私が知る彼らの物語へと。







昨夜は少し考え事をしてしまって眠るのが遅くなってしまった。
あくびを噛み殺しながら収集がかかった広間へと向かう。


「おいおい…なんだよその締まんねえ顔は」
「んんん!?」


後ろからにゅっと出てきた手に鼻をつままれ振り向けば呆れ顔の新八。
顔をしかめて太い腕を軽く叩けばすぐ開放された、締まんない顔とは失礼な。


「島原に行った時の新八の方がだらしない顔してるもん」
「そりゃ別だ馬鹿!」


いつもどおりの軽口を叩いていても新八がいつもよりもピリピリしているのが伝わってきて、私の背筋も自然と伸びる。
広間に着く頃にはお互い何も言葉を発さなくなっていたせいか、先に座っていた平助が怪訝な顔で出迎えた。


「なんだァ?2人ともやけに静かじゃん」
「そーお?静かな時くらいあるよ」


視線を向けるだけでなく素直に口にした平助に肩をすくめてその隣に座る。
すぐ隣に新八が座り、何か平助と話しているが、座った途端に睡魔が襲ってきた。…まだあの子がくるまで時間はあるだろう、と広間にいる人数を確認して考える。
結局襲いかかる睡魔には勝てなくて、壁に寄りかかって膝を抱え目を閉じた。


***


頭をぺしん、と軽く叩かれて意識が戻った。
隣を見ればまたまた呆れ顔の新八。どうやらいつのまにか肩を借りて寝てしまっていたらしい。目の前にはさっきまではいなかった左之さんが笑ってぐし、と頭を撫でてきた。

「おはよう名前。寝れなかったのか?」
「ちょっと考え事しててね」


はは、と笑えばそういう時は俺が添い寝してやるのに、とさらっと言う左之さんを軽く流せるスキルが欲しいです。
周りを見れば幹部はだいたい揃っている、寝ていたとしても5分くらいだろう。
寒さにぶるりと身体を震わせてお茶を入れてこようと立ち上がる。

その間に源さんがあの子を連れてくるかもしれないが、まあ、大体の流れは知ってるし、新八に教えてもらえばいい。何よりあの時の空気を知ってるから見たくない。


湯を沸かしながら暖をとりぼんやりとこれからのことを考えるけれど、まあなるようになるとは思うし、あの子はここで殺されない。
それよりも…私はいつまでここにいるのだろうか、と考える。こちらの生活様式にも慣れ、周りとの確執などは一切ない。
人間の慣れってすごいなあ…、と思いながらため息をつく。
現代にだってもちろん帰りたい。私は帰るべきなのであろう。しかしそのときがいつなのかわからない。また唐突に戻ってしまうのではないかと思うと寝るのが怖くなった。眠れなくなった。
いつの間にか"いつ戻れるだろうか"から"いつまで居れるのか"へと思考が変わってきてしまっていた。


お湯が沸いた音で意識を取り戻した。
…こればっかりは考えても仕方のないことなのはわかっている。


湯呑をお盆にのせて勝手場を出ると何やら騒がしい。


「お願いします!助けてください!絶対言いません、信じてください!お願いです、私本当に…っ!!」


一くんに引き摺られた、小さな人影と目が合う。私を見ると助けを乞う言葉が止まって目を見開かれる。どうすればいいかわからず軽く会釈をするとその大きな瞳が戸惑いに揺れる。
その途端、一くんが乱暴にその身体を突き飛ばす。小さく悲鳴が聞こえて顔を顰める。


「…己のために最悪を想定をしておけ。さして良いようには転ばない」


そう冷たく言い放ち部屋を閉ざした一くんに近寄る、


「…乱暴に扱いすぎ。相手は仮にも一般民でしょ?」


そう言えばなんとも言い難い顔をしてこちらを見やる。多少の表情は読み取れるようになってきた、お前は何故味方をするのか、と問いたいのだろう。
その視線に苦笑いで返して広間へと向かう。お茶が冷めてしまう。


