その日は朝から身を切るような寒さだった。



「ふあーあ、」
「でけえ欠伸だな」


日中の巡察を終えて、暇そうな左之さんのもとへ行った。その大きな身体にぴったりとくっついて暖を奪ってすっかり冷えてしまっていた身体を暖める。


「は〜左之さんあったかいな〜」
「…俺は寒いんだけどな」


ポロッと聞こえたものは無視して身体を預けて微睡む。

この時代もちろん暖房などという素晴らしいものは存在せず、21世紀という甘えた環境に慣れ育ってきた私にはどうしようもなくつらい。

嫌がるような言葉を言いつつも左之さんの腕はしっかり私に回っていて、包まれている安心感が心地よくて気持ちいい。

すると、ガタッという音と共に上ずった声が。


「なななな、な…何してるんだよこんなとこで!!」
「あ、へーすけ」


見れば顔を真っ赤にした平助。
どこに顔を赤くする要素が…と思考を巡らせて辿り着いたのは、平助が私と左之さんがいつの間にかそういう関係で、真っ昼間からいちゃついてると思い込んでいる、というもので。
さすがに純粋というか、初すぎるというか、可愛いけれども少しあきれて半目で平助を見やる。


「平助、いつまでたってもそんなんだから左之さんとか総司とかにバカにされるんだよ」
「はあ!?」


真後ろで左之さんが楽しそうに笑っているのが感じ取れる。


「平助は変な想像しすぎ。わたしと左之さんが何してたと思ってたの?」
「〜〜〜〜っ」


ようやく自分の勘違いに気づいたみたいでさらに顔を赤くしてしまった平助が可愛くて笑ってしまう。ぴったりくっついてただけで想像してしまうだなんて。
そうしてクスクス笑ってるとその辺にしといてやれ、と回された左之さんの手に口を塞がれた。


「もごっ、」
「ま、そういうことだ平助。お前はもう少し大人になれってことだな」
「わかってるよ!!」


…平助が大人になるのも、少し寂しいかなおねえさんは。

少ししてはがされた左之さんの手をどけながら、そういえば、と平助に声をかける。


「平助、今日は夜巡察じゃなかったっけ?」
「ん?ああ、今日は違うよ、総司の隊じゃなかったかな」
「そうだったっけ、今日すっごく寒いから風邪とか引かないといいけど…」


一度強く風が吹き寒さに身体を震わせるとそうだなあ、と平助は呟いた。





***





その日の夜。
土方さんから無理やり回させてもらうようにした書類整理をしていると、外がなんだか騒がしい。
何かあったのか、と外に出て様子を伺っていると、新八が走っていくのが見えて後を追う。
やがて源さん達の姿が見えて走っていくと、羅刹、という単語が聞こえてきた。


「源さん!」
「!名前かい…」
「何があったの?」


腰に差した刀の位置を直しながら聞けば、羅刹が逃走した、という最悪の情報だった。


「今総司と斎藤が"始末"に向かってる。直ぐに終わると思うが…」


そう言う新八の目は鋭い。こういう時の新八は少しだけ、怖い。


「始末…」


羅刹のことはもちろん知っていたが、軽い記憶喪失扱いだったわたしは、新八から羅刹の説明を受けた。この数ヶ月の間で人が羅刹に変わる瞬間も、何回か見届けた。
つい数日まで普通のヒトであった彼らを思い出してしまい、私は狂ってしまった羅刹を見ても心を殺しきれないでいる。

少し物思いに耽った私の腕を引いた新八は行くぞ、と歩き始めた。


「被害が出る前に俺たちも探すぞ」
「う、うん…」


怖かった。隊士に見つからないようにしながら新八や一くんに稽古をつけてもらってそれなりに力をつけた今でも"私"は人を斬った事がない。人の死に触れるのが怖い。
そんな私の気持ちなどお構いなしに足はどんどん進んでいく。


もし羅刹に会ったら。刀を向けられたら。


考えただけでも震えるからだに鞭を打って新八の後に続く。
今の私は"新選組の名字名前"だから、怖がっていてはいけない、迷惑をかけてはいけない、もしも迷ってしまえば、その時点で死ぬ。
ここで生きていくためには割り切ることが必要なのだ。

ぐるぐる回る思考に夢中になっていると前を走っていた新八の足が止まった。


「…やったのか」


そこにいたのは血生臭さを纏う土方さんと総司と一くん。
新八の問いに静かに頷いた土方さんは戻るぞ、と歩き始めた。
そうして見えた一くんの腕には小さな影が見えて、


「…その子は……」


深夜の静けさのなか私の声はひどく大きく聞こえて自分で少し驚く。
一くんは静かに私を見つめ頷いて、


「"彼ら"を見られた。」


とだけ言った。
行くぞ、とまた声をかけられ屯所に向かい始めた私は一くんが抱える人物から目を離せずにいた。




***



屯所へ戻るとすぐに幹部が集められた。
話し合いの内容であるその人物は目の前で気を失っている。


「――羅刹を見られた」


幹部が集まってすぐ、土方さんが口を開いた。と、すぐに総司が楽しそうに、


「殺しちゃいましょうよ。口封じにはそれが一番いい」


そう言えば土方さんが鋭く総司を睨む。
その視線をものともせずに楽しそうに笑ったままでいる総司。


「…今日はもう遅い。こいつの処遇は明日決めることにする」
「それまではどうするんだ?」


平助が声を上げれば縛っておいておくしかねえだろ、と新八が返す。
縛っておいておく、その言葉を聞いた瞬間いてもたってもいられなくなって、声を上げる。


「でも、その子は―――むぐっ、」


が、すぐに口に手を回されて話せなくなる。咄嗟に後ろを振り向くと含み笑いをする総司がいて、ダメ、と口の形だけで伝えられた。
完全に楽しんでいる彼を思いっきり睨んでも楽しそうに笑っているだけで手をどかす気もないらしい。
不可抗力で大人しくしていることを余儀なくされたまま話が進んでいくのを見ることしかできない。
最終的に夜中縛って置いておき、また明日目が覚めてから処遇を決めるというものだった。

そうしてその日は解散、寝間着のままであった私は土方さんにまた風邪をひいたらどうするとこっぴどく叱られてから部屋に戻るハメになった。







血生臭さに埋もれて
(始まった)





20140212

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