動物園で大パニック!



「――それじゃこのUFOは、イグニスのAIが搭載されていたのと同じ救命ポッドなのね?」

 検査台に乗せられたポッドの表面、その滑らかな光沢に映る研究室。その主たるアキラがユイリに問うた。ポッドの内部に腕を突っ込んでいた彼女はそれを引き抜き、綺麗に切り揃えたショートヘアをさっと揺らしてアキラへと振り向く。

「間違いないわ。あの時と内部構造は完璧に一致するし。それに何より・・・・・・、」

 ちらりとユイリが視線を動かした。察したアキラも同じ場所へ目を向ける。
 そこには、ポッドから取り出されたばかりのAIがあった。

「ここまで揃ってれば、もう違うはずないと思うんだけど?」
「・・・そうね。何もかも同じだわ」
「新しい仲間誕生の予感よ。ボディの開発続けてて良かったわね、アキラ。まあ、まだまだ時間は掛かりそうだけど」

 ふう――と一息吐いて、ユイリは腰のベルトに挟んだタオルで機械油だらけの手を拭き、それをまた無造作に元に戻した。少しガサツではあるが、そこがこの女性の魅力でもある。

「――それより、イグニスは良いの? メンテ明けたらしいわよ?」
「あら、そうなの。話したいことがあるのよ、ちょっと行ってくるわね」

 後はよろしくと言うアキラに、了解と茶目っ気を込めた敬礼を返すユイリ。
 研究室を後にしたアキラは足早にメンテナンスルームへ向かった。


***


 ごたごたしている研究室とは反対に、メンテナンスルームはがらんとしている。中でせこせこと動いているマツウラが滑稽に思えるほどだ。
 カツンと床を打つヒールの音に振り向いた彼は、慌てて背筋をしゃんと伸ばした。

「アキラさん! あ、その、イグニスのメンテは無事終了しました!」

 検査台の上で上半身を起こしたイグニスが頷く。背をぴんっと伸ばしているマツウラを見つめたアキラは少し眉をしかめ、軽く腕を組んだ。

「そういうことは、まず私に報告してくれないと・・・でしょ?」
「あっ・・・す、すいません!」
「ううん、次からはお願いね」

 するりと腕組みを解き、優しげにそう言うアキラはまるで子供を諭す時のような口調だったが、マツウラはそれでも嬉しいらしくぱっと顔を輝かせて頷いた。そして彼女もそれで構わないようで、座っているイグニスの肩にそっと手を掛けた。

「昨日はお疲れ様。タカシのこと、本当にありがとうね」

 労われたイグニスは若干インターフェースを上気させながら、いえ別に――とモゴモゴ呟いた。彼はどうもこの主任に弱いのである。そんな彼の様子は意に介さず、アキラは凛とした口調に切り替えて続けた。

「けれど・・・あの戦いには不明瞭な点が多かったわ。
 あの敵は一体どこから来たのか。――それに、あなたが敵に捕まった時にバックパックが損傷していたのよ。エネルギー循環率が落ちている中であそこまでのパワー出力は、・・・ありえないの」

 アキラの瞳が、まっすぐにイグニスを捉える。それを見つめ返したイグニスは、ふと思い出したように言った。

「・・・あの時、急に力が湧いたんです。タカシを助けないとって思ったせいかも知れないけど。でも、彼の言葉がオレに届いた瞬間・・・突然力が溢れたような、気がします」
「それは、タカシに何らかのキーが眠ってるということ?」

 問い掛けにしばし考えてから、イグニスは首を傾げた。まだ判断材料が少なすぎて何とも言えないのだ。それはアキラにも分かっていたので、彼女はふっと笑ってこの話を切り上げることにした。

「――ところで、今日からイグニスには新しい仕事に掛かってもらうわ。街のパトロールよ」
「パトロール、ですか?」
「そう。あんな事件がもしまた起こるとしたら、なるべく仲間は多い方が良いだろ? それで、警察や消防とも協力することになったんだ。パトロールはその一環。僕らの使命は――、」
「民間人の安全を守ること、ですね」

