絡みつく罠、忍び寄る闇!



 この地球という惑星において、嫌われ役の代表として認定されている生物が幾種か居る。ゴキブリ然り、ムカデ然り、見つかり次第駆逐されてしまう運命を背負った生命体である。
 そしてこれは、益虫であるにもかかわらず嫌われ役として名高い、ある虫のお話――。


***


「・・・きゃああああああっちょっと机! 机ーっ!!」

 突然サンクタム・フラットの空気を震わせたのはミズキだった。わなわな震える拳を口元に添え、空いた片手はしっかとデスクを指している。何事かと視線を落としたアキラも、その先にある・・・・・・正確には“居る”存在に気づき、穏やかな微笑みにヒビを入れて硬直した。悲鳴こそ上げなかったが、明らかに迸りそうになった声を飲み込んだ顔だ。同じくユイリも表情を引きつらせ、叫ぶ代わりに一歩ずりりと後退る。

「今誰か叫びませんでしたか? っうわ!」
「マツウラさぁぁんナイスタイミングです! 今こそ漢を見せる時ですよぉ!!」
「えぇ? 何? 何なに?」

 戸口からヒョコヒョコと現われたマツウラに飛びつくミズキ。さり気なく他の二人も彼の後ろへと移動を始めている。事態を飲み込み切れていない彼に、アキラが青褪めた笑顔で机上を指差した。
 そちらへ目を向けるマツウラ。そして。

「ひゃぁ――――――い!!」
「ちょっと! 悲鳴上げてないで何とかしなさいよ、男でしょあんた!」
「む、無茶言わないで下さいよユイリさん! 僕、クモ苦手なんですからー!」

 そう、デスクの上には一匹のクモが鎮座ましましていた。都会にそぐわない手のひらサイズの彼は確かに驚きに値する。
 しかし、だからと言って驚いている場合ではない。慌てた四人が右往左往している折、戦闘訓練を終えたデルタチームを引き連れてトーゴーとショーコが戻ってきた。普段と違う喧騒を目の当たりにし、片方は眉を顰め、もう片方は首を傾げる。

「何をしている?」

 じりじりと戸口の方へ下がる面々の後ろから、さも呆れたようにトーゴーが声を掛ける。するとその隣で首を伸ばしていたショーコが、またもや悲鳴を上げて飛び退った。あわわ、あわわと声にならない声を上げながら逃げを打つ彼女も、アキラたちと同じくクモが苦手らしい。
 こう幾度も奇声が上がるとやはりロボットと言えど気になるのか、デルタチームも三体揃って不思議そうにベランダを覗き込んできた。

「・・・・・・うわ。」

 真っ先に問題の生物を見つけたのは、チーム一視力に優れたエースだ。

「外見から察するに、クモ目アシダカグモ科アシダカグモ種と思われますね」
「・・・何退いてんだ、お前」

 冷静な判断とは裏腹に一歩また一歩とそろりそろり離れてゆくエースを見て、ブローが呆れたような声を上げる。同じくトーゴーも苦虫を噛み潰したような顔でクモを見つめるエースにちらりと視線をやっていた。

「なになに、エースはクモ嫌いー?」
「苦手と言うだけです」
「嫌いなんじゃねえか」
「近付きたくないだけです!」
「だからそれは嫌いなんじゃねえか」

 珍しく畳み返されて言葉を失う姿に、マツウラたちからどこか感心したような 「おぉー」 という声が漏れる。
 ――その時、カササッとクモが動いた。

「ぎゃ――――――ッ!!」

 轟く悲鳴。慌てふためく人とロボット。そんな騒乱を溜め息でもって傍観するトーゴーとブロー。
 すると突然、クモにかぱりとケースが被せられた。半透明なケースの中でうろたえて暴れるクモの姿がうっすら見える。

「カシイくん!」
「・・・騒がしいから、来てみた」

 ぽそりと言って、カシイは軍手を嵌めた手をそっとケースに添え、傾けて隙間を作る。すかさず飛び出してきたクモを優しく手のひらに包んで捕らえた。鮮やかな手つきに一同は感心するものの、やはり近づきたくないのか距離を取っている。
 それを見て、少し困ったような表情を浮かべたカシイは弁明するような口調で呟き始めた。

