時は2001年。 その日、東京湾に謎の飛行物体が落下した。それは政府によって引き揚げられ、様々な研究の基となり、やがて、とある研究チームへと託された。彼らにより解析は進み、このUFOが脱出用の緊急ポッドであることが判明した。さらに、搭載された「もの」の正体も。 まるで羊水に沈めたかのように優しく安らかにポッドに抱かれていたのは、一つのAI。そこに込められていたのは、地球の技術を遥かに超えるオーバーテクノロジーの数々と、とあるメッセージ。 『 星 を 喰 ら う 意 思 を 撃 退 せ よ 。 』 ――今、10年の時を経て、この地球に危機が訪れる。 *** 授業終了のチャイムに歓声を上げる子供達。館山(たてやま)小学校の日常風景である。 教科書をたんと食わせたリュックを背負った少年――友信タカシも、みんなと同じくうきうきした足取りで教室を飛び出し、昇降口まで一気に駆け降りていく。だが、ピロティを通り抜けるところで掛かった呼び声に、急いていた足をぴたりと止められた。 「タカシー、サッカーしようよー!」 どっしりした体格の少年がサッカーボールを頭上に掲げて呼んでいた。その隣には大きな本を抱えた、いかにも博識そうな眼鏡の少年もいる。 「ごめーん! 今日はパス!」 ぱん、と手のひらを合わせて拝む仕草をしたタカシに、何で? とボールを抱えた少年、土谷ゴーが首を傾げる。そんな彼に、非難がましく高い声が突き刺さった。いつの間に来たものやら、クラスメートの瀧川うららだ。 「もう、ゴーったら忘れたの!? 今日はタカシのお姉さんが早退する日でしょっ!」 「うららちゃん、覚えてたんだ?」 「当然!」 ふふんっと自慢げに胸を反らせた少女に、ゴーが苦笑した。そんな彼に追い討ちを掛けるよう、隣にいた少年は溜息を吐く。 「ほんとにゴーくんは物忘れ激しいんだから」 「あはは、ゴメンよハカセ!」 ハカセと呼ばれた少年は仕方ないと言わんばかりに肩を竦めると、今度はタカシへと顔を向けた。 「お姉さん、いつもお仕事忙しいんでしょ? 今日は早く帰って、一緒に過ごした方が良いよ」 「そうよ、タカシ! さ、早く帰る帰る!!」 ぐいぐいとうららに背中を押され、たたらを踏んだタカシは、くるりと友達を振り向いてにっこり笑った。 「みんな、ありがと! また明日ね!」 他愛ない日常。人々は忙しなく毎日を繰り返している。その平穏を引き裂こうとしてか、一筋の光が地球目指し突き進んでいた。帰路を急いでいたタカシがそれを目撃したのは、ほんの偶然。ブロック塀で昼寝をしていたネコの威嚇に驚き、空を見上げた彼の視界を貫く、細く白い雲の筋。 「なに、あれ――・・・?」 「それ」は一直線に空を裂き、小山の人工林へと突っ込んだ。一部始終を見ていた彼はハッと我に返り、人工林へ向かって一目散に駆け出したのだった――。 *** ところ変わって、ここはとあるビルの地下の一室。大きなモニターの前にはコンピュータデスクが並び、機材がところ狭しとひしめいている。コンピュータの前には二人の女性が座り、仕事をこなしていた。 すると、一方の女性が明るい声を上げ、次いで後方のテラスを振り仰いだ。ちょうどデスクの後ろへせり出した二階部分は、彼らの内で『テラス』と呼ばれている。そこにいた人影が少し身を乗り出し、下の女性を見下ろした。 「ミズキ、どうしたの?」 「UFO−2の落下地点、特定できましたぁ! Fブロック5−8地点ですよぉ」 とミズキと呼ばれた女性答える。きゃぴきゃぴした声音だが必要な情報はしっかり伝わったようで、影は一度引っ込み、今度は声だけで、モニターに映して――と指示を出した。 