見えざるモノ



 冬の寒さが染み渡る東京の街。人々はコートの襟を立て、足早に通りを歩み去っていく。
 しかし、そんな寒々しい日々を一時中断する時期がやってきた。――クリスマスである。
 一週間前から街路樹はイルミネーションで飾られ、店々はサンタ服の店員を売り子に駆り出す。そこかしこに幸せそうなカップルの姿が見受けられる。語らうのはクリスマスイヴのデート計画だろうか。
 街に浮き足だった活気が満ちている中、ここGODにもそわそわしている人物が二人。一人はアキラを誘いたくとも勇気が出せないマツウラ。そしてもう一人は――。

「――えぇ? タカシとエミリちゃんが、クリスマスイヴにデート?」

 GODビルの裏手に作られた中庭、周りから区切られたそこに集まった機動隊からどよっと声が上がった。面々の前ではタカシが真っ赤な顔をしながら、しきりに足を踏み代えつつ立っている。

「だから、カッコ良くなるにはどうしたら良いか教えてほしいんだよ! ほら・・・僕もそういうとこ、エミリちゃんに見せたいし・・・」

 ともすれば消え入りそうになる語尾を何とか最後まで保たせて、タカシはちらりと傍らに立つイグニスを見上げた。当のイグニスといえば、困ったように頬を掻いている。

「オレが力になってやれれば良いんだけど、ちょっと分からないんだよなあ・・・」

 自分がカッコ良いと特に感じたことのない彼は、更に視線をイーガルへと流した。矛先を向けられたイーガルも面と向かってそう問われると如何ともしがたいのか、肩を竦めて首を振っている。

「良いじゃねえか、無理してカッコつけなくてもよ」

 その時、奥からぼそりとブローが口を挟んだ。泰然と胡坐をかいて座り込む姿に向けて、タカシは不満そうに唇を尖らせる。

「それじゃ答えになってないじゃん!」
「そうか?」

 くう、とロボットの癖に欠伸を噛み殺す仕草をされ、更にタカシの機嫌は降下線を辿る。すると見兼ねたエースが 「では」 と口火を切った。

「あなたの考える“カッコ良い”とはどんなものですか?」
「えっ? うーん・・・イグニスとかイーガルはカッコ良いと思う」
「じゃあオレは?」

 考え考え話すタカシを覗き込むように膝を屈め、カールズがわくわくした口調で尋ねたが、タカシはきゅっと口を尖らせた。

「カールズもカッコ良いけど、ちょっと子供っぽい!」
「えーっ!? じゃあじゃあエースは? ブローは?」
「エースは・・・カッコ良いけどちょっと口うるさいし・・・ブローは戦ってない時いつも寝てるじゃん」

 唇を尖らせながら言うタカシに、エースとブローが顔をしかめる。
 すると、不穏な空気を感じ取ったイグニスがいち早く話題を変えた。

「それなら、カッコ良い人をお手本にするっていうのはどうだ?」
「あ・・・それいいね!」

 ぴょんと飛び上がり嬉しそうに笑う少年を遠巻きに眺めながら、ブローは 「そのままで良いと思うけどな」 と呟いたのだが周りには届かなかったようで、彼もそれで構わないらしく、また一つ欠伸を噛み殺すと壁に寄り掛かってスリープモードへ切り替えてしまったのだった。


***


 ――そして一週間後、クリスマスイヴ。
 りんりんりん、りんりんりん。軽快なベルの奏でるジングルベルが街を満たす。寒々とした空模様の下、手を繋ぐ男女だけはどこかほっこりとして見える。気温がいかに低くとも、人の心は温かい日なのだ。

「――・・・はい、到着! 僕は車停めてくるのでアキラさん、入場券買って待ってて下さい」
「分かったわ。ゲート前で待ってるわね、マツウラくん」

 はあい、と間延びした返答と共にリアウィンドーを上げ走り去る車を見送るアキラとタカシ、そしてエミリ。機動隊との意見交換の後、自宅に戻ったタカシがアキラに事情を話したところ、ちょうどイヴは休みだということで保護者代わりにアキラとマツウラも同行することになったのだ。
 そのお陰でアミューズメントパークに来られたのだから、タカシとエミリに不満があるはずもない。子供らしい満足心である。

「楽しみね、タカシくん」

 白いワンピースに薄いピンクのケープコート、同じ色をした手袋をしたエミリが笑う。紺色のコートを着込んだタカシも、うん! と大きく頷く。二人の頬が少し赤いのは寒さのせいだろうか。そんな弟の様子を微笑ましく見守るアキラの背に、ぱたぱたと駆け足の足音が近付いた。