「・・・アシダカグモは、見た目は大きくて気持ち悪いかも知れないが、ゴキブリやネズミを食べてくれる益虫だ。こいつが数匹居れば、家屋の害虫は一年以内に全滅するとも言われてる。
 餌がなくなれば自然に居なくなる・・・が、こいつは外に離してくる・・・」

 最後にまた困ったように小首を傾げ、手の中の生き物を傷つけないよう気を配りながら出て行く大男の背中を見送った後、面々は誰からともなく互いに顔を見合わせた。

「・・・・・・あんなに喋ったカシイくん、初めて見たわ・・・」
「私もですぅ・・・」

 感心の他に何となく尊敬を抱きつつ言うアキラとミズキに同意するように、エースとカールズも思わず頷く。
 騒ぎの元凶が居なくなり、いつも通りの秩序が戻る中、思い出したようにカールズが隣に立つエースの腕に自らの腕を絡めつつ揶揄い始めた。

「そう言えばさ、エースってクモ嫌いなんだなーっ!」
「で、ですから苦手なだけだと言ってるでしょう!?」

 だからそれはと言い掛けたブローが、諦めたように一つ欠伸をして調整椅子に座り込んだ。こうなるとものの数秒しない内にスリープモードに入ることは請け合いだ。
 それでもなお揶揄い揶揄われを繰り返す二体を眺め、ショーコがくすりと笑みを零す。

「何だか人間みたいですよね、嫌いなものがあるなんて」

 ねえ――と矛を振る先には不機嫌そうに眉根を寄せるトーゴー。にこにこしている彼女とは対照的に、彼は苛立たしげな様子だ。

「・・・・・・・・・所詮心を持つロボットなど、不完全な鉄の塊だ。」

 そう忌々しそうに吐き捨て、トーゴーはくるりと踵を返すと足早にその場を立ち去ってしまった。最後の言葉を聞いたのはどうやらショーコだけだったようで、談笑に勤しむアキラたちはトーゴーが去ったことにも気づいていない。

「・・・・・・トーゴーさん・・・?」

 不安混じりの問い掛けが問われた本人に届くことはなく、ただ床をてんてんと弾んでいっただけだった。


***


 さて、GODでささやかな騒動が起こっていた頃、イグニスとイーガルは連れ立ってパトロールに出掛けていた。イグニスは地上をイグニバイクで、イーガルはビーストモードで空をそれぞれ進む。お互いとも通信チャンネルを開いているので離れていても会話は出来るのだ。

「気持ち良い天気だよなぁ、最近薄曇りだったから久々の太陽だ」

 陽光に身体を染め、オレンジ色を更に鮮やかに輝かせているイグニスが空を見上げて言う。その視界をすいすい横切るイーガルの青は、空と融け合いながら時折ちらちらと光る。

『曇り空ん中飛ぶよか、晴れた日の方が気分は良いな!』
「だろう?」

 通信機から上機嫌な弟の声が発されると、イグニスも機嫌良さそうに目を笑わせた。ロボットである自分たちでも、身体を撫ぜる風や柔らかく降り注ぐ陽光を心地良いと感じることは出来る。それがまた生きている実感らしく感じられて、イグニスは好きなのだ。

『――おお?』

 すると、空を行くイーガルが疑問の声を上げるや、すいっとイグニスに先行した。釣られてイグニスも前を見るが、ビル群に遮られて弟が何に気を取られたのかは分からない。

(そうだ、高架道路からなら見えるかも)

 ちょうど分岐から上へ上れるルートだったため、イグニスは左へとハンドルを切った。

『おわっ!?』
「イーガル!?」

 それと同時に、通信機から慌てたイーガルの声が飛び出した。ぐっとアクセルを踏み込み、大きく傾くイグニバイクを操って高架道路を飛ばす。ぐるりと湾曲したルートに差し掛かった時、イグニスの視線はビルの合間で蠢く青を捉えた。

「イーガル・・・? 何してるんだ、そんなとこで!」

 空中でばたつく姿があまりにも不可思議だったのか、バイクを降りて問い掛けるイグニスの声はどこか素頓狂な響きがあった。対するイーガルは余裕の欠片もなく必死である。

「何って、何かキラッとしたもんが見えたから来てみりゃこの様だ! 引っ掛かっちまってる!」
「引っ掛かったって・・・何も見えないぞ? ――ん、ちょっと待った!」

 はたと言葉を切り、イグニスは自身の視覚機能の精度を上げた。その中にイーガルの言う通りちらちらと細く光る物がある。

「・・・・・・糸、みたいだな・・・」
「! イグニス、危ねぇ!!」

 更に焦点を絞ろうとイグニスが高架から身を乗り出した時、突然イーガルが危険を告げた。同時にイグニスが飛び退く。それとほぼ同じくして、彼の立っていた場所が弾け飛んだ。