 にこりと笑って後を引き継いだイグニスは、検査台から降り立って出口へ向かった。

「それじゃ、さっそく行ってきます!」
「イグニバイクの修理も終わってるからね!」

 軽く敬礼を返して扉に消えたイグニスを見送り、アキラとマツウラはどちらともなく微笑んだ。なかなかどうして問題も仕事も山積みなのだが、やり甲斐はある。ここからが正念場だと思えば思うほど、何だか絆が強くなっていくような気がしたのだ。

「――あ、そう言えばタカシくん、大丈夫ですか?」

 思い出したようにマツウラから切り出され、アキラはああ――と腕時計を確認した。

「ええ、大丈夫よ。今頃は動物園に着いたんじゃないかしら。今日ピクニックなのよ。昨日の興奮もあって、元気有り余っちゃってて」

 くすっと困ったように眉を下げつつ笑うアキラは、綺麗さの内にも可愛らしさがあり、マツウラは思わずウロウロと視線を左右に泳がせてしまう。何か言わないと――と彼が慌てて口を開いた瞬間、幸か不幸か、パタパタと軽快な音を響かせてミズキが駆け込んできた。

「マツウラさーん、警視庁からお電話ですよぉー」
「あらミズキ。わざわざ来なくても通信入れたら良かったのに」

 アキラが言うと、あっ――とマツウラが青い顔でポケットをまさぐった。

「すいません・・・。電源、切っちゃってました・・・」
「あーっやっぱりぃ! 何回通信入れても繋がらないから、そうだと思いましたよぉ!」

 膨れながら言うミズキにごめんごめんと平謝りするマツウラを眺めて、アキラはひっそり溜息を吐いた。マツウラのどこか抜けた性格は、大学で初めて彼と出会った時から変わっていない。それが微笑ましくもあり反面、そろそろ落ち着きが欲しいかも――とも思うのである。
 そんなことを考えていたアキラをよそに、ミズキはマツウラの背を押すようにして彼を急かし、あれよあれよという間に廊下の向こうへ消えていってしまった。申し訳程度の 「失礼します〜!」 という言葉を残して。

「・・・相変わらず、賑やかだわね」

 しんとした廊下に、苦笑混じりのアキラの声が響いた。


***


 一方、平日も賑わいを見せる上野動物園には、ピクニックに訪れたタカシたち4年生の集団がわいわいと騒がしく集っていた。

「よーし、ここから班行動開始だ! くれぐれも危険なことはしないように! 動物園のルール、覚えてるなー?」
「はーい! さわがない、さわらない、さくをこえない!」
「よおし!」

 生徒たちの元気な答に、タカシたちの担任である古西がにかっと笑った。大きく手を叩き、解散! と宣言するや、子供たちはクモの子を散らすように四散していく。

「ねえねえ、ライオン見に行こうよ、ライオン!」

 うきうき気分を押さえ切れないタカシが言えば、ゴーが同意してこくこくと首を縦に振る。けれどくるっと振り向いたうららに、その提案はあっさり却下されてしまった。

「何言ってんの! 上野動物園っていったら、パンダに決まってんじゃない、パ・ン・ダ! まずパンダを見に行くの、はい決定!」

 まるでマシンガンのように降り注いだ言葉の雨にポカンとしている少年たちを差し置いて、うららはさっさと先を行ってしまっている。慌ててその後ろ姿を追いかけたタカシは 「もう、勝手だなぁ・・・」 と思わず呟いていた。
 とはいえ、人気者のパンダを前にする頃にはタカシたちの不満もどこかへ吹っ飛んでいて、むくむくした身体で愛くるしく動く様子にキラキラと瞳を輝かせて見入るばかりだ。