「お待たせしました〜」

 ぺこぺこと頭を下げながら走り寄るマツウラへ、アキラがふんわりと笑みを投げる。

「いいえ、気にしないで。さあ、マツウラくんも揃ったし、行きましょうか」
「うんっ!」

 先程の初々しくも甘い雰囲気はどこへやら、遊園地の魅力には恋の魔法も霞んでしまうのか、わくわくした顔の子供二人を見て苦笑するアキラ。けれども、 「やっぱり子供なのね」 という言葉はそっと胸にしまい、二人の背に手を当てて入場ゲートを潜る。

「私とマツウラくんのどちらかといつも一緒に居てちょうだいね? 迷子になったら置いて行っちゃうわよ」

 目を輝かせる弟と少女にくすくすと笑みと浮かべながら言う。どれほど耳に入っているかは分からないが、とりあえずは頷いたので良しとする。まずはどこへ行こうか――などと話しながら足を進めることにした四人は、自然とアキラがエミリと、マツウラがタカシと手を繋ぐ形になった。

「・・・僕とじゃなくて、姉ちゃんとが良かったんでしょ?」
「なっ・・・・・・なぁに言ってるんだい、そそそんなこと全然っ!」
「バレバレだよマツウラさんは・・・」

 笑いよりもむしろ呆れに近い表情を浮かべるタカシに、マツウラが慌てて首を振る。とは言え、その顔は耳まで真っ赤なのだから誤魔化しようもないというもの。どうしたの? とアキラに尋ねられ、更にゆでダコのようになったマツウラをちらっと見上げて、マツウラさんはカッコ良いとは違うな・・・・・・と思うタカシなのだった。

「──ねえマツウラくん、あそこ行ってみない?」

 暫く歩く内、アキラがあるアトラクションを指差して振り向いた。黒字に赤でおどろおどろしく描かれた看板を見て、マツウラもタカシも 「うっ」 と小さく呻いてしまう。

「お・・・お化け屋敷?」
「そうそう。ここのお化け屋敷、結構有名だそうよ。ねえ、入らない?」

 さり気なくマツウラの隣へ身を寄せたアキラは、ちらりと子供たちの方へ視線を流した。これはあくまでタカシとエミリのデートなのだから、それらしいことをさせてやろうということである。

「アキラさんがそう言うなら・・・。じゃあ、僕はアキラさんと行くから、タカシくんはエミリちゃんと一緒に行くと良いよ」

 そういうことなら――と話を合わせるマツウラに背をぽんと叩かれ、タカシは少し焦ったような顔をした。けれどもエミリの手前、怖いと言うのは出来ないようだ。

「うん、分かった! 行こう、エミリちゃん?」
「・・・でも、ちょっと怖い・・・」

 入口に掛かる垂れ幕から覗く暗い室内と中から時折聞こえる悲鳴に、尻込みするエミリ。そんな彼女にぐっと胸を張るタカシ。

「大丈夫、僕がついてるんだから! 何があっても、ぼ・・・オレがエミリちゃんを守ってあげる!」

 えっ? と目を瞠るエミリの手を引いて大股に入口へ向かう弟の背中を見送りながら、アキラも思わずマツウラを仰いだ。とは言え彼の方もきょとんとした顔をしていたので、どうやら入れ知恵というわけではないらしい。どうしたのかしら・・・と不思議そうに首を傾げるアキラだった。
 その後もタカシの“オレ”は続き、三つめのアトラクションから出たところでようやくアキラは彼の行動の原因に思い至った。

「・・・もしかしたら、タカシはイグニスの真似をしてるのかしら」
「は、イグニスの・・・ですか?」
「ええ、そう。だってほら、あの子は自分のことをオレって言うし。行動とか、喋り方とか・・・何となく似てると思わない?」
「言われてみれば・・・」

 そう聞いた後では、確かにタカシの一挙一動はイグニスに似ているような気がしてくる。でも何故だろうと首を捻るマツウラの隣で、アキラは 「背伸びしたい年頃なのかしら、あの子」 と苦笑交じりだ。


