イグニスとアキラは、朝の光の差し込む廊下を二人並んで歩いていた。秋の朝日は目に優しく、景色の輪郭を白くぼやけさせている。 そうして二人が立ち止まったのは研究室のドアの前だった。期待めいた感覚を湛え見上げてくるイグニスへ微笑を向け、アキラは扉のロックを解除する。シュンと軽い音を立てて開いた扉の向こうから、マツウラの明るい声が響いた。 「やあ。待ってたよ、イグニス」 へらりと緩い笑みを浮かべるマツウラの後ろには、2メートル近くある身体でひっそりと佇むメカニックチームリーダーのカシイがいた。彼もまたGOD上層部のメンバーである。彼らに迎えられた二人は検査台の前でまた足を止めた。 そこに寝そべっているのは、青い犬型ロボット。前脚を器用に組み、顎を乗せてそっぽを向いている。 「あの、マツウラさん、これってもしかして・・・?」 「うん、キミが回収したAIを搭載した、新しい仲間。名前はね・・・それは自分で言った方がいいかな? ほら」 マツウラにぽんと背中を叩かれると、そっぽを向いていた犬がチラッとイグニスの方を向いた。 「・・・・・・GOD機動隊隊員、I-gale(イーガル)だ」 「そうか。オレはイグニス、よろしく・・・・・・あ、あれっ?」 手短な自己紹介の後またもやぷいっと顔を背けられ、戸惑ったイグニスは困ったようにマツウラたちを仰ぐ。しかし、彼らもイグニスと同じく苦笑を浮かべているではないか。 「ごめんね、ちょっと彼、不機嫌みたいで」 「そうなんですか。・・・イーガル、よしよし」 そういうことならば仕方ない。AIが搭載されているということは、心の反応があるということだ。喜びもするし、悲しみもする。 けれど、機嫌を取ろうと頭を撫でたイグニスの手は思い切り払われてしまった。検査台の上に立ち上がったイーガルは獰猛な唸り声を上げながら、噛みつかんばかりの勢いで吼えた。 「俺は犬じゃねえ!」 「えっ!? あ、えっと・・・それは、ごめん」 「チッ・・・俺は可変型機体なんだよ、人型とビースト型のな! ・・・・・・今は調子が悪いんだ」 それだけ言い放つと、イーガルは軽い身のこなしで台から飛び降り、出口のドアをガリガリと爪先で引っ掻いた。察してカシイがドアを開けてやると、そのままどこかへ走り去ってしまう。犬じゃないと言ったわりに、彼の仕草はいちいち犬そのものである。 事態についていけずぽかんとした顔のイグニスに、弁解口調のマツウラが言う。 「彼の言う通り、イーガルは二段変形機構を持つ可変型機体なんだ。一応、人型の方がメインフォームなんだよ」 「でもまだ変形システムとAIが上手くリンクしないみたいなの。変形するには、彼があのボディに慣れるまで待たないと」 困ったものね――と苦笑するアキラに、イグニスは明るい笑みを見せた。 「大丈夫ですよ、すぐ変形出来るようになります。それに、きっとオレとも仲良くしてくれますよ」 信頼してるんだと滲む彼の言葉を扉の向こうでこっそりイーガルが聞いていて、小さく溜息を吐いた。 「――あ、それからイグニスにはもう一つ、見せたいものがあるんだよ」 今思い出したという体で、マツウラが別の検査台を指した。そこには前回の事件でイグニスが回収した寄生虫が乗せられている。 虫だと思ったそれは、実は機械で出来た生命体のようなもので、ギンペリーから引き剥がした後もしばらくはもぞもぞと蠢いていたのだが、やがて絶命してしまったのだ。貴重なサンプルだからと研究をしていたのだが、一通り解析は終わったらしい。 「こいつはね、キミの推測通り寄生虫だと思う。他の生物に寄生してパワーを移入させ巨大化、更に機械化させてしまうメカニズムを持っているから、僕らは“パラサイダー”って呼ぶことにしたんだ」 「寄生する機械虫、パラサイダー・・・と言うことは、今まで戦ってきたロボットはみんな、元は生物だったってことですか?」 イグニスがショックを受けるのも無理はない。今まで戦ってきた敵はみな、最終的に爆発してしまっているのだ。言わんとする所を察し、アキラも哀しげな表情を浮かべた。 「そういうことよ。