新たな仲間!
    デルタチーム



 木枯らし吹きすさぶ冬、師走の雰囲気漂うある日。
 ――良いニュースがあるのよ。
 そうアキラがイグニスたちに告げたのは、ほんの十数分前のこと。今、イグニスとイーガルは並んでサンクタム・フラットの入口に立ちながら顔を見合わせていた。

「・・・なあ、良いこと、って何だろーな?」
「さあ・・・? オレには見当もつかないけど」
「俺の新装備とか?」
「うーん・・・そういう話は聞いてないし、それならオレは呼ばなくて良いだろ?」

 だよなあ――と苦笑したイーガルは、開けてみろよと言うようにイグニスの肩に手を掛けた。それを受け、戸惑いがちにだが彼の指が開閉ボタンを押す。シュンと軽い音と共に開いたドアの向こう、大きな布山三つの前にアキラたち上層部メンバーが並んで待っていた。その後ろではテクニカルチームが機材を片づけている。イグニスたちはまた顔を見合わせ、足早にアキラの元へ向かった。

「アキラさん、これが“良いニュース”ですか?」

 聳え立つ布山を指差しイグニスが問い掛けると、にっこり笑顔を浮かべてアキラが頷いた。それと同時に、布山の一つがカタカタと音を立てた。
 ・・・・・・震えている?
 釣られて他の二つの山もわずかに身動ぎを始める。微かに震えていたそれはあっという間に大きく揺れ出し、終いには堪え切れないとでも言いたげな笑い声と共にばさりと布を剥ぎ取って――隠れていたものが現れた。

「にゃはははは! もー黙って置物のフリなんて無理だよお! やっほー、あんたが隊長? うわーっ小っちゃいー!」
「ったく、このバカ・・・笑いやがるから釣られちまったじゃねえか」
「あなた方は全く、大人しく待つことも出来ないんですね! ・・・カールズ、隊長に失礼ですよ!」

 布の下から姿を見せたのは、イグニスたちより遥かに大きな三体のロボットだった。赤、緑、黄のカラーリングを施された彼らは、ぽかんとしているイグニス相手に口やかましく言葉を交わしている。今はちょうど、黄色のロボットがイグニスをつつこうとするのを赤のロボットが止めたところだ。

「・・・・・・あ、あの、アキラさん・・・?」

 未だ困惑から抜け切れないイグニスの眼差しを受け、アキラが三体を仰ぐ。

「ほらほらあなたたち、イグニスが困ってるわ。自己紹介、お願いね?」

 彼女の言葉に彼らの会話がぴたりと止まる。その中で一際きっちりと敬礼を返した赤いロボットが他の二体を代表して口を開いた。

「大変失礼しました。我々はGOD機動隊所属デルタチームです。私はエース。こちらはブロー。そして彼がカールズです」
「・・・・・・・・・」
「よろしくなーっ♪」

 エースの紹介を受け、緑と黄のロボットがそれぞれ反応を返した。ブローは片手をちらりと上げただけなのに対し、カールズの方はぶんぶんと両手を高く掲げるポーズで他より子供らしい印象を受ける。

「本日より、イグニス隊長、並びにイーガル隊員と共に地球防衛の任に就きます。以後、ご指導のほどよろしくお願いします!」

 またもぴしりと決まった敬礼に、イグニスとイーガルは顔を見合わせ照れくさそうにはにかみ笑いを浮かべた。

「ええと・・・よろしくな、デルタチーム!」
「ああ。チームってことは、リーダーはあんたか?」

 すっとイーガルがエースへ視線を合わす。彼は一つ頷いた。

「はい。私がデルタチームのリーダーを勤めさせていただきます」

 しかし、ここで今まで大人しく話を聞いていたカールズが異論を唱えた。不満露わに口を尖らせる仕草は本当に子供っぽい。

「ズルいぞエース! オレだってリーダーやりたいー!」
「あなたでは役不足です。リーダーは綿密な作戦を組み立て、その通り指揮する能力が必要なんですから」

 やだやだ! と更に駄々を捏ねようとした仲間を押し退け、ブローも不快そうに口元を曲げて言った。

「作戦の指揮だあ? じゃあ何か、テメエが下がれっつったら下がれってのか?」
「当然です。チームはリーダーの指示に従い、作戦を遂行するためにあるのですよ」

 さも当然と言わんばかりに発せられた台詞に、ブローがぎりと拳を握る。二人は背丈こそ同じだが、体格的にはブローの方が遥かに分がある。二人より頭一つ分ほど大きいカールズさえも彼の前では小さく見えるのだ。さすがのエースも唇を引き結び、一歩下がってしまった。
 しかし、言い争いが暴力沙汰に発展する前にイーガルの鋭い声が飛んで、三体はハッと顔を下へ向けた。