***


 一方その頃、GOD機動隊は暇を持て余し、サンクタム・フラットに集まって顔を突き合わせていた。正確にはイーガルを除く面々である。今日は人の往来が激しいため、イグニスがバイクでパトロールするよりはイーガルが空から行なった方が良いというエースの主張で、この寒空の下一人だけ駆り出されているのだ。
 当初は可哀相だから自分も行くと言ったイグニスだったが、エースに睨まれてうやむやになってしまった。こうしてサンクタム・フラットのベランダで仲間と語らいながらも、心の中で何度となく弟に謝罪してしまう。

「――隊長、もしかしてまたイーガルのことを考えてますね?」
「えっ!? いや、か、考えてないぞ!」
「もー、せっかく久しぶりにパトロールお休みなんだからさあ、もっとリラックスしなきゃ!」

 唐突なエースの指摘に目を白黒させたイグニスへ、カールズが不満そうに口を尖らせる。そう、いつも働きっぱなしの自分を慮ってくれているのだと頭では分かっている。だがどうも休むに休めない辺り、ワーカホリックかも知れないな――と思わず苦笑するイグニスだった。

「ちゃんと休んでるから、安心してくれ。な?」
「じゃあ隊長も一緒にやろうよ、しりとり! エース相手じゃ絶対勝てないんだもん!」

 よーし分かった――とベランダの柵に寄り掛かると、カールズが嬉しそうに口元へ半月を浮かべた。

「最初はしりとりの、り! オレからね、えーっと、り・ん・ご!」
「では私が。ゴルトムント」
「えっ? あ、ああっ、“と”・・・だよな。んーと・・・・・・」

 身近な単語を羅列するイグニスとカールズに対し、難解な四字熟語やら歴史、小説の人物名をすらすら答えていくエースのちぐはぐなしりとり模様を横目に、ブローは壁に寄り掛かったまま微動だにしない。もっとも戦闘にでもならない限り、彼が動き回ることはほとんどない。タカシに 「寝てばかりだ」 と文句を言われるのも致し方ないのである。
 今のところ、オペレーションルームからさしたる連絡も警報もなく平和そのものだ。伸びを一つして、ブローはつまらなそうに足を組み替えた。


***


 けれども、年に一度の聖夜を前に敵も大人しく手をこまねいているわけはない。
 タカシたちの遊ぶテーマパークの一角、赤いテントに色とりどりの旗飾り――サーカス小屋を模したアトラクションの裏口へ、カサコソと近づく黒い影。赤く光る眼差しはおよそ生き物らしさを感じさせない。小屋の中では、次の上演に備えて手品師や軽業師たちが手持ちの道具の最終チェックを行なっている最中だった。真剣に調整に取り組む彼らの内、床を這い回る機械虫に気がつく者は誰一人として居ない。
 これ幸いとパラサイダーはカーテンをよじ登り、そして――!


***


「きゃあああーっ!!」

 冷たい外気を切り裂く悲鳴がどこからか上がった。更にBGMの如く、老若男女入り交じった喚き声、泣き声、罵倒が沸き起こる。

「な、何だろ? あっちの方からみたいだけど・・・・・・」

 阿鼻叫喚が溢れる方角を仰ぐタカシに、不安そうな表情を浮かべたエミリが寄り添う。彼女は無意識なのだろうが、絡んだ腕にタカシの方が思わず赤くなった。

「タカシ、エミリちゃん、私から離れないで。マツウラくん、GODに連絡を」

 凛とした声で告げるアキラの隣で、慌ててマツウラが通信機を取り出した。またも電源を入れそびれていたことに彼自身辟易してしまう。

「あ、み、ミズキくん? こっちで何か事件が起こったみたいなんだ! ええと、場所は・・・・・・、」
『Hブロック3−2地点ですねぇ。こっちでもバッチリ感知してます! 今イグニスとデルタチームを向かわせますっ!』

 指揮を執るアキラが不在とは言え、ミズキたちオペレーターの仕事ぶりは良好らしい。大人二人がホッと息を吐いたのも束の間、地を揺らす轟音と共に彼方で土煙の柱が次々と上がり始めた。
 ――しかし破壊音は聞こえるものの、破壊者の姿は依然見えない。

(おかしいわね、姿かたちが一切見えないだなんて・・・・・・)

 上がる土煙に隠れて目視出来ないのだろうか? しかしそれだけではない気がして、アキラは胸のざわめきを静めたいとでも言うように、無意識のまま右手をそこに添え握り締めていた。そんなアキラの不安にあてられ、タカシとエミリもお互い身を寄せ怯える瞳を見交わしている。
 ――機動隊が到着する前に一般人を一人でも多く避難させなければ。そうは分かっていても、うろうろと惑う思考にマツウラは頭を抱えたくなってしまう。アキラがタカシたちに正体を隠しているため動けない今、GODとして指示が出来るのは自分しかいない。

(とにかく・・・とにかく、まずはアキラさんたちを安全な所へ――・・・!)

