ネコとカラスと銀行強盗



 日もまだ昇り切らない明け方。GODの地下にある広域施設――通称サンクタム・フラットに集まったアキラたちは真剣そのものの顔をして会議を行なっていた。と言うのも、今までの戦況を考えると、このままではいずれ必ずイグニスとイーガルだけでは敵わないレベルの敵が現われてしまうからだ。

「やっぱり、あの子たちを実戦投入するしかないですよぉ」

 神妙な場でもミズキの声から完全に脳天気さが取り払われることはないらしく、それを聞いたユイリは少しイラついたように眉をしかめた。

「でもまだ試作段階よ? 実戦なんて早すぎる。大体まだシステムに不備があるんだから・・・・・・あ」

 ユイリの反駁がぴたりと止まる。そして代わりに、更に眉間のシワが増えた。入口から神経質そうな靴音を響かせ現われた科学者――トーゴーを視界に捉えたからだ。
 彼はカツカツと硬い床に靴の踵を鳴らして面々の正面へ到ると、アキラを真っ向から見据えて不快げに曲げた唇を開いた。

「友信主任があの不完全なAIに拘らなかったならば、今頃は何ら問題なく実戦に投入出来たろうに」

 吐き捨てると言うより叩きつけるかの如き台詞に対しても、アキラは微笑を崩さない。

「トーゴーさん、私たちはあのAIが不完全だとは思わないわ」
「機械にとって感情など余計な造詣も同然だ。イグニスらにもそれは言える」
「いいえ、彼らに心は必要よ。単なる自律型ロボットにはない強さを持てるのは、それが故なのだから」

 柔らかく、しかし力強く反論するアキラに、トーゴーはふんと鼻を鳴らした。表情一つ変わりはしない。ただわずかに眉を寄せただけだ。

「絆や信頼の力などと、くだらないことを言う。そんなものは奇跡と同じく不確かなノイズでしかない」

 何ですって!? と今まで抑えていたユイリの怒りが爆発した。相手を殴り飛ばしそうな勢いの彼女を、カシイが慌てて羽交い絞めにして止める。まだ暴れるユイリへ視線を送ることもなく、トーゴーはアキラの目を見つめ、それからくるりと背を向けて歩み去った。
 すると彼の背中が扉に消えてすぐまた開いたそこから、今度はのんびりしつつも慌て気味な声を上げる女性が飛び込んできた。パタパタと走ってくると、上下する胸に手を当てながら首のスカーフを緩める。

「お疲れ様ね、ショーコちゃん」

 ショーコと呼ばれた女性は、まだ息を乱しながらだがにこりと笑った。

「ヤマノテ線が止まっちゃってたから、遅刻だと思って焦っちゃって・・・すみません〜」

 ぺこりとショーコが頭を下げる。張り詰めていた空気が弛んだため、ユイリも気が殺がれて大人しくなったので、カシイは押さえていた腕をゆっくりほどいた。ユイリがバツの悪そうな声音で、

「ごめんねカシイくん。ちょっと頭に血が上っちゃったわ」

 と謝ったが、カシイはゆるりと首を振っただけだった。

「・・・いいや。そこが雛伏の良い所だ」

 ぼそぼそ呟かれた台詞を聞き、彼女は照れて頬を掻きながら、 「ありがとね」 と返してショーコへ向き直る。
 ――岩浪ショーコ。工学系大学の学生でありつつも、スキルの高さ故にアルバイトとして雇用されているGODテクニカルチームの一員だ。

「ショーコ、今日は“この子”たちの最終整備、手伝ってもらうわよ」

 サンクタム・フラットの奥にある布が掛かった巨大な塊を指して言ったユイリの言葉に、ショーコの顔がパッと輝く。

「良いんですか〜? トーゴーさんの担当じゃ・・・」
「あいつは私たちのやり方が気に入らないってさ。だーいじょうぶ、ショーコなら十分出来るから!」

 ばしんと背を叩かれてつんのめったショーコは少し戸惑いを滲ませた顔で、今し方トーゴーが過ぎていったドアを見やった。けれどすぐに視線を戻し、ユイリに続き整備の用意を始めたのだった。