「おい、鳥! 牛! 子猫ちゃん! イグニス困ってるだろ、ケンカすんじゃねーよ!」
「だ、誰が鳥ですか!」
「牛って何だ、ああ!?」
「そーいう風に呼ぶなよなぁっ!」
「じゃあお前ら、自分のボディ見てみろよ」

 呆れの溜息と一緒に吐き出された言葉に、彼らはお互いを見て、それから反論が浮かばず黙り込んだ。確かにエースの肩パーツは鳥を模したものだし、ブローのヘッドパーツには角が、カールズには耳をかたどったパーツがついているのだから。唯一カールズだけは 「オレはただの猫じゃなくてチーターだもん」 と不服そうだったが。

「――とにかく、同じ仲間なんだ、仲良くしなきゃダメだろ? なあエース、ブロー、カールズ?」

 戸惑いがちにイグニスが言い、三体が渋々頷いたところで、事の成り行きを傍観していたマツウラが抜けた声を上げた。

「困ったなあ、これから合体の説明をしようと思ってたんだけど」
「合体?」

 またもや初耳な情報にイグニスが首を傾げた。うん、と頷いたマツウラがサンクタム・フラットの巨大モニターの電源を入れる。ヴン、と唸ってから明るく輝いたモニターには、すぐにデルタチームの合体システムのデータが浮かび上がった。それを指し示し、今度はアキラが口を開く。

「デルタチームは、彼ら三体と自動走行ビークル――デルタローダーとの合体によって、I-Delta(イデルタ)になる合体プログラムを搭載しているの」

「おお」 とイグニス、イーガル両者から賛嘆の声が上がる。すると、 「僕が考えたんだよ」 とマツウラが嬉しそうに胸を張った。だがすぐに彼は表情を一変させ、残念げに続ける。

「でもね、問題があるんだ。合体するにはするんだけど、その後はエネルギー循環のコントロールが必要になる。だから、デルタローダーから成るコア部分にイグニスが乗り込む仕組みになってるんだよ」
「オレが?」

 急に指名されたイグニスが素っ頓狂な声を上げた。

「でもよマツウラ、それが何で問題なんだ? イデルタにイグニスが乗り込むだけなら良いじゃねーか」

 イーガルのもっともな疑問に、控えていたデルタチームも一様に頷く。マツウラとアキラはお互い顔を見合わせ、表情を曇らせた。

「それはね、この合体に危険が伴うということなの」
「危険?」
「そう。デルタチームの心が一つにならないとエネルギー循環に乱れが起きる。いくらイグニスがコアとなって制御したとしてもし切れない膨大なエネルギーが行き場をなくしたら・・・・・・どうなると思う?」

 眉を下げながら問うたマツウラへ、エースが真摯な声音で呟く。

「・・・・・・爆発、ですね」
「爆発!? おいおい、そんな危ねーシステムなのかよ! そんなとこにイグニスを乗せるって!?」

 思わず声を荒げるイーガルだったが、宥めるよう腕に触れたイグニスの手に不本意そうに口を噤んだ。反対に微笑を浮かべたイグニスは、アキラたちとデルタチームへ順番に視線を送った。

「オレ、やります。デルタチームの心が通えば爆発はしないんでしょう? それなら心配ないですよ」

 力強く頷くイグニスに、デルタチームの面々も思わず小さく頷き返していた。マツウラとアキラも同じだ。

「ええ・・・信じてるわよ、みんな!」
「そうだよ、デルタチームのAIはね、元々イグニスのものをモデルにしてあるんだ。一つになれないはずはないんだよね。でも、同じプログラムで同じ教育をしたはずなんだけど・・・・・・何でかかなり個性が出ちゃってさ」

 あははと苦笑する彼に釣られ、口元に笑みを浮かべながら、けれどアキラはどこか嬉しそうだ。

「でも、それこそ心の証だわ。同じ子は決して生まれない。あなたたちはそれぞれ自分らしく頑張ってちょうだいね」

 にっこりと微笑まれ、デルタチームは慌ててしゃんと背筋を伸ばして敬礼した。

「了解、主任!」


***


 その頃――タカシは教室で授業を受けながらつまらなそうにノートへ鉛筆を走らせていた。今朝ハカセから週末に動物園へ行く話を聞いたからだ。それも、最近話題のコモドドラゴンが展示されている動物園だ。ドラゴンという言葉に大人以上に夢を抱くのが、少年の性である。