「分かりましたぁ! ――あら? もう現場に人がいるみたいですよぉ?」 「民間人?」 「そうだと思いますけど・・・映しますね〜!」 ミズキの指がキーボード上を滑る。それに合わせて、壁一面に設えられた大モニターに人工林の景色が映し出された。テラスの人影が息を呑み、今度は今まで黙っていたもう一人の女性がテラスを仰いだ。 「ちょっとアキラ、あれって・・・・・・」 心配そうに紡がれた言葉に一瞬遅れて、凛とした声が応える。テラスに立つ影は、凛々しく美しい女性だった。 「今は仕事中よ、ユイリ。あの子にすぐ現場に向かうよう指示を出して」 「オーケー!」 ハキハキした返答を返し、ユイリはさっと自分のコンピュータへ向き直った。 すると息を吐く間もなく、テラスにあるエレベータードアが開き、ひょろっとした男性が顔を覗かせた。 「すみませんアキラさん・・・なかなか準備手間取っちゃって。――あれ、もしかしてUFO−2の落下地点、特定しました?」 アキラが頷くと、彼は慌てた様子でまた廊下へと引っ込んだ。 「そ、それじゃ僕、回収チーム率いて行ってきます!」 「念のため、救急チームもお願いね。マツウラくん」 マツウラと呼ばれた男性は人の良さそうな顔をきりっと引き締め、ドアの向こうへ消えていった。それを見届け、またモニターへ向き直ったアキラは、映像をじっと凝視した。モニターには、土塗れになり破損しているUFOと、その傍にしゃがみ込むタカシの姿が、ちらちらと光粒子に形取られて映し出されていたのだった――。 *** 「うわあ・・・・・・っ!」 早速人工林へ入り込み、目的の物を見つけたタカシは思わず目を輝かせて駆け寄った。夢に溢れた子供なら誰しも、目の前にUFOが落ちていたら同じ行動を取るだろう。 しかし、頭から土に突っ込む形で地面に横たわった機体からは何の反応も窺えない。最初は棒でつついていたタカシも、今は素手でペタペタと躊躇なく触っている。それでも十分、興奮に拍車を掛けるものだ。 「すっごい! UFO触った小学生なんて僕だけだよね! 明日みんなに自慢しよーっと!!」 きゃっきゃと一人はしゃいでいた彼の上に、ふっと影が落ちた。え――と振り返った彼は次の瞬間、肺が空になるほど思い切り絶叫を上げた。 「うわああああっ、蛇だー!」 ――数メートルはあろうかという大蛇が、鎌首をもたげて自分を狙っているというこの状況。悲鳴を上げずにはいられない。逃げなければいけないと頭では分かっているのに、足が竦んで動けないでいるタカシの目の前で、蛇はカッと大口を開けた。 (食べられる!) あまりの恐怖に固く目を閉じ、うずくまる少年。頭から飲み込まれる未来を予想して、そして――、 ギュルルルルン! その時、高らかにバイクのエンジン音が響き渡った。恐怖を忘れ、ハッと目を開けると、ちょうどそこは鮮やかなオレンジ色の塊が眼前を通過していくところだった。蛇の首に体当たりしたそれは大蛇を地面に叩きつけ、自身は華麗に着地した。ドルンッとエンジンを蒸かす音がする。 ――それはバイクだった。そして、それを操っているのは人間ではなく・・・人型のロボットだ。 「何とか間に合ったみたいだな。大丈夫か、キミ?」 バイクと同じオレンジ色のボディをしたロボットは、今しがた襲われていたタカシへと、心配そうに手を差し伸べた。しかし少年はぱちぱちと瞬くばかりで、一向に手を取る気配がない。もしかして怪我をしてるのか――とロボットが問い掛けようとした、瞬間。 