***


 その頃、地上階のエントランスホールでは、イーガルが来客用のソファを占領しながら外を通り過ぎる子供らの多さを不思議に思いつつぼーっと寛いでいた。しかし、ガラス扉の向こうに現われた姿を見留めた彼はくっと身を起こす。
 入ってきたのはイグニスとタカシ。よう、と片手を上げたイーガルに二人も挨拶を返した。

「タカシ、今日やたらとガキ共が通るんだけど、何でだ?」
「何でって・・・今日勤労感謝の日だもん! 祝日だから学校お休みだよ」

 ああそうか――とまたソファに身を沈めたイーガルに、イグニスが申し訳なさそうに切り出す。

「なあイーガル。悪いんだけどさ、今日のパトロール代わってくれないか?」
「あん? 何でだ?」

 口をへの字に曲げた彼へと、今度はタカシが答える。嬉しそうに、そして少し自慢げに。

「イグニスと一緒に姉ちゃんにカレー作ってあげるんだ! 家庭科で習ったから作れるんだもんね!」

 えへんと胸を張ったタカシの隣で、イグニスも嬉しげな様子を隠せていない。ニヤリと意地悪く笑ったイーガルはひらひらと手のひらを振った。

 「ははーんなるほどねぇ。そりゃジャマしちゃ悪いわな。任しとけ、今日くらい肩代わりしてやるよ!」
「い、イーガル! ・・・・・・もう、頼んだからな!」

 弟の揶揄いにフェイスを赤くしたイグニスだったが、言ってもムダなことは経験済みなのか小さく溜息を零すと、一度念を押してからタカシと連れ立って買い物へと出掛けていった。
 残されたイーガルは暫しソファに沈み込んでニヤニヤしていたが、やおら立ち上がるとビーストモードへチェンジし、出入り口のドアへとてくてく歩み出した。秋晴れの空は飛ぶには最高だろう。青く澄み渡る空を見上げた彼は、自動扉から滑り出ると、軽やかに青の中へと飛び込んでいった。


***


 所変わって、こちらは商店街の一角。
 昼前のため主婦でごった返す通りを避け、脇に入った小道で、イグニスとタカシは買い物袋を覗き込んで品物を確かめていた。

「ジャガイモと、タマネギと、ニンジンと・・・肉も買ったな」
「カレールーもあるよー」
「それじゃ、帰ってさっそく作るとするか!」
「うんっ!」

 大きく頷き、財布をポケットにしまうタカシ。だがその手元を白い塊が素早く掠めた。

「うわっ!? ・・・・・・何だネコかあ・・・」
「何だじゃないぞタカシ、あれ!」

 突然飛び出した物の正体を知って胸を撫で下ろしたタカシとは対照的に、イグニスが慌てながらネコを指差した。えっ? とその口元に目を向けた彼も、イグニスと同じく焦りを浮かべる。ペルシャと言うのだろうか、ふさふさした毛並みの白ネコの口には今し方彼がしまい掛けた財布がくわえられていた。

「僕のおさいふ―――っ!!」

 タカシの叫びに、ネコがくるりと背を向け逃げ出す。太っている癖にやたら速い逃げ足に、二人は大慌てでその後を追い掛けた。


 ――どれくらい追走劇が続いたろうか。体力の化身とも言える小学生とロボット相手に、ネコは塀の上を走り、垣根を飛び越え、とキテレツな逃げ方を披露するためなかなか捕まらない。そう言うわけで、商店街から離れた住宅街の一角へ辿り着いた時には、タカシの方は息を切らし、鋼の身体を持つイグニスですら疲れた顔をしていたのだった。
 そんな彼らには目もくれず、ネコはサッと空き地に滑り込んで姿を消した。と同時にそこから少女の嬉しそうな声が上がる。