「くそっ、どこだ!?」
「あっちのビルに居た! 今は見えねーが、あのデカさはパラサイダーロボだぜ、きっと!」

 着弾したのが爆弾と見て周りを警戒するも姿が見えない。イーガルの言葉通りならば見つからないはずがないのに――。

「いや、違う! 下か!」

 わずかな揺れを感じて空中へ飛び上がったイグニスの足を追うように、コンクリートを突き破りパラサイダーロボが現われた。

 八対の足。
 薄黄緑のボディに紫色の模様。
 真っ赤なカメラアイは、頭部にこれまた八つ。

「クモか・・・・・・!」

 巨大な腹を震わせるのはクモ型パラサイダーロボ、スピーチュラである!
 一旦はイグニスを逃したスピーチュラだったが、すぐさま彼を追い掛け、その進路に次々と糸を吐きつけてくる。辛うじて避けているが、高架道路の上をモノレールの如く進むスピーチュラに掛かっては逃げていられるのも時間の問題だ。

「オペレーションルームへ。こちらイグニス! パラサイダーロボに襲われてるんだ、マグネフィールドの使用許可を!」

 振り下ろされた鋭い足先から身を躱したイグニスがGODへと通信を繋ぐ。すぐさま了解の返答があり、彼方から光の筋が飛来するやスピーチュラを包み込んだ。敵を捕らえたことを確認すると、イグニブレードでイーガルを縛る糸を切り裂いて、イグニスはその背に掴まった。

「イーガル、頼む!」
「おう!」

 ようやく身体の自由を手に入れたとばかりにその身を震わせ、イーガルはバーニアを唸らせてマグネフィールドへと飛び込んでいった。


***


 フィールド内は地上と同じくビルの立ち並ぶ摩天楼の様相だった。高層ビルの一つに張りついたスピーチュラが牽制のつもりか牙を鳴らす。不気味な赤い瞳がギラギラと輝いた。
 それぞれビルの屋上へ降り立ったイグニスとイーガルも、片やブレードを構え、片やヒューマンモードへ変形して拳銃を構えた。

「キィィイイィイイイッ!」

 耳障りな鳴き声を上げスピーチュラの巨体が宙に翻る。大きさに似合わない素早さは先ほど高架道路で見せた時と同じだ。サッと両側へ避けた二人の内、イーガルが銃を向け発砲する。硬い音を立てて弾かれる銃弾の一発がカメラアイに当たり、スピーチュラは痛みと怒りに激昂の声を迸らせた。

「はああああああっ!」

 思わず足を止める敵の頭上から飛び下りるイグニスの掛け声一閃! 頭を狙い振り切られた刀身は正確にまた一つカメラアイを切り裂いた。
 もんどり打つ敵から飛び退る二人。今までの敵と同じく巨大ではあるが、スピーチュラの防御は二人の攻撃を完全に跳ね返すには至らない。少なくとも弱点であるカメラアイを狙えば痛手を与えられるようだ。

「これなら俺たちだけでも倒せるんじゃねーのか!?」

 笑みを含んだ調子で言うイーガルが更に発砲で追撃する。また弾け飛ぶカメラアイ。弾の切れた拳銃を胸にしまい、今度は両腕の砲身を向ける。しかし敵がそう幾度も攻撃を許すはずもなく、傷に苦しむ素振りを見せながらもスピーチュラは巨体を翻してビルの死角に飛び込んだ。
 チッと舌打ちを一つして、イーガルがその後を追い掛ける。けれども素早い敵はなかなか補足出来ないらしく、彼はそのままビルの合間を縫うようにスピーチュラを追って飛んでいる。
 その姿を追いながら、イグニスは小さな違和感に首を傾げた。
 ――心なしか、イーガルのスピードが落ちているような?
 何となく、だが少しずつスピーチュラから引き離されていくのを見るとそんな気分にもなる。
 すると、なかなか追いつけないことに痺れを切らしたイーガルが飛行体勢を保ったままシュトロムキャノンを起動させた。
 光る砲門。発射に備えてバーニアの出力が上がった――その時に。

