恐怖の避難訓練



 清々しい朝の通学路を、タカシはお気に入りのリュックと共に歩いていた。珍しく走らなくても間に合う時間に家を出発出来たのは、久しぶりに姉のアキラと朝の時間を共有したからだ。最近は仕事が忙しいからなかなか帰ってこれないため、朝起こしてもらうのも久しぶりで、姉の声に思わず飛び起きてしまったのだった。今日は夕方も早上がりで帰ると告げられているタカシの浮かれようは、朝から半端ではない。今にもスキップしそうな勢いだ。

「おはよう、タカシ!」
「あっ、イグニスおはよー!」

 ちょうどT字路を通り掛かったイグニスに呼ばれ、ぱっと顔を輝かせたタカシは彼の元へ駆け寄った。動物園の一件以来、度々こうしてパトロール中のイグニスと出会うタカシだったが、それはイグニスの方からのアプローチでもあった。彼は、少年からの声援が自分に力を与えていることを確信していた。それ故に、まだこうして交流を続けているのである。
 とは言え、防衛機関の一員として民間人との連帯を持つことは悪いことではない。そんな思惑もあり、イグニスは誰にでも声を掛ける癖が出来ていたというのもある。

「パトロールお疲れ様!」

 道脇に停めたイグニバイクに寄り掛かってタカシが言う。

「ああ、ありがとう。タカシは何だかご機嫌だな?」
「えへへ、姉ちゃんが起こしてくれたんだーっ!」

 嬉しそうに拳を握って話し込む様子に、イグニスも微笑んだ。イーガルの変形が成功したことでようやく落ち着き、マツウラたちが久々にアキラをオフにしようと計画したのだ。たまには姉弟仲良くしたらどうか――と。流石に一日丸々オフにするのは難しかったが、朝と夕方には時間を作れることになった。そういえば昨日はアキラさんも嬉しそうだったなぁ、とイグニスは記憶を遡る。

「イグニス、姉ちゃん見たことあるっけ? ほら、ヘビのロボットの時も来てくれたんだよ!」
「ああ、アキラさんだろ、知ってるよ」

 もちろん――と言わんばかりに頷くイグニスへ、タカシが不思議そうに首を傾げて尋ねた。

「何で姉ちゃんの名前知ってるの?」

 ――しまった!
 アキラがGODの主任――実質的な地位は長官だが――であることは秘密だったことを思い出し、イグニスは焦った。人間ならば冷や汗をかいていたに違いない。

「え、ええと、それはだな・・・そのー・・・!」
「あっ、そっかぁ、GODの兄ちゃんって姉ちゃんの友達なんだっけ」
「そうそう! マツウラさんから聞いたんだ!」

 自己完結したタカシの言葉を肯定するように力一杯頷きながら、彼は内心ホッと胸を撫で下ろした。

「ほら、そろそろ学校行かなきゃだろ?」

 これ以上何か地雷を踏んではなるまいとちらつかせたイグニスの策は効果てきめんで、タカシはハッと我に返り身を起こした。

「そうだった! いってきまーす!」
「ああ、行ってらっしゃい!」

 ぱたぱたと駆け去る背中を見送る彼は、苦笑いを貼りつけた顔で手を振っていた。


***


 館山小学校の休み時間はいつも賑やかだ。特に最近はGODの話題があちこちで上がっている。動物園での事件以来、イグニスは一躍子供たちの人気者になってしまっていて、暇さえあれば彼らはこぞってタカシに話をせがみにくるのだ。

「なぁなぁタカシ、またあの話聞かせてよ!」

 今日も例に漏れずタカシの席周りには人が集まり始めている。違うクラスからもわざわざ足を運んでくる子も見られるほどだ。

「え、えーっと、僕ちょっと用があるんだ! また今度ね!」

 わっと集まる人の波を避けるべく、タカシは慌てて席を立つと教室を飛び出した。後に残る恨めしそうな声を背に、裏階段と呼ばれる廊下端の暗い階段を昇り、腰掛ける。

「あーもー、こう毎日来られたら疲れちゃうよぉ・・・」
「よっ、タカシ! 人気者はつらいねーっ!」
「うわあっ!?」

 突然後ろから背中を小突かれ飛び上がったタカシだったが、階段を転がり落ちるのだけは手摺に掴まり何とか堪える。頬を膨らませて睨みつけた先には、にししと笑うゴーの姿。その後ろから顔を覗かせたのは、ハカセとうららだ。