そして残念なことに、これに寄生されてしまったら最後、私たちに取り除く術はないわ」 「だから、これが最終的に人間に寄生することがあってはならない。どこから発生してるのか特定して、被害を食い止めないと」 珍しく深刻そうな表情で言うマツウラの傍らで、カシイが黙したまま頷く。相変わらず寡黙だ。 押し潰されそうな雰囲気に押されて、イグニスも無言で首を振った。その拳が固く握られているのを見て、アキラがそっと手を重ねてやった。もし彼が望むならその身体を抱き締めてさえやっただろう。 「あなたは優しいわ、イグニス。だから戦わなければならない。私たちも、それは同じよ」 真っ直ぐ向かってくる鳶色の瞳を見返し、イグニスがゆっくり瞬いて頷いた。 「・・・大丈夫、です」 守るべきもののため、戦うことから逃げてはいけないから。それに辛いのは自分だけでないことも分かっていたし、何より、自分は一人ではないから。 だから大丈夫だと語る彼の瞳を信じて、アキラはにこりと微笑んだ。 だがその時、エマージェンシーコールが鳴り響き、アキラとマツウラの通信機からユイリの声が鋭く飛び出した。 『アキラ! マツウラくん! 市街地に突然高エネルギー反応発生・・・急いでオペレーションルームまで来て!!』 「分かったわ! 位置は特定済みね!?」 『バッチリですよぉーっ!』 今度はミズキの返答。さっとイグニスを振り向いたアキラが、 「イグニス、位置情報はミズキから送信されるわ。すぐ向かってちょうだい!」 「了解!」 素早く敬礼を返して廊下へ飛び出し、イグニバイクのある格納庫へと駆ける彼の隣をいつの間にかイーガルが走っていた。 「おい、出動だろ? 急ぎか?」 「イーガル! ああ、大至急だ」 反応がある以上、もうロボットに変化している可能性は限りなく高い。一刻を争うのだ。 するとイーガルが悪戯っぽくニヤリと笑った。 「なら、バイクなんか使うよか、ずっと速い方法があるぜ」 こっちだ! と格納庫とは逆側の通路へ曲がったイーガルを追いかけるイグニス。そちらは屋上へ向かうエレベーターだ。二人が乗り込んだエレベーターは、高速で最高層へと昇ってゆく。頂上へ辿り着くまでの短い間に、イーガルは内蔵の通信機をオペレーションルームに繋いだ。 「俺も出させてもらうぜ。その方が断然速いしな」 『えっ!? ちょっと、あんたまだ実戦投入の段階じゃ・・・!』 ないでしょ、とユイリが噛みつき終えるのを待たずしてエレベーターが到着音を告げる。同時に通信をシャットアウトし、イーガルはイグニスに鼻先で自らの背を示してみせた。 「ほら、乗れよ」 「・・・・・・・・・え?」 戸惑って思わずたじろいだイグニスを見上げ、イーガルが苛立たしげにもう一度背を示す。 「さっさと乗れよ、急ぐんだろ? 俺が連れてってやるって言ってんだ!」 「あ・・・ああ、分かった、乗るよ」 押し切られる形で仕方なく背に跨るイグニスと、その身体にケーブル状の尾を巻きつけぐっと構えるイーガル。 背に取り付けられたバーニアがせり出し、ウイングが左右に展開した。首にしっかりと掴まったのを確認すると、イーガルが高らかに叫ぶ。 「行くぜ、振り落とされんなよ! フルスピード、イグニッション!!」 カッとバーニアが光り点火される。のっけからの超加速に、慌ててイグニスは強く首にしがみついた。 「どうだ、速いだろ!」 「は・・・速いけど、いきなりアレはないだろ!」 「こんなんでビビってちゃまだまだだな! そら、こんなのはどうだ!?」 ハイスピードの空中回転を披露されたイグニスの悲鳴が、空に長く尾を引いていった。 *** 一方、オペレーションルームでは全員が自分の仕事に掛かり切りになっていた。ユイリはイーガルのバイオリズムに狂いはないかを血眼で探し、ミズキは高速で動くエネルギー反応を見失わないように追い掛け、アキラとマツウラは応援とチーム配備に追われていた。 「あ、あ!」 そんな中、突然ミズキが素頓狂な声を上げて固まってしまう。モニターから目を離さず、心持ち厳しめな声でユイリが突っ込んだ。 「どうしたのよミズキ?」 「は、反応が分離しましたぁ!」 