「キィイアァァァアッ!」
「な、に・・・ッ!?」
「うおあぁっ!」

 離れていた二人の身体がスピーチュラの咆哮と共にぐんッと引きずられ、あっと思う間もなく空中へ引っ張り出さた。互いに激突した彼らの周りにきらめく、光。

「しまった、糸か! 動けないっ・・・!」
「こいつ、交戦しながらトラップ張ってやがったな!? チクショーまたかよ!」

 先程の違和感の正体はこれか――とイグニスが拳を握るが、今更気づいても遅すぎる。動き回る内に少しずつ身体に絡みついてしまった糸はいくらもがいても弛む気配はなく、むしろ動けば動くほどきつく締まっていくようだ。
 ギチリと嫌な音を立てる関節に、二人の表情は焦りで染まる。
 そんなイグニスたちの感情を察したのか、ことさらゆっくりと糸を伝ってくるスピーチュラ。身動きの取れない二人に更に糸を吹き掛けながら。鋭利な牙がキチキチと鳴る――。

「隊長!!」

 その時、横ざまから黄色の影が敵の脇腹目掛けて突っ込んでくるのが見えた。しかしいち早く感づいたスピーチュラは身を躍らせるとビル群の陰へ消えてしまう。その影を追うことなく、カールズは心配そうな顔でイグニスらへ向き直った。

「隊長! 大丈夫だった!?」
「カールズ! 無事とは言いがたいけど、まあ大丈夫だ!」

 うっすらと白い糸に覆われているが無事らしいと分かると、カールズがホッと息を吐く。ちょうどそこへ残り二体も到着し、重い足音でビルに降り立った。

「敵の姿は見えませんね。カールズ、まず隊長たちを助け出して下さい」
「勢い余って斬っちまうなよ」
「了解っ!」

 辺りを一瞥したエースがカールズに指示を出し、自らは銃の照準器を上げた。無限に見える空間だが所詮はソリッドビジョン。このフィールドの中から逃げられはしない。

「見つからないのならば、いぶり出すまでです!」

 両腕を掲げミサイルを放つ。追尾式のそれらは進路を決めあぐねるように蛇行した後、目標へ向かってまっすぐ飛び始めた。
 ――しかし。ビルの角をぐるりと巡ったミサイル群は空中で次々に爆発してしまった。
 突然のことに一瞬呆気に取られたエースとブローの上空を、ザッと黒い影を落としてスピーチュラが通過した。そこか! いち早くエースが銃を向けるが、その照準が合う前に彼の横ざまから拳が飛んだ。

「―――――ッ!?」

 予想外の角度からの攻撃に対処出来るはずもなく、宙に投げ出されたエースの身体がビル群の中を落ちていく。その赤い残像を驚愕の表情で見下ろすブロー。彼を突き飛ばした己の拳を信じられないという目で眺めていた。

「ブロー! 何やってんだよ!?」
「わ、分からねえ! 何でだ、身体が勝手に動きやがる・・・!」

 思わず叫んだカールズに向けて弁明するブローだが、同時に足が地を踏み切り拳を振りかぶった。けれどもアイモニターに光をいっぱいに映したカールズが間一髪で跳び退ったので、振られた拳は宙を切るに留まってくれた。

「ブローってば!」
「うるせえ! 止められるもんならとっくに止めてる!」

 間合いを取り、低い姿勢で構えるカールズから咎める声が上がる。応えるブローの声音もイラついているようだ。
 確かに彼の言葉通り、ブローがいくら踏み留まろうと足を踏んばっても身体は意に反するかのように動いている。また踏み込んだ足を見て、慌ててカールズが更に間合いを取った。退がるカールズを追い、次々と拳を繰り出すブロー。どちらも困惑を露わにしており、しかもなまじ相手が仲間なだけにカールズも対処しかねて退却するより他はないのだ。
 びりっとカールズの背に磁場の壁が当たる。マグネフィールドの限界だ。ハッと後方に気を取られたカールズが視線を戻した時には、ブローの固く握った拳は眼前に迫っていた。

 避けられない―――――!!