「危ないじゃないか、ゴー!」
「あはは、ゴメンゴメン! そんなにびっくりすると思わなくてさ!」

 けらけらと笑う大柄なゴーの横で、人一倍小柄なハカセが溜息を吐く。デコボコなこの二人は何だかんだで仲が良く、いわばボケとツッコミの関係だ。

「まあゴーくんのドッキリは置いといて、タカシくん、お疲れ様です」

 苦笑混じりに労われ、タカシも盛大な溜息を一つ吐いた。

「ほんとだよもう、毎日毎日さぁ。みんな良く飽きないよ・・・、」
「何よ、自分ばっかり良い目見たクセに!」

 心底困ったとばかりに零された台詞は、しかしうららの不満たっぷりの言葉に邪魔されて最後まで続けられなかった。当の本人であるうららは、言葉の調子に違わない不満顔でムスッと腕を組み、一段高い所からタカシたちを見下ろしている。

「う・・・うららちゃん?」
「フツー、ヒーローに助けてもらうのってヒロインの役目でしょ!? あたしだってイグニス様にお姫様抱っこされたかったもん!」

 ――はあ?
 男子三人がぽかーんとしているのも意に介さず、うららはそのまま“イグニス様のカッコよさ”を延々とまくし立て始めた。口を挟もうにも挟めない勢いに、彼らはただ黙って頷いているしかない。
 そこへ午後の始業を告げるチャイムの音。助かった! とばかりにうららの話を中断させた面々は、その手を引っ張ってクラスへと駆け込んだのだった。

(イグニス様、かぁ・・・。すっかりヒーローになっちゃってるなあ、イグニス)

 確かにその通りなのだが、一番初めにイグニスと知り合ったのは僕なのになあ――と少し不服に思うタカシである。

 そうしてタカシたちがクラスに飛び込んだ時にはもう担任の古西が生徒を座らせていて、珍しいと四人は一様に首を傾げた。

「古西先生、今日は早いね!」
「当たり前だ! 今日は避難訓練だぞ? ・・・まさかお前たち、忘れてたんじゃないだろうな?」

 その言葉に、 「あ」 と口を開けた四人を見て、古西はやれやれと首を振り席を指し示した。

「もう良いから座れ。訓練前に説明があるからな!」

 全員が大人しく席へ着いたのを確認し、古西は一旦廊下へ姿を消した後、すぐに引き返してきてクラスを覗き込んだ。

「今回は特別講師が来て下さってるんだ。みんな騒がないで聴くように!
 ・・・それじゃ、お願いします」
「はい、分かりました」

 廊下からの声に、タカシは思わず顔を上げた。聞き慣れた声。まさかの推測は現れたオレンジの姿で確信に変わった。同時に、子供たちの歓声が沸き起こる。

「GODのイグニスだ!」
「うっそぉ、イグニスからお話聴けるの? すごーい!」
「ホンモノだよ、カッコいいなー!」

 興奮して周りと顔を見交わす子供たちの様子に苦笑しながら、イグニスは教卓の後ろへ立った。若干緊張して見えた面持ちは、口をぱくぱくさせているタカシを見つけたところで少し和らいだ。にこりと笑み、クラスへ向かって 「みんな、静かに!」 と呼び掛ける。
 途端に静まり返る子供たち。教室の後ろで 「いつもこうなら良いのにな」 と古西が苦笑いを浮かべた。

「ええと、B組のみんな、こんにちは。今日の避難訓練はオレたちGODも協力させてもらうことになってるんだ。みんなが素早く、ちゃんと避難出来るか、しっかり見てるからな?」