「すっっごいや! ロボットだ! ロボットが喋ってる! うっわあ僕、ロボットに助けられちゃった!」 突然歓喜の叫びを上げて立ち上がったタカシに気圧され、ロボットはびくりと身を引いた。そしてなおもはしゃぎ続ける子供を前に、視線を彷徨わせると困ったように頬を掻いた。そんな彼の戸惑いをよそに、タカシの勢いは留まるところを知らない。けれど、何とか自分の世界からは戻ってきたらしい。自己紹介をする余裕くらいは、少なくとも生まれたようだ。 「僕、友信タカシ、館山小学校4年生! ねえねえ、名前教えてよ!」 「友信・・・・・・?」 一瞬、何か引っ掛かった表情を浮かべたロボットだったが、思うところがあるのか、すぐその表情は引っ込めた。代わりににこりと笑い、少年の問いに答を返す。 「オレはI-gnis(イグニス)。地球防衛組織GOD(Grand Omni-Defencer)の機動隊長だよ」 「うわっ、カッコイイ! GODって僕知ってるよ、ニュースで見た!」 「ニュース? ああ・・・一ヵ月前の、大々的な活動開始の宣言を行った記者会見かな。そう、そのGODだよ」 そう言い終えると、イグニスは通信回線を開き、本部へと連絡を取り始めた。横からタカシが興味津々で見上げてくるので、随分やりにくそうだ。 「こちらイグニス。民間人は無事保護しました。・・・分かりました、対象を調査します」 生真面目な声で、上司らしい人物と会話を重ねた彼は、回線を切ってタカシに向き直った。 「さあ、キミはもう家に帰らないと」 ――ええっ!? その言葉に、タカシはあからさまに不満げな声を上げて膨れてしまった。こんなわくわくする状況をあっさり終わりにするなんて、絶対に嫌なのだ。 「僕も調査手伝うよ!」 「ダメだ、何が起こるか分からないんだから」 「僕、この林では良く遊ぶんだ。イグニスより詳しいよ、きっと!」 無理にでも追い返そうとしたイグニスの動きが、ぴたりと止まる。しばらく苦い目つきで悪企み顔の少年を見下ろしていたが、やがて仕方なさそうに肩を落とした。 「分かったよ、調査したらちゃんと帰るんだぞ?」 「うん! やったあ!」 嬉しそうにガッツポーズを取る姿を見て、イグニスは人知れず溜息を零した。どうも自分は押しに弱い。 「・・・いけない。仕事しないとな」 人間らしい溜息を吐き、イグニスは大蛇を調べようと一歩踏み出した。 ――その瞬間、倒れていた蛇がカッと目を見開き、太い尾を振るってイグニスの身体に薙払いを掛けてきたのだ。唐突すぎる攻撃に対処できるはずもなく、彼は横ざまに弾き飛ばされ、木の幹にぶつかって崩れ落ちた。 「イグニスっ!?」 タカシが駆け寄り、イグニスの傍へとしゃがみ込む。 「大丈夫だ・・・。だけど、今の衝撃・・・あいつ、有機体じゃないぞ!」 よろめきながら立ち上がったイグニスと、彼を支えるタカシの前で、大蛇が雄叫びを上げた。そしてイグニスの言葉を肯定するかのように、大きく身体をうねらせた。それを合図として、見る見る内に蛇の身体が展開し始める。 蛇の胴から腕と足が分かれ、頭が両断されてそれぞれ肩に装着、畳まれていた爪先が開く。 ガシンと音を立てて尾が伸び、腰の後部と連結する。 最後にロボットの頭部と、背部に排気筒が二本現れ、瞳に光が灯った。 雄叫びと共に、排気筒から蒸気の煙が上がる。 「へ・・・蛇がロボットになっちゃった・・・!?」 「とにかく、地球の生物じゃないことは確かだな」 キッと蛇型ロボット――ボアコンダーが二人を睨めつけた。ひっ、と息を詰まらせたタカシを背後に庇い、イグニスが前に進み出して身構える。