「・・・何ですって?」 テラスから身を乗り出したアキラがメインモニターを示すと、ミズキが即座にパソコン画面を映し出す。 画面上を蛇行するポインタは、確かに二つ。 「・・・本当だ。それじゃ、これってつまり・・・?」 恐る恐るマツウラが隣に立つアキラを仰ぐ。彼女は視線をモニターから外すことなく頷いた。 「――今回の敵は、二体と言うことになるわね。」 *** 都市上空。低くけぶった雲の合間から突然二つの黒い影が舞い降りた。黒い翼と白い翼の二体のロボット。それぞれカラスとハトを模しているらしい。彼らは赤いカメラアイをぎらりと光らせ、街へ滑空しようとしていた。 しかし雲の糸を薄く引きながら高度を下げる二体の進路を、オレンジと青のロボットが塞ぐ。言わずと知れたGOD機動隊のイグニスとイーガルである。 「ヒュー、二体相手っつーから小せえの想像してたんだが、こりゃまたでっけーなあ!」 「軽口叩いてる場合じゃないぞイーガル! オレたちだけでこいつらを止めないとならないんだからな!」 「分かってるさ! 空中は俺の庭、テメーら一羽足りとも逃がしゃしねーぜッ!!」 景気良く声を張り上げたイーガルが後肢の機銃を発砲する。バラバラと空薬莢が落下していくのを視界の端に捉え、イグニスは市街地の避難が終わっていることを切に願った。 突然の機銃攻撃を受け、カラスとハトはお互い左右に分かれ大きく旋回ルートを描いた。不快な鳴き声を上げながら、二体は猛スピードでイーガル目掛け突っ込んでくる。 「おっと、そうはいくか!」 突進が当たるギリギリの所でくるりと宙返りを打ち、華麗に攻撃を躱す。イーガルの余裕のパフォーマンスにオペレーションルームの面々もホッと息を吐いた。 「イーガル、オレも戦う!」 「了解! そんなら、俺は避ける方に徹させてもらうぜ!」 その台詞が終わるか終わらないかの内に、ハトのロボットがくちばしを開いた。中から放たれたのは無数のミサイル! 「イグニス、行け!」 「分かった! イグニキャノン、発射!!」 イーガルの首から両手を離し、キャノンの照準を敵に合わせる。彼が落ちないよう、イーガルの尾が腰に強く巻きついて固定した。 (不思議だな・・・。最初は飛ぶのがあんなに怖かったのに、今は全然怖くない。・・・・・・イーガルへの信頼感かな?) 自分が墜落するだとか、振り落とされることなど考えられないくらいに、イグニスはイーガルを信頼出来ていた。自身のことは顧みず、ひたすら両腕のキャノンで敵を狙う。同時にイーガルもアクロバティックな飛行技を披露しながら、次々とミサイルの雨を捌いていく。イーガルの動きはイグニスの攻撃パターンすら包括して組まれており、攻撃の邪魔には決してなっていなかった。無数に見えた攻撃も、彼らの前には何の障害にもならないようだ。 「凄いな、面白いくらい戦いやすい! お前との息が合ってるのが分かるよ!」 ツイストで最後のミサイルを避けたイーガルに向けて、イグニスが弾んだ声を上げた。 「ああ、俺もだ! あんたとは他人な気がしねーぜ!」 茶化したように言い、速度を緩めて敵と対峙するイーガル。鳥を模した顔からは表情が読み取りづらいが、相対する二対が憤っているのは雰囲気で分かる。 ――すると、唐突にハトのロボットが甲高い雄叫びを上げた。びくっと思わず間合いを取ったイグニスらの前で、白いボディが変形し出す。 羽根が広がり、胸がせり上がる。 身体の下部からは脚部が伸び出し、翼パーツが背中へ回ると腕がしっかりと拳を握る。 最後にハトの首が背後へずれ、その下から頭が現れた。 白いボディに赤いバイザー。すらりとした体躯はどこか女性的。 ハト型パラサイトロボ、ピジョーティだ。 その変形に続き、カラスの方もその身体を変え始めた。させじと攻撃を繰り出し掛けたイグニスたちだったが、ピジョーティが彼らを阻む。まるで仲間の邪魔はさせないとでも言うように。 大きく咆哮を上げ、漆黒の翼が開かれる。 同時にその下からは腕部が、身体からは脚部が伸びて形を成す。 くちばしがクワッと開くと、中から顔面が現れる。 