(ちぇっ、僕だって行きたいよ! ・・・姉ちゃんさえ居てくれればなぁ)

 けれど、このところ特に忙しいのだと言って夜も遅くに帰宅してくる姉に、休日動物園に連れて行ってくれとは言えないタカシなのだった。仕事大変なんだろうなあ――と姉を心配するタカシだが、その姉がデルタチームの最終調整に全力で取り組んでいたなどとは知る由もない。

「あーあ・・・・・・」

 鉛筆を動かす手を止め、窓を染める青空を見上げる。僕もドラゴンを見てみたいなあ。そんな呟きは口から漏れることもなく、気怠い朝が過ぎていった。


***


 それから時はゆるゆると流れ、太陽が中天を過ぎた。岩山と水辺を設らえられた檻の中で、コモドドラゴンたちは暇そうに寝そべって動く気配もない。冬の寒さを感じさせないよう、彼らのスペースは室内に作ってあるのだ。冬眠の必要がない冬は彼らにとっては暇な時間なのかも知れない。
 すると、一匹のドラゴンが頭を上げた。警戒も露に辺りへ首を巡らせ、ドスッと足踏みをする。釣られて周りの仲間たちもキョロキョロと見回し始めたが、檻の中はいつもと同じで何も変わった所はない。やがて興奮が収まるにつれ、ドラゴンたちはまたもや寝そべって動かなくなってしまった。
 しかし、彼らの本能は正しかったのだ。水浴び場の給水口、その小さな隙間から、赤く光る目を持つパラサイダーが侵入していたのだから。機械虫は細い足を蠢かせて水中を進み、岩場へと上がり込んだ。
 ――ほどなくして。檻の中に、コモドドラゴンの悲鳴が響き渡った。


***


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!
 突如鳴り響いたアラーム音に、校庭でサッカーに興じていたタカシらは首を竦めた。そんな子供たちの驚きには構わず、幾度か不安をあおる警告音を喚き散らした後、タカシの胸に着けられたGODのバッヂは高々とこう叫んだ。

『エマージェンシー1! パラサイダー出現! 繰リ返ス、パラサイダー出現! 場所ハGブロック5−9! ・・・・・・』

 チカチカと青い光を点滅させるバッヂを見下ろしてから、タカシは恐る恐る友達の顔を見回した。

「えっと・・・・・・これってもしかしなくても、警報・・・だよね?」
「だと思うけど・・・」

 多分――とハカセが頷くと同時にタカシはくるりと身を翻し、校門へ向かって駆け出した。慌てて後を追うゴーとハカセの姿を見て、木陰で女子仲間と談笑していたうららまでもその中に加わる。

「た、タカシ! どこ行くんだよお!」
「ダメですよ、勝手に外に出たりしちゃ!」
「ちょっとタカシ、どーいうこと!? 何するつもりなのよっ!」

 口々に問い詰める声を振り向いて、タカシは真剣な顔で言った。

「またあの悪いロボットが現れたんだよ! イグニスたちが向かってるはずだもん、気になるじゃんか!」
「えっ、じゃあイーガル様も来るわね!」

 タカシの真剣さとはまた違った本気さで、うららがキラキラ瞳を輝かせた。え、今度はイーガルなの? と戸惑う仲間を差し置いて、彼女はすっかりタカシを引き止めるどころか現場に向かう気満々である。

「そうと分かればすぐ行かなくっちゃ! 場所はどこなの?」
「場所は・・・・・・あっ、Gブロック5−9ってどこなんだろ・・・・・・?」

 ハッとして足を止めたタカシがもごもご口ごもる。助けを求めて友達に視線を向けるも、二人がGODの区画区分を知るはずもなく、一様に首を横に振った。

「じゃあどうすんのよタカシ!」
「えーとえーと・・・・・・とにかく大通りに出てみようよ!」

 行こう! と駆け出した彼の後に友達も続く。休み時間が終わっても戻ってこない子供たちに古西が頭を抱えるのは、そう遠くない未来――。


***


 エマージェンシーコールはイグニスたちの居るトレーニングルームにも響き渡った。そのコールを聞いて顔を見合わせた面々は、すぐさま合体訓練を切り上げて各々の任務へと取り掛かり始める。結局デルタチームの息は揃わず、合体はシミュレーション段階ですら成功を収めていない。それが不安ではあるものの、戦力の出し惜しみをしている場合でないのは確かだ。

