しとしと。
雨が降って空は薄暗く沈むような色をしている。
壁に寄り掛かってそんな空を眺めていた。
「名前」
床がギシ、と軋む。この家は雨漏りもするし軋むしでなんとも使い勝手が悪いボロ家。おまけにカビ臭いし不衛生だ。
そんなことを考えながらぼーっとしているともう一度、すこし苛立たしげな声で名前を呼ばれた。
「名前!」
「どうしたの…薫」
空から視線を外して自分に近付いてくる姿を見遣るとなにやら嬉しそうな顔をしていた。
「嬉しそうだね、どうしたの」
「…やっと見つけた」
ポツリ、ポツリ、雨はだんだん強くなっていく。
「俺の、妹。千鶴を見つけた」
先程まで本当に嬉しそうだった笑顔は今や狂気を孕んだ歪んだ笑顔へと変わっていて、私は空へと視線を戻した。
「…そう。よかったね」
遥か彼方には黒い雲があって、雷でも鳴るかなあとか、雨もっと強くなるかなあ、とか考えていると急に頭を軽く叩かれた。
「いたい」
「もっと喜べよ」
そう言って機嫌悪そうな顔をしてるけれど、生憎千鶴は私とは何も繋がりがないし喜べというほうが無理というものだ。
「わたし、関係ないもの」
むすっとした顔で言ってもう一度空を見上げる。
そんな私を見た薫はため息をついてわたしの隣に腰をおろした。その時またギシ、と耳障りな音が聞こえて。
「…薫はさあ、千鶴ちゃん?にどうしたいの?復讐?」
「なんだよ急に」
「なんとなく」
わけわかんない、と再びため息をついた薫は私と同じように空を見上げて目を細める。
沈黙がやってきて、聞こえてくるのは降り続く雨の音だけとなり、湿っぽい風が頬を撫でた。
「笑ってたんだ」
ポツリ、と隣から聞こえて薫を見遣る。
「千鶴が、楽しそうに笑ってたんだ」
私の肩に頭を預けてうつむく薫の顔は見えなくて、でも今の彼がどんな顔をしているかは存分に予想できて今度は私がため息をついた。
「あの子は、人間として育てられてるんでしょう?なら――むぐっ」
べちん、と勢いよく口を塞がれて、口元がヒリヒリとしてくるのを感じながら薫を睨み付けると、薫も私を睨んでいて本当のにらめっこ状態。
お互い睨みあうだけでなにも言わないという状態が続く。
千鶴は私と真反対だ。
あの子は鬼なのに人間として育てられて、平穏な暮らしの中で成長してきている。
私は南雲姓で立場上薫と家族、という関係にあるが実際薫とも千鶴とも血の繋がりはないし、ましてや南雲家の面々とも血は繋がっていない。
さらに言ってしまえば、南雲という鬼の家系で育てられていながら私には鬼の血は少しも流れていない。いわば純血の人間だ。
なぜ人間の自分が南雲家で育てられたかも知らないし、一応育ての親である南雲家もただ私が人間であるという事実を打ち明けただけで話そうとはしてくれなかった。
結局境遇は違えど立場、扱いが同じだった薫と共に過ごし、今に至る、ということだ。
しばらくすると薫が今までよりも長いため息をついて手を離した。
「あいつはなんでも持ってて、俺にはなんにもない」
そうポツリと呟いて黙りこんでしまう。
やけに雨音がうるさく聞こえた
儚き薄明
(わたしがいるよ)
(なんて言葉は言えなかった)
20120506
<