 そこまで考えたのと同時に、

 バ ゴ ン ッ

 鈍く響く不吉な音が頭上で響いた。
 ハッと顔を上げた彼らの上に、ごってりと装飾の乗った建物の破片が降り注ぐ。やけにスローモーションで見える落下。ほぼ反射のようにアキラがタカシたちを両腕に抱き、マツウラは咄嗟に彼女を庇うように身を被せた。
 一瞬。固く目を瞑り、抱き合う。
 ゴガガガッ・・・・・・!
 声高に打撃音が鳴った。けれど予測した痛みはない。もしかして死んでる? などとモヤの掛かる頭でマツウラが考えていると、コツンと頭に瓦礫の欠片が当たった。

「・・・・・・ブロー・・・?」

 見上げれば、空を遮るように緑色のボディが視界いっぱいに広がっていた。
 まだぼんやりした表情の四人の前に、片膝をついたエースの顔が降りてくる。

「大丈夫ですか? 危機一髪間に合って良かった」
「お前がもっと速く飛べりゃ、ギリギリじゃなかったのにな」
「あなたが重量オーバーなんですよ!」

 心配そうに紡がれたエースの言葉に、背から瓦礫を落としながら身を起こしたブローがぼそりと抗議すると、案の定彼はキッときつい視線を仲間に送った。それを意に介さず、コキリと首を曲げたブローは己の周辺で呆然と立ち竦む人々を見渡した。

「ここから早いとこ離れろ。向こうに警察が来てる、そっちで捌いてもらえ」

 鋼鉄の指が指す方向と彼の顔を交互に見、客たちは思い思いの駆け足で避難を始めた。ゲートの前では、駆けつけた警察機動隊とイグニスたちが避難誘導を行なっているはずだ。そこまで行ければまず安心だろう。

「お前らも行け、後は俺とエースでやる。もう少しすりゃ、誘導してる隊長やカールズも合流するしな」

 散らばった瓦礫を除けてやりながらブローが言う。傍らではエースが、辺りをスキャニングしているのか緩やかに首を巡らせている。
 いち早く茫然自失から立ち直ったアキラは、一つ頷くと子供たちの背を押した。今すべきはここで立ち竦んでいることではなく、子供たちの安全を――ひいてはGOD機動隊の戦場を確保することなのだから。

「後は任せるわ。行きましょうマツウラくん」
「あっ、は、はい!」

 アキラの声にようやくマツウラも我に返り、細かい石の破片を踏みながら歩き出す。

 ――カラリ。

 小さく、どこかから音がした。エースがぱっと顔を上げ、片手を耳の辺りへ添えた。

「今、微かに反応がありました。が・・・どこにも、姿が見えません」

 訝しげにカメラアイを絞ったり開いたりを繰り返すエースと同じく、アキラも先程の胸騒ぎを覚えていた。
 確かに何かが存在し、破壊していた。けれど、その姿を捉えることが出来ない。

 カラ、カラカラ・・・・・・・・・

「!」

 また音。その音源らしき場所へ向けて銃を構えるが、やはりそこには何も居ない。

「どうして・・・・・・!?」

 思わず呟くエースの頬を鋭い風が掠めた。
 ハッと身を固くしたのと、背後でメリーゴーランドが爆散するのは、ほぼ同時。

「やはり何か居ます! 避難を――急いで!」
「ダメだ、動くな!」

 振り向き叫ぶエース。走り出そうと身を翻すタカシたち。彼らに腕を伸ばすブロー。
 二体が叫んだ時、轟音を立てて周りの建物が次々と吹き飛んだ。まるで雨のように頭上から降り注ぐ瓦礫。それから守ろうとブローが身体を滑り込ませた。鋼鉄を石のつぶてが打つ音が響く。腕の中にタカシたちを収め、しっかり抱え込んだブローの背に、頭に、ガンガンと降り注ぐ瓦礫の雨。

「ブロー!」
「・・・平気だ。それより早く敵を探せ、・・・ッ!?」

 ガララ・・・と頭に乗った瓦礫を払い除けたブローの背にまた衝撃が走り、彼の声がぐっと詰まった。一瞬何が起きたか分からず目を瞠ったアキラとエースの前で、続け様にブローを衝撃が襲う。
 ――何かが攻撃を仕掛けている!