「オレたちは先に現場へ向かう! デルタチームはチェックを済ませたら合流してくれ!」
「了解です!」

 イーガルと共に屋上へ走るイグニスを見送る間もなく、三体はサンクタム・フラットへと移動を開始した。今頃はテクニカルチームが緊急メンテナンスの準備を進めているところだろう。一刻も無駄にしている暇はない。
 平和を守るため。戦う理由なら、しっかり分かっているつもりだった。


***


 一方、大通りへ出たタカシたちは、悲鳴を上げながら逃げる人の流れに逆らいながらロボットの居るであろう方へと向かっていた。危ないから帰ろうというハカセたちの進言は、もはやタカシの耳はおろかうららの耳にも入ってはいない。しかし、通りを遡ること数分――先頭を走っていたタカシがぴたりと足を止めた。後続も慌てて立ち止まる。

「どうしたんだよぉ?」
「・・・・・・何か、揺れてる」

 ゴーの問い掛けに、そう答えるタカシ。確かにコンクリートの地面を踏みしめる足裏には定期的な揺れを感じる。

「地震?」
「違うよ・・・こういう時ってさ、お約束で――」

 ぱっとタカシが青ざめた顔を上げた、ちょうどその時。
 高層ビルの影から、巨大な塊が子供たち目掛けて突っ込んできた!

「うわあああああっ!?」

 突然のことに、絶叫するや猛ダッシュでUターンし逃げる子供たち。
 しかし、道のヒビ割れに足を取られたうららが転倒してしまった。

「うららちゃんっ!!」
「きゃ――――――――――ッ!!」

 振り向いたタカシらの視界に飛び込む、青。

「危機一髪だったな、お嬢ちゃん!」

 一瞬。疾風のようにうららを抱きさらったのは、イーガル。一転して子供たちの顔が輝いた。

「イーガルーっ!」
「ったく、何でこんな危ねー所に来てんだ? 下手すりゃ怪我じゃすまねーんだぞ!」
「お説教は後だ、イーガル! 早く彼らを安全な所へ!」

 少女を下ろしながら肩を怒らせたイーガルへと、聞き慣れた声が飛ぶ。切迫した声音の方へ目をやると、やはりイグニスが両腕のイグニキャノンを構えて首を巡らせていた。

 対峙するのは、10メートルはあろうかという巨大なロボット。
 どぎつい青のボディには毒々しい赤いラインがしゅっと通っている。
 太い四肢、凶暴そうな尾。
 イーガルに急き立てられて逃げる最中、ハカセが呆然と呟いた。

「コモドドラゴン・・・・・・!」

 そう、機械虫に寄生され、巨大な敵へと姿を変えられてしまったコモドドラゴン型パラサイダーロボ、トライゴンである!

「イグニキャノン・フルバ―――スト!!」

 トライゴンへ向け、イグニスがマックスパワーの攻撃を打ち込む。しかし体格差のせいでほとんどダメージはないらしく、形勢は圧倒的に不利だ。

「ダメだ、全然効いてない!」
「ならコイツはどうだ! 二倍出力のシュトロムキャノンをお見舞いしてやるぜ!」

 背部バーニアの展開に伴って、イーガルの両腕から粒子砲が放たれる。けれども平行線を描いた二線の軌跡は敵を貫くことなく、外装に当たって虚しく四散してしまった。それでもわずかながら効いたらしい。痛みに身を捩るトライゴンとの間合いを取った二人は、焦りを浮かべて顔を見合わせた。

「こりゃヤバいぜ、打つ手が見つからねえ!」
「オレたちの攻撃じゃ、全く太刀打ち出来ないな。早く来てくれ・・・!」

 イグニスの願いも虚しく、援軍の到着を待たずしてトライゴンは反撃の体勢に入ってしまう。二人も応戦に入ったことは入ったが――、

「くそっ、なんつー分厚い装甲だよ!」
「イーガル! 倒すのは無理だ、ここに食い止めることだけ考えよう!」
「分かった!」

 苦戦を強いられる二人は敵の猛攻に退がるばかり。戦闘による被害が広がってしまうことを危惧したイグニスの提案に、イーガルが空中から地面へ舞い降りた。

「足止めなら任しとけ! ショルダーパーツセットアップ!」

 そう言って構えた彼の肩パーツが前方へ向けて起き上がり、円形の中央部が開く。
 ヴン! とモーターの唸る音と共に、両方の射出口から風が溢れた。
 それらは渦を巻きながら、秒ごとに勢力を増していく。