「カワイーわねっ、パンダ! ねっ、タカシ!」
「うん! 可愛い可愛い!」

 ひとしきり満喫し終えた彼らは、地図を覗き込んで次の檻を定めることにした。次こそライオン! と主張するタカシとゴーに上機嫌なうららは反対せず、ペンギンが見たいというハカセの希望も交えたルートを進むことになったようだ。
 先頭を切って進むゴーに続いて、楽しそうに談笑する子供たち。しかし、彼らを小さな二つの赤い光が見つめていたことには、まだ誰も気づいていないのだった・・・・・・。


***


 その頃GODのオペレーションルームでは、相変わらずアキラたちが仕事に勤しんでいた。ユイリのパソコンモニターにはイグニスのステータスが映し出されており、それはテラス側のミニモニターにも反映されている。
 さらにパトロール中の彼から通信を常に受信して、ルーム内のスピーカーから発されるようにもなっている。GOD側からの通信は、それぞれの所持する通信機から行えるのだ。アキラの場合はピアスに内蔵されており、ユイリとミズキは片耳装着型の小型イヤホンマイクを、マツウラはケータイ型のものをポケットに入れ、肌身離さず持ち歩いている。
 今のところ、イグニバイクを走らせているイグニスから定期的に異常なしの報告が入る以外、動きは特に何もない。昨日の今日だし何もないかも――と少し安心する面々だ。

「さすがにそう続けて問題事が起こるわきゃないわよね」

 ギシリとイスの背もたれに身を預け、頭の後ろで指を組んだユイリが笑う。そのままデスクの上で足さえ組みそうな勢いだ。彼女の行儀に少し眉をしかめはしたものの、リラックスするのは良いことだとアキラは敢えて気にしないことにしたようで、今は暗いメインモニターを正面から見つめた。

「本当にこのまま何事もなければ良いわね」
『心配いりませんよ、今日はとても良い天気ですから』

 急に割り込んできたイグニスからの通信に、オペレーションルームは和やかな笑いに包まれた。鮮やかなオレンジ色の彼が、バイクで風を切りながら空を見上げているところを想像して。

「そう願うわ。パトロール頑張って、イグニス」
『了解です、アキラさん!』

 プツンと小さな音と共に通信が切れ、通信は待機モードに切り替わった。モニターとにらめっこをしていたミズキも、顔を上向けて一息吐く。

「もうすぐ台東区ですねえ。あ、タカシくん、今日ピクニックですっけ? 良いなあ、私も動物園行きたいです〜」

 子供がやるように唇を尖らす同期を、ニヤリと笑ってユイリがからかう。

「なあに、パンダでも見たいのー?」
「違いますよぉー!」
「じゃあ何? ペンギン? ホッキョクグマ?」
「私はぁ、ハシビロコウが見たいんですー!」
「何でそんなビミョーなとこ突いてくんのアンタは!!」

 階下でのやり取りに、アキラが小さく噴き出す。平和だ。まさに平和そのものだ。
 その平和な時間が、またも引き裂かれることになるなどとは――知る由もない。


***


 動物園の道脇には、草の生い茂るスペースがある。そこに小さな生物がいた。いや、正確に生物かは分からない。今まで見たことのないものだからだ。虫に酷似したそれの身体は金属でできており、三対の足を蠢かせて音もなく檻の一つへ近寄っていく。
 そこは悠々と水中を泳ぎ回るペンギンの檻だった。子供連れの家族が多く集まり、辺りは騒がしい。虫は柵を乗り越えてポチャンと水に落ちると、驚いたことに器用に足をばたつかせて泳ぎ始めた。目指す先には一羽のペンギン。
 ――ふと、少年の一人が母親を仰いで言った。

「ママ。あのペンギンさん、何かおかしいよ?」

 少年の指差した先では、ぶるぶるとペンギンが震えている。病気かしら――と呟いた母親の声は、一瞬後に悲鳴に変わった。
 突如にしてペンギンの身体を細いケーブルが覆い、見る見る内に肥大していったのだから無理もない。パニックになった客が逃げ惑う中、ケーブルの塊はカッと閃光を放ち、その全貌を露にした。
 黒光りする重厚なボディ。丸い瞳は赤い光を宿し、ギラギラと輝いている。
 禍々しい姿のロボットは――確かにペンギンの形を模していた。