「カイザー!」

 カイザーとは白ネコの名前だろうか。そんな柄じゃないだろ、あのネコ・・・という呟きが思わず漏れそうになるのを堪えて、二人もまた空き地に駆け込んだ。
 空き地の中央には、白ネコのカイザーから財布を受け取る少女の姿があった。金髪に色白の肌をした可愛らしい子だ。彼女は嬉しそうに財布を手にしたものの、あら? という表情を浮かべて戸惑っている。

「これ、私のじゃないわ・・・・・・」
「それ僕のおさいふだよっ!」

 駆け寄りながら叫んだタカシへと少女が顔を向けた。そしてその後ろに続くイグニスにも視線を移すと、困り切ったように俯いてしまった。追いついたイグニスがタカシの肩を軽く叩いて言う。

「ダメじゃないか、女の子に怒鳴ったりしちゃあ」
「だってそれ、僕のおさいふ・・・」

 財布を指差しむくれるタカシ。それを見て苦笑を浮かべ、イグニスはすっと前へ出ると少女へ笑顔を向けた。

「こんにちは。オレはGOD機動隊のイグニスって言うんだ。こっちはオレの仲間の友信タカシ。その財布、タカシのなんだけど、返してもらえるかな?」

 優しい声音と笑顔が功を奏したらしく、彼に促されるまま少女はおずおずと手にした財布をタカシへ差し出し、次いで少し笑顔を見せた。

「私、巴坂エミリ。お財布なくしちゃって探していたの。タカシくんのお財布にも私のと同じ鈴がついてるから、カイザーが間違えちゃったのね。ごめんなさい」
「う、ううん、返してくれるんなら良いんだ! ・・・僕の方こそ怒鳴ってごめんね」

 少女の微笑みにタカシの顔が赤くなる。誤魔化すかのように視線を彷徨わせ出したタカシを見て、イグニスがふふっと笑いを漏らした。

「イグニス! 何で笑うのさ!?」
「笑ってない、笑ってない! ・・・さてそれじゃ、今度はオレたちがエミリちゃんの財布を探す番だな!」
「えっ?」

 驚いて目を瞠ったエミリへ、タカシも勢い込んで言った。

「そうだよ、みんなで探したらすぐ見つかるって! ほら、三人寄ればもんじゃ焼きって言うじゃん!」
「・・・・・・文殊の知恵? うふふ、タカシくんって面白いのね!」

 くすくす笑われて、またもタカシの顔が真っ赤になった。とにかく! と話を逸らす少年をフォローして、イグニスもエミリへ幾つか質問を投げた。

「エミリちゃんがなくした財布って、どんなのだ?」
「薄いピンクで、これくらいの大きさ。タカシくんのと同じ鈴と、大きなハートがついてるの。キラキラする、可愛いの」

 手で大きさを示しながらエミリが答える。財布は女の子らしく小さめのサイズのようだ。

「ここで落としたの?」

 タカシの問い掛けに、しかし少女は首を振った。

「落としたわけじゃないの。あのね、私の家がここなの」

 そう言って彼女が指差したのは、空き地と隣接する一軒家だった。そして、更に彼女の指が二階の窓を指す。

「でね、あそこが私の部屋。窓辺に置いておいたらなくなっちゃったから・・・落ちちゃったのかと思って、ここを探していたの」

 少女が言うには、換気のために窓を開け、暫く部屋を留守にした間になくなってしまったそうだ。それなら落ちたと考えるのが自然だろう。

「よし、分かった! じゃあ、まずはここら辺をもう一度みんなで探してみよう!」

 おー! と声を張り上げる彼らの足元で、カイザーも一声鳴き声を上げた。


***


 一方、空からGOD本部ビル周辺をパトロールし終えたイーガルは、今度はヒューマンモードで商店街を歩いていた。人の多い所は上空からでは見づらいからだ。ぶらぶらと興味深げに店を覗き込みながら歩くイーガルの姿は否が応にも人目を引く。だが、彼の予想に反して物珍しげにする人は少なかった。その理由は、彼にもすぐ分かることになる。