「出力最大! ガルサイクロンだ―――ッ!!」


 その瞬間、轟と咆哮を上げる旋風が迸り、周りの大気を巻き込んで敵に直撃した。真っ向から風圧を受けたトライゴンは装甲の硬さ故にダメージこそないものの、頭を低く下げて二、三歩と少しずつ後退していく。

「やった! 凄いぞイーガル!」
「でも長くは保たねーんだ、あいつらまだなのかアキラさんッ!」

 全力をガルサイクロンに注ぎながらイーガルが通信で叫ぶ。すると、間髪を入れずの応答が返った。

『もう向かってるわ! 到着までおよそ10秒よ――、』
「ぶっぶー、はーずれぇっ!」

 アキラの通信に被さるように唐突に、緊張した戦場の雰囲気に似合わない明るい声が響いた。それと同時にダンッと地を蹴った音、次いでトライゴンの悲鳴が轟く。

「やっりいキック命中ーっ! ・・・あっ主任、オレのスピード見くびってたでしょー!」

 イグニスらと敵の間に立ち、内蔵通信機に向けて拗ねた声を上げたのはカールズだった。イグニスたちの通信機は全チャンネルを受信することも出来るため、カールズに対して苦笑混じりに謝るアキラの声が彼らにも聞こえる。

「スピードだったら絶対誰にも負けないんだから! こーんなのろいロボットなんか、あっと言う間だもんね!」

 ビシッとトライゴンを指差し言い放つ。どうやら自らのスピード性能に絶対の自信があるらしい。先ほどの攻撃の素早さと言い、現場到着の早さと言い、確かにそれは頷けるものだ。速度の乗った一撃を食らった敵はまだ頭部をゆらゆらと振りながら呻いている。へへんと自慢げにその様子を見つめるカールズへ、遅れて到着した仲間が駆け寄った。

「カールズ! あなた勝手に一人で先行するなんて、命令無視は困ります!」
「あーもう命令命令ってうるさいな! エースたちが遅いのがいけないんだろ!」
「テメエが速いんだよ」

 ――そして顔を合わせるなり始まる口論。これにはイグニスとイーガルも呆れたようで、お互い顔を見合わせると肩を竦めた。離れた場所からそっと様子を窺う子供たちも同じである。

「ちょっとタカシ、あのロボットたち何なの?」

 問い詰めるうららに、タカシは困ったように首を振る。

「し、知らないよ! 新しい仲間じゃないかなあ?」
「でも、何だか仲悪そう・・・ケンカしてますよ?」
「大丈夫なのかなぁ・・・・・・」

 不安そうに見やる視線には気づかずに、なおも口を開こうとしたエースの足をイーガルがカツンと蹴る。ムッとした顔で見下ろしてくるエースに向かって、彼は口をへの字に曲げた。

「だから、ケンカしてる場合かっつーの。来たんならあいつ倒しちまえ。俺たちは一般人の規制に掛かる」

 くいっと顎で示した先には、警察の敷いた規制の向こうですったもんだしているテレビ局のカメラマンやリポーター、それに野次馬たちが居た。不機嫌にそれを一瞥したエースはふいと顔を背けると、改めてトライゴンへ向き直った。彼に続いて、ブロー、カールズも同じく敵を視界に収める。それを確認したイグニスとイーガルは、それぞれ地上と空中から、警察の手助けに向かった。


 トライゴンと対峙したエースが右腕の照準器を起こして言う。

「長期戦へ持ち込んでむざむざ被害を拡大するのは愚かです。よって、あなたたちが敵の動きを止めている間に私が仕留める手はずで行きましょう」

 淡々と言い放ち右腕を銃に換装する彼に向けて、カールズが不満げに地団駄を踏んだ。

「何でエースがトドメ刺すんだよぉ! オレ一人で余裕だってば!」
「短期解決にはそれが最善策です」
「黙って聞いてりゃ、ずいぶん偉そうな口利くじゃねえか。」

 ずん、と地を踏み締めたブローが低く唸る。

「テメエの作戦とやらに付き合う義理はねえ。俺は俺のやりたいように、させてもらう!」

 地底から響くような雄叫びを上げるブローに呼応するかのように、トライゴンもまた大気を震わす叫びを上げた。エースの制止も聞かずに駆け出した二体が、敵と真っ向からぶつかり合う!