 カールズとブローが同時にそう思った、瞬間。

「ぐああああっ!?」

 悲鳴を上げたのはカールズではなくブローの方だった。その背から薄く硝煙が上がっている。そしてその向こうにうっすらと。

「エース!」
「全く、再起不能になったらどうしてくれるんですか! 効きましたよ、あなたの一撃は!」

 軽く憤慨を滲ませつつもエースの声の中にことさら非難の色はない。その理由は続く言葉に込められていた。

「さ、立ちなさいブロー。もう自由に動けるはずですから」

 あっさり言われ、おもむろに身を起こしたブローは自身の腕を回して驚きの表情を浮かべた。

「・・・本当だ」
「どうして分かったの、エース?」
「ブローの意志に反して身体が動くということは、何かを介して操られていたからに他なりません。そしてその“何か”とは――糸、でしょうね」

 きらり。空中にわずかながらきらめく光が漂う。先程のエースの銃撃で引き千切られた糸の切れ端だ。

「先ほどの私のミサイルもこれにやられたんです。糸で無理に動かしていたからブロー本来のパワーが出せなかったのでしょう。そのお陰で軽いダメージで済みました」
「オレたちを操ってお互いに攻撃させるなんて、ズルイ奴だな!」
「しかし一度見破ったからにはもう同じ手は通用しません!」

 ガチャリと腕を、そこに備わる銃身を掲げ、エースはビル群を見渡す。

「問題はどうやってパラサイダーロボを引きずり出すか、ですが・・・」

 一旦言葉を切るエースを、カールズが覗き込む。

「何か策があるの?」
「・・・そうですね。しかしそれには、あなたたちの協力が欠かせません」
「そんなことなら任しとけって! なっ、ブロー!」

 朗らかに言い切ったカールズが隣のブローの肩を叩けば、もちろんだと言わんばかりに彼も頷く。そんな仲間の様子にエースの口元がかすかに緩む。しかしそれはすぐになりを潜め、後に残ったのは敢然と敵に立ち向かう表情のみ。
 簡潔に作戦を伝えると、三体は眼下に広がるビルの海を見据えた。

「では行きましょう!」
「おう! でっかいクモを捕まえようぜー!」
「俺が先にな」
「違う! オレが先だよーっだ!」

 にっと笑みを交わし合い散開する。どこかの影に潜む敵がキチキチと牙を鳴らした。


***


「大丈夫かね、あいつら・・・」
「信用してないのか?」

 糸に絡め取られたままイーガルが呟く。すると隣のイグニスがきょとんとした声で返した。まるで今の状況をこれっぽっちも意に介していないかのような言いっぷりに、思わずイーガルは口元に苦笑を湛える。

「いや、信じてねーわけじゃないけどよ。つーかお前が信用し過ぎなんだ」

 まるで 「仲間が来た今何も心配などありはしない」 ――そう言いたげな顔に思わずそんな軽口を投げてみたりする。それでもイグニスは当たり前だと笑った。

「オレが仲間を信じないでどうするんだよ。それより、ここから抜け出さないと。もう少しでブレードが出せそうなんだけどな・・・」

 最後は独りごちるような口調で言い、身を捩っているイグニスを尻目にイーガルは視線を他へ向けた。
 摩天楼を駆け回る面々。策はあるような言い様だったが、果たして。信じていないわけではないさ――と己に言い聞かせながらも一抹の不安は拭えないのだった。



 さて、イーガルの心配をよそに、デルタチームは一心にビルからビルへと移動を繰り返していた。例えどんなに素早いとしても、所詮は一体。三体がかりで捜索すれば見つからないはずがない。

「見つけたっ!」

 それを裏付けるかの如く、とあるビルへ跳び移ったカールズが短く叫んだ。そちらへ顔を向けたエースとブローがお互い別方向から敵に迫る。敵を囲む三角形。逃げ場はないと悟ったのか、パラサイダーロボは足を縮めて身を竦ませた。
 ――と思ったのも束の間。
 突如バネのように飛び上がった敵の身体を避け、包囲網を緩める三体。その隙を縫って逃れたパラサイダーロボは勢いに乗ったまま彼らに向けて糸を吹き掛けた。
 しかし糸が絡まる寸前、今度は自らの意志でブローが傍らのエースを突き飛ばした。寸での所で糸の呪縛を逃れたエースとは裏腹に、あっと言う間に絡め取られた二体の身体が宙に浮く。そしてそのまま空中に張られた“巣”へ、まるではりつけのように捕らえられてしまった。