 ――急に騒がしくなった園内の様子に気づき、ハカセは足を止めた。後ろから迫る足音と悲鳴は尋常ではない雰囲気を醸し出していて、彼は不安そうな声音で前を行く仲間を呼び止めた。

「ねえ、何だかおかしいですよ。みんな慌ててるみたい」
「えー?」

 何のことだと振り返った他の面々も、ただならぬ様子に立ち止まる。その時、真上のスピーカーから緊急放送が鳴り響いた。

『園内の皆様、速やかに出口へ避難して下さい! 繰り返します、速やかに――』

 放送が鳴り終わらぬ内に、タカシが人々の波に向かって走り出した。

「あっ、ちょっと! タカシ!?」
「ちょっと見るだけ! 先行っててー!」

 肩越しに振り返りながら叫ぶ彼の姿は、あっという間に人波の中に消えてしまった。追い掛けようにも押し寄せる人の勢いはすさまじく、身動きが取れない。せめてはぐれないようにと三人は身を寄せ、手に手を取り合った。
 恐慌状態の人波に呑まれれば、彼ら子供は踏み潰されかねない。――が、完全に彼らが群れの中に消える前に、誰かの腕がばっと三人の身体を包み込んだ。

「良かった、ここにいたのか!」

 次いで、上から聞き慣れた声が降る。子供たちはぱっと顔を安堵に染めた。

「古西先生!」
「おう、みんなの味方、古西先生だぞ。さあ、緊急避難だそうだ。みんな早くここを出るぞ!」
「でも、タカシが・・・・・・。あいつったら、一人でどっか行っちゃったの!」

 バカなんだから! と付け加えつつも涙目のうららと人の走りくる道の向こうを交互に見て、古西はぎゅっと眉を寄せた。

「全く・・・仕方ないなあいつは。大丈夫、先にお前たちを送ったら先生がちゃんと連れ帰るからな」

 先生の言葉に安心したのか、幾分強張っていた子供たちの表情が和らぐ。彼らを庇うように出口へ駆け出しながら、古西はちらりと後ろを振り向いた。

(危険な目に遭ってないと良いんだがな・・・)


 そんな心配をされているとは露知らず、当のタカシは人混みの合間を縫って走っていた。だがある檻に目を留めるや、名案思いついたりといった顔で目を輝かせた。

「この檻、登っちゃえば良いんだ! そしたら向こうまで見えるしねっ」

 好都合なことに檻が埋め込まれているのはゴツゴツした岩で、登るには十分の傾斜ととっかかりがある。ぱっと飛びついた彼は、難なくするするとてっぺんまで登ってしまった。

「何がどうなってるのかな・・・・・・ん?」

 見通しのよくなったタカシの視界には、奇妙なものがいた。黒光りする巨大な物体がゆっくりと前進しているのだ。

「な・・・何、アレ? まさか、昨日のヘビもどきみたいな――?」

 ゾクッと身を震わせるタカシの見ている前で、その物体は甲高い叫び声を上げ、大きくヒレのような手をはばたかせた。


 ヒレは開き切ると肩となり、内側から腕部分が分離し、その先から腕が現れた。
 巨体がゆっくりと持ち上がり、腰部で展開して、折り畳まれた脚部が露になる。
 同時に頭部が胸へと倒れ、首からロボットの頭部が現れた。
 頭部からはツノのような刺が伸び出し、V字型のバイザーには赤い光が輝いている。
 変形を終えたロボット、ギンペリーは、両拳を握ると空へ向かって大きく吠えた。


「やっ・・・やっぱりロボットだ! って、ヤバい! こっち来る!」

 空高く余韻を引く咆哮を上げ終えたギンペリーは、今やゆっくりと巨体の方向を変えていた。赤黒いバイザーがタカシの姿を捉える。彼の背筋に震えが走るのと同時に、ロボットの胸部に納まるペンギンの頭――その丸い瞳がギラッと光り輝いた。
 ――何!?
 少年が声を上げる間も許さず、二筋のビームが瞳から放たれた。
 その光が地面や壁に当たって弾けると、見る間に辺りを氷結させていく。

