龍之介が好きだった。
彼は芹沢さんの一件とともに姿を消してしまった。
みんなは死んだと言うけれど、わたしは生きていると思っている。信じている。


そうして時間は過ぎ、春になった。
新選組には新しく千鶴がいて、平穏な日々が続いた。
しだいに新しい隊士が増え、芹沢さんや龍之介の話題は出なくなった。

それでも、わたしは龍之介を忘れることはできないのだと思う。





溺れて沈め






春の日の午後。
珍しく最近監察方としての任務が少なく、山崎くんが一人でこなしているため、女中側の役目を果たすべく買い物に出掛けている。


「これで全部かな〜」


人が買い物に出掛けるというのに非番だった総司は荷物持ちに来てくれなかった。
同じく非番だった平助は来てくれたものの、自分の買い物がある!と消えてしまい、結局自分一人で荷物を持つ羽目になっている。


「ほんと使えないやつらばっか!」


左之さんが非番だったら絶対ついてきてくれたのになあ、と考えながら通りの向こうに目をやったとき、


「………?」


青く長い髪をてっぺんで1つに纏めた頭が見えた。


「………龍之介、?」


龍之介だ。生きてたんだ、帰ってきてくれたんだ。


そう思い当たれば重い荷物を持っていることも忘れて歩く速さは速くなっていく。
向こうも歩くのが速くて、やっと追い付けそうになったのは人気があまり多くない川沿いだった。
弾む心を落ち着かせながら少しずつ少しずつ近づく。
そうして振り返った、その人は。


「………あ」
「ずっとついてきてたのはお前か?」


浅黒い肌の、目付きの悪い男。龍之介ではなかった。
すぐに落胆すると同時に近づいてくる男にハッと顔をあげる。


「なんだァ?俺に一目惚れでもしたってか?」
「な、…っ」


積極的な女は嫌いじゃない、と片手で顎を捕まれた。
よく見れば奇抜な格好をしておりどこも龍之介に似ているところはなくて。


「…違います、やめてください」
「違うだ?あんなに人の事見て後つけてただろ」


捕まれた顎をぐい、と引っ張られ強制的に上を向かされる。


「…見ていたことは謝ります。わたしの勘違いでした」


そう謝罪すればまたその顔がニヤリと笑う。不愉快になりながらも捕まれた顎を振りほどこうとしても離れない。


「惚れた男の姿でも重ねたか」
「………っ!」


思わず目を逸らせば図星か、と笑う気配。
龍之介。龍之介ではなかった。龍之介は帰ってきてなどいなかった。死んでしまったのだろうか、それともどこか私の知らない土地で他の女の子といるのだろうか。


「もう、離してください…!」


顎を掴んでいる手を振りほどけば案外簡単に外れ、上から大きなため息が聞こえた。


「…………?」


なにも言わないその男を不審に思って見上げればまた顔に手が伸びてきて、


「泣いてんじゃねえよ。悪かった」
「!」


知らぬ間に流れていた涙を拭っていた。
至極めんどくさそうな顔をしつつも驚きで私の涙が止まるまで親指で涙を拭い続けた。


「…………よく知らねえ奴の前で泣けるな、お前」
「…う」


途端、恥ずかしさで顔に熱が集まるのを感じる。龍之介と勘違いして散々後をつけ回してしまった挙げ句泣いてしまったのだ。恥ずかしいことこの上ない。


「………すみません、でした」


後味悪くも一応謝罪の言葉を紡げば、また大きくため息が聞こえた。


「仕方ねえな。…荷物かせ」
「え?」
「お前、どこぞの女中か?買い物の途中だったんだろ。送ってやるよ」


そう言って男は私の荷物をほぼすべて軽々と持ち歩き始めた。
慌てて追い付いてその顔を見上げる。


「悪いです!」
「うるせーな、迷惑ならもうかけられてんだよ」
「うっ」


そう言われて仕方なく隣を歩いてしばらく。


「お前、名前は」
「名字名前、です」
「名前、な」
「あの、お名前は…、」
「不知火匡」
「不知火、さん」


どこの人なのだろう。そう訪ねようとしたが屯所に着いてしまった。


「あ、ここです」
「おー着いたか」


屯所を指差し、不知火さんの視線も一緒に動く。途端、その瞳は見開かれて、


「新選組じゃねえか」


まあ、その反応は正しい。新選組は世間の評判がすこぶる悪い。人斬り集団とまで言われているのだから。


「はい。私、新選組の女中をやらせていただいています」


黙っていてすみません、と頭を下げれば別に気にしてねえよと返された。


「ほら、荷物。新選組なら中入らねえ方がいいだろ」
「え、あ、はい、ありがとうございます」


大量の荷物を受け取りながらある疑問が頭をよぎる。


「…不知火さんは、長州の方なんですか?」
「!」


特に長州訛りもない。しかしなんとなく引っ掛かって思わず聞いてしまった。
不知火さんはニヤリ、とまた笑うと、


「さあな。味方でも敵でもまた会うかもな」


そう言ってくるりと背を向けて、


「じゃあな、名前」


もう知らねえ奴についていくなよ、と去ってしまった。



龍之介のことで頭がいっぱいで気付かなかった。
監察方である私の尾行をものともせず気付いた彼の鋭さに。




捨てきれない





20140108




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