「あら! イグニスちゃんのお仲間さん? 今日はあなたがパトロールなのねえ、お仕事ご苦労様。イグニスちゃんによろしくね!」
「おう、見ない顔だなあんた! ・・・・・・イグニスの仲間? へえ、兄弟か! ロボットの兄弟たあ面白いねぇ。頑張ってくんな!」
「ロボットさんこんにちは! 今日はイグニス居ないの? こないだはありがとうって伝えておいてね!」

 擦れ違い、挨拶を交わす面々から掛けられる言葉の端々に覗くのは、兄であるイグニスの名前。その一つ一つを聞きながら、イーガルはこそばゆいような不思議な気持ちを覚えて口角を上げていた。

(へえ・・・イグニスのヤツ、結構人気なんじゃねーか)

 毎日パトロールに訪れる度、彼らと言葉を交わして回っているのだろう。真面目なヤツだから――とイーガルはくつくつと肩を揺らし、活気に溢れた商店街を振り返った。

「・・・・・・さて、続きといくか! チェンジ、ビーストモード!」

 また変形し、空へ舞い上がる。次はビルの合間を縫いながら眼下に広がる街をサーチしていく。
 ふと、彼はある一点で目を留めた。訝しげに一回転し、下へと進路を取る。向かうのはそこそこ広い公園の一角だ。

「――よう」

 ひらりと地面へ降り立ち、とっとっと軽い足取りでベンチに座る男性に近づいたイーガルは、これまた軽い口振りで声を掛けた。俯いて座っていた彼は顔を上げ――それから仰天して大きく仰け反り、危うく背もたれからひっくり返りそうになってしまった。

「う、うわ、わ、わ・・・・・・!?」
「おいおい、驚きすぎだって! 俺はGOD機動隊のイーガルってんだ。今パトロールの最中でね、悩みがありそうなツラしてるもんだからさ」

 前脚で男性の膝頭をとんとん叩きながら言うイーガル。その様子にホッと安堵した表情を浮かべ、彼はようやく上体を落ち着かせた。

「GODって、あのニュースで言ってた防衛組織のですか? 何だ・・・すみません、驚いちゃって」
「いーや、気にすんなよ。それよりどうした? 暗い顔してさ」

 お座りのポーズで座り込んだイーガルに、男性は暫し戸惑ってから、またがっくり肩を落として話し始める。

「実は・・・人と待ち合わせしてるんです。でももう一時間も待ってるのに来なくて・・・」
「待ち合わせって、彼女か?」

 イーガルの問い掛けに男性はこくりと一つ頷く。

「彼女が時間に遅れたことなんて一度もないのに・・・今日に限って・・・、」
「フラれちまったんじゃねーの?」

 揶揄いの口調で言ったイーガルだったが、男性の今にも泣き出しそうな顔を見るや慌てて首を横に振った。

「悪い、冗談冗談! で、今日に限って何だって?」

 悲しげな視線をちらりとイーガルへ向け、彼はまた話し始める。

「一ヶ月前、彼女にプロポーズしたんです。今日から僕、ニューヨークへ行ってしまうから・・・一緒に来てくれないかって。・・・OKしてくれたのに、何で来てくれないんだ、ミユキ・・・!」

 がばっと頭を抱えてしまった男性を見下ろし、困ったように首を傾げたイーガルは慰めに前脚を彼の肩に乗せた。

「じゃあ要は、そのミユキって彼女を探してくりゃ良いんだな?」
「えっ!? ・・・探してくれるんですか!?」
「困ってる人を助けるのが俺らの仕事でね。彼女の写真とかあるか?」