「な、何これ、冷凍ビーム!? ・・・・・・うわっ!」

 氷がついに足場の岩まで侵蝕し始め、思わずタカシはぐらりとバランスを崩してしまった。


「うわ―――――――っ!!」


 落ちる先には伸びた氷柱! ――しかしタカシの身体が串刺しになることはなかった。すんでのところで飛び出したイグニスが、空中で彼を抱き留めたのだ。

「大丈夫だったか、タカシ?」
「た、助かったぁ〜〜〜っ・・・・・・」

 薄氷が張っているものの、無事に平らな地面へ降り立てた安堵からか、タカシが盛大に溜息を吐く。その様子に、どうやら怪我はないようだな――とイグニスは小さく笑った。
 しかしそんな余裕を敵が許すはずもない。ギンペリーは絶え間なく冷凍ビームを放ち、イグニスらをいぶり出そうとしているようだ。

「イグニス、あんな強そうなの、どうやって倒すのさぁ・・・?」

 心配そうに見上げる少年に、けれどイグニスは笑みを崩さなかった。

「そんな顔されたら、パワーが出ないよ。信じていてくれ、絶対勝てるって!」

 そう言われて、タカシの脳裏に昨日の出来事が浮かぶ。

     『絶対勝つんだ!』

「・・・うん! 僕、信じてる!」
「よしっ!!」

 強く頷いたタカシを確認するや、イグニスが気合いの一声と共に駆け出した。

「止まれ! オレはGOD機動隊のイグニスだ! これ以上破壊行為を繰り返すなら、こちらも武力制圧をさせてもらうぞ!」

 ギンペリーの進路に立ち塞がり、イグニスが叫ぶ。その腕にはもうイグニキャノンがスタンバイしており、いつでも応戦できる状態だ。
 彼の声が聞こえたのか、それとも単に前を塞ぐ障害物に気づいたのか、ギンペリーの歩みが止まった。ぐぐっと下を向き、足元にいるオレンジ色の塊を見下ろす。
 と、次の瞬間、平たく大きな足をイグニスの上に勢いよく振り下ろした!

「うわっ・・・!」

 超重量の直撃を受け、潰れたかに見えたイグニス。しかし土煙の晴れた先には、踏みつける足を何とか支えている彼の姿があった。無事だと分かりホッとするのも束の間、このままではいずれ潰されてしまうだろう。

(何とかしなきゃ・・・。でも何とかするって、何をどうするのさ?)

 注意を逸らしたくても、敵の重厚なボディの前にはちょっとやそっとの抵抗は虚しそうだ。周りの檻からは、動物たちの怯えた鳴き声が絶え間なく聞こえてくる。

「っ・・・・・・がんばれ・・・!」

 ぐっと小さな拳を握ると、タカシは顔を上げた。何故かは分からないが、自分にできる最善のことが分かった気がしたのだ。
 思い切り息を吸って、天に届かんばかりに叫ぶ。

「がんばれ、イグニス! 負けるなぁ――――――ッ!」

 その励ましが、イグニスの元へと届いた。ぐぐ・・・と少しずつ、ギンペリーの足が持ち上がっていく。じりじりと巨体を押し返す彼の瞳に宿るのは、希望に満ちた強い輝き。

「うおおおおあああぁぁぁっ!!」

 ぐっと足を踏みしめ直したイグニスが一声叫ぶと、ついにギンペリーの身体がぐらりと揺れ、巨躯を持てあました敵はふらふらとよろめいてから、地響きを上げて尻餅をついた。その下からすっくとオレンジの姿が立ち上がる。

