるだろう。
 しかし兄であるイグニスですら、イーガルの胸中を完全に理解しているわけではなかったのだ。


***


 イグニスがパトロールを再開した頃、問題のイーガルは橋下の草むらに座り込み、頭を抱えていた。ついカッとなって飛び出したことできっと心配を掛けているだろう。それに関しては悪いと思わなくもない。だが、エースの言動はどうしても聞き流せなかった。

『役に立たない。』

 それはイーガルが密かに気にしていることだった。自分より遥かに大きいデルタチームは元より、イグニスはイデルタに必要不可欠で、では自分はと言うといつも避難誘導かサポートに回るしか出来ない。だからこそいつも必死にやってきたのに、それを思い切り否定された気がしたのだ。

「・・・俺だって、お前らみたいに戦えたら良いと思ってんだよ・・・」

 小さく零された言葉は聞く人もないまま川面に落ちた。ゆらゆらと川上から泡が流れてくる。それがパチンと弾けるのを見て、イーガルは一際深く項垂れた。


***


 やがて冬の短い日は傾いた。ただでさえ曇天だった東の空が暗く塗り潰され始めた頃もまだ、タカシを始めゴー、ハカセの男子組はアドベンチャーランドの中で遊び回っている最中だった。うららだけは先に帰ると言って途中で抜けてしまったのだ。

「なあなあ、次は何やる?」
「そーだなー・・・」
「あっ、僕はそろそろ帰らなきゃ。ママに怒られちゃうから・・・」

 もぐら叩きをやり終えたゴーが次を持ち掛けたのをきっかけに、ハカセが申し訳なさそうにそう切り出す。

「ハカセん家は厳しいなぁ」
「うーん・・・そうかも」

 うちなんか母ちゃんも父ちゃんも全然怒らないよ――とのびのびした声で言うゴーにハカセは苦笑を浮かべた。彼の両親は彼に中学受験をさせるために教育熱心なのだ。

「また明日、学校でね・・・あれ?」

 パタパタと手を振って今にも背を向けようとしたハカセだったが、ぴたりと動きを止めた。
 同じく友達二人も、そして周りの子供たちも。

 ド ドド ・・・

 かすかな音が、下から聞こえた。今彼らは一階に居るのだから音は地下からしていることになる。

「な、何だろ、地震――?」

 不安そうなゴーの声に重なり、今度は一際大きく重い音が建物を貫いた。それと同時に、ザァッと建物全体を黒い影が覆う。それだけではなく、タカシが胸につけているGODバッヂもがけたたましく鳴り出したのだ。

「これっ・・・もしかして、パラサイダーなの!?」

 突然の事態に悲鳴を上げ、パニックに陥る子供たち。それだけでなく、センターのスタッフもみな慌てふためいているらしく、あちこちで怒鳴り声や指示を言い合う声が飛び交っている。上階からも中学生や高校生が続々と降りてきた。
 その間にもビルを覆った影はぐねぐねと蠢いている。よくよく見るとそれは無数の機械触手なのだ。パラサイダーが寄生する時に使うものと同じ。

「早く子供を避難させるんだ! 非常口は開きそうか!?」
「はい、開きました! どうにか出られそうです!」
「よし! ・・・高校生のお客様は年下のお客様と一緒に出て下さい! 外に出たら誘導のスタッフと共にすぐこの場を離れ、安全な所まで避難して下さい!」

 パニックになっているとは言え、店長の指示で店員たちが動き出し始めた。同時に高校生たちも中学生や小学生の手を取り誘導し出す。出口に近いところから順番に、触手を避けて次々と外へ駆け出してゆく人の波。

「おい、俺たちと一緒に行こう!」

 立ち竦んでいたタカシたちを見つけた高校生のグループがそう呼び掛けた。
 伸ばされた手を掴み、彼らも外へ出ようとした、瞬間――!
 一際大きく地面が揺れ、まだ建物の中に残っていた人間はゴロゴロと床に倒れてしまった。
 その間に、地下から伸び出したそれらはあっという間に建物全体を包み込み、カッと閃光を放つとその姿を変えた。

 山の如く聳える黒い壁。そこから何門も覗く砲台。
 蟻塚を鉄で固めたような要塞は、不気味な姿を冬の落ち日にさらしていた。
 ――中にまだ人を閉じ込めたまま。


***


「市街地に高エネルギーポイント発生! このシグナルは・・・パラサイダーで間違いありませんっ!」

 テラスを振り返りそう叫びながらもミズキの手は止まることがない。猛スピードでコンソールを滑りキーを叩く。反応発見からものの数秒で警報を作動させ、各員にアナウンスを流せるのはひとえに彼女のお陰であろう。