 それなら――と手帳から取り出した写真を暫し眺め、イーガルはくるりと背を向けた。

「それじゃ、探してきてやるよ」
「す、すみません。僕、高橋マサヒコって言います・・・ミユキを、お願いします!」

 深く頭を下げたマサヒコをチラッと横目に見たイーガルは、ニッと笑うと空へ飛び立っていった。

 目標は『ミユキ』。上空から写真と照合する人物を探す。話から見てドタキャンは考えにくい。ならば彼女はこの近くで何らかの足止めを受けているのだろう。そう推測して近辺をサーチすること数十分。イーガルのアイモニターに、反応が一つヒットした。

「よし、見つけたぜ!」

 場所は大手銀行のビル内部。ひらりと身を翻し、イーガルは彼女の元へ舞い降り始めた。
 ――ところがどうも様子がおかしい。ビルに近づいたイーガルはぴたりと降下をやめてホバリングへ移行し、そっとガラス張りの窓から中を覗き込んだ。中では幾人もの人が壁際に座らされており、どう見ても客には見えない者が五人、武器を手に叫んでいる。
 あーあ、と一瞬げんなりした顔をした彼だったが、壁際の人質たちの中にミユキの姿を認めるとホバリングを解き――封鎖された扉を無視して、ガラスをぶち破って侵入してしまった。

「何だぁ!?」

 当然驚いたのは銀行強盗の犯人グループである。口々に声を上げ、銃を向けて威嚇した。だがしかし、イーガルはそんなことお構いなしにミユキに歩み寄る。

「よう、あんたミユキさんだな? マサヒコが待ってんのに、こんなとこで油売ってる暇ねーぜ」
「え、マサヒコさんが・・・? って、ちょっと・・・きゃっ!!」

 彼女の服の裾を引っ張り、さも当然の如く連れ去ろうとするイーガルの頭を狙って銃口が向けられる。人質たちから短い悲鳴が上がった。

「テメエら、こんなラジコンでかく乱しようったってそうはいかねえぞ! 操作してる奴ぁ誰だ!?」
「おいおい、俺はラジコンじゃねーぞ。GOD機動隊のイーガルだ!」

 その言葉に、後ろで銃を構えていた犯人の一人が青くなった。

「GODって・・・警察の提携組織じゃねえか! 俺たち捕まっちまうよ!」
「馬鹿、ビビんな! こんな犬一匹、どうってことねえ!」

 ぶんっと振り抜かれた銃身がイーガルの耳の辺りを掠めた。ぎっと視線を鋭くし、ミユキの身体を庇うように前へ出る。苛立たしげな声音は彼の怒りの度合いを現しているに違いない。

「銀行強盗犯如きが、言ってくれるじゃねーかよ、ああ? 俺は犬じゃねえ! チェ―――ンジッ!」

 高らかな掛け声と共に、イーガルの身体が立ち上がり変形を遂げる。

「――言っただろ? 犬じゃねーってな。」


***


 その頃、一緒にエミリの財布を探すことになったイグニスとタカシは探索に没頭していた。しかし、そう広くない空き地をくまなく探し回ってもそれらしい物は見つからない。

「イグニス、こっちにはないよ」
「向こうもダメだ。おかしいな・・・」

 落胆気味に言葉を交わす二人の隣では、エミリが悲しそうにカイザーを抱き締めている。すると突然、カイザーが毛を逆立てて何かに威嚇を始めた。ハッとネコの目線を追った彼らの見たものは、買い物袋を今にも漁らんとするカラスの姿。

「こら―――っ、それはダメ―――!!」

 慌てて拳を振り回しながらタカシが駆け寄ると、カラスはバサバサと飛び立った後、空き地と隣接した通りに植えられた樹に止まり、恨めしそうにガアガアと鳴いた。もう少しで肉を盗られるところだったとぷりぷりしているタカシとは裏腹に、イグニスはカラスをじっと見つめたまま動かない。そんな彼をエミリが不審そうに見上げた時、ぱっとイグニスが彼女へ顔を向けた。