「これ以上、動物園の動物たちを怖がらせるわけにはいかないな」

 周りから立ち上る動物たちの悲鳴の嵐を聞き、イグニスが呟く。それを待っていたかのように、彼の通信機からアキラの声がした。

『まだ実験段階だけど、マグネフィールドを使用しましょう』
「マグネフィールド?」
『ええ、市街戦対策に開発してる戦闘フィールドよ。ミズキ、ポイント特定お願い!』

 アキラの命を受け、ミズキの指がキーボードを滑る。メインモニターに映し出された戦闘風景とリンクし、次々とミズキのパソコンにもウィンドウが開き重なっていく。

「――特定完了っ! 射出準備、70%進行!」

 GODビルの最上部から射出筒がせり出し、ガチャンと固定される。そしてメインモニターの右端にバーが現れ、射出準備の進捗を示し出した。それを見ながら、アキラはピアスに内蔵された通信機へと語り掛け続ける。

「この装置は敵をポインティングして包囲した後、上空で戦闘用の隔離フィールドを形成するものよ。ただし、これはまだ実験段階。持続時間は3分しかないわ」
『・・・それで十分です』

 一テンポ置いて、イグニスが力強い返答を返した。アキラがホッと息を吐いた時、ちょうどモニターのバーが点滅した。待ってましたとばかりにミズキがデスクのスライドを開き、中に隠されていた緑のボタンを露にする。

「射出準備完了! いっきますよぉーっ!」

 ぶん! と高く挙げられた拳が、力いっぱいボタンを叩いた。その過剰パフォーマンスに隣席のユイリは思わず苦笑してしまう。
 モニターにきらめく『PERMISSION』の文字。射出筒から光が放たれる。光は一直線に動物園へ――標的であるギンペリー目指して飛び込み、その身体を前にするとパッと八つに広がった。

「わっ、何!?」
「大丈夫だ、タカシ。・・・どうやら、あの装置がフィールドを展開させるみたいだな」

 その言葉通り、ギンペリーの身体の周りに広がった八つの装置は長方形に並び、磁気の檻で敵を包囲したまま上昇して、半透明な磁気フィールドを形成した。中に囚われたギンペリーが磁気でできた壁を殴りつけたが、壊れる様子はまるでない。

「――イグニス隊長!」

 すぐにも戦いを――と飛び立とうとしたイグニスを、駆け寄りながらGODの隊員が呼び止めた。警察や救急と協力して観客の避難を行なっていたレスキューチームの一人である。彼はウェストポーチから一枚のバッヂを取り出し、それをイグニスの手に握らせた。GODのロゴの入ったそれを、隣に並んだタカシも不思議そうに見る。

「もしもの時は渡してほしいと、主任に頼まれていたんです。あのマグネフィールドには安全性の考慮から、このバッヂを持った者しか入れないようになってるそうで」
「分かった、ありがとう」
「よろしくお願いします! さ、キミはこっちへ――」

 おいでと伸ばされた腕をすり抜け、タカシは上昇し掛けたイグニスにぱっと抱きついた。思わず抱き留めてしまった彼が素頓狂な声を上げる。

「タカシ!? 危ないから来ちゃダメだ!」
「ヤダよ、絶対降りないから! それに、早くしないとダメなんじゃないの?」

 ニヤリと笑いながら上を指され、フィールドを見上げたイグニスは大きく溜息を吐いてタカシを小突いた。こうなると、この少年がてこでも動かないことは分かっている。確かに彼の言う通り、押し問答をしているヒマはない。

「全くもう! ・・・危険なことはダメだからな!」
「分かってるって!」

 タカシを抱えたままフィールドに辿り着いた彼は、受け取ったバッヂを壁に向けてかざした。敵が殴っても通り抜けできなかった壁は、バッヂに反応してバチバチとスパークを散らし、二人の身体はゆっくりと中へ飲み込まれていった。
 それをメインモニターで見ていたアキラたちは、示し合わすこともなく呟いた。

「・・・がんばって、イグニス・・・。」


***


 マグネフィールドの中は思ったよりも案外広く、四方の壁は磁気越しではあるが半透明なので、眼下の風景が見て取れた。その中央では、閉じ込められ怒り狂ったギンペリーが仁王立ちになっている。怒りの矛先を見つけたバイザーが、ギラリと凶悪に光った。