素手と思われたイグニスの両腕から二門の砲筒がせり出し、金属音を立てて固定された。武器を得た腕を前方で構え、イグニスも敵を強い視線で捉える。 「イグニキャノン!!」 声と同時にカッと砲口が光り、次々にビーム弾を放つ。弾はとっさに防御を取ったボアコンダーへと着弾し、衝撃で巨体がぐらりと後ろへ傾いだ。その隙に、イグニスはタカシの背を強く押した。 「安全なところまで逃げるんだ!」 「う、うん!」 先ほどまでの駄々とは反対に、素直に頷いて走り出すタカシ。このまま傍にいれば巻き添えになる。それが分からないほど子供ではないつもりだ。慌てて木々の合間に走り込み――そのまま林を出ず、飛び込んだ茂みからそっと顔を覗かせた。ロボットとロボットの対決。それを打ち捨てて逃げてしまえるほど、大人なわけでもないのだ。 タカシが静観する中、イグニスとボアコンダーの対決は一進一退の白熱ぶりを見せていた。巨体を活かして肉弾戦を仕掛ける敵を上手く躱し、イグニスもキャノンで応戦する。しかし、避けてばかりもいられない。体格の違いから見て、長期戦になればイグニスが不利に違いない。 勝負を早くつけなければ――だが、そう考えたのはイグニスだけではなかった。急に強く踏み込んだボアコンダーが一気に間合いを詰め、鋭い爪を振りかぶったのだ! 危ない・・・――! 思わず腰を浮かせてしまったタカシだったが、次の瞬間大きく安堵の溜息を吐いた。 キャノンの代わりに、今度はイグニスの両腕から刃が伸び、敵の攻撃を受け止めていたのだ。手首部分から突き出した刀身は、やがて燃えるように赤く輝き出した。 「うおおおおっ!!」 気合い一閃、力任せに押し退けた敵目掛け、イグニスが飛び掛かった。二振りの剣を交差させ、一気に振り抜く。 「ファイアークロス!!」 ザンッ! 振り切った刃が赤い軌跡を描く。地面に降り立ったイグニスの背後で、胸に十字架の傷跡を抱えたボアコンダーがよろめき――倒れた。 「ぃやったあ、倒しちゃった! さっすがぁ、すごいやイグニスーっ!」 喜び勇んで飛び跳ねるタカシへ、イグニスはにこりと微笑んだ。何はともあれ、無事で良かったと。しかし彼が少年へと歩み出した、その時。 ――急に長い尾がイグニスの身体に巻きつき、軽々と宙へ吊り上げた。 「うぐっ・・・うああああっ!」 「イグニスっ!?」 「来るな、タカシ! キミは・・・逃げるんだ!」 苦しげな声で言うイグニスを見上げたタカシの足が竦む。倒れ伏した状態から徐々に起き上がり始めたボアコンダーの姿も、恐怖に拍車を掛けたのだろう。 「は・・・早く・・・!」 逃げろと言う。生意気なことを言うとでも思ったか、一際強く尾が締まり、イグニスは大きく仰け反った。 「うっ、ぐぁ、うわあああああッ!」 ――! 瞬間、固まっていたタカシの手足が自由になった。 「やめろぉっ、イグニスを離せ! 離せ離せぇっ!」 そう叫びながらしゃがみ込むと、タカシは手当たり次第に落ちていた物を敵に向かって投げつけ始めた。小石や枝がピシピシとボアコンダーのボディに当たって跳ね返る。自分でも何をしているのか良く分からなかったけれど、とにかくイグニスを助けなければいけないと、身体が勝手に動いていた。 少年の攻撃など毫ほども効いていないが、目障りには違いない。イラついた目が、ぎろんとタカシを捉えた。 「ひっ・・・!?」 まるで蛇に睨まれたカエルのように身動き出来なくなり、彼は小さく息を飲む。ズシンと一歩、ロボットは少年へ踏み出した。やめろ――とイグニスの掠れ声が漏れたが、ボアコンダーの足は止まらない。 