「エミリちゃん、財布にはキラキラしたハートのチャームをつけてたんだよな?」
「え? う・・・うん・・・」
「イグニス、それがどうかしたの?」

 きょとんと首を傾げた二人に、イグニスは言う。

「カラスには光り物を集める習性があるんだよ。オレたちは地面ばかり探してたけど、もしかしたら近くにカラスの巣があるのかも・・・!」
「そうか! エミリちゃんのハートのチャームに惹かれて、持っていっちゃったのかも知れないね!」
「そうと分かれば話は早い。あのカラスが止まってる木と、その向こうの二本に巣があるみたいだ」

 アイモニターをサーチモードに切り替えたイグニスが言う。威嚇するようにカラスがギャアッと鳴いた。

「とりあえず全部見て回ろう」

 空き地の塀はそう高くなく、イグニスの飛行能力なら軽く越えられる。ふわりと浮き上がり木へと向かったイグニスだったが、唐突に後ろへ飛び下がった。何事かと駆け寄った子供たちにも黒い塊が襲い掛かる!

「きゃあっ!?」
「うわっ・・・カラスの大群だあ!」
「タカシ、エミリちゃん、下がるんだ!」

 顔を庇いながら後退った二人の前を固め、カラスのくちばしにボディのあちこちをつつかれながら、イグニスは高々と腕を掲げて出力を極力抑えたビーム弾を真上に放った。ドン! と発射音がすると同時に、音に怯んだカラスの群れは木々の方へ舞い戻っていく。しかし警戒は解かないようで、らんらんと丸い目をイグニスたちへ向けたままである。

「弱ったな、これじゃ近づけないぞ」
「倒しちゃダメなの?」

 エミリを守るように腕を回しながらタカシが言うと、イグニスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて首を振った。

「動物を傷つけるわけにはいかない。それに、こんな住宅街で発砲したら迷惑だしな」

 現に、先ほどの発射音に驚いた住民が表を確認しに出てきてしまっている。何でもありません――とイグニスが手を振ると、みなホッとした顔で引っ込んでいくけれど。

「真ん中の木の一番太い枝にある巣の中に、ハートのチャームが見えたんだけどな・・・」

 すぐそこにあるのに届かない――ともどかしそうなイグニスの足元に何かが触れた。

「ミァーオ」
「カイザー・・・」

 不思議そうに見下ろす彼を見つめて、白ネコはゆったりと尾を振っている。

「手伝うって言ってるんじゃないのかな?」

 タカシが言うと、カイザーがまた一声鳴いた。すると、ぽんと手のひらを打ってイグニスが顔を輝かせた。

「それじゃこうしよう! タカシとエミリちゃんも手伝ってくれ」

 手招かれるままに円陣を組み作戦を取り決めた三人は、ぱっと陣営を解くとそれぞれ準備に取り掛かったのだった――。


***


 さて、場所は変わり、銀行強盗犯と対峙するイーガルは不敵な笑みを浮かべながら首を回した。

「悪いコトするヤツらにゃ、お仕置してやらねーとなぁ」

 かつ、と一歩踏み出す。怯えて息を飲んだ犯人がガシャンと拳銃を構えた。

「ちくしょおおおっ!」

 連射される弾丸に人質たちから悲鳴が上がった。しかし――。

「残念、痛くも痒くもねーっての」

 ニヤリ。口角を上げ、イーガルの身体が動いた!