「くっそ、ベタベタする・・・!」
「・・・ダメだ。どうにも動かせねえ」

 巣に掛かった二体はそれぞれ逃れようともがくも、粘着質の糸がそれを許さない。
 また残されたエースもなす術なく呆然と彼らを見上げることしか出来なかった。
 そんな彼らの様子をキチキチと得意げに牙を鳴らしながら眺め、パラサイダーロボはゆっくりと変形を開始する。

 脚部は背後へ回り、腹部が割れて中から腰、それから足が現われる。
 クモの頭部はそのまま胸部となって、そこから頭がせり出した。
 ロボットモードに腕はなく、すらりとしたボディはどことなく強度を感じさせない。
 獲物を捕縛した後でしか変形しないのには、おそらくそう言った面での問題があるのだろう。

 とは言え、今や驚異的には変わりない。糸を巧みに操ってふわりと浮かんだクモ型パラサイダーロボ、スピーチュラに対抗出来るのは現在エースただ一体なのだから。
 しかし頼みの綱の彼は巨大な敵を前に尻込みしているように見える。ゆっくりと近づくスピーチュラから距離を取りたいのか、じりじりと後退るエース。そうだ、クモ嫌いなんだ――とカールズが焦り気味に呟く。

「エース! 早く何とかしてよ!」
「わ、分かっています!」
「ビビってんじゃねえぞ!」
「分かっていますッ!!」

 一点張りで返す彼だが、下がっていく様子では説得力もない。表情を持たないスピーチュラがニタリと笑ったような気がした。

「そ・・・それ以上、私に近づかないで下さい! うわああああっ!!」

 ざり、と踵がビルの縁を捉えた時が限界だったらしく、怯えた声を張り上げエースがめくらめっぽう銃を放った。もちろん彼らしからぬ攻撃がスピーチュラに当たるはずもない。ゆらゆらと幾発かを避けながら、やはり敵はニヤニヤとした笑気を纏っている。
 己を怖がっているモノなど恐るるに足らない。さっさと片付けてしまおうか。
 そう言いたげな様子で、スピーチュラが八本の足をエースへ向けた。
 足の先端全てに光が集束する。細いながらも強力な、ビーム砲。

 ――と、ぐんぐん膨れ上がる光を見つめるエースの顔から、恐れが消えた。
 それと同時に。

「クロースラァ――――ッシュ!!」

 斬ッ! 空気と共に幾本も足を落とされ、スピーチュラが驚愕の悲鳴を上げる。振り向けば自由の身を謳歌する二体の姿。事の成り行きを固唾を飲んで見守っていたイグニスたちも思わず目を瞠るほどだ。
 すると銃を構え直したエースがおかしそうにクスリと笑った。

「案外あっさり引っ掛かってくれましたね。彼らを眼中から外して私に引きつけ、奇襲へ繋げる作戦・・・・・・ぶっつけ本番にしてはなかなかでした」
「エースの演技、迫真だったもんな! 狙ってんのが実はオレたちを捕まえてた巣だなんて思わなかったろ!」
「あなたたちの演技は大根でしたよ。何ですか、あの煽りの入れ方。わざとらしくてヒヤヒヤしました」
「言ってろ・・・」

 拳を握り直し、ブローがスピーチュラを睨めつける。三方見渡しても隙はない。

「ギイィィイィイィイイ・・・・・・・・・!」

 万事休す。そう思ったかは知らないが、スピーチュラの唸り声にはそんな響きがあった。
 しかし、だからと言ってそうそう大人しく観念するはずもない。残った足をピンと広げ、先ほど溜めた分のビームを放つ。思わず避けたカールズの隙をつき、破られた巣に飛び移ると、目を瞠るスピードで天井付近まで滑り上がった。デルタチームが次の手を打つ前に、天井から無数の糸が降り注ぐ。絡みつけば動きを奪われるその攻撃に、エースが小さく舌打ちをした。

