「疲れた…」
「名前ちゃん大丈夫?」


土方さんのお使いで山を越えてその先の町まで行ってきた帰り。
行きにも登ってひいひい言ってたのに日帰りで疲れ果てたこの身体はもはや登ることを拒否している。


「ひじかた、さんも…っ、人使い荒いね…、はあっ…」
「少し休憩する?」


千鶴は全然平気そうな顔で私の顔を覗きこんでくる。


「ごめん…」
「まだ日も暮れないだろうし、大丈夫」


とりあえず座り込むと一緒についてきた山崎くんがそれでも監察ですか、と呆れた目でこっちを見てくる。


「普段こんな山登らないし…」
「そうですけどね…ハア」


再びため息をついた山崎くんはもう無視することにして、張っている足を揉んで血行をよくして、立ち上がる。


「よし、ごめん!行こっか!」


屯所までもう一息くらいだと思えば、頑張れる。


「帰ったら寝てもいいかなあ」
「報告しないとでしょう?」
「それは山崎くんがなんとかしてくれるよ」
「名字さんの分はしませんからね」


山崎くんの冷たい視線を背中に受けながらふと前を見ると、人影が、ひとつ。


「………!…千鶴、下がって」
「え?……!」


そこにいたのは、風間。
相変わらず人を見下したような視線でこっちを見ている。


「懲りないなあ……山崎くん」
「はい」


もしもの時のための対処法は事前に山崎くんと打ち合わせてある。…のだが。


「…っ!?」
「名字さんっ!?」
「名前ちゃん!!!!」


真横の茂みから勢い良く飛び出してきた影に抱えあげられた。


「ちょっ…!なにす…っ!!!!」


千鶴と山崎くんが遠くなっていく。それに近づく風間も見える。


「くそ…っ、この、」


腕を振り下ろそうとすると急にとまって下ろされる。好機と言わんばかりに刀を構えようとするが力付くで後ろから押さえつけられて動きを封じられてしまった。


「っ………!!!」
「よう。名前チャン?」
「!!!!」


身動きできない状況に打開策を考えていると後ろから聞いたことのある声。


「…不知火……?」
「おう」

首を捻って後ろを見上げると意地の悪い笑みの不知火がいた。


「なにして…って離して!千鶴!千鶴が!」
「あーうっせえなァ」
「いいから離し、て!」


どんなに力を込めてもびくともしない。これが鬼と人間の差なのか。そもそも女と男の差なのか。千鶴が連れてかれるという最悪な事態を想像した私は不知火の話を聞けるような状況じゃない。


「はーなーしーてー!!」
「今日は連れてかねえから落ち着け!」


連れてく連れてかないにしろ千鶴に風間を近づけたくない。あいつの言葉は千鶴に毒だ。新選組に千鶴の居場所がない、そうあの子に思わせてしまう。そんなことないのに。


「千鶴…っ、」


身じろぎするがやっぱり抜け出せそうにない。それどころかどんどん肩に回っている腕が狭まっていって、苦しい。ふと耳元でため息が聞こえたかと思ったらすぐ横に不知火の顔があった。


「……お前、」


密着した身体から心音が伝わってきて、鬼も生きてるんだなあとふと思い直した。


「お前も一緒にこねえか」
「……は?」


声色はいたって真面目でいつものふざけた人を小馬鹿にするようなものはどこにもなかった。


「なに言って…、」
「お前が来ればあの女鬼も一緒にくるだろ」
「わたしは鬼じゃない」
「お前ならそこらの女鬼に負けない」


断定するように言われてしまえば、どうすればいいのかわからなくなる。


「…千鶴は…そっちに行っても幸せになれない」
「千鶴じゃなくてお前はどうなんだよ…名前」
「…っ、なに言ってるの…!わたしは新選組だか、」

ら、と言おうとしたら顎をガッと掴まれ無理やり不知火の方に向けられた。ただでさえ近かったのに今や互いの息がかかるほど。


「…なあ、」


もはや目を逸らすのさえ困難なほど至近距離で真っ直ぐ見つめられて、掠れた低音で囁かれる。
抵抗するのも忘れて、その瞳を凝視した。


「俺は、本気だ」


そのまま、ハッキリと、揺るがないであろう声音で言い放つ。
結局それからも視線を逸らすこともなにか言うこともできないまま、少しだけ経ったとき。

真後ろから足音が聞こえて、


「不知火。風間の目的は終わりました。帰りますよ」


と声がした方へ視線をやったと思うと、舌打ちとため息をついて私から身を離した。
私は不知火に声をかけた鬼、天霧の登場によって拘束とあの視線から解放されたことにすこしだけ安堵し、掴まれていた顎を触った。


「チッ 仕方ねえな」



ズカズカと天霧の方へ歩いてったかと思うとまたでかい声で私の名前を呼び振り返る。


「さっきも言ったが、俺は本気だ」


――お前にその気がなくても、拐いに来てやる


そう言い残して天霧もろとも消えてしまった。


「…………」


何が本気だ、だ。
あれだけ千鶴に執着して無理矢理連れ去ろうとしてた風間を他人事のように見ていたくせに。

不知火が私に執着する理由なんてわからない。

ただ1つ言えることは、わたしは新選組を離れない。…離れられない。


「………わけわかんない…」


そのまま千鶴と山崎くんが必死で私を見つけるまで、そこに立ち尽くしていた。




溺れて沈め
あの心音に身を委ねてしまえれば











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これで中編やろうか迷ってます
よろしければご意見お待ちしてます


20120523

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