 にこりとイグニスが微笑むと、わあっと子供たちからまた歓声が上がる。それをやっぱり少し不満に思ってしまうタカシの隣席で、うららがこっそりと拳を握っていた。


***


 各クラスでの訓練説明が終わり、先生も生徒もそわそわしながら授業を行っていると、スピーカーからサイレン音と共に地震災害を告げる放送が流れ出した。一斉にざわめく子供たちに向け、古西が大声で指示を出す。

「よし、みんな机の下に避難しろ! 机の足を両手で押さえて・・・ゴー、頭飛び出てるぞ!」
「うわわ、だって狭いよ〜・・・」

 ガタガタと机を揺らしながら一生懸命身体を縮こまらせるゴーの周りで、くすくす笑いが漏れる。暫くすると今度は避難放送だ。

「さ、お前ら並べ並べ! GODの人に良いとこ見せるんだぞー」

 各クラスとも廊下に列を作らせ、先生たちがアイコンタクトで状況を確認し合っている。珍しく静かな子供たちを纏めるのは容易なもので、手間が掛からなくて助かるよなどと笑いながら列を率いる古西と、その後に続くイグニス。その際、さり気なく列を抜け出した影に気づく者は誰も居なかった。

 グラウンドにざわざわと生徒たちの列が到着し始めると、校長と教頭は手にしたストップウォッチに目を落とした。

「今年はずいぶん優秀な成績ですなあ」
「GODのみなさんが協力してくれたお陰ですかね。子供たちの間じゃ、GODは大人気ですから」
「いやあ・・・・・・」

 口々に言われ、照れた笑みを浮かべたのはマツウラだ。アキラが表舞台に出ない代わりに、彼はいつも外交的な仕事を引き受けている。

「H組、点呼確認終了です!」

 若い女の担任の報告にチェックを入れたマツウラは、おや? と首を傾げた。

「B組が報告まだですね」
「Bですか? そこは古西先生の所だねえ」

 おおい、古西先生! と教頭に呼ばれ、駆け足でやって来た古西は困ったように眉と頭を両方下げた。

「すいません、ちょっと生徒が足らなくて・・・今探しに行こうとしてたんです」
「誰が居ないんです?」
「友信と瀧川、それに土谷と綾瀬川です。イタズラっ子たちだから、戯けてるのかも・・・。ああもう、これが本当の災害だったらどうするんだ!」

 困り果てて頭を抱える古西の後ろから、イグニスが進み出る。マツウラへ視線を送ると、彼はこくんと頷いた。

「オレが探してきます。その方が早いでしょうから」
「すみません! お願いします!」

 がばっと頭を下げた担任に苦笑し、イグニスは身を翻して校舎へ消えていった。


***


 ――人気のなくなった理科準備室から、子供たちの言い争う声がボソボソと漏れ聞こえてくる。途中で列を抜け出したうららと、それに気づいて連れ戻しにきたタカシたちである。

「ねえ、うららちゃん、早く戻ろうよ〜・・・。先生に怒られちゃうよ?」

 タカシの言葉にうんうんと残り二人が頷いたが、当のうららは膨れっ面のまま聞く耳を持たない。

「もー! うららちゃんってばー!」
「だって、こうしてたらイグニス様が来てくれるでしょっ!」

 少女の台詞に、一同またもやぽかーんと口を開けた。

「え・・・ま、まさか・・・?」

 嫌な予感をひしひし感じながら問い掛けるタカシに、うららはぷいっとそっぽを向きながら答えた。

「そうよ、私が居ないって分かったら探しに来てくれるもん! タカシばっかり良い目見るなんてズルイんだから!」

 ・・・もう置いてっちゃおうかな。顔を見合わせた男子三人の表情は、そうありありと語っていた。特にゴーは良い加減飽きてきたらしく、少しむくれた顔だ。このままじゃ怒り出しそうだから――とタカシが立ち上がって、もう戻ろうともう一度言い掛けた、その時。

 ズズ・・・・・・ズン・・・・・・

 ミシミシと、校舎が小刻みに揺れた。

「なっ・・・何? 地震?」

 小刻みに揺れ続ける建物に、ハカセが怯えた声を上げる。そんな不安そうな友達を落ち着かせようと、ゴーが入り口の扉を指差した。

「狭いとこに居なけりゃ大丈夫だよ! だから早くここから出ようよ、ね?」

 そう言って駄々を捏ねていたうららへ視線を向ける。流石に地震が起これば話は別で、彼女も素直に頷いて立ち上がった。
 しかし。


 ド ド ド ド ド ド !