「ぐっ・・・う・・・・・・!」

 ヒュン、ヒュン――と空を切る音の後、ブローの口から押し殺した呻きが漏れる。しなる何かが背を殴打しているのが分かる。

「・・・ブロー、少しだけ耐えて下さい」
「ッ・・・は、任せろ・・・!」

 低く呟き、エースはすっと空を見上げる。同時にバックパックのウィングが変形し、出力を上げた。ボウッ! と音と土煙を巻き起こし、彼は蒼空へと舞い上がる。
 エースの特殊装備は何も銃だけではない。イーガルほどではないが飛行に適したこのバーニアも、彼の武器の一つである。高出力のバーニアがあるからこそ、今回の出撃に際しブローを抱えて現場に急行することが出来たのだ。
 しかし、エースが飛び立ったのを見送る余裕はブローにはない。見えない攻撃は四方八方から襲い来る上、パワーもあるので気を抜けば身体が飛ばされそうになるのだ。それを踏ん張って、彼はタカシたちを抱く腕を更に抱え込んだ。

「ブロー、大丈夫なの・・・!?」

 泣きそうな声でタカシが指に縋る。声だけでなく、彼の目は潤んでいて今にも涙を零しそうだ。
 けれどもブローはぎっと引き結んだ口を無理に吊り上げて、笑った。

「ったりめえだろう・・・」
「でもっ・・・でもブロー苦しそうだよ! 死んじゃうよ!?」
「・・・・・・俺には、見えねえ奴を見つけ出せる眼はねえ。そいつを捕捉するだけの速さもねえ。
 ――でもな。こうやって守ってやることと、身体張ることは出来るんだよ」

 そう言うブローの顔は苦しそうなのに誇りの色が滲んでいて、タカシは思わず言葉を飲み込んでしまった。
 その時――遠くからスラスターの音が聞こえてきた。ブローの笑みが深まり、小さく 「遅ぇよ」 と独りごちる。

「カールズ、右のレンガ壁にいます! 外さないで下さいよ!」
「あったりまえだろぉっ!」

 空からエースの鋭い指示が飛ぶ。それを受け、最大加速をつけてカールズが疾る!
 両腕を構え、踵のスラスターを全開にして。
 見えなくとも関係ない。眼の代わりなら空に居る。
 迫る壁にも怯むことなく、思い切りスピードに乗せて、腕を振るう!

「クロースラァァアアアア―――ッシュ!!」

 鋼鉄の爪が、壁を切り裂く前、確かに何かを捉えた。

「ギャァァァァァァァッ!!」

 薄氷が割れる時のような、透き通ったつんざき声を上げた“何か”は二、三度明滅した後その全貌をあらわにした。

 ギョロリと大きく飛び出したカメラアイ。
 ぐるりと巻いた尾はシュン! とムチのようにしなりながら左右に揺らされている。
 弧を描く背にはトゲが並んでいて、カールズの爪が切り裂いた脇の傷からは火花が散っている。

「なるほど、カメレオンか・・・・・・!」

 姿を消していられたのはおそらく光学迷彩だろう。カールズの攻撃がちょうど迷彩を司る部分にヒットしたのか、パラサイダーロボはチカチカと明滅するように透明にはなるが、姿を完全には消せなくなっている。

「ようやく姿見せやがったな」

 ズシンと重い音をさせ、ブローが地面に手をつき立ち上がる。立った足は少しふらついたように見えたが、彼はしっかりと地面を踏み締めた。

「随分やってくれたじゃねえか。この借り、二倍返し程度で済むと思うなよ!」

 ニヤリと凶悪な笑いに顔を歪ませ、ガァン! と拳を打ち合わす。ぶるぶると身を震わせたパラサイダーロボは今までの敵の例に漏れず、高らかに咆哮を上げ変形を始めた。

 胴が起き、前脚が畳まれる。後ろ足はすらりと伸び、そのまま脚部を形成する。
 背びれだった部分は真ん中から前後に分離し、肩と腕となった。
 その右腕にはカメレオンの頭部をした銃が、左腕には尾のムチがそれぞれドッキングする。
 ロボットの頭部が胸部の中からせり上がり、アイバイザーに光を灯す。
 その光は一瞬だけ七色に光り輝き、後は赤だけを残してぎらついた。
 シャアッ! 右腕のカメレオンヘッドを突き出し、かぱりと口を開かせる。
 細身のボディは脆さではなくしなやかな強さを思わせる騎士に似ていた。
 これこそ、カメレオン型パラサイダーロボ、ステレオンである!