「おっ先ーっ!」

 組み合い拮抗したブローの脇から、カールズが飛び上がる。そのまま敵の肩を踏み台に跳ね上がり、空高くから急降下の姿勢へ移行。チッ、とブローが舌打ちをした。


「クロースラァ――――――ッシュ!!」


 両腕を大きく振りかぶり、落下スピードに乗せて鋭い鉤爪を振り放つ!
 金属同士の擦れ合う嫌な音と共に、トライゴンの脇腹に大きな鉤裂き傷が出来た。頭を振って痛がる敵の身体から身を離し、今度はブローが低く体勢を落とす――。


「ブロウクン・・・・・・・・・ブラストオォォッ!!」


 大きな拳を力一杯握り、渾身の力でトライゴンの身体に叩き込む!
 パワータイプであるブローの一撃に、トライゴンは悲鳴もなく地に伏した。

「やーったね、オレってばかっくいーっ♪」
「おい、何でテメエの手柄になってんだ!? こいつは俺が倒したんだろうが」
「ちっがうよ! オレのクロースラッシュのお陰で、ブローは攻撃出来たんだろー!?」
「何だと・・・・・・? テメエが居なくたってなあ、一人で十分こんなやつ倒せんだよ!」
「やめなさい!」

 またも口論を始めた二体へとエースの鋭い叱責が飛ぶ。思わず口を噤んだ彼らは面倒臭そうなアイコンタクトを交わした。

「とりあえずは倒したので良しとします。ですが、これからは私の指示に従ってもら――」
『まだ終わってないわよ! エネルギー値上昇、立ち上がるわ!』

 エースの説教に被さって、ユイリの切羽詰まった叫びが走る。ハッと敵を振り返った彼らの前で。
 ゆらりと立ち上がったトライゴンが、禍々しい咆哮を轟かせた。


 後ろ足で立ち上がり、前足が両腕へと変わる。
 尾は背へとドッキングし、首がすっくと伸びて頭部が外れ、そこへロボットの顔が現れた。
 外れた頭部は腕へ装着され、鋭い歯をカチカチと鳴らす。
 より強大に変貌を遂げたトライゴンは、真っ赤なバイザーをぎらりと光らせた。

「ギャアアアオオオォォォォッ!!」

 荒々しく雄叫びを上げ、ぐっと上体を反らす。慌てて飛び退くデルタチーム。
 するとトライゴンの胸板が開き、中から無数のミサイルが放たれた!

「なっ・・・!?」
「うわああっ!」

 予測していなかった攻撃に巻き込まれ、爆煙の中に消えるエースとカールズ。ブローだけは足元に転がる瓦礫を盾にいくらか攻撃を防いだようだったが。

「おい、大丈夫か!」

 問い掛けにゆらりと立ち上がる影二つ。何とか無事と知ってブローが一つ溜息を吐いたが、それにしても二体のダメージは相当だ。被弾した街への被害も酷い。

「主任、マグネフィールドの使用許可を要請します」

 通信機に短く告げたエースに、アキラが珍しく戸惑いがちに答える。

『それが・・・出来ないの』
「? 何故ですか?」
『他にもパラサイダーの反応があるんですよぉ。今いる敵にダブってるみたいに。でも反応が弱すぎて、ポイント捕捉出来ないんです〜』
『マグネフィールドは一度きりのもの。敵を一度に網羅しなければいけないわ。それで困ってるの』

 アキラとミズキの返答に顔を見合わせる三体。しかし辺りを見渡しても近くにパラサイダーらしき影はない。反応は誤りなのか?

「ギャアアアアアアッ!」
「っ、なんて考えている暇はなさそうですね!」

 更に攻撃を繰り出してくるトライゴンから距離を取り、エースが苦々しげに吐き捨てる。

「やっぱ倒しちゃうしかないじゃん! 被害が拡がる前にさっ!」

 やはりどこか楽天的なセリフを放ちながらカールズが駆け出した。自らより二回りほど大きな敵を軽々と飛び越え背後に回る。カールズに続いて、迫る爪を掻い潜りブローもまた相手の懐へと飛び込む。二体がトライゴンを前後から押さえ込んでいる間に、エースが武器を構え狙いをつけた。
 銃口からビーム弾が放たれる、瞬間!