「タカシ、下がってろ!」
「うん! 負けないで、イグニス!」

 分かってる――と頷いた彼は、右手を剣に換えるとギンペリーに向かい合った。巨体が繰り出すパンチを軽く避け、一瞬で腕を駆け登る。振り払おうと敵が腕を振るうより一息前に、さっと胴体へ跳び移って、さらに上を目指した。鮮やかな動きに、タカシがうわあっと歓声を上げる。

「イグニブレードッ!」

 関節を狙って振り下ろした剣先は、けれどもガギンッと嫌な音を立てて弾かれた。

「なっ・・・うわっ!」

 慌てて二撃目を打ち込もうとしたイグニスに払い手が迫る。それをジャンプして避け、頭を飛び越えて反対側の肩へ着地したイグニスの目が、何かを捉えた。ギンペリーの背中の真ん中辺りに、何か小さなものが貼りついているのだ。ボディの色と同化していて分かりにくいが、微かに赤く点滅する目のようなものが見える。

(何だ、あれは――?)

 ああいうものを何と言うのだろう。何か似たものを知っている。データベースをフル検索したイグニスは、すぐに答に辿り着いた。

「そうか、寄生虫だ・・・!」

 ――寄生虫。ロボットに寄生する虫が居るとは思えないが、きっと何らかの要因であの虫に取りつかれ、操られているのだとしたら――。
 この硬いボディを破壊しなくても、あの本体さえ倒せれば・・・!
 そこまで考えたイグニスの思考回路は強い衝撃を受けて中断された。がむしゃらに振り回されたギンペリーの手の指先が胴を掠め、吹っ飛ばされたのだ。敵に比べれば小さな身体は呆気なく宙を飛び、磁気壁に当たって止まると、そのまま床へ落下した。

「イグニスっ! 危ないよ、踏みつぶされちゃう!」

 タカシの言葉通り、ゆっくりとギンペリーの身体が近づいてくる。しかしイグニスの身体はそれより早く動くことができなかった。だんだんと足が上がり、覆い被さってくる――。

「――てやあっ!!」

 ガィン――とステンレスの凹む音が響いた。ギンペリーの首がぐるりと横を向く。その先には、リュックから出した弁当の包みをひっ掴んだタカシがいた。足元には、ベコリと凹んだ水筒がコロコロ転がっている。

「これでも食らえっ!」

 投げつけた弁当箱はギンペリーの身体で弾け、壊れた蓋が外れて中身がバラバラと散った。もちろんその程度でダメージが与えられるわけもなく、今度はタカシの方を目指しギンペリーの足が向いた。慌てて水筒を拾った彼は、フィールドの端へと逃げていく。
 しかし、ここは区切られたフィールドの中だ。逃げればすぐ壁際まで追いつめられてしまう。バッヂを持たないタカシが外へ出ることはできず、壁に阻まれて立ち竦んだ。
 振り返ると、すぐそこまで敵が迫ってきていた。獲物が逃げられないと分かり、ギンペリーが低い唸り声を上げる。どこかニタついた響きを持つ声音は、タカシの頬に嫌な汗を流れさせた。
 胸のペンギンの目が光る。――冷凍ビームだ! 手を顔の前で交差させ、タカシはギュッと目を瞑った。
 少年を狙い放たれるビーム。
 光の奔流に、イグニスも思わず目を閉じる。

「――ガアァッ・・・・・・!?」

 だが、予想に反して上がったのは、ギンペリーの戸惑う声だった。えっ、と顔を上げたタカシが急いで自身の身体を眺めるも、やはりどこも凍りついてはいない。

「タカシ・・・!」
「イグニス!」

 よろめきながらも駆け寄ってきたイグニスにひしっと抱きつき、タカシはギンペリーの足元を指差した。

「見て! あいつの足、凍ってる!」

 しっかりと地に縫い止めるように凍りづけにされた両爪先。敵は何とか足を引き抜こうともがいているが、上半身をふらつかせることしかできない。
 ふとタカシの手元へ視線をやったイグニスが声を弾ませた。