「うわあああああああっ!」

 突然激しい縦揺れに襲われ、タカシたちはバランスを崩して床に転がった。だがその床も軋み、豪快な音を立てて崩れ落ちたから堪ったものではない。あっという間に子供たちは崩れる瓦礫に巻き込まれ、下階へと転落してしまった。暗転する視界と意識。自分でも気づかぬ内に、タカシは気を失っていた――。


***


「――シ、タ・・・シ・・・・・・タカシ!」
「ううん・・・・・・?」

 ゆっくりと瞼を開く。ぼんやりと霞んだ視界に、オレンジ色がじわりと滲んでいる。これは何だろうとタカシが思っていると、そのオレンジ色が名前を呼んだ。

「目が覚めたみたいだな、タカシ!」
「――イグニス!?」

 がばっと身体を起こすと、イグニスと同じく心配そうな顔をしているゴーとハカセの姿も目に入った。少しクラクラするものの、思っていたほど身体も痛くない。ホッとしたのも束の間、タカシはもう一度周りに首を巡らせて叫んだ。

「うららちゃん! うららちゃんはどこ!?」
「もう一人はこの辺りに居なかったから、もっと下に落ちたのかも知れないな。オレが探すから、みんなはイーガルと一緒に戻っててくれ」

 三人を見回してイグニスが言ったのと同時に、ガラス窓の向こうに青い影が降りた。犬の姿をしたロボットは器用に割れ残ったガラスを鼻先でつつき落とし、窓枠に前脚を掛けて中を覗き込み、

「よう、呼んだかー?」

 と、場違いなほどあっけらかんとした口調で言った。自分たちの状況も忘れて、タカシが瞳を輝かせイグニスに詰め寄る。

「わあ! 新しい仲間? 犬のロボットなんだね、すごいや!」

 あ――とイグニスが瞬く。その一瞬後、タカシの膝裏にスパンと何かが当たり、彼は短い悲鳴と共にひっくり返って尻餅をついた。

「犬じゃねーよ、チビ助!」
「ま、まあまあ、そう怒るなよ。まだ子供なんだからさ?」

 苦笑を必死に堪えながら宥めるイグニスと、打った尻を擦っているタカシを交互に見て、イーガルはフンッと鼻を鳴らし、先程振るった尾を揺らした。

「まあ良い、とにかく戻るぞチビ共! 三人いっぺんにだ、背中に乗りな!」

 軽い身のこなしで瓦礫だらけの床に降り立ったイーガルが背を示す。転ばされたことで口を尖らせていたタカシもこれには喜んだようで、キラキラした目でイーガルの背によじ登った。しっかりと子供たちの身体を尾で固定すると、彼はイグニスへ一つ頷いてみせる。

「じゃ、置いたら戻ってくる」
「ああ、頼んだからな!」

 もちろんだと言いたげに笑ったイーガルが飛び立つのを見送り、イグニスはゆっくり瞬いて後ろを振り向いた。すっかり崩れた校舎のどこかに、もう一人生徒が居るはずだ。

「よし、探そう!」


 イグニスが探索に取り掛かった頃、グラウンドの中央に避難していた先生、生徒たちの元へイーガルが降り立っていた。駆け寄ってきた古西に一発ずつゲンコツを食らった三人だったが、自分らよりもずっと涙目な担任を見て素直に謝ることにしたようだ。

「それじゃ、俺も行くわ!」

 避難を手伝い終え、今は待機状態のレスキューチームの面々に告げ、イーガルが校舎へ戻ろうと振り向いた、刹那。

 ド  ン  ッ  !