「ギャアアァァオオオオッ!」
「ぐああぁぁっ!?」

 身を捩った敵の力に引きずられ、ブローの身体が横へずれた。ちょうどそこへエースの攻撃がヒットする。ハッと息を飲み武器を下げたエースを振り向き、ブローが低く唸り声を上げた。

「おいテメエ、何しやがる!」
「何って・・・・・・攻撃に決まっているでしょう!」
「じゃあどこに狙いつけてやがんだ!?」
「い、今のはあなたが動いたから!」
「お前らケンカしてる場合かッ!」

 空中から響いたイーガルの怒号に二体がハッと我に返る。

「エース! ブロー!」

 まだ敵に組みついたままのカールズが叫び声を上げる。幾らカールズが仲間より頭一つ高くても、ロボットモードのトライゴンに比べれば小さいもの。敵が身体を捩る度、あちらこちらへ振り回されてしまうのだ。
 その時、一際激しくトライゴンが身を震わせた。バランスを崩したカールズは思わず組みついていた手を離してしまった。
 束縛を解かれた敵の両腕が、彼の身体を掴んで――。

「にゃああああっ!?」

 カールズを軽々と持ち上げ大きく振りかぶり、力任せに投げつける。なす術なく道路を転がりながら吹っ飛んだカールズは、突き当たりのビルに半分埋もれる形で沈み込んだ。立ち上がろうともがくものの、身体が思うように動かない。
 トライゴンが耳障りな咆哮を上げる。胸板が開く。
 ――ミサイルか!

「させるかあぁっ!」

 吹きつける雨が如く注ぐミサイルを前に、カールズの元へイグニスが一直線に駆けつける。両腕のキャノンを構え、無数のミサイルに狙いを定めた!
 幾発となく落とされてゆくミサイル。しかし次から次へ迫るそれらは予想を遥かに上回る。カールズの前を陣取り、いくら手数を放とうとも、
 ――落とし切れない!

「ブロウクン・・・ブラストオオォォォッ!!」
「食らえぇっ! シュトロムキャノン!!」

 ミサイルの雨がイグニスとカールズを包み込む、刹那。ブローの両拳がアスファルトを抉り、亀裂を走らせた。足場の揺らぎに思わずたたらを踏んだ敵へ、間髪を入れずイーガルの攻撃が降る。シュトロムキャノンの直撃を受けたトライゴンは悔しそうに雄叫びを上げながらビーストモードへ変形すると、地面の中へと潜り姿を消してしまった。
 クソッ! とその穴を覗き込むブロー。その脇をイーガルが飛んでいく。

「イグニス! 大丈夫かよ!?」

 カールズを庇おうとしてミサイルを最後まで止めようと戦った彼は、まともに攻撃を浴びてしまっていた。力なく伸ばされた腕を引き、肩を貸して立ち上がらせる。


 見渡した景色は酷いものだった。アスファルトはヒビ割れ、ビルは倒壊したものもある。何とか敵を追い払ったといっても、これでは敗北も同然だ。


「あなたがあんな攻撃をするからです。余計に被害を拡げてどうするつもりですか!」
「じゃあ隊長たちがむざむざやられんのを見てろってのか!?」
「そもそも、あなたたちが私の命令を聞いていればこんなことにはならなかったんですよ」

 ふざけるんじゃねえぞ! 怒りに身を震わせたブローの拳が空を切る。それはエースの顔すれすれを掠ったに留まった。本気で殴れば、彼のボディが一溜まりもないことくらい分かっているからだ。そんなブローの怒りを無視するように背を向けたエースに向かって、イーガルが声を掛けた。

「お前な、命令命令っていい加減にしろ! 牛も子猫ちゃんもお前のコマじゃねーんだよ」

 ムッとして振り向いたエースが、イグニスを支えて立つイーガルを見下ろす。

「チームメンバーがリーダーに従うのは当然です」
「そういうのを自分勝手っつうんだよ! 大体テメーらのせいでこいつらこんなになったんだろが!」

 ばっと仲間を指差しイーガルが叫んだ。傷だらけのイグニスとカールズを見て、エースとブローは顔を俯けてしまう。その様子は何とも煮え切らない雰囲気を漂わせていて、イーガルは舌打ちを一つしてブローを呼んだ。