「分かったわ、すぐ機動隊に連絡を・・・、」
「あっ、ま、待って下さい! パラサイダーの反応から、複数の微弱な反応が分離しました!」
「それって、増殖してるってことかい?」

 テラスから身を乗り出したマツウラにミズキが何度も頷く。今までにない事態に困惑し、アキラとマツウラが顔を見合わせた。

「・・・とにかく、襲撃があることに変わりはないわ。マツウラくんは現場へ急行して近隣住民の避難誘導! ミズキは機動隊へ警報伝達をお願い。ユイリ、デルタローダーの状態は?」
「バッチリ正常よ、いつでも発進させられるわ!」
「街への被害は出させない・・・気を引き締めていきましょう!」


***


 ――ガタン。ガララ・・・。
 アドベンチャーランドの室内に、物が倒れ転がる音だけが響く。しかし次第に人の呻き声が混じり、続いて店長が起き上がり絞り出した声が聞こえた。

「・・・・・・まだ中に残っている人は・・・みんな、無事ですか?」

 呼び掛けに応え、店員や子供たちが起き上がる。幸い全員擦り傷程度で酷い怪我は負っていないようだ。
 部屋は窓を覆われて、電気も遮断されたのか闇が満ちていた。何人かがケータイを取り出したらしく、あちこちにライトの白い明かりが灯る。

「ケータイが通じない・・・」

 鞄から引っ張り出したケータイを握り締め、ハカセが泣きそうな声で言う。誰かがガタガタとドアを揺する音、そして 「ダメだ・・・開かない」 と落胆する声がした。

「外に出られないし電話も通じないんじゃ、助けも呼べないじゃんか!」

 くそっ! とゴーが手のひらを拳で打つ。いくら楽天家の彼でもパニックになりそうなのだ。けれど唯一タカシだけは違っていた。

「・・・・・・大丈夫。絶対、イグニスたちが何とかしてくれるもん。僕たちがここに居ること、知ってるんだから!」

 確かにタカシも不安だった。しかしその瞳には他の子供にはない希望が宿っている。少年の言葉に、先ほど手を伸ばした高校生たちが話し掛けてくる。

「なあ、それ本当か? GODがここに来てくれるって?」
「それなら・・・助かるよね? 最近の事件はいつだってGODが何とかしてくれてるんだから」
「そうだ・・・きっと何とかしてくれるさ。俺たちを守ってくれるんだ!」

 波紋のように声が広がっていく。残っていたのは子供と店員、合わせて二十人に満たない程度だったが、みんなケータイの明かりを頼りにタカシたちの周りに集まってきた。
 GODなら、絶対何とかしてくれる。
 みんなの心が一つに固まった、その時。

 オオォォォ・・・・・・ン

 地の底を揺さぶるような不気味な咆哮が響き渡り、傍に居た子供同士が固く抱き合った。灯った希望を消し去るような不穏な音。ギュッ・・・と、タカシたち三人も誰からともなしに手を握り合っていた。


***


 タカシたちが閉鎖されたアドベンチャーランドの中で助けを信じていた時――GOD機動隊の面々は事態の収拾に躍起になっていた。・・・・・・イーガルを除いて。
 実は、異変が起きていたのは建物だけではなかったのである。ミズキが報告した“分離したエネルギー体”とは街中に現れたロボットだったのだ。体長3メートルはあろうかというアリ型ロボット、パラアントが続々と市街地に湧き、家屋や人々を襲い始めていた。それを阻止すべく、イグニスとデルタチームは各々別の場所へと散らばり、敵の駆除へと取り掛かっていたのである。

「イグニキャノン!」

 颯爽とイグニバイクを駆り、パラアントたちの間を蛇行しながら関節を狙い次々とビーム弾をヒットさせていくイグニス。脚を狙われたロボットは一溜まりもなく、がっくりと地に倒れてもがいた。
 そこへすかさず、バイクから飛び上がり斬り掛かる!

「イグニブレ―――ドッ!」

 ザンッ! 見事敵の首や胴を断ち斬る刃。斬られたパラアントは軋むような悲鳴と共に、爆発して霧散していった。

「これくらいの敵ならオレ一人でも何とかなる!」

 ブレードを構え直し、新たに現れたパラアントを視界に据える。
 ぐっと身を低く構え力を込めるにつれ、刀身が赤く燃え上がっていく。

「はああああっ! 食らえ、ファイヤークロスッ!!」

 炎の軌道を描いた十字架を刻まれ、敵のロボットたちはくず折れ身を散らせていった。


***


「ギギギギ・・・!」

 また別の場所では、一塊に集まり集合住宅の壁をかじるパラアントたちが突如現れた赤いロボットを振り返っていた。触覚を蠢かせ、位置をロックする。それと同時に彼らの腹部が開き、そこから無数のミサイルが発射された!
 ミサイルは白煙を後へ引きながら一目散にエースを目指す。
 ――しかし!