 またも地面を突き上げる揺れ。しかし今度は先程とは様子が違った。

「何だありゃあっ!?」

 イーガルの視線の先には、校舎を貫く巨大なドリルがあったのだ。それは二、三度高速で挑発的に回転してみせた後、ズズッと地面の中へ消えた。弾かれたようにイーガルが飛び立ち、校舎へ真っ直線に向かう。ほんの短い距離なのにやたらと長く感じて歯噛みしたくなるのを必死に押し殺す。

「イグニス!」
『・・・ああ、大丈夫だ』

 無我夢中で入れた通信に掠れてはいるがしっかり返ってきた返事で、イーガルのブレインサーキットはひとまず落ち着きを取り戻した。酷く崩壊した壁に顔を突っ込んで見回すと、奥からイグニスが這い出てくるのが見えたので、手をくわえて引きずり出し背中へ乗せる。

「イグニス、パラサイダーロボが下に居る。あいつを何とかしねーと、校舎の方がまずやられちまうぜ」

 イーガルの言葉に驚いて瞬いたイグニスだが、すぐに頷いた。

「よし、先にそっちを片付けよう! ――アキラさん、マグネフィールドは使えますか?」

 一旦上空へ逃れながら通信を入れる。眼下には半壊した校舎と大穴が見えて、イグニスのみならずイーガルまでも思わず息を飲んでしまう。一瞬の間の後、アキラから返答があった。

『使用は可能よ。やっぱり三分しか保たないけれどね。・・・でも、対象が地面の中に居るんじゃ捕捉出来ないわ』
「要は下から引きずり出せってことだろ? アキラさん」

 困った調子のアキラの返答に、イーガルが割り込む。どこか軽い態度の彼でも、アキラに対してはついつい“さん”をつけてしまうらしい。

『そうね、地上に出してくれさえすれば、後は何とかできるわ』

 きびきびした声はそこで一度言葉を切った。返事を促されていることを知り、イグニスとイーガルは顔を見合わせた。

「お願いします!」
「いっちょモグラ釣りと行こうじゃねーか!」

 頷き合った二人は構えを取り、一気に大穴まで急降下する。穴すれすれを掠めるように旋回を繰り返して、敵を誘い出す作戦だ。
 思惑通り、何度目かの旋回の最中、低い地鳴りが穴から木霊してきた。

「来たな、上昇するぜっ!」

 ぐん――と重力に反した急加速で空へ舞い上がるイーガル。その後ろから、黒いボディにオレンジのストライプをあしらった巨大なロボットが穴を突き抜けて襲い掛かる!

「うおっと! ・・・・・・なんつーパワーだよ、シャレになんねーぞ!?」

 回転するドリルの起こす陣風に身体を傾がせ、慌てた声音でイーガルが叫ぶ。しかし敵の巨体はわずかにイーガルたちの身体に届かず、猛烈な地響きと共にグラウンドへ着地した。

 鼻先にてら光る巨大なドリル。
 大きな前脚には鋭い爪。
 ずんぐりとした身体は、いかにも頑強そうだ。
 このロボットこそ、モグラ型パラサイダーロボ、ドリューンである!

 ロボットが落下の衝撃でもたついている隙に、すかさずイグニスが通信を入れる。

「アキラさん! マグネフィールドを!」
『任せてちょうだい!』

 GOD本部の屋上には既に射出筒がスタンバイしており、発射口は敵の方向へ向いていた。メインモニターには、早くも“準備完了”の文字。それを確認し可愛らしく口元へ笑みを上らせたミズキはデスクのスライドを引き、高々と右手を上げる。

「マグネデバイス、射出ーっ!」

 『PERMISSION』の輝きと共に射出筒からマグネデバイスが一筋の光となって飛び出し、迷うことなくドリューンを捉えた。さっと八つに分かれたデバイスは磁気の壁でロボットを囲み、グラウンドの上空でフィールドを展開する。次いで、二人の通信機からアキラの声。

『フィールドへのアクセスコードはもうあなたたちのAIに書き込んであるわ。そのまま中へ入ってちょうだい』
「へえ、いつの間に」

 茶化した口調でイーガルが囃すが、要は仕事の早さに対する賞賛だ。オペレーションルームとの通信もそこそこに、そのまま臆すことなくフィールドへと飛び込む二人。
 フィールド内ではドリューンが怒り心頭の様子で暴れていた。何せ巨大なため、随分中が狭く感じる。