「おい、オペレーションルーム! マグネフィールドの発動頼むぜ!」

 すかさず通信チャンネルを開き、ブローがミズキへ繋ぐ。分かってますよぉー! と明るい声が言うや否や、彼方からの光がステレオンを包み空中へと引きずり上げた。

「ねえデルタチーム、・・・頑張って!」

 フィールドへ向かおうと視線を上げたブローの足元から、タカシが大きな声で叫んだ。了解です――と敬礼を返したエースとにっかり笑ってみせたカールズの後で、ブローもニヤリと口角を上げた。三体を飲み込むマグネフィールドを見上げ、くっと小さく拳を握ったタカシの腕をマツウラが引く。見れば、側には警察も何人か集まってきていた。

「マツウラさん」

 パリッとしたスーツに黒いコートをなびかせた男がマツウラに声を掛ける。

「あ、トクノ警部! 良かった、民間人の避難の首尾はどうです?」
「今、部下たちが当たっています。・・・どうやらそちらは仕事中ではないようで」

 トクノと呼ばれた男はマツウラの後ろに立つアキラたちに視線を走らせ、ハッ――と小さく笑った。うわあ感じ悪い、と思わず声を上げ掛けたタカシの口をやんわり塞いで、アキラはマツウラからマグネフィールドへと目を移す。
 ――今頃中では戦闘が始まっているのだろうか。
 トクノら警官に誘われてその場を離れながらも、空に浮かぶフィールドから目が離せない。
 するとその時、エンジン音を吹かせて宙に躍り出た影があった。イグニスの操るデルタローダーである。バーニアから炎と白煙を迸らせながらフィールドへ真っ直ぐ突っ込んでいく姿に、タカシが小さな拳を振り上げた。その一方でトクノは少し苦い顔を浮かべていたけれど。


***


 マグネフィールド内では、デルタチームの三体がステレオンとの交戦に当たっていた。光学迷彩を使えない故に姿を消すことはないとは言え、ビルの合間を縫って動き回る敵から繰り出されるムチ攻撃は強烈である。ある時は避け、ある時は弾きながら、それでも彼らは追撃の手を緩めない。
 そこへ、磁場の壁を歪ませてデルタローダーが飛び込んできた。運転席ではイグニスが遅くなってすまないとでも言うように片手を上げている。
 準備は整った。後は合体する時間を稼ぐだけ。ならば、とエースは敵を鋭く見据えた。

「エールストライク!!」

 追う足をひたと止め、両腕を構えたエースが声高に叫ぶ。その声に呼応するように、腕からは次々とホーミングミサイルが放たれ敵を追った。それからタイミングを少しずらし、ステレオンの進路に照準を合わせて弾を放つ。滑るように走っていた敵は飛来するミサイルをムチで迎撃したものの、ラグを挟んで迫るビーム弾がその攻撃をかい潜って腕を貫いた。堪らず動きを止めたステレオン目掛け、ミサイルが次々とヒットする。

「ガアアァァアアアッ!」

 爆煙に包まれたシルエットが悶え狂うように頭を振る。

「今です、隊長!」
「ああ!」

 オォン・・・! 唸りを上げ中空へ飛び上がるデルタローダー。白い軌跡が空で大きく円を描く。
 さて行くかとばかりにゴキリと首を回したブローの肩へ、エースの手が伸びた。

「・・・大丈夫ですか?」
「ああ?」

 何がだ――と口をへの字にする仲間を前に、エースは眉間を寄せて彼の肩を指す。ピッとヒビ割れたそこはブローのダメージを象徴しているようだ。けれども彼はニヤリと笑っただけだった。

「何ともねえ。男の勲章ってヤツだ」
「な、何をバカなこと言って――、」
「・・・俺に出来ることを、俺は全力でやってるだけだ。」

 ニィ、と。吊り上がった口元からアイモニターへと視線を移し、エースは思わずフッと笑みを零した。

「あなたらしい」
「当たり前だ。
 ――おら行くぞ! デルタチーム、フォームアップ!」
「はい!」
「よっしゃー!」

 円の中心へ向かい飛び上がるブロー。そこへ二体も続く。
 デルタローダーからなるコアへ四肢が次々にドッキングして、白い巨体に緑の光が灯る。
 輝きを放つのは“ I ”のエンブレム。拳を握り打ち合わせ、高々と告げる――!