「やはりちまちまと攻めていては埒が明きませんね。糸に屈しない、大きなボディが必要です」
「てことは・・・・・・やっぱアレ?」

 いたずらっぽく投げ返すカールズに頷くエース。

「もちろん、合体しかありません!」

 言うが早いか、三体のエンブレムが光り輝く。同時にイグニスもブレードで糸を焼き切って宙へ躍り出た。すかさず腕を振るい、イーガルの糸をも切り払う。

「デルタローダ―――ッ!」

 高く呼び声が響く。呼応するように地上からフィールド目掛け飛び込んできたデルタローダーのエンジン音が轟く。開いたハッチに飛び下り、イグニスは中空に留まるイーガルへ親指を立ててみせた。

「サポート、頼んだぞ!」
「当たり前だ、任しとけ!」

 力強い答えに笑顔を見せたイグニスがローダーの中へ消える。
 不利な気配を察したスピーチュラが甲高い咆哮を上げた。背後で蠢く脚が方々へ伸ばされ、砲口が光り出す。

「ブロー! 任せます!」
「おうよ!」

 広範囲、避けるのは至難と見たエースが指示を飛ばせば、ブローがのっそりと前へ出、腕を振り上げる。
 ビームが放たれるのと、
 ブローが腕を足元へ叩きつけるのが、
 ――同時!
 轟音と共に砕け飛んだビルの破片がスピーチュラのビームに当たって四散してゆく。無茶苦茶な防御ではあるが、これがブローの持ち味なのだ。更に追撃として足元の瓦礫を抱え上げ投げつける。慌てて糸をたぐりスピーチュラが上へ逃れたことで、戦場にふと隙が生まれた。
 その期を見逃さずに空へ飛び上がったローダーを見上げた後、エースが仲間を見渡した。

「行きますよ、ブロー、カールズ。デルタチーム、フォームアップ!」
「おう!」
「了解っ!」

 掛け声も高らかに、ローダーが描く円の軌跡の中心を貫いて三体が舞い上がる。
 コアとなったローダーに、エースは右腕、ブローは左腕、カールズは足に変形しドッキングする。
 現われた顔をマスクが覆い、カメラアイは緑の光を宿す。
 白く輝く巨体は、何者をも打ち倒す正義の化身。


「絆、信頼、拳に込めて・・・重ねよ心の絶対シグナル! イデルタ、激参ッ!!」


 ビル群を薙ぎ倒し降臨するイデルタ。しかしそれにも怯まず、スピーチュラはお得意の糸を吹きつけてくる。白いボディに幾重も重なる糸を、けれども腕の一振るいで引き千切ると、イデルタは敵へと拳を振りかぶった。しかしその拳は空を切る。いくら糸を無効化したと言っても、スピーチュラの素早さまでは封じていないのだ。空中に巡らせた見えない糸を辿り逃げる敵はどんなに追い縋ってもすぐに身を躱してしまう。

「埒が明かねーなら俺に任せろ、イデルタ!」

 そこで唐突に掛かった背後からの声に、スピーチュラが振り返った。イデルタに気を取られ、すっかり眼中に入れていなかったもう一人の存在をはたと思い出して。
 ガシャンと肩パーツを起こすイーガル。そこから生まれる風は倍速で勢いを増し、瞬く間に辺りの空気を巻き込んで竜巻を生み出した! 慌ててその場を離れるスピーチュラには目もくれず、イーガルはその竜巻を虚空に放つ。
 空を裂き、全てを巻き込み吹き荒れる旋風!

「ガルサイクロォオ――――ンッ!!」

 凄まじい風圧に思わずイデルタさえ腰を落とした。唸る風に足を取られ、スピーチュラの身体が宙を滑る。咄嗟に糸にしがみつこうと掻いた爪先は、しかし何も掴まないまま空を切ってしまった。気がつけば、張り巡らせてあった糸は跡形もなくなっている。

「そうか、風で糸を吹き飛ばしたのか! 助かったぞ、イーガル!」
「礼は良いさ! やっちまえ、イデルタ!!」
「ああ! トリスカリバーッ!」

 イデルタが掌を天に掲げる。するとそれを待っていたかのように一振りの剣が降りてきた。
 白刃に映る姿は、まるで神のように輝いて。
 剣を――構えた!

「はあああああぁぁぁぁッ!!」

 イデルタの覇気に呼応して、トリスカリバーの柄のエンブレムが輝き出す。刀身は次第に眩く煌めき、白くオーラの炎を纏った。
 それを握るイデルタの眼差しは、風の渦の中心を、そこに捕らえられたスピーチュラを真っ向に据えていて。
 擦り切れそうな絶叫を上げた敵の、ど真ん中を貫く!