「! イーガル、あいつの背中にパラサイダーが!」

 ハッとしたイグニスが指差した先には、赤い目を明滅させている小さな機械虫が居た。

「よしきた!」

 さっさと終わらせようとブーストを掛け、イーガルがパラサイダー目掛けて飛ぶ。しかし攻撃を仕掛けるよりも早く、ドリューンがガバッと二人の方へ向き直ってしまった。慌てて鼻面から進路をねじ曲げた彼らの、一瞬前までいた場所をドリルが貫く。
 一旦間合いを取ったイグニスたちの前で、ロボットのドリルが猛烈なスピードで回転した。辺りの空気を巻き込んで回るそれのせいで、二人は近づこうにも近づけない。


 回転するドリルはそのままに、ドリューンの身体が変形し始める。
 胸パーツにドリルを残し、キャタピラがそのまま脚部パーツとなり、ゆっくりと身体が起き上がる。
 大きな手は肩へと固定され、やはり鋭い爪を備えた腕パーツが現れた。
 胸パーツに収納されていた頭部は頭頂部にドリルがついたデザインになっており、ぎらついたバイザーは今までの敵同様に凶悪だ。
 両手の爪と爪をギャリギャリと擦り合わせると、ドリューンは胸元のドリルの回転を緩め、ギンと二人へ視線を定めた。


「やっべえな、これ」
「そんなこと言ってる場合か! 来るぞッ!!」

 イグニスの叫びとほぼ同時に、敵のドリルからサイクロンが発生し二人に襲い掛かった!
 間一髪避けたイーガルだが、彼のスピードを以てしても巨大すぎる敵を凌駕するには至らない。

「本気でヤベェぞ、どうすんだ!? こんなの相手にしてたら、先に俺らのパワーが尽きちまう!」
「それでも倒さなきゃいけないんだ!」

 ぐっと尾から身体を剥がし、イグニスがドリューン目掛け跳んだ。肩の先へ掴まった彼を振り落とそうと身を捩るドリューンの顔へ、イーガルの機銃掃射が降り注ぐ。

「オ゛オ゛オオオォォォォッ!」

 低く太い叫びを上げたロボットは、怒りに任せ両手を振るった。肩口にぶら下がったままのイグニスは今にも撥ね飛ばされそうだ。そして彼に気を取られていたイーガルへ、迫る掌。一瞬の隙が彼の避ける余裕を奪った。
 あ――と声を発す間もなくイーガルの身体は一瞬で壁に叩きつけられ、床へ崩れ落ちる。そこ目掛けて飛び込もうとするドリューンの横面へ、必死に身を起こしたイグニスがキャノンを浴びせた。横槍に激怒したドリューンの爪先が、イグニスに迫る!

「おいモグラ野郎! イグニスに手ェ出すんじゃねえっ!」

 それが彼を切り裂く前に、跳ね起きたイーガルが噛みつかんばかりに叫んだ。気迫に驚いたか攻撃の切っ先は鈍り、目標に達する前に止まってしまった。戸惑っているロボットの隙を突き、イグニスが今度はしっかりと身体を起こして肩へよじ登る。激突の余韻にふらつきながらだが、イーガルもまたドリューンへと駆け出した。走る最中、チェンジの掛け声と共に人型モードへと変形する。その終了と同時に、地面すれすれからバーニアで空を切って舞い上がった。細いボディは青い稲妻のように敵へと向かう。胸から拳銃を取り出し、引き金に指を、掛けた。
 二人の銃口が狙いを定める。標的は――パラサイダー!

「グガアアアァァァァッ!!」

 地を揺るがす咆哮を上げ、ドリューンは両手の爪で空を鉤裂いた。その風圧は凄まじく、二人は銃口を反らし、自らを守るべく腕を構えざるを得なかった。そうする内に、敵はもはや完全に二人を攻撃圏に捉え込んでおり――、