「処分なし?」
「いいのかよ、土方さん」


広間に戻ると訝しげな声が聞こえてきた。
全員にお茶を配り終えて新八の隣へと戻ると、あの子を生かしておくことへと話が進んでいる。


「…まだ確かめなきゃならねえこともある」


ため息混じりの土方さんをみんなが見つめて、総司だけが呑気にお茶を啜っていた。


***


日が傾き、夕餉の準備をしているとなにやら騒がしくなってきた。
なんとなく察しがついたまま台所から顔を出すと首根っこを掴まれたままジタバタ暴れる小さな影が、なにやら叫んでいる。土方さんの腕力はどうなっているんだ。

なんとなく、顔を出してはいけない気がして夕餉の準備に戻ることにする。
が、すぐに新八がやってきて他の隊士に任せて広間へと向かうようにと土方さんの伝言を告げた。

…彼らの物語を邪魔してはならないと思っていたのに、ここでは仮にも幹部として扱われている人間のせいか、関わらなければならないらしい。


広間に踏み入れば、幹部全員ともう一人。
再び目が合えばまたも驚いた顔をされるが、今度は会釈をする暇もないまま新八に呼ばれてしまった。
話はあの子の性別の話らしい。


「しかし、女の子を一晩縄で縛っておくとは、悪いことをしたねえ…」


人のいい顔を申し訳なさそうに歪めて源さんが彼女を気遣う。
昨晩、せめて縛るなら手だけにしてあげて欲しいと伝えようとして邪魔されたことを思い出して総司を軽く睨む。知ってか知らずか私の視線に気づいた総司は軽く笑っている。


「女だ女だって言うが、別に証拠は無いんだろ?」


左隣から不機嫌そうな新八の声。


「何なら脱がせてみるか?」


右隣から左之さんの楽しそうな声。
思わず左之さんの脇腹を思いっきり突いてしまったが許されるだろう。
うっ、と苦しげな声は顔を真っ赤にした近藤さんの声にかき消された。

女であるなら、と殺すことを忍びなく感じるのか新八が思案顔で腕を組むが、山南さんは人を殺すこと自体が忍びないのだ、と諭す。


「女の子だろうが男の子だろうが、京の平安を乱しかねないなら話は別ですよね」


微笑んで言ってのける総司に思わず顔をしかめて、


「殺す殺さないに関わらず、先に彼女の話を聞くべきなのでは」


そのためにまた集まったんでしょう、口をはさむ予定はなかったのだが声をあげてしまった。


「そうだな、まずは君の話を聞かせてくれるか」


近藤さんに促されて彼女はそっと口を開いた。
緊張しているせいもあるんだろう、彼女――雪村千鶴は、微かに目を伏せて今までのことを順序だてて話す。
そうして発覚した彼女の父、雪村綱道のこと。
綱道さんが見つかるまで彼女を保護するという結論に至ったことに思わず安堵して息をつく。先を知ってるとはいえその場にいればいつ何が起こるかわからない現実なのだ、もしかしたら…という不安があった。


「女の子となりゃあ、手厚く持てなさんといかんよなあ」
「新八っつぁん手のひら返すの早すぎ」
「いいじゃねえか。これで屯所が華やかになると思えば、新八に限らずはしゃぎたくもなるだろ」


屯所が華やかに、なる。


「…ふーーーーーん。
華やかに…ねえ」


冷めた目で隣の赤を睨む。
どうせ色気も可愛さも華やかさもありません。
私の目線に気づいた左之さんは慌てて私の肩に腕を回す。


「もちろん名前も華やかだぜ?華やかさが増えるって意味だ!お前は充分かわいいし、色気もある
…食っちまいたいぐらいだ」
「〜〜ッッ!!?」


耳元で囁かれるその声に思わず後退してしまう。どうしていきなりこういう事を言うんだこの卑猥物は…


「左之てめえ!名前を口説いてんじゃねえよ!俺の目が黒いうちはコイツを変なとこにぜってえやらねえからな!」


隣で新八が何やら突っ込まなければならないことを言っているがまずはこの顔の熱を冷まさなければならない。


「お前らうるせえよ!ちったあ静かに出来ねえのか!」


土方さんが怒鳴れば両隣がすっと背筋を伸ばす。
山南さんが咳払いをして彼女の今後の処遇についての話を切り出した。


「やだなあ、土方さん。そういうときは、言いだしっぺが責任取らなくちゃ」
「トシのそばなら安心だ!」
「彼女のこと、よろしくお願いしますね」


3人に言われた土方さんは困り果てた顔で情けない声を出す。鬼の副長がそんな声を出していいのか。思わず笑いかけたが、気付いた土方さんに睨まれる。
思わず肩をすくめてなにか面倒な事を言われる前にそっと広間から席を外すことにした。夕餉の準備を任せっぱなしなのも申し訳ない。