「絆、信頼、拳に込めて・・・重ねよ心の絶対シグナル! イデルタ、激参ッ!!」


「やったぁ! イデルタだ、イデルタが来たー!」

 警察が乗り入れた機動隊車両の傍らで、フィールド内に降り立った巨身を見たタカシが小さな身体をぴょんぴょんと跳ねさせた。その隣にはエミリが小さな手を握り締めて成り行きを見守っている。それは後ろに控えるアキラも同じで、いつも真っ直ぐな眼差しは今、ひたとイデルタを見上げていた。

「イデルタが居れば大丈夫! 心配ないよ、姉ちゃん、エミリちゃん!」

 そんな女性陣の不安を感じ取ったのか、くるりと振り向いたタカシが満面の笑みで言う。

「イグニスたちが負けるわけないもん。僕、信じてるから!」

 自信に満ち溢れた声でしっかりそう言うと、タカシはまたマグネフィールドの方へ向き直り、中で戦うイデルタに向かって大きく叫んだ。

「イデルターっ、がんばれーっ!!」

 声がたとえ届かずとも、少年の心には確証があった。自分が出来ることを精一杯やるということがどういうことなのか。
 声は音をなくしてもなお、イデルタの胸を熱くした。

「せっかくタカシたちが楽しい休日を過ごしていたっていうのに・・・・・・」

 ぐっと拳を握るイデルタ。間合いを保ちながらじりじりと対峙を続ける。ステレオンも威嚇のつもりか手にしたムチをピシリ、ピシリと振りながら、片時もイデルタから目を逸らさない。
 少しずつ円を描いて移動する。ピシリ。ムチが地を叩き、小石がパンッと跳ねた。
 ――刹那!

「カアァァァァァッ!!」
「うおおぉぉおおお!!」

 同時に敵へ向かい走る! 振りかぶられたムチがイデルタ目掛け放たれたが、わずかにボディを傾がせて避ける。ブースターフルパワー、一気に間合いを詰めた!

「絶対許さん! ブロウクンバスタ―――ッ!!」

 真正面から、顔面にめり込む拳。ビシビシビシッ! と鋼鉄の砕ける音と共に、ステレオンの身体が地を離れ後方へ吹っ飛んだ。

「まだまだぁ! トリスカリバ―――――ッ!!」

 間髪を入れずイデルタが右手を高々と空へ翳す。ズズズ・・・と天井から降りてくる剣を掴み、緑色の眼をギンと敵へ。
 フィールドの磁場壁にぶつかったステレオンが辛うじて立ち上がり掛けた、その時に。

「はああああああああっ!!」

 横に構えたトリスカリバーに冬の陽光を淡く輝かせ、イデルタが突っ込んでいく。
 威圧感に負け声を上げることすら出来ずに、敵はその刀身に映る己を見た。
 薙ぐ軌跡が三角を描く。
 怒りを込めた切っ先は、白い跡を残し美しく舞った。


「ト ラ イ ア ン グ ル ・ エ ッ ジ !!」


 ジジッと音を立てて磁場の壁を抜け、イデルタはそのまま地表へと着地した。フィールド内ではステレオンが断末魔の叫びと共に爆炎を上げ、赤く揺らぐ光がイデルタの白を染めていた──。


***


 爆風を完鎮した後、マグネフィールドはビリッと磁気の壁を揺らしながら消滅し、八つのデバイスに分かれてGODビルの方へと飛び去っていった。
 青空に残った軌跡を見送ったイデルタは、暫しその緑色のアイモニターに青を映していたが、おもむろに手にしたトリスカリバーを天へ掲げた。きらりと陽光を反射した剣はイデルタの手を離れるや、デバイスの後を追うように青空を切り裂いて飛び上がっていく。マグネフィールドを構築するデバイスもトリスカリバーも、戦闘が終わるとGODビルへ送還出来るようプログラムされているのだ。そして武器を無事送り出すと、ようやくイデルタはデルタローダーとデルタチームへと分離したのだった。
 軽く地響きを立てて降り立った三体とローダーを迎えるために、機動隊の元からタカシが駆け寄る。運転席から降りたイグニスに体当たりまがいに抱きついて夏の太陽のように笑った少年は、傍らで首に手を掛けながら回しているブローを見上げて言った。