「! 逃げろ・・・・・・!」

 同時に叫んだ言葉に身体が従うより速く、胸元のドリルの回転に二人の小さな身体は呆気なく吹き飛ばされてしまった。


***


「どうしよう、イグニスたち負けちゃうの!?」
「やっぱりあんなでっかいのに敵うわけないよぉ・・・。オレたちどうなっちゃうんだ?」

 空に浮かぶ闘技場が如きマグネフィールドを見上げながら、一所に寄り集まった子供たちが不安げに囁き合っている。それを慰める役のはずの教師やレスキュー隊員でさえ、強張った表情なのだから仕方もない。
 そんな中、タカシが振り絞る大声を上げた。

「イグニスたちは負けたりしないよ! 絶対勝つって!」

 涙ぐんで震えていた子供たち、固い表情の大人たちが彼を見つめる。注目を受けつつ、タカシはぎゅっと拳を握ってまた叫んだ。

「イグニスたちは負けたりしないんだから!」

 すると足元から小さく抗議の声が上がった。うずくまっていたハカセだ。

「でも・・・今負けちゃいそうじゃないですか!」
「バカ、ハカセ!」

 隣から大きな手が伸びて、彼の頭をパシンと叩いた。しかし、叩いた当人のゴーですら不安に顔を歪めている。友人たちを見下ろして、けれどタカシはにこりと笑みを見せた。その笑顔は少しぎこちないものではあったが、少年の寄せる信頼にマツウラが小さく息を飲んだ音がした。

「倒されそうになっても、イグニスはいつも勝ったもん! 今回だって負けやしない・・・僕、僕信じてるんだ!」

 キッとフィールドを見上げたタカシは、また視線を落とすとハカセたちに手を差し伸べた。キョトンとする友人たちに説明する。

「みんなで 「がんばれ」 って応援すれば、絶対勝てるよ! 手をつないで、みんなで応援しようよ!」

 無理だと言う子も居た。泣きじゃくって参加しない子も居た。けれど、ゴーとハカセ、それから周りの子供たちの何人かがまず手を繋ぎ、続いて次々に輪が繋がった。彼らは目を瞑ったり、敵を恐る恐る見上げたりしていたが、タカシの合図で握る手に力を込めた。

 ――がんばって!
 ――負けないで!
 ――勝って、お願い!

 各々が始めはおずおずと、次第に力強く念じ始めた。その心の叫びは、見えない絆となって上空の彼らへと繋がってゆく。満身創痍の身体を引きずって防御に徹していた二人は、少し離れたお互いの顔を見つめ合った。

「この感じ・・・・・・何だ? AIが温かいような、不思議な気持ちだぜ」
「・・・みんなが、応援してくれてる」

 ちらりと半透明な壁越しに避難した集団の方を見る。確認は出来ないが、この胸から込み上げる力が何よりの証拠だろう。目を合わせ、頷く。

「悪かねえな、応援されるってのも!」

 爪の一撃を俊敏に躱したイーガルが笑う。

「だろう? だったらこの期待に応えなきゃな!」

 こいつを倒して! と両腕を剣に換え、イグニスは敵との距離をひた走る。それに気づき片足を上げたドリューンの膝を、イーガルが渾身の力で押し戻した。足へ飛び乗ったイグニスが胴に達するまでサポートに徹する。
 ギャルルルルルルルンッ!
 高らかに回転音を響かせ、ドリルが回り始めた。チッと舌打ちし、イーガルは手を離すと力を振り絞ってスピードを上げそこから離れる。代わりにイグニスは着々とドリューンのボディを駆け上がっていく――。
 その時!
 ブツンと音がして、足元から床が消え去った。フィールドのタイムリミットだ。子供たちから悲鳴が上がる。飛行能力のないドリューンは慌てたように手足をばたつかせたが、それも無意味。そこでボディに掴まったイグニスが叫んだ。

「イーガル、こいつを空に押し上げろ! 上空で爆散させる!」
「よしきたァ!」

 ニヤリと笑んだ彼の背部バーニアが輝きを増す。両の手首を引っ込め、アームを砲門に変える。敵が落下に慌てふためいてドリルを止めている今なら、真っ向からドリルを気にせず当たりに行ける!

 「シュトロム・・・・・・キャノオォォンッ!!」

 片方の砲門から閃光が放たれ、ドリューンの巨体へぶち当たった。バーニアの推進力で体勢を調整しながら、間髪を入れず二発目、三発目を放つ。エネルギー切れを無視した超出力の攻撃に、ロボットの身体はぐん、ぐん、ぐんと空へ上がる。

「これで・・・終わり、だぁあっ!」

 ドォン!