***


食事の片付けも終わり、平助に見張りを頼んで湯浴みを済ませた後、平助があっと声をあげる。


「あの子に荷物渡すの忘れてた!」
「荷物?」


どうやら彼女を捕らえた時に押収していた荷物を渡すように言われていたらしいが、すっかり忘れていたらしい。
明日でもいいが、女の子だし何か必要ななものが入ってるかもしれない、と珍しく気の回ることを考える平助に感心した。


「私が渡してくるよ、夜に女子の部屋に行くのは男子としてアレでしょう?」


からかうつもりで言ったのだが、案の定顔を赤らめてそそそそそうだな!と狼狽える平助が可愛くて仕方ない。
荷物を受け取ると見張りの礼を言っておやすみ、と別れた。

彼女が宛てがわれている部屋は私の部屋の隣で、中からはまだ物音が聞こえる。


「こんばんは、ちょっといい?」
「!!、はい!どうぞ!」


そっと襖を開ければ部屋に正座した姿が目に入った。私の姿を見るとすぐに目を丸くした。


「あなたは…」
「自己紹介が遅れてごめんなさい。二番組組長補佐、名字名前と申します」


よろしくね、とできる限り優しく笑えば慌てて雪村千鶴です!と返してくれて、


「新選組に、女性がいるとは思いませんでした」


と続ける。そりゃあ私も隊士に女がいるなんて思わなかったよ、と返しそうになるのを堪えて笑顔をかえす。


「これ、千鶴ちゃんの荷物、預かってきたの」
「!ありがとうございます…」


落としてきたものだと思っていました、と嬉しそうに笑う顔に私の顔も綻ぶ。


「私の部屋、隣だから何かあったら知らせてね、力になれると思う」


…と言ってもこの時代の生活様式については彼女の方がよく知っているのだが。
ありがとうございます、と返す千鶴ちゃんにこれ以上居座るのも悪いと思い立ち上がる。


「不便かもしれないけど、千鶴ちゃんの安全は保障するよ、ゆっくり休んでね」

おやすみ、と声をかけて部屋を出た。


「…うわっ!!?」


出て直ぐに一くんが腕を組んで立っていたのに驚いて思わず声をあげる。
忘れてた、見張りがついているんだった。
腕を組み、静かにこちらを見つめる一くんに居心地が悪くなり、なにか言いたげな顔を見つめる。


「…なに?」
「あんたは未来がわかるのだろう」
「っ、」
「これについても、知っていたのか」


これ、とは千鶴ちゃんのことだろう。
きっと一くんは知っていたならなぜ最初から言わなかったのか、と問いたいのだろう。
一くんは第一に新選組のことを考えている、千鶴ちゃんのことについて教えなかった私を疑問に思ったのか。


「…前に言ったとおり、
未来は知るものじゃない。たとえそれが悪いことでも、先回りして情報を伝えてみんなをかき回したくないの」


私は、それがただしいと思っている。なにより未来は分岐している。どの道筋へ向かうかはわからない。


「…それに、どんなに悪いことが起きたってみんなはそれに負けない程強いって信じてる」


少し一くんの目を見るのが怖いけれど、目をそらさずはっきり言う。壬生狼と呼ばれたこの人達は弱くないはずだ。
納得したのかしてないのか、一くんは小さくそうか、と呟いた。


「もう夜も深い。早く休め
…このところ眠れていないのだろう」
「…!」
「今夜の見張りは俺だ。何かあればすぐに知らせる」


だから安心しろと、そう言ってくれるのか。
突然の気遣いにポカンと口をあけているのに気づいたのか、


「あんたが寝不足で任務に支障が出ても困る」


そう言ってそっぽを向かれてしまった。ツンデレか。
その気遣いをありがたく受け取ってもうこちらを向く気はないらしいその背中にありがとう、と声をかける。



その日はぐっすりと眠れた。



微睡む月
(おやすみ)





20141101

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