「ブロー、カッコよかったよ! 僕、見直しちゃったもん」

 突然降って湧いた形で褒められたブローは怪訝そうに口をへの字にした。
 その様子をカールズがニヤニヤ笑いながら覗き込む。

「ははー、ブローってばびっくりしてる? なあなあびっくりしたんだろ!」
「うるせえバカールズ、ちょっと黙ってろ」
「バカールズって言うなよ、デブローのくせに!」
「ああ!?」

 売り言葉に買い言葉であわや喧嘩というところに、エースの咳払いが割って入る。途端に黙った二体を見て今度は苦笑を浮かべた少年だったが、イグニスから少し身体を引くと彼の耳にそっと囁いた。

「・・・でもさ、こういうとこがデルタチームの良いとこなんだよね」
「ああ・・・そうだな。オレもそう思う」

 きょとんと目を瞬いたイグニスもすぐに頷いて、それからおかしそうにくすくすと肩を揺らした。その姿を見咎めたカールズに突っ込まれ、何でもないよ――と慌てて弁解し始めるイグニスに、またタカシが笑う。
 そんな折、肩を誰かに叩かれひょいと振り向くと、いつの間にかアキラとエミリもそこに立っていた。

「姉ちゃん、エミリちゃん」
「タカシ、遊園地は暫くお休みだそうよ。残念ね・・・」
「そっかあ・・・・・・」

 ちぇっと唇を尖らせてみたが、ステレオンとの戦闘であちこち破壊された園内を見れば仕方ないのは一目瞭然だ。

「・・・せっかく遊びに来たのにね、ごめんねエミリちゃん」
「ううん、タカシくんのせいじゃないもの、気にしないで」

 眉を下げるタカシと、ふるふる首を振るエミリ。
 結局デートは邪魔されちゃったな――と残念そうに顔を見合わせるイグニスとデルタチーム。

 そこへ、警察と話し終えたらしいマツウラがにこにこしながらトタトタと駆けてきた。相変わらずひょろついた走り姿の後ろにはイーガルの姿もある。

「あのね、良い話があるよ!」

 花が咲く――と評するよりは、どちらかと言うと飛ぶ蝶が脱力しそうな笑顔で子供たちの前にしゃがんだマツウラの言葉尻をイーガルがさらう。

「GODの協力に感謝するってんで、パークの経営者が秘密でメリーゴーランドを回してくれるってよ。マツウラが頼み込んだんだ」
「えっ、ほんと!?」
「せっかく来たのに、ほとんど楽しんでなかったしね。タカシくん、エミリちゃん・・・それに、良かったらアキラさんも」
「俺らも乗りたきゃ乗って良いとさ」

 オレたちまで? と目を丸くしたイグニスの手をタカシが掴む。

「みんなで乗ろうよ!」

 せっかく来たんだから! そう言って笑う弟に、アキラも隣に立つマツウラを見上げた。

「・・・私たちも乗りましょうか、マツウラくん」
「えっ! あ、はいっ! もちろんです!!」

 秘密のメリーゴーランド。白い馬と鹿毛の馬が二頭並んだのに、タカシとエミリが座る。
 イグニスは後脚で立つ馬の手綱を取り、イーガルも始めは渋ったものの結局イグニスの隣で黒馬に座っている。
 デルタチームはもちろん乗れないので、空いたスペースで座っていた。
 そんな彼らの様子を見守るアキラとマツウラが居るのは、シンデレラに出てきそうな馬車かごの中だ。
 音楽が始まり、ゆっくりと台座が回り出す。
 ゆったりと上下しながら動く馬に合わせ、カールズもくるくると周りを回り始めた。苦笑はするが止めないエースの横では、眠そうな光を宿したブローが呆れた顔で溜息を吐いている。

「・・・ねえ、タカシくん」

 音楽の合間に、エミリが小さくタカシの袖を引いて呼び掛けた。なあに? と少年が顔を向ける。少女は少しだけ躊躇ってから、にこりと笑った口に言葉を乗せた。

「私ね、いつものタカシくんがすてきだと思うの」

 ――みんなを信じてるって言って笑ったタカシくんのことを、すごくすごくカッコ良いと思ったの。

「今日は、ありがと」

 赤くなってしまった顔を振り切るように早口で告げ、エミリは掴んでいた袖をぱっと離してまたポールへと両手を戻した。対して言われたタカシはと言うと――、

「ど・・・・・・どーいたしまして・・・」

 やはり真っ赤になって固まってしまい、ぎくしゃくと返事を乗せるのが精一杯なのだった。



To be continued...



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