「ぐっ!」
「うわああっ!?」

 体勢を屈め、足を狙って蹴りを回し、倒れた強盗犯が起き上がるより早く、残った一人の得物ごと顎を蹴り抜く。鈍い音を立てて昏倒した仲間と入れ替わりに立ち上がり掛けた面々へ、腕の砲門を向ける。光を集束させている武器を目の当たりにし、犯人たちの顔から血の気が引いた。

「シュトロムキャノン!」

 攻撃の宣言よりも先に、絶叫しながら逃げ出す強盗犯たち。扉をぶち破って外へ転げ出した彼らを待ち受けていたのは、

「警察だ! 強盗の現行犯で逮捕する!」

 ――事の成り行きを固唾を飲んで見守っていた警察の包囲網だった。

「バーカ、人間に荷電粒子砲なんか当てるかよ」

 けらけら笑い、再びビーストモードへ変形したイーガルは、振り向いてミユキを見上げた。

「さ、ようやくあんたを連れていけるぜ。マサヒコが待ってる、急ごうぜ」
「! ・・・・・・はいっ!」

 放心していたミユキの目が潤み、微笑が顔一杯に広がる。「こりゃ惚れるわな」 との言葉は心にしまって、イーガルが飛び立たんとした瞬間。

「待て! GOD機動隊だな。事件について話がある!」

 ざわめく警官の中から一人の男が飛び出し、イーガルを呼び止めた。服装からして一介の刑事ではなさそうだ。けれども彼はニヤリと笑みを見せただけ。

「悪いなあ、俺はまだ仕事があるんだよ! じゃーな!」
「あっこら! ・・・全く、新参の機動隊員はなってない! おいワタライ、GODに連絡入れとけ! 後であの青いのをこっちに寄越すようにってな!」

 振り返ってパトカーに寄り掛かる刑事へそう声を掛ける。言われた方は、くたびれたコートのポケットから手帳を取り出して何か書き込むと、 「了解、警部殿」 と呟いてパトカーに乗り込み無線を取った。


 そんなこととは露知らず、ミユキを乗せて飛ぶイーガルはほどなくしてマサヒコの待つ公園へ到着した。

「マサヒコさん!」
「ミユキ・・・!」

 姿を認めるなり婚約者同士駆け寄り抱き合う様子を、お熱いねぇなどと呟いて見守っていたイーガルだったが、コホンと一つ咳払いをして二人を呼んだ。

「まあ、詳しいことは飛行機ん中で聞けよ。良かったな、お二人さん」
「はい! 本当に・・・・・・ありがとうございます!」

 深々と頭を下げる二人を見上げ、照れくさそうに視線をそらしたイーガルは、くるりと彼らに背を向け尾を振った。

「じゃ、あんたらの新生活に一つプレゼントだ。空港まで送ってやるよ」
「えっ? でも、そんな・・・!」
「グダグダ言ってねーでさっさと乗る!」

 はいぃ! と背筋を伸ばしたマサヒコを笑うイーガルとミユキ。
 二人を乗せた彼は仕事の最後を飾るべく、再度空へと昇っていった。


***


 そしてイグニスたちも、戦いに終止符を打つべく準備を整えていた。フライパンや鍋を抱えるエミリと、カレー用に購入した肉の袋を掲げるタカシ。そして二人をサポートするように立つイグニス。
 ギャアッ! カラスの声が響いた。

「ほらほら、ご飯だぞー、取りに来いよー!」

 肉をちらつかせながらじりじりとカラスの群れに近寄るタカシ。すると、数羽のカラスが羽をばたつかせ、少年目掛けて飛び立った。慌ててUターンし逃げる。その後に続くイグニスとエミリ。ガアガア喚きながら、カラスたちは次々にエサへ向かって集まってくる。そう広くない空き地ではあっという間に追いつかれてしまうだろう。
 だが、そのためのフライパンだ。集まるカラスのくちばしから身を守る盾代わりにエミリがそれらを翳し、タカシと自身を守る。ざぁっと黒い塊と化したカラスの群れが、頭上を回った。

「カイザー!」

 と、その時、イグニスが叫んだ。そして彼の声と同時に、塀の影から飛び出し軽やかな身のこなしで木を駆け上がる白いネコ。ガラ空きになった巣から財布をくわえ取る!

「よしっ、成功だ!」
「カイザー、こっちよ!」

 真っ直ぐ飼い主目指して走る白ネコにもカラスの猛攻が降り注ぐ。――だが!