 四発目の発射を終え、イーガルの身体から力が抜ける。フルパワーでのシュトロムキャノンは四発が限界。けれど彼は満足げに笑みながら、遠ざかる敵とそれに乗った兄を思った。

「後は任せたぜ、イグニス。」

 攻撃の余韻で上昇しているドリューンの身体にしがみついていたイグニスは、今が機とばかりに飛び出した。目指すは背中。放物線の頂点を描いた巨体が一瞬ふわりと空中にとどまった、ほんの刹那に。
 燃えたぎる赤い刀身が。

「イグニブレ――――ドッ!!」

 分厚い装甲ごと、パラサイダーを両断した。


「ガアアアアオ"オ"ォオォォアアアアア!!」


 背を反らし絶叫するドリューンから飛び降り地面へ向かう。その数瞬後、カッと目映く輝いて、敵の身体は轟音と共に爆発した。
 その爆風に煽られ、校舎がさらにガララと崩れる。そちらへ目を向けたイーガルは落ちながら焦った。瓦礫の狭間から今にも落ちそうな少女が見えたのだ。

「これがラストだ、頼む動けっ!」

 切れてしまったエネルギーをもう絞り出すようにしてバーニアを点火させると、彼は一直線に少女の元へ飛んだ。伸ばした手が間一髪、崩れる瓦礫から彼女を救う。
 「ふー」 と安堵しふらふらと仲間の元へ戻る彼の腕の中で、うららが小さく呻いて細く瞼を開いた。

「よう、お嬢ちゃん。無事で良かったぜ」
「・・・・・・あなた・・・・・・だあれ・・・?」

 しょぽしょぽと瞬く少女にニッと笑んだ彼は、

「俺はイーガルだ。もう大丈夫だから安心しな、お嬢ちゃん」

 と囁いて、また前を向いた。だからその顔を見上げながらうららがぽっと頬を染めたのには気づかなかった。

 破片の雨を受けながら地面に降り立ったイグニスと、少女を抱いたイーガルが向かい合う。

「お疲れ様」
「お前もな」

 へへっとイタズラっぽく笑う口元に、イグニスもあははと笑った。
 そんな彼らに降り注ぐ歓声と、

「イグニス―――ッ! うららちゃんも!」

 飛びついたタカシの身体を受け止めて、その頭に掌を乗せる。にかっと笑った少年に心から言った。

「タカシたちの応援、届いたよ。だから勝てた。ありがとう」
「ま、ボロボロだけどな。助かったぜチビ助」
「違うよ、僕タカシって言うの!」

 ムッと口を尖らせた少年を笑い飛ばしたイーガルは、うららと同様レスキューチームにストレッチャーへ乗せられながら囁いた。

「イーガルだ。よろしくな、タカシ」

 ガラガラとストレッチャーを押して駆け去る隊員のを見送り、二人は顔を見合わせた。それから、あはははは! と愉快そうに笑い声を上げたのだった。
 するとそこへマツウラが駆け寄った。背後で避難誘導を受けている生徒たちを示し、少年に戻るよう促す。しかし、素直に頷いて走り出そうとしたタカシを手の平で一瞬押し止どめた。

「これ、キミにあげるよ」
「えっ? ・・・あ、これ!」

 マツウラが渡したのは、イグニスとマグネフィールドに入った時に使っていたバッヂだった。

「僕は一応身に着けることになってるんだ。また作るから、それはあげるよ。もしもの時、キミならイグニスたちの力になれる」

 さあ行って、と背を押されて再度走り出しながら、タカシはチラッとイグニスに視線を向ける。ひらひらと手を振ってくれる姿を見て、自分も思い切り手を振った。友人の輪に戻ってから周りがどんなにGODの話に熱を入れても、もう嫉妬は沸かなかった。
 ――キミならイグニスたちの力になれる。
 胸につけたバッヂに触れて、タカシは嬉しそうに微笑んだ。



To be continued...



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