最後に尾羽が腰パーツに左右それぞれ装着され、カラス型パラサイトロボ――クローは真紅のバイザーをぎらつかせながら吠えてみせた。 「おいおい、こいつらも可変型ってか!!」 イラついた声音でイーガルが叫ぶ。 「ユイリ! 俺の変形機構、リンク出来てっか!?」 『まだよ! あんたの出力が安定してんのだって奇跡なんだからね!? それに、呼び捨てじゃなくて“さん”を付けなさ――、』 そこで強制的に通信機を待機モードへ切り替えたイーガルに、不謹慎ながらイグニスのフェイスには苦笑が浮かんだ。 「大丈夫さイーガル、今までだって十分オレたち強かったじゃないか。二人ならいけるよ!」 イーガルの背に手を乗せ、イグニスが言った。チラッと振り向いたイーガルへ向けられる微笑。不貞腐れていた彼も、仕方ないとばかりに溜息を吐いた。 「・・・わーったよ! パラサイダー本体を破壊すりゃ良いんだったよな?」 「ああ!」 「なら、さっさとぶっ壊しちまおうぜ!」 ギアアアアァァァァッ!! 耳障りな叫び声と共に、ピジョーティが両手を前へ突き出した。その腕部側面から砲身がせり出し、イグニスへ狙いを定める。 「イーガル!」 「分かってるさ!」 当てさせてなるものかとガトリング攻撃を旋回で躱して、イーガルは易々と背後に回り込む。 「ははっ、ノロマだな!」 ピジョーティがハッと振り向く。 イーガルの余裕の笑み。 ──だが! 「うわっ!?」 二人の目の前に黒い影が一瞬で飛び出してきた。しまった、もう一体の方か! 慌てて方向を転じるも・・・遅すぎる! 目にも止まらぬスピードで。 腰から抜かれた黒い刀が。 二人の身体を薙ぎ払った! 「うわあああああぁぁぁぁっ!!」 真っ直線に眼下のビル群へと落下するイーガル。しかし、その後を追うかのように墜ちるイグニスを敵の赤いバイザーが映し出す。サッと身を引いたクローの代わりに、ピジョーティが前進し腕を伸ばす。その指先から一斉にケーブルが伸び出し、イグニスの身体を捕らえ締め上げた。 「ぐああ・・・うぐ・・・ああぁぁっ!!」 肩口から足先までがっちり固められたイグニスが苦悶の叫びを上げる。ビルの屋上へ叩きつけられていたイーガルは、その声で自らのAIを目覚めさせた。 見上げる空、捕らえられた仲間。ギリギリと締め上げる音が聞こえてきそうなほどだ。 「クソッ・・・!」 助けに行かねば。けれども彼の身体はもはや限界を超えていた。そもそもスピード性を重視したビースト型のままでは明らかにパワー不足なのだ。 (ちくしょう・・・、変形さえ出来れば! そうしたらあいつを助けてやれるのに!) 悔しさに動かない身体を震わせるイーガルの聴覚センサーに、イグニスの途切れ途切れの言葉が届いた。 「イーガル・・・・・・っ、お前もう、限界だろ・・・? 早く・・・・・・逃げろ・・・・・・!」 優し過ぎるその言葉に、イーガルの中で何かが弾けた。 (助けたい・・・俺は、あいつを助けたい!!) そのために変形さえ出来たなら。 未だ動けずにいるイーガル目指し、腰から二振りの刀を抜き放ったクローが猛進してくる。イグニスの苦しげな声が必死で彼に逃げろと言う。よろめく身体で立ち上がり、イーガルが天を仰いだ。 「俺はイグニスを助けたい! 頼む、力を・・・・・・俺にもっと力をくれ―――――ッ!!」 天を裂く咆哮。眩く光る身体。 オペレーションルームで固唾を飲んでいたユイリが心底驚いた声を上げた。 「うそっ・・・! イーガルの出力が上がってる!? 40・・・70・・・・・・ひ、110%ぉ!? こんな、信じられない! システムはダウンし掛けてたはずなのに、オーバーロードだなんて!」 「これが・・・あなたたちの力・・・奇跡を呼ぶ絆なのね」 興奮するユイリとは対照的に物静かな口調のアキラだが、テラスの手摺を握る手は震えている。彼女もまた、湧き上がる興奮を隠し切れないのだ。 そして――、 *** 「チェ―――ンジッ!」 イーガルの宣言と共に身体が立ち上がり、犬型の頭部が腹側へ折れて胸部へ嵌まり込む。 