「そんな攻撃、通用しません! エールマシンガン、発射ッ!」

 両腕を銃に換装してクロスさせ、飛来するミサイル目掛けて放つ。凄まじい勢いで撃たれたビーム弾は一発たりとも外すことなく、雨のように注ぐ敵の攻撃を正確に迎撃する。ビーム弾に撃ち抜かれたミサイルの爆発で、辺りが埋め尽くされた。
 その爆煙の中、両腕を広げたエースの姿がうっすら浮かぶ。

「今度は私の番です、避けられるものなら・・・避けてみなさい! エールストライク!!」

 高らかに叫び、持てる武器を全門開放し発射する。ホーミングミサイルが雲を引く間に、換装し直したアサルトライフルで敵のアイモニターを狙い撃つ。
 その射撃スピードは目にも留まらず、かつ正確無比に狙った場所を撃ち抜いた!
 爆散する敵を後にして、彼は次の場所へと走り出した――。


***


 また別の一角では、地を割る轟音が天をも揺らしていた。土煙を掻き分けて突っ込み敵の脚を掴んで軽々持ち上げて地に叩きつけるのは、チーム一の怪力を誇るブローである。
 普段はもっと巨大な敵を相手にしているせいか、多少物足りなく感じているらしい彼の表情は渋い。楽しませろと言わんばかりに残りの敵を振り返り、指をちょいちょいと曲げてみせる。

「ギガガガガガッ!!」

 その挑発に、咆哮を轟かせてパラアントたちが突進してきた!

「そうだ、そう来なくちゃ面白くねえぜ!」

 ニィ、と口端を吊り上げ、両腕を振りかぶって地面へと突き下ろす!

「ブロウクン・・・・・・ブラストオォォッ!!」

 ガガァンッ! 物凄い音を立て、アスファルトに亀裂が走る。あっという間に広がった亀裂は地割れとなり、パラアントたちを地の下へと引きずり落とし爆散させた。
 全滅させた敵を見て満足げに笑ったブローだったが、ハッとした表情を浮かべて頭を掻く。

「・・・やべえ、つい本気出しちまった。街を壊すなってエースに小言言われるな」


***


 こちらではビルの合間を縫い、カールズが疾走していた。駆ける道々、構えた両手の爪をジャキン! と鳴らす。彼の進行方向には頭を振り威嚇しているパラアントの姿。

「いーちっ!」

 ダンッと地を蹴り跳ね上がる。敵を飛び越えて背後に着地し、振り向き様に爪を振るう。確かな手応えを受けて飛び下がり、敵の爆発した風を背にまた走る。

「にぃっ! さんっ、・・・・・・よーんっ!」

 楽しささえ滲ませた声が敵を切り裂く度に数を数える。

「ごぉっ、ろーぉくっ!」

 両腕を同時に振り抜き、二体同時に掻き切った。にっと口を半月に歪め、

「後はまとめてー・・・・・・クロースラァ―――ッシュ!!」

 連続する爆発音に背を向け、立ち上がるカールズ。その立ち姿を映えさせるようにまた一つ、大きな爆炎が立ち上ったのだった。


***


 しかし、倒せども倒せども一向にパラアントが減る気配はない。薙ぎ払い、打ち倒し、別の場所へ向かっても、また同じようにはびこる敵の姿があるのだ。
 更にイグニスはおかしなことに気づいていた。
 ――パラアントの体にはパラサイダーが寄生していないのである。

「こいつら・・・パラサイダーロボじゃないのか・・・?」
『いいえ、反応自体はパラサイダーのものですよう! でもすごーく微弱な反応だから・・・クローンなのかも知れないですぅ』
「じゃあもしかして、どこかに親となるパラサイダーロボが居るのか?」