ついにボアコンダーがタカシの眼前に立ち塞がった。 見上げるほどの巨体。捕らえたイグニスを高くかざし、その下から赤く恐ろしい目が見下ろしてくる。 ――その目を、タカシは見返した。大きな目に涙を溜めながら。 「こ・・・怖くないもん! イグニスが居るから怖くないもん! ヒーローはこんなとこで負けたりしないんだぞ、絶対勝つんだ! お前なんかに負けたりしないんだ!」 拳を固く握り、両膝を必死で伸ばして大地を踏み締めながら、タカシが叫ぶ。鋭い爪を敵が振りかざしても、真っ向から目を逸らさずに。 敵の爪が。 振り下ろされる――! 「やめろおおおぉおぉぉおっ!!」 突然、辺りに強い光が満ちた。まるで星の爆発のような閃光に、タカシも敵も思わず両腕で顔を庇ってしまう。 光の中、何かを引き裂く音、そして咆哮が尾を引く。光が晴れる。そっと目を開けたタカシの前に――、 「イグニス!!」 薄い白煙の中、地面に立つ姿。その身には超高温で熔けちぎれたボアコンダーの尾が纏わりついている。腕を振るって残骸を払い、イグニスは損傷の痛みに吠える敵をぎん、と睨み言い放った。 「オレはお前には負けない。――タカシがそう信じてくれたから、オレは・・・お前を、倒す!」 イグニスの言葉の終わりと同時に、ボアコンダーが突っ込んできた。それを跳び退いて避け、両腕をイグニブレードへ換装。地面を踏むや否や相手へ斬り掛かる。 しかし敵もそう簡単にやられはせず、熱く燃える刃を両爪でがっちりと受け止めた。拮抗する押し合いの中、慌てて安全圏まで離れたタカシを確認すると、イグニスはありったけの力を込めて剣を振り払い、敵の身体を跳ね飛ばした。 たたらを踏むボアコンダーが避ける隙を与えずに。 今度は銃を起動させ。 キュイン! とエネルギーの集束音を鳴らして、銃口が光る。胸のボタンがチカチカと明滅を始めた。 「イグニキャノン・フルバースト!!」 放たれた光の弾は一直線に連なり、次々に敵を貫いた。 悲鳴に似た咆哮を上げ、ボロボロになったボアコンダーの身体から閃光が迸る。 ハッとしたイグニスが走りながら叫んだ。 「爆発するぞ! 伏せろ、タカシ!」 驚いて飛び上がったタカシがすぐに茂みの中へ消える。それを確かめ、イグニスも走った勢いのまま地面へダイブした。 そのすぐ後ろで、轟音を破裂させ、敵のボディが木っ端微塵に吹き飛んだのだった。 物凄い爆風が木々を反らせ、幾本かをメリメリと音を立てて薙ぎ倒していく。まともに煽られたタカシは、うずくまった形のままゴロゴロ転がって木にぶつかり、ぎゃっと悲鳴を上げた。その上に、金属片がパラパラと舞い落ちる。 だが思っていたほど爆炎は拡がらず、風が治まった後、そっと顔を出した時にはそこかしこにパチパチはぜる小さな火の元があるだけになっていた。 「イ・・・・・・イグニス・・・?」 恐る恐る名前を呼ぶ。すると、少し離れた倒木の向こうから見覚えあるオレンジ色の姿が立ち上がった。 「オレならここだよ」 全身泥と傷に塗れながらも笑うイグニスを見て、タカシの顔がぱあっと輝く。駆け寄り、倒木を乗り越えた勢いのまま、彼の首にかじりつくようにして抱きついた。 「イグニス! 良かった、無事だったんだね!」 「はは・・・それはこっちも同じだ。怪我がなくて安心したよ、タカシ」 「うん!」 とその時、少年を抱きかかえたイグニスの足がふらついた。少年を下ろし、彼は木の幹に背中を預けて寄り掛かる姿勢になった。見れば、背部のバックパックがバチバチと火花を散らせている。 「あ・・・イグニス、大丈夫?」 