腰部が若干広がり、前肢と後肢は反転してそれぞれ腕部と脚部に、爪先にあった爪は手首側へ収納され、脚部のものはせり上がり飾りパーツとなる。 背部に装着されていたバーニア二門が分離し、腕へと換装されると、その中から手が現れ拳を握る。 最後に、犬の形を模したようなヘッドパーツ、バイザーを装着した顔が現れた。 端正な口元に笑みを上らせ、そのロボットは高らかに吠える。 「GOD機動隊隊員イーガル、疾風のごとく只今参上!」 何を小癪なと言わんばかりに、クローが更に勢いを増して突っ込んでくる。けれどその攻撃がイーガルに当たることは叶わなかった。 「テメーの図体で下に降りられちゃメーワクなんだよ!」 華麗な飛行技で刀の切っ先をすり抜け、イーガルは敵の懐へ潜り込んだのだ。背中からバーニアウイングが展開し、超出力で敵の身体を押し返す。 「でりゃああぁぁぁああああっ!!」 気合い一閃、遥かに巨大な身体を空へ押し返す! クローはその勢いのまま吹き飛ばされ、ピジョーティとまともに衝突してしまった。 「イグニスッ!」 巻き込まれて飛ばされそうになったイグニスへ向け、イーガルは胸元の犬の頭部から拳銃を取り出し、放つ。弾は何発かイグニスを掠めながらもケーブルを切断、絡みつく残りを蹴り裂いて落下してくる彼の身体を、イーガルがしっかりと抱き留めた。 「ありがとう、イーガル!」 「礼にゃ及ばねーさ!」 にこりと笑うイグニスと、ニヤリと口角を上げるイーガルの視線が交差する。そして二人ががっちりと手を組んだ瞬間、AIをメモリーが雷光のように駆け抜けた。 彼らの中に眠っていたメモリー。 長きに渡る宇宙の旅を溯り、やがて辿り着く、故郷の記憶。 まだうっすらとしか思い描けない断片の中に、二人は確かに見つけた。 「・・・お前は、オレの、弟――・・・?」 「どうやら、そうみてーだな。思い出したぜ・・・・・・イグニス、俺はお前を追い掛けてここまで来たってことを・・・」 交わす視線の中に懐かしさが混じった。 しかしそんな感傷を切り裂く敵の咆哮。キッと二体を見据えた二人は不敵に笑みを浮かべた。 「思い出話は後にした方が良さそうだ!」 「ああ、今はこいつらにお引き取り願わねーとな!」 ギ ャ ア ア ア ァ ァ ァ ッ !! 怒りに充ち満ちた雄叫びと共に突っ込んでくる二体から、イーガルは易々と身を捻って逃れ、進路を真上に取った。薄くけぶった雲目指し、急上昇する彼らを追うクローとピジョーティ。 ぐんぐん高く、もっと高く! 視界の利かない雲の海の中を三つの影が突き進む。 急に――ぱっと視界が開けた。勢い良く雲海から飛び出した二体が目にしたのは、 「ファイアークロス!!」 太陽を背に飛び上がったイグニスの、赤い光を放つ二振りの剣。クローは辛うじて躱したものの、意表を突かれたピジョーティはイグニスの攻撃を避け切れず、燃える刃に胴を真っ二つに斬り分かたれた。 甲高い悲鳴と共に爆発する仲間の姿が、クローの赤いバイザーに反射する。 ぎらりと、光る眼。 「ギャアアアァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」 我を忘れてイグニスへ斬り掛かるクロー。空中のイグニスはその攻撃を避けられない――が! 「イーガル、頼む!」 その声に、クローがハッと下を見下ろした。そうだ、もう一匹は――。 カメラアイが捉えたのは、雲海すれすれで仰向けに浮かぶイーガルの姿。その両腕の武器は真っ直ぐクローに向けられ、手首の代わりに青白く輝く砲門を見せていた。背部バーニアのウイングを開き、出力を全開にさせる。 「シュトロムキャノン。」 静かに告げられる攻撃。その間、一瞬。クローに避ける隙を与えず、二門のレーザー砲が放たれ敵の身体を貫いた。 悲鳴を上げる間すらなく爆発した敵の、その爆煙の中からイグニスが落下してくる。パワーを使い果たした彼のバーニアはもはや火を灯すことは出来ない。しかし彼の身体は、またもしっかりとイーガルに抱き留められた。 「ありがとう、お疲れ様、イーガル!」 にっこりと屈託ない笑顔を向けられ、照れたように顔を逸らしながらイーガルが少し笑った。 「おう、お疲れさん。