「そうか、反射だ! タカシの水筒が鏡の代わりになって、あいつのビームを反射させたんだな!」

 ぽつねんと転がっている、凹んだ水筒がどこか誇らしげに見える。

「今がチャンスってことだ。タカシ、分かってるな?」
「うん! ちゃんと下がって見てるよ!」

 力いっぱい頷いて駆け去る姿を横目に、イグニスが強く地を蹴った。凍りづけの足を駆け登り、振り回される手を躱し、背後へと回り込む。バーニアを点火させ、一気に目標へ迫る!
 タカシの足元では、マグネフィールドが不穏な音を立てていた。そろそろ時間切れだ。フィールドが消えれば彼らは敵もろとも真っ逆さまに墜ちてしまうだろう。

「――がんばって、イグニス!」

 声を背に、イグニスの足がさらに速く駆ける。狙うのはギンペリーの本体ではなく、その背中に貼りつく寄生虫。眼前に迫る、明滅する赤い目。手を伸ばし、虫の身体をわし掴み――、
 引き剥がした!


「グガアアアアアアァァァァッ!!」


 ケーブルのような虫の脚が背中からブチブチと引き抜かれると、ギンペリーが身体を反らして絶叫を上げた。まずい! と急旋回して飛び戻るイグニスの背後で、敵の身体から迸る閃光。ボアコンダーの時と同じく、咆哮を上げながらその身体が爆発した。

「うわっ・・・!!?」

 爆風に背を押されてバランスを崩したイグニスの手をタカシが掴む。するとその瞬間、大きな音がバチッと鳴り響き、マグネフィールドも出力を停止し、消滅した。

「えっ? わっ、うわああああっ!」

 足場をなくしたタカシの重量がもろにイグニスの腕に掛かる。重心をずらされきりもみになりそうな身体を、バーニアをフルバーストさせて何とか持ち堪える。ゆっくりと落下しながら、彼はタカシの身体をしっかり抱き締めた。

「――イグニス隊長!」

 地面へ無事降り立ったイグニスをレスキューチームが取り囲む。彼らに交じり、タカシのよく知る声も聞こえた。

「タカシ! 無事だったか、良かった!」
「古西先生!」

 今にも泣き出しそうな顔をしていた彼の担任は、駆け寄る彼を抱き締めた後、思い切りこめかみをぐりぐり押しながら 「このバカ! 心配したろうが!」 と笑った。
 痛い痛いと身を捩ったタカシの視界に、同じく心配そうな顔の仲間たちが飛び込んだ。

「タカシ! 良かったぁ、ケガはない?」
「急にどこか行っちゃうから、心配しましたよ!」

 口々に無事を祝うゴーとハカセの後ろで、ふるふる震えているうららを見て、タカシの眉がハの字に下がる。

「う・・・うららちゃ・・・、」
「バカっ! あたしたちにすっごい心配させて、許さないんだから! バカバカバカ!」

 めちゃくちゃに拳を叩きつけながら喚くうららを止める二人。しかし彼女の目にはうっすら涙が溜まっていて、タカシも思わずごめん――と呟いてしまった。それを聞き、ようやくうららの気も収まったようで、イグニスたちもホッと胸を撫で下ろす。
 だが突然、ハッと顔を上げたタカシがくしゃりと顔を歪めるや否や、うわあああんと大声で泣き出した。怪我でもしてたか!? と慌てる面々。しかしタカシの口からは、気の抜けるような台詞が飛び出した。

「姉ちゃんが作ってくれたお弁当、バラバラになっちゃったー! 僕だけお弁当ないー! うわあああん!」

 大泣きするタカシを前に、何だそんなことか――と盛大な溜息が周りから漏れた。

「何だかんだ言っても、まだ子供だなぁ」

 だがその子供の声援でパワーを満たす自分がいることを、今回の事件でイグニスは確信していた。
 そして、だんだんに敵の力が上がっていっていることも――。



To be continued...



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