 新たに一体敵を貫きながら通信を交わすイグニス。その会話はチャンネルを繋ぐ全員に聞こえていた。

『そう考えると、始めにエネルギーが発生したポイントが怪しいですぅ! 場所を送信しますね!』

 そうして送られてきた場所は――。

「な、に・・・・・・・・・!?」
『アドベンチャーランド・・・隊長、何か問題でも?』
「タカシが居るかも知れない・・・」

 彼が人間だったなら唇を噛みしめているであろう声音で告げられ、チャンネルを開いていた仲間たちはハッと息を呑み言葉を失った。

『・・・とにかく助けに行かなきゃ! オレ一番近いから急ぐね!』
「ああ、オレもすぐに向かう!」

 カールズの声を皮切りに、イグニスは止めていた足を動かした。そうだ、とにかく助けに行かなくては。今この現状を打破出来るのは自分たちしか居ない。

「絶対、助けてみせるからな・・・・・・!」


***


 ――その頃、敵のアジトと化したアドベンチャーランドの周辺では警官隊が必死にパラアントの進撃を阻止している真っ最中だった。GOD機動隊のロボットと違い、いくら警官と言えど人間相手ではパラアント一体を止めるのさえギリギリなのだ。その更に周りでは、マツウラ率いるレスキューチームが避難誘導や救助に駆けずり回っている。

「・・・おい、マツウラ・・・」

 慌ただしく指揮を執っている彼を呼び止めたのは、同じく警官隊を指揮するトクノ警部だった。振り向いた彼の長身を前にしているのにトクノの方が随分大きく見えるのは、この警部の尊大さ故だろうか。

「逃げ出した店員から話を聞いたが、まだ中に人が残っているらしい」
「そうですか・・・分かりました、機動隊に伝えます」

 通信機片手にへらりと笑うマツウラへ、トクノは不機嫌さを隠しもしない表情を見せた。元々優柔不断が嫌いな彼にとって、マツウラは最も付き合いたくない部類に入るらしい。それを差し置いても彼はGODという新参組織が気に食わないのだ。

(後から来たくせに、私たちの領分をかっさらっていった奴らだからな)

 人命救助と平和維持。今まで警察が行ってきた仕事だ。そこにGODが入り込み、あまつさえ人々の人気も信頼も全て持ち去ってしまったような、そういう気分なのである。もちろんそれは彼自身のひがみだということも分かっているのだが。
 だからこそ、プライドの高いトクノには悔しいのかも知れなかった。

「だ、ダメだ、押さえられない! 逃げられる!」

 その時、警官隊の方からわっと声が上がった。
 見ればパラアントの一体が包囲網を突き崩し、倒れた警官の上に圧し掛かろうとしている。

「撃て! それ以上進めさせるな!」

 トクノの声が飛ぶ。慌てて銃を構えた警官が次々と引き金を引いたが、パラアントの足止めには全く足りない。

「うわ、うわあああああっ!!」

 弾丸をものともせず脚の一本を振り下ろすパラアントの咆哮と、顔を覆った警官の絶叫が響いた。

「――・・・あ、あれ?」

 だが、しかし。恐れていた事態は訪れなかった。それは、悲鳴と共に飛び込んできた黄色い影がパラアントを止めたからだ。二体は真っ向からぶつかり合い、倒れた警官の真上を飛び越えてゴロゴロと転がっていく。

「GOD機動隊だ! 良かった、助かったぞ!」
「下がれ下がれ、場所を空けろ!」

 警官隊から歓声が上がった。足並みを揃えて下がる彼らを苦々しい面持ちで睨むトクノだが、ここは退かねばなるまい。第一、機動隊の戦闘に巻き込まれては元も子もない。あっと言う間に人の捌けた要塞前で、飛び起きたカールズは今し方揉み合ったパラアントの首へと爪を叩き込み、引き千切った。しかし仲間の断末魔を聞きつけてか、地面から次々と新手が現れてくる。

「げ、こんなに!?」

 思わず一歩退いたカールズの目前、先頭切って近づいてきた敵の頭を何かが貫いた。風を切るシュン! という音に首を巡らせれば、空からパラアントを狙い撃ったエースの姿があった。とても狙いなど付けられそうにない高度からの射撃も、彼に掛かれば赤子の手を捻るようなものだ。

「周りは私に任せて下さい。あなたはその要塞を!」
『ああ、待って、攻撃はダメ! 中にはまだ人が居るんだ、まず中の人を助けないと!』
「えっ?」

 カールズが体勢を低く構えたその時、慌てたマツウラの通信が飛び込んできて、彼は思わずたたらを踏んでしまった。

「な、中に人ぉ!? やっぱりタカシたちが?」
『それは分からないけど、人が居るのは確かなんだ』
「助けると言いましても、どうやって中へ?」
「それはオレがやるよ!」

 バイクの音が高く響く。遠巻きに見守っていた警官隊の群れがさっと割れ、そこからイグニスが走り寄ってきた。

「隊長!」
「オレのサイズなら中に入れるからな」
「そうですね、それが良いでしょう・・・・・・はっ、隊長!」

 エースの叫びと同時に、イグニスとカールズの間へビーム弾が撃ち込まれた。辛うじて避けた両者へと第二射が放たれる。それを地面を転がりながら避ける。

 ――ビームを放っていたのは“要塞そのもの”だった。いつせり出たのだろうか、壁面には無数の砲台が首を突き出し、それらがイグニスたちを狙っていた。

「おいおい、これってまさか・・・・・・」

 人間ならば、たらりと冷や汗を垂らしたに違いない。砲門がこぞってこちらを向く様を見れば仕方ないことだ。またも避けようと身を翻したイグニスを追い、ビームが放たれる!