「チッ・・・おい牛、子猫ちゃん運んでやれ。ここ修復しなきゃならねーし、俺らもリペアが必要だからな」
「・・・・・・分かった」

 カールズの身体を担ぎ上げ歩き出したブローの後ろにエースが続く。一言も言葉を交わさないまま、彼らはサンクタム・フラットへと戻ったのだった。


***


 トライゴンとの市街戦を終えたGODの面々は重い空気を纏っていた。被害は甚大。市民の安全を守る使命を背負う彼らにとって手痛い現実である。

「・・・・・・アキラさん、イグニスは?」

 沈黙を破り、重い口を開いたのはイーガルだった。普段はシニカルな笑みの浮かぶその顔も、今は曇っていて冴えない。彼の腕にそっと手を伸べ、アキラは優しく微笑んだ。

「大丈夫。今、テクニカルチームが治療しているところよ」

 そうか――と短く返してまた口を噤んだ彼に、今回ばかりはユイリもミズキも何と声を掛けて良いものか図りかねていた。
 そこへメンテナンスを終えたデルタチームが入ってきた。気づいたアキラが真っ先に彼らへと声を掛ける。

「みんな、大丈夫?」
「あっ、主任! もう大丈夫だよー、にゃはは!」
「笑う余裕があんなら十分だな」

 すっかり元の調子を取り戻しているカールズが軽口を叩いた。
 しかし。


「お前らいい加減にしやがれ!!」


 ぴたりと二体の口が止まる。彼らの足元で拳を握り締めるイーガルの剣幕は、それほどまでに激しいものだ。怒りをどう吐き出せば良いか分からないのか、振り絞るような声で彼はまた叫ぶ。

「イグニスが大怪我したってのに、何笑ってんだよ! そんな場合か!? 大負けしたんだぞ!」
「しかし敵の撃退には成功しました」
「成功だぁ!? どこが成功だよ、一時退却させただけだろが! 俺たちの街はボロボロになったんだぞ!」

 猛る言葉にエースがぐっと詰まった。見兼ねたアキラがとりなそうと唇を開き掛けたのと同時に。


「イグニスにもしものことがあったら、お前ら絶対に許さねえ! お前らが喧嘩なんかしてるから・・・・・・んなバカなことやってっからイグニスがあんな目に遭ったんだぞ、分かってんのかッ!!」


 迸る、怒号。しん・・・と静寂の落ちるサンクタム・フラット。誰も口を開かない。それほど彼が胸の内に感情を秘めていたことに圧倒されて、言葉に出来なかったのだ。
 居づらい空気を振り払うように背を向けたイーガルがそれ以上一言も発しないまま立ち去っていくのを、彼らはじっと見送るのみで。

「・・・・・・・・・すごい、怒ってんね」

 やがてぽつりとカールズが呟いた。一つ頷き、アキラはイーガルの消えたドアを見やりながら言った。

「イグニスは彼のお兄さんなのよ。大切な人が傷つくってことは、すごく辛くて苦しいことなの。・・・あなたたちにも、きっと分かるわ」

 真っ直ぐ向けられた眼差しに、三体はそれぞれ顔を見合わせた。

「しかし・・・・・・今回の顛末は、彼らが勝手な行動を取ったせいです!」
「だから、テメエに付き合う義理はねえって言っただろうが!」
「分からず屋ですねあなたも!」
「何だと!?」
「もう、やめろよぉ!」

 またも口喧嘩へと発展した仲間の間へ、カールズが割って入る。

「ケンカしてるのがいけないんだって、イーガル言ってたじゃんか!」
「これは喧嘩ではありません、注意です! そもそもあなたのせいで隊長が怪我をしたんでしょう!」

 ハッとアキラたちが息を飲んだ。一歩後退り、ひどく淡々とした口調で、カールズがエースの言葉を繰り返す。

「オレのせいで、隊長が怪我した・・・・・・?」

 もう一度、小さな声でそれをなぞる。戦場での出来事を思い返せばエースの言葉は正しい。そう認識するや否やさっと身を翻して、彼もイーガルと同じくサンクタム・フラットから走り出ていってしまった。
 呆気に取られている二体を仰ぎ、ユイリが溜息を零す。
 まだデルタチームのAIは成長し切っていない。人格自体の精神が人間のそれとは違うのだ。その中で子供に近い人格を持つカールズは他の仲間よりも感受性が強かったのだろう。

「・・・アンタたち、ちょっと話をしましょ。良いわよね、アキラ?」

 ユイリの問い掛けに頷くアキラ。彼女もまた、その必要性を感じていた。
 バラバラの彼らを繋ぎ一つのチームにする。パラサイダーへの対抗力という以前に、心あるロボットを造り出した者として彼らを正しい方へ導かなければならない。それも一刻も早く。
 逸る気持ちとは裏腹に、時だけが淡々と流れていく。――何一つ、光を見い出せないまま。



To be continued...



→long
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