魔界の王



 ――彼は“ねじれ角”。

 暗い森の奥深くで、生まれた羊。
 忌み嫌われるねじれ角。悪魔の子と謳われた。
 同期の子供は彼を苛め、親兄弟もみな同じ。
 彼は毎日啼き暮らし。やがて森を旅立った。

 ――憎悪するか、その角を。

 下草を踏み、倒木を越え、奥へ奥へ、さらに奥へ。
 木々を縫い、誰も居ない場所を求めて、彼は歩みを進めていった。

 ――そうして巡り逢った森の主人。

 何時しか道は闇に閉ざされ。
 黒に潰されたそのまなこに。
 映るは黒より黒い漆黒の姿。
 ――彼は問う。

『汝の望みを叶えてやろう』

 小羊はたじろぎ、後退る。
 その後ろにも闇は迫り。
 ぺたんと落ちた尻。
 覆うよう迫る森の主人。

『汝は何を望む』

 問い掛けに、小羊は震えた。
 主人はその子に手を掛けて。
 ねじれた角を撫ぜてやった。

『汝は、ねじれぬ角が欲しいか?』

 ふるりと、小羊は首を横に振る。

『では、汝を邪険にせぬ仲間が欲しいか?』

 少し間を置き、小羊はまた首を振る。

『では、汝を愛す親が欲しいか?』

 さらに間。
 そして、彼は首を横に振った。
 主人は瞬いて、それは何故かと問い掛けた。
 彼は応える。静かな声で。

「ぼくは、ぼくでいられればそれでいい」

 きょとり。主人が瞬く。

「あなたは、ぼくの角を撫でてくれた。
 ぼくの話を聞いてくれた。
 ぼくをちゃんと見てくれた。
 ぼくは、それで満足です」

 黄色いまなこをきょときょとさせて、彼は言い切り、そして笑った。
 幸せそうに。
 主人は暫くその声を聞き、やがて静かに闇の中へ。

『――おいで。何か美味しい物を、作ってやろう』

 ひらり、ひらりと手を招き。
 主人の消えた闇の中。
 小羊はとことこついていった。

 闇の主人と小羊の、ささやかな話はこれにて閉幕。
 誰もが悪魔と蔑んだ子は、誰よりも主人に愛されて。
 しあわせに、しあわせに、くらしましたとさ。



→ss
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