「イグニキャノン!」

 降り注ぐビーム弾へと右腕の銃口を向けた。左手は地につき、そのまま倒立、跳ね上がって着地する。ビーム同士がぶつかって相殺されていく。

「わわわ、助けてエース!」

 同じくカールズも爪を開いたもののビーム相手には分が悪いと判断し、飛び退きざまに空のエースへ呼び掛けた。分かっています――と返事が聞こえるのと同時に空から注いだビームが砲台を砕き、攻撃の手を止めさせた。
 更に、どこからか飛んできた瓦礫片が砲門を纏めていくつか潰した。ハッとそちらへ目を向ければ、通りの向こうからやってくるブローの姿。

「これで大分減ったろ」

 ニヤリと要塞を見上げ言うブロー。空中で 「また街を破壊して!」 といきり立つエースの声には聞こえないフリを決め込んでいる。

「よし、これなら近付け・・・・・・、」

 攻撃の手を休めた要塞に明るい声を上げたイグニスだったが、次の瞬間には口を噤まざるを得なかった。
 砕かれた壁――そこがぐにゃりと歪み新たな砲台を築いた。あっさりと元通りに復活したのだ。

「な・・・っ、この要塞、自己修復するのか!?」
「クソッ・・・ナメやがって!」

 もう一度攻撃をと手近な瓦礫を探し振り向いたブローへ、横ざまからカールズが飛びついた。
 一瞬後そこへ撃ち込まれるビーム弾!
 仲間の危機に武器を構えたイグニスのみならず、空中のエースにまでも砲口が向いた。

「! こちらもですかっ!」

 飛来する攻撃を避けるエース。だが巨大要塞の壁一面から突き出た砲台の勢いは留まる所を知らない。一発、また一発とウイングパーツに被弾し、彼はやむなくパーツを切り離した。砲台はなおも勢いを増していく。ついにはイグニスら機動隊だけでなく、警官隊や周囲のビルにまで砲口を――!

「デルタッ・・・ローダァ―――――ッ!!」

 考える間もなくイグニスが叫ぶ。その声を辿るかのように白い車体が道路を疾走し、間一髪で警官隊と要塞の間へと滑り込んだ。撃ち込まれるビームから人間を守る。
 しかし、真っ向からの攻撃にタイヤが保たなかったらしい。がくんと車体を傾がせたデルタローダーはもう走りたくとも動けない状態だ。

「合体するなら今しかないな」
「そうみたいですね。主任、合体許可をお願いします!」

 機動力を失ったローダー、無数の砲台、こちらは近付くことも出来ない。となれば取る手は一つ。エースからの要請を受け、アキラは掌を翳し合体プログラムを起動させる。

「合体コード、トリプル・オン! I-Delta、合体承認!!」

 デルタチームのロゴマークが点滅し始める。その間にイグニスはデルタローダーへ飛び乗り操縦桿を握った。
 バシュゥッ! と噴煙を上げ、ローダーが空へ上昇し始める。速度を上げ切る前に撃ち落とそうと狙いを定める砲身へ、警官隊が一斉に発砲を始めた。その後ろにはGODのチームも揃っており、機動隊の合体を邪魔させまいと必死に応戦しているのだ。

『今の内だ、イグニス、デルタチーム!』

 通信機からマツウラの急いた声を聞きながら、宙へ躍り上がったデルタチームが変形を始めた。
 その中心にコアとなるローダーが収まる。
 力強い音と共に連結する手足。胸にエンブレムが掛かり、きらりと緑に光る。
 同じくイデルタのアイモニターも緑の光を輝かせ、拳を握った。

「絆、信頼、拳に込めて――!」

 ガァン! ぶつかり合った拳が火花を散らす。

「重ねよ、心の絶対シグナル!」

 エンブレムに“ I ”の文字が浮かび上がる。

「―― I-Delta、激参!!」

 地響きを立てて地に降りた巨神は、その指を真っ直ぐ要塞に突き付けた。

「さあ・・・・・・中に居る人間たちを、返してもらうぞ!!」



To be continued...



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