「タカシ、それを投げるんだ!」
「分かった!」

 群れの真ん中を狙い、タカシの手から肉の塊が放たれる。パッと散った群れの隙をついて、三人と一匹は何とか空き地から脱出したのだった・・・・・・。


「はぁー・・・・・・良かった、おさいふ取り戻せて」
「ああ、やっつけの作戦でも何とかなるもんだなあ」

 エミリの家の玄関口に避難したタカシとイグニスが口々に零す。そんな二人をエミリはにこにこと眺めた。

「ありがとう、イグニスさん、タカシくん。お財布探すの、手伝ってくれて!」
「はは、良いんだよ。困ってる人を助けるのが、オレの仕事だから」
「探し物ってGODの仕事なのー?」

 呑気に頭で手を組みながらタカシが言うと、どっと二人が笑った。けれど言った当人はすぐハッとして立ち上がると、イグニスの背中を押しながら慌てた声でまくし立てた。

「ちょっとイグニス、のんびりしてる場合じゃないよ! 姉ちゃんにカレー作らなきゃ!」
「あっ、しまった!」

 ようやくイグニスも本来の目的を思い出したようで、エミリを振り向いてにこりと笑った。

「それじゃ、オレたちはこれで。もう財布をカラスに取られないようにな?」
「はい! ほんとにありがとう。・・・・・・あっ、タカシくん?」
「え?」

 不意に呼び止められくるりと振り向いた彼の頬に、エミリがちゅっとキスをした。途端、沸騰したようにタカシの顔が真っ赤になる。

「うわわわわわ! イイイグニス早く帰るよ!」
「あはは、分かった分かった!」
「笑わないでよー!!」

 おかしそうに笑うイグニスと、その背をぎゅうぎゅう押しながら騒ぐタカシ。二人の騒々しい背中を、エミリとカイザーが手を振って見送った。


***


 時は夕方。夕日は早々に西へ引っ込み、もう空は薄暗い夜の帳が下りている。エントランスホールへふらふらと現われたイーガルは客用のソファにぐったり倒れ込み、深い深い溜息を吐いた。
 あの後、空港まで二人を送って意気揚々と帰ったは良いものの、警察からの連絡のせいでアキラとユイリからしこたまお叱りを受けたのだ。人助けじゃないかと食い下がった彼だが、単独で突っ込んで人質を無傷で救出出来たのはラッキーなだけと突っ込まれ、大人しくお小言を頂戴したのだった。

「あー・・・パトロールって大変なんだな。イグニス、毎日こんなことしてたのか・・・」

 ぼそり呟いていたところに、入口の扉が開く音。鉄の足音と苦笑で、誰が戻ってきたのかは見ずとも分かる。

「よう、お帰り、イグニス。カレー作りは上々だったか?」
「ああ! イーガルも、お疲れ様。そっちこそ、パトロール大丈夫だったか?」
「それがさ! ・・・・・・いや、やっぱ何でもねーや」

 勢い込んで起き上がったくせに飲み込まれてしまった言葉に、イグニスが首を傾げる。けれど、案外町の人に親しまれている兄が誇りに思えただとか、彼ほど上手くパトロールが出来ないみたいだとか、そういうことは気恥ずかしくてやはり言えないイーガルなのだった。

「何だよ、何かあったのか?」
「いーや! それよりさ、明日から俺もパトロール手伝ってやるよ」

 へ? とイグニスがぱちくり瞬くのを見て、イーガルが声を上げて笑った。

「仲間なんだぜ、当たり前だろ!」

 バシンと肩を叩かれまたも苦笑を浮かべたイグニスは、次に優しい笑みを浮かべてイーガルに手を差し出した。

「それじゃ、一緒に頑張ろうな、イーガル!」
「おう!」

 その手をがっちり握り返す。二人の笑い声が、ホールに木霊した。



To be continued...



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