「 デ ル ト イ ド ・ ブ レ イ ク ・ ア ウ ト !!」


 輝く剣は、スピーチュラの身体を中心から突き抜いて。
 風の渦を突き抜け着地したイデルタの背後で、竜巻を吹き散らしながら敵が爆発した。
 シュウウ・・・・・・と燃え尽きたかのようにオーラの消えたトリスカリバーを傍らに下げ、イデルタは仲間へ顔を向ける。爆風を押さえ込み切ったイーガルが疲れた顔に笑みを乗せていた。
 それに釣られ、笑ったような気配をイデルタが見せた後、シュン、とフィールドが消える。
 ――戦いが終わったのだ。


***


「・・・・・・・・・しかしさぁ。お前らが捕まって、鳥までビビってた時は焦ったぜ」

 スピーチュラによって被害を受けた街を修復すべく警察と協力して後片付けに勤しむ中、イーガルがポロリとそんなことを零した。

「その呼び方やめて下さい。それにあれは演技だったんですから」

 すかさずエースが噛みつく。不機嫌そうなその様子におー怖ぇーと軽口を叩けば、余計に睨まれてイーガルは肩を竦めてみせた。
 するとそこへ、クレーン車を跨いでこちらへ寄ってきたカールズがエースの肩口からひょっこり顔を出した。

「ほんとに演技だった? 実はちょっと怖がってたりして!」
「ありえません! そもそもクモは苦手なだけ――、」
「おい、手にクモついてるぞ」
「ええええっ!?」

 瓦礫を運びながら通り掛かったブローがボソリと指差したので、思わず素っ頓狂な声を上げて手をばたつかせたエースだったが、歩み去るブローの背中が震えているのに気づいて怒声を上げた。

「あなた、揶揄いましたね!? もう、良い加減にして下さいよ!」
「あははは、エースだまされてやんのー!」
「お黙りなさいっ!」

 額の辺りをペシリとやられてもなお、カールズは笑いが止まらない様子だ。そんなやり取りを見上げて、イグニスは思わず微笑んでしまう。

「でもさ、エースの作戦バッチリだったな! ちょーカッコ良かった!」

 にぃっと満面の笑みで言うカールズ。

「だな」

 短くはあるが、聞いていたらしくブローもそう同意する。
 揶揄いから一転され、ぶつぶつ文句を言っていたエースもつい口をぽかんと開けたまま固まってしまった。だが、すぐ照れたように二体へ背を向けて咳払いを一つ。

「・・・・・・あれは、あなたたちがいたから上手くいったんです。その・・・まあ・・・ありがとうございました」

 だんだんと消えかけていく言葉はしっかり仲間の耳に届いていて、お互い顔を見合わせた二体も少し照れたようだった。

「・・・やっぱり、デルタチームのリーダーはエースじゃないとな!」
「ああ、俺らじゃ上手くはやれねえだろ。これからも頼むぜ、リーダーさんよ」

 次々投げ掛けられる言葉にエースがあからさまに狼狽える。人間だったならば顔が真っ赤になっていてもおかしくなさそうだ。

「そ、そんなに持ち上げても何も出ませんから――って、あなたたち仕事サボってどこ行く気ですか!?」
「ここはリーダーに任せて、俺らは待機しようと思ってな」
「そうそう! ファイト、リーダー!」
「こらあっ、待ちなさい! ブロー! カールズッ!」

 去っていく二体に追う一体。仲が良いんだか悪いんだか――と呟いたイーガルにイグニスが苦笑する。

「でも、良いチームだよ。な?」
「・・・・・・俺たちほどじゃねーけどな」

 にっと笑い、イグニスの頭を小突いて飛び去るイーガルを呆気に取られた表情で見送ってから、イグニスはハッと気がついた。

「――イーガル! お前までサボってどうするんだよー!!」

 空に向かって伸びる叫びは、切ない響きを帯びていたとかいなかったとか。


***


 ――その一方で。都市の地底に潜む影は度重なるパラサイダーの破壊に憤り、身を震わせていた。

《Grand Omni-Defencer・・・GOD・・・我らの邪魔をする者・・・》

 邪魔立てする者には制裁を。影はニヤリと赤い目を細めた。
 狙いはGOD。そのために何をすれば良いか──影はまた、密やかに触手を伸ばすのだった。



To be continued...



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