「ううん・・・・・・どうやらパワー切れらしいな。でも心配ない。――もう仲間が来たみたいだから」 えっ――と振り返ったタカシの視界に、揃いの制服に身を包んだ大人たちが続々とやって来るのが映った。その先頭を切っているのはひょろっと背の高い男性である。彼は軽く駆け足でイグニスの傍へ寄り、そしてタカシと交互に心配そうな視線を向けた。 「キミたち二人とも、無事で何よりだよ。ごめんね、遅くなって」 「いえ、大丈夫です。それに。民間人の保護は無事完了しました」 そう言ってぴしりと敬礼しようとしたイグニスだったが、叶わずふらっと体勢を崩した。あ、と声を上げた男性が振り返り合図すると、仲間たちが電動担架を押してすぐさま近づいてきた。 「イグニス、これに乗って。後は僕らに任せてよ」 にこりと笑う男性にイグニスが苦笑した。 「・・・はい、お願いします」 ガラガラと運ばれていく彼に、タカシがバイバイと手を振った。それから傍らの男性を仰いで心配そうに、 「イグニス、大怪我してるの? 死んじゃったりしないよね?」――と問い掛けた。 「あはは、彼はそんなにヤワじゃないよ。なんてったって、平和を守るヒーローなんだから。そうだろ? 友信タカシくん」 最後の呼び掛けに驚き、タカシは目を丸く見開いた。――何故名前を知ってるんだろう。 それを見た男性はへらりと緩く笑った。 「僕はマツウラ。キミのお姉さんとは友達なんだ。アキラさんに連絡しておいたから、もうすぐ来るんじゃ・・・・・・、」 ないかな――とマツウラが続ける前に軽やかに走る足音が聞こえてきた。 スーツ姿の女性が髪をなびかせ、一目散に少年目指して走ってきたのだ。彼女はタカシの傍へ屈み込むと、両の頬を手のひらで包んだ後、土埃や木の葉のついた髪を優しく手で梳いてやった。 「タカシ! 良かった、怪我はないのね」 「姉ちゃん!」 弟をギュッと抱き締め、アキラはほっと溜息を吐いた。小さな擦り傷はあるものの、目立って大きな怪我はない。 もう一度強く抱き締めてから彼女はすっと身を離して、今度はマツウラへと笑顔を向けた。 「連絡ありがとうね、マツウラくん」 「いえいえっ、どういたしまして!」 輝かんばかりの笑顔を前に、マツウラがヘロヘロとした笑みを浮かべて首を振る。それを見たタカシがニヤリとしたのにも気づかない。 「何はともあれ万事解決しましたから、ご心配なく」 「ええ。・・・タカシ、もう一人で危ない所に来ちゃダメよ? 私も一緒に帰るから、ほら、先に向こうのおじさんに消毒してもらってらっしゃい」 アキラが指差した先には、イグニスを収納したトレーラーと救急チームの姿がある。はーい、と元気良く駆け出したタカシをしばし見守ってから、アキラはこっそりマツウラに話し掛けた。 「演技ご苦労様、マツウラくん。ごめんなさいね、タカシにも秘密にしてほしいなんてワガママ言っちゃって」 「いえっ、アキラさんがGODの主任だってことはまだ一般には公開してませんし・・・!」 「実質的に、表のことはマツウラくんに任せっきりだものね。ほんと、感謝してるわ」 にっこりと微笑まれ、マツウラの顔が一気に真っ赤になる。しかしそれには頓着せずに、アキラはさらりと髪をなびかせて弟の元へ行ってしまった。マツウラは安堵半分、溜息半分だ。 ともかくも、今回の件にタカシが巻き込まれたのは偶然である。けれどこの偶然は波乱を呼び、やがて大きな渦になるだろう。 全ては、まだ闇の中。星を喰らう意思の魔の手は、もうそこまで迫っているのだ――。 To be continued... →long |