この手の冗談は弱いんだよバカヤロウ。
最近土方さんが忙しそうだ。
忙しいのはいつものことなんだけどいつもの倍以上に忙しそう。
部屋はいつも締め切られていてなかなか開かない。夜も遅くまで明かりを灯しているし、食事を抜かすことも多々ある。
最初はみんなよくあることだ、と流していたがあまりにも長いことその状態だったからさすがに心配になってきたのだろう、ついに部屋に突入することにした。
「僕?やだよめんどくさい」
問題は誰が行くか、だ。
だれも言ってないのに総司は笑顔で言い放った。
「は!?ずりいぞ総司!!!」
続けざまに言ったのは平助で、お前ら本当に心配してるのかと疑いたくなる。
「ここはアレだ、…行け名前!」
「は!?」
「土方さんだって女には甘いからな」
新八にビシッと肩を叩かれて左之さんも同意する。
意味がわからない!と周りを見渡せば…味方がいない。
はじめ君も井上さんも巡察かよ…!!!
ただ1人文句を垂れたのは一番最初に拒否した総司で、
「名前が行くんなら僕も行こうかな」
「バァカ、お前が行ったら土方さんの邪魔すんだろうが!」
左之さんが止めた。
結局拒否権のないままわたしに決定して、とりあえず茶を持っていくことにした。
…とは言いつつも私も忙しいもので、夕餉の後片付けをして急いで湯浴みを済ませた頃にはすっかり夜更けで。
こんな時間にお茶はともかくお茶菓子はな〜…とは思いつつも両方をおぼんにのせて今だ明るい土方さんの部屋へ向かう。
「土方さん、名前です」
部屋の前で一度座り中に呼び掛ければ少しして、疲れきった声が返ってきた。
「…入れ」
「失礼します」
襖を開ければ文机に向かう姿が目にはいる。心なしかやつれているのに気がついてため息を漏らす。
「最近お忙しいようなので、お茶を」
「おう、悪いな」
邪魔にならないようにお茶を置き、近くに座る。
「…大丈夫ですか?」
「何がだ」
「ちゃんと、食事と睡眠はとってください」
忙しい土方さんは取りたくてもとれないかもしれないし、余計なお世話なのかもしれないけど、
「おう。ありがとな」
「わたしにできることあるなら回してください」
そう強く言えば土方さんは少し手を止めて微笑んで振り向いて、わたしの頭を撫でる。
「そんな心配すんな、これでも行商人やってたんだ。体力には自信ある」
「そうですけど…」
思った以上に優しく髪を撫でる手つきとその微笑みに思わずときめいてしまう、こんなん役者も裸足で逃げ出すわ…整った顔怖い。
「土方さんが倒れたら、誰が総司の相手するんですか」
土方さんをからかえなくて暇をもて余した総司ほどめんどくさいものはないんですよ、と照れ隠しに言えばそれまで優しく髪を撫でていた手がスパン!と頭に打撃を食らわした。
「俺は総司の玩具じゃねえ」
「いっっっ…〜〜〜!!」
「…ったく」
頭をさする私に呆れながらまだ湯気のたっている茶をすすった土方さんの顔が少しだけ緩んだ。
「お前、茶入れるの上手くなったな」
「!ほんとですか!!」
珍しく飛び出たお褒めの言葉に素直に喜びながら空になった湯飲みを受け取った。アレかな〜とか思ってたお茶菓子にもちゃんと手をつけてくれた。甘さ控えめのものにしてよかったなあ。
「ごちそうさん」
「御粗末様でした」
そうしてまた文机にむかって仕事を始めてしまった土方さんの背中を眺める。
出 る タ イ ミ ン グ 逃 し た
困ったなあ、とそのまま土方さんの背中に視線をやったまま少し。視線を感じたのか土方さんが振り向いた。
「…お前、いつまでそこにいるんだ」
そりゃそうですよねー!とか思いながら苦笑いを浮かべて、
「いや出るタイミ、…機会を逃したというか…せっかくだし土方さんが寝るのを見届けようかなー、なんて……じゃなくて!ちゃんと睡眠はとってください!!!」
訝しげに向けられた視線にあわてて付け足せば、しばらくしてまたため息をこぼされた。
「…お前は姉上か」
「へ?」
「なんでもねえ。わかった、寝てやるからお前もとっとと寝ろ」
ほんの少しだけ土方さんの目が遠いところに向けられて、道場時代を思い出してるのかな、なんて思っていたら書類を片付けて布団を敷き始めた彼に邪魔者扱いされた。
「寝てくれるんですか」
「お前らがうるさくて仕事できやしねえからな。」
フン、と鼻を鳴らして言われたその言葉に吹き出す。素直じゃない。
「オラ、お前も部屋帰れ」
「あ、」
じゃあ戻りますね、おやすみなさい、そう言い終わる前に腕を引かれて、土方さんの方へ引き寄せられた。
「いや、――なんなら一緒に寝るか?」
「へ?」
寝るだけで終わればいいけどな。
しばらく言われた意味を反芻して、やっと理解した。
そうだった、この男は――――
そう思って光の速さでその腕から抜け出して出口へ行く。
「ひっ、ひひひひ土方さんのプレイボーイ!!!!」
「は?ぷれ……?」
「ちゃんと寝てくださいさようならおやすみなさいまた明日!!!!!」
無礼だが襖をスパン!と閉めて足音が鳴らないように早歩きで廊下を進む。
冗談だとはわかっていてもあんな美形のあんな声で囁かれたらたまったもんじゃない。
澄んだ空気の向こう側にある綺麗な満月を見上げながら暴れる心拍数を抑えるために大きく息を吸えば、冷たい空気が肺を満たしていった。
冬が、もう近い。
月を抱く
(あ、)
(湯呑み回収するの忘れた)
20130519
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