首や腕の痕はだいぶ消え、また隊士の前に姿を現すようになってから少し。
休んでいる間は隊士たちには風邪と伝え、影では諜報活動をしていた。
その間青の長髪の後ろ姿ばかりが頭にちらついていた。前とは違い浅黒い肌の、後ろ姿。




夜も更けた頃、すっかり秋の気配も過ぎ寒い風が冬を迎えるために吹く中を足音ひとつ立てずに目的の部屋まで急ぐ。


「土方さん、戻りました」
「入れ」


夏にあった蛤御門での功績が認められ、お上から賞を賜ったばかりだというのに、土方さんの顔は優れない。
近藤さんが連れてきた、新たに入隊した伊東甲子太郎がこれはまたクセの強いお方だったのだ。
…クセの強い、で終わればいいが。
結局土方さんの悩みの種は尽きなさそうである。

報告をしながらもう一度顔を盗み見ると眉間にシワがよってしまっている。


「以上です。…彼ら、も今夜も異常はありませんでした」
「ああ。今日はもう休め」


おつかれさん、と言い残すと再び文机に向き直ってしまった。


「…土方さんも、はやくお休みくださいね」


おやすみなさい、と部屋を後にする。
あれから、土方さんとは隊務以外であまり話していない。

自室へ戻って結い上げた髪を解く。
ふいに姿見を覗いてまだ少し跡の残る首元を眺めるが、我に返って布団を敷き始める。


未だにあの、気管が押しつぶされる感覚が生々しく蘇る。思い出せばまた呼吸が止められてるような気がして苦しくなってしまうのだ。


「さて、」


明日は島原の方まで出ていくつもりだ。
またしっかり粧し込まなければ彼女達に怒られるかもしれない。




***





朝餉も終わり隊士達が自分の隊務を行う中、裏口からばれないように屯所をあとにした。
島原に到着し、再び裏口から置屋へと入り込む。
中を進んでも、誰にも止められることはない。
数ある襖のひとつの前に迷わず止まり、膝をついてそっと開けようとすると、


「お出でなんし」
「!」


中から先に声がかかり、1人手に襖が開く。


「ご無沙汰しております」


部屋の奥には一目で位が高いと思われる、女。
わたしの言葉を聞いて彼女は軽く頷くと、早く入るようにと仕草で促す。
中へ踏み入れればすぐに襖が閉められる。


「それで…お話、とは」
「おもしろい話を聞いたの」
「おもしろい話、ですか」


廓言葉ではなくなった、彼女の声はとても聞きやすい。
彼女は時々こうして私を呼びつけ、長州方の情報を漏らしてくれる。
外に誰かいるかもしれないことを常に疑いながらすべて言い回しで伝えられる情報を頭の中に叩き込んでいく。
どれもが新選組の諜報活動では得られないものばかりで彼女には頭が上がらない。


「…なるほど」
「さ、ゆるりとお休みおくんなんし」


パン、と手を軽く叩いて少し声量を大きくした彼女は立ち上がる。話の途中に囃子が聞こえた。引っ張りだこの彼女は今日も誰かの元へ行くのだろう。


「ありがとうございました」
「…その綺麗なお粧しに免じて、ね」


部屋を出る時にこそっと片目を閉じて微笑む。
今日は1段と化粧をしてきたのだ、気づいてくれたみたいだ。


「ただ、その首の痕ははやく治してね」
「!」


バレていたのか。
そのまま彼女は立ち去り、静かに戸が閉められた。
少し脱力して天井を見上げる。
いつもここに来ると部屋をしばらく貸してくれる。
今日は非番で、屯所のことも隊士に任せている、もう少しゆっくりしていこう。


「………」


左手を首元にもっていく。
この痕がついてから癖になってしまったようだった。その首に触れている腕にも微かに赤く残っている。


「敵、かあ」


ポツリ、不意に口からこぼれ出てしまった。
咄嗟に正気に戻れば、自分が残念そうに呟いてしまったことに驚く。
彼とはたった一度、まともに言葉を交わした以降敵としてしか対峙していない。残念がる理由が見つからない。
そのはずなのに、


ガラッ


「!?」
「あ?なんだよ、誰かいたのか――、!」


青い髪を揺らした男が、入ってきた。








ゆめじゃない

20160128
20230415 修正




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