梅雨明けが発表されたとともに現れた夏空に君臨する太陽は容赦なく地上へ光を刺す。
生き生きとしはじめた木々の合間からセミの声があたり一面に響き渡る。
そんな夏の風景を何をするでもなく轟家の縁側で眺めている俺と名前はただ畳に座って首を振る扇風機の風に当たっていた。

「暑い…」
「それ言ったら負けってさっき言ってなかったか?」
「むり…限界…氷漬けにして轟くん…」
「死ぬぞ」

後ろに置いた両手に体重を掛けて伸びをした彼女のあらわになった白い喉元が目に入った。大粒の汗が傾斜を流れ落ち鎖骨の凸凹に沿ってTシャツの襟に染み込む。
一連の流れに釘付けになっていた自分に気づき慌てて目を逸らした。

「アイス食うか?確か姉さんが買ってた」
「いいの?」
「持ってくる」

言い残して台所へ向かうべく廊下に出ればこもった空気が身体を包む。
他に誰もいない家の中は静かなもので、喧騒が好ましくない自分にとっては心地がいい。
冷凍庫を漁って琥珀色の棒アイスをふたつ取り出しふと流しを見れば使ったままのコップが置かれていた。

「……」

表じゃナンバーツーヒーローかもしれないが、家庭ではロクに家事もしない男だ。
せっかく留守を狙って家にいるというのにどうしてアイツのことを考えねばならない。
軽く舌打ちをして台所を出ようとすると名前がいた。少し気まずそうにしている彼女は視線を泳がす。生まれた汗は暑さのせいか、気まずさのせいか。

「その、お手洗い借りようとしたんだけど…舌打ちがきこえましてね……」
「わりい」

なんでもねえ、と便所に向かうよう促す。
名前には家のことはサラッと話して終わっていた。恋愛結婚で結ばれた両親に愛されて育つ、俺たち兄弟がほしくてほしくてたまらなくて、それでも手に入らなかった環境で生きてきた名前には知って欲しくなかった。
綺麗なままでいてほしくて、汚さないように守りたくて、自分でさえも触れれば何かが起きてしまうかもしれないと躊躇するほどで。
そう思うこの気持ちにどう名前をつければいいかわからない。それでもようやく名前がついた自分たちのこの関係だけは守り続けたい。

部屋で待っていると名前がもどってきた。アイスを渡せば喜んで受け取り笑顔で袋を開ける。
暑さに負けて形を失い始めたそれを零さぬようお互い無心で食せばすぐに無くなった。

「はあ〜少し生き返った、ありがとう」
「そこにいるから暑いんじゃねえのか?」
「う〜ん、風情を楽しんでたんだけど…」

縁側が珍しいらしくそこに居続けた彼女はいよいよ暑さに負けたのか素直に部屋の奥へと避難してきた。
2人で横に並んで外の世界を見ればあまりの暑さに空気がうねっている。その様子はまるで炎が放たれているかのようでおもわず左手を右手で掴む。

「…轟くん?」

背中に触れられた感触で我に帰れば心配そうにこちらを見つめる名前。

「暑い?大丈夫?」
「わりい…考え事してた」
「ほんとに?」

具合悪いとかないよね、と手に持っていたうちわで扇いでくれる姿にせっかく2人でいるのにアイツのことを考えてしまっていたことに申し訳なさを感じた。
もう一度大丈夫、と伝えれば腑に落ちない顔で見つめてくる。
話を逸らそうと右手周りの空気を冷やす程度に個性を発動して名前の前へ差し出せば顔周りが涼しくなったのか大きな目を見開いた。

「すずしい…」
「氷漬けにはできねえけどこれならな」

すごい!と喜ぶ名前はそのまま俺の右手を取って自分の頬に当てた。
唐突のその行動に反応が遅れたせいで手のひらに柔らかな肌を感じる。

「轟くんの手も冷たくてきもちいい…」
「…っ、」
「冬は左手も暖かくできるし轟くん、最強なのでは…?」

1年中一緒にいたくなっちゃうね、と言うその微笑みを思わず見つめた。
せっかく人が不用意に触れないよう気をつけていたというのに、そんな葛藤を無視して無邪気に笑っている。
そっと右手で頬を撫でてやればさらに嬉しそうに顔を傾けて笑う。途中、親指が唇の端に触れてしまい名前が反応した。そのまま親指の腹で唇を撫でれば恥ずかしそうな、期待した眼差しを向ける。
そっと顔を近づけてみれば1度だけ目を泳がせてそっと目を閉じた。

「…………」

そのまま頬に添えていた手を頭の後ろに回し引き寄せ、そっと口付ければ恥ずかしそうに俺のTシャツの袖を掴んでいる。
唇を離せば少しだけ顔を赤くしている名前の顔がある。
へへ、と照れくさそうに笑う顔がかわいく思えてもう一度キスすれば今度は驚いた顔をしている。

「…なんか轟くんてこういうこと興味ないのかと思ってた」
「なんだそれ」

ぜんぜん触れてくれないんだもん、と口をとがらせた顔を見て、勝手に自分が馬鹿みたいに気を使って不安にさせていたことを知った。
ぎこちなく肩に降ろした手で引き寄せれば大人しく胸へおさまった小さめの頭をそっと撫でれば背中に腕を回してくる。

「暑いって言ってなかったか?」
「それとこれとは別です」
「別か」
「暑くても寒くてもいいんです、こうするのは」

そう言って黙った名前は離れる気配がない。悪い気はしないのでそのまましばらく髪を撫で続けた。



睡蓮は静かに枯れる

20200826

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