――・・・っと、おおっ?」 その途端、バスンと抜けた音を立てたイーガルの背部バーニア。続いて、ひゅるひゅると次第に速度を増しながら落ち始める身体。重力に引っ張られてゆく中、イグニスが慌てた声で言った。 「お、おいイーガル、これ落ちてないか!?」 「やっべえ、ちょっとパワー使いすぎちまった・・・・・・」 ひくりと頬を引きつらせるイーガルに、イグニスの顔も引きつる。人間だったなら血の気が引いただろう。ぎゃあああああ! と尾を引く悲鳴が遥か空高くから地上へ向かって、長く長く伸びていった。 迫るアスファルト。もうダメだ! と抱き合い目を閉じた二人に、しかし想像していた衝撃はなかった。 「衝撃吸収マット展開!」 マツウラの一声でバッと大きなマットレスが開き、そこへイグニスたちは落下したのである。 低反発ジェルのような素材で出来たマットは衝撃を確かに吸収し、二人はそこへ折り重なって倒れたまま、助かった――と呟いたのだった。 「無事で良かったよ、二人とも!」 にこにこと覗き込んでくるマツウラの笑顔に、イグニスとイーガルは顔を見合わせ、それから同時にへろへろと敬礼してみせた。それを見た周りの救急班員たちからどっと笑いが巻き起こる。渦中の二人も、楽しそうに笑っていた。 *** その後GOD本部へ戻った二人を待ち受けていたのは、エントランスで帰りを今か今かと待っていたアキラたちからの雨のような労いだった。特にイーガルは、ユイリとミズキに散々小突き回されてはいたが、満更悪い気はしないらしく口元には始終笑みを浮かべていたものだ。 「アンタってば、ほんとに変形出来ちゃったのね! 奇跡よ奇跡、絶対もうダメだと思ったんだからね!」 「あいてて、ユイリ、ユイリ! そこ結構痛いから殴るなよ!」 「“さん”を付けなさいっつーの!」 そんな微笑ましいやり取りを眺めていたイグニスの肩に、アキラがそっと手を掛けた。振り向いた彼がはにかんだように笑う。 「お疲れ様、イグニス」 「ありがとうございます、アキラさん」 にこりと微笑みを交わしてから、アキラはイーガルの方へちらっと視線を走らせ、またイグニスへと戻した。その意味を何となく察した彼は一つ頷いて言った。 「戦いの最中に、思い出したことがあるんです」 「ええ、通信に入っていたわね。彼があなたの・・・弟だと」 「そう・・・イーガルはオレの弟なんです。オレは一番始めに創られて、イーガルは一番最後だった。オレたちは他の惑星で創られ、それから――何らかの理由で、星を離れた」 「その理由というのは、思い出せないのね?」 アキラの問い掛けに、イグニスは残念そうに首を縦に振った。思い出せたのはそれだけだと告げたが、アキラは優しく微笑んだだけだ。 「――どんな理由があれ、あなたやイーガルが私たちの仲間であることに違いはないわ。また、きっと少しずつ、思い出していくはずよ」 そっと頬をなぞる手に、イグニスのフェイスがかっと赤くなる。何も言えずに目を白黒させる彼の背後から、イーガルがニヤニヤと口元を緩ませながらどさりと圧し掛かった。 「どうしたイグニス、面白いツラしてさ?」 「い、イーガル! 面白くなんかないよ!」 どうだか――と頭を小突く拳を避けようと身を屈めながら、イグニスは身体の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。 仲間が居る。大切な、守りたい人たちが居る。それは、自分がどこから来たのであれ変わらない。 だから、守り抜かなきゃ。 着々と侵攻を続けているパラサイダーとの戦いに早く終止符を打ち、平和を取り戻すために。 しかしそんな彼の願いとは裏腹に、邪悪な影は次第に勢力を増してゆくのだった。 都市の地下深く、暗い地底に蠢く影。パラサイダーを操るその影が、不気味な目を妖しく光らせた。 野望を邪魔する者は排除するのみ。細く長い触手を張り巡らせ、影は着実に情報を探り続けた。やがて見つけ出すGODの存在。誰も知らない暗黒の世界で、影は密かに動き出す――。 To be continued... →long |