柔造がいなくなった。



そう金造から連絡がきたのは2時間前。
それからあわてて部屋を飛び出し深夜の静かな京の街をひたすら走り回っているが見当たらない。


「あの…バカ…っ!どこほっつき歩いてんのや…!」


毒づきながらも心当たりのあるところは全部回りきったがどこにもいなかった。
思えばこの間から様子がおかしかったのだ。何か言いたげな顔をしつつため息をついて目をそらしていた柔造とそれに気付いていながらも何もしなかった…いや、何もできなかった自分に怒りがこみあげる。


「帰ってきたらどつく!」


だから早く呑気な笑顔で出てきて、堪忍なあ。って言って頭を撫でて、名前は心配しすぎなんや。俺かて明陀の男やで?って言って笑ってよ。


「名前!」
「…所長!金造!」
「そっちおったか!?」
「…いえ」


所長も金造も冬なのにものすごく汗をかいている。それだけ必死に探しているのだ。


「…あのドアホォ…どこ行きよったんや」


毒づく所長の向こう側に見えた、山。明陀宗総本山金剛深山。
なんとなく呼ばれた気がした。


「!名前…?」
「すみません、ちょおあっち見てきます」
「?あっちはもう…名前!?」


呼び止める声を無視して使い魔を呼び連れていってもらう。
やがて麓まで着くと使い魔をしまい山に入り込んだ。


「……さむ」


思えば慌てて出てきたせいで上に羽織るものを忘れている。この薄着ではまだ雪のちらつくこの季節にはつらい。


「これも全部…柔造のせいや…」


そういっているうちに少し平らになった場所についた。
昔よくみんなで遊んだ場所だ。



そこに、柔造はいた。


「…………柔造」
「名前なら来てくれると思ったわ」


こちらに背を向けて座っている柔造の顔は見えないけれど、たぶん苦笑いでもしてるのだろう。
昔からそうだ。私が怒るたび苦笑いをする。


「…みんな…心配してはるで」
「おん」
「所長も…金造も必死なって探してはるで」
「…おん」


それでも振り向かない柔造に微かな苛立ちを覚えた。
こっちはこんなに心配しているのになんなんだこの態度は。


「聞いとるん?…柔造!」
「おん。聞いとるわ」


振り向いて欲しいけど振り向いて欲しくない。急に柔造の顔を見るのが怖くなった。


「…帰ろう、ねえ、…柔造ぉ」
「……………」


軽く声が震えてしまった。それに反応したのか柔造の肩が少しだけびくりと揺れた。


「…名前、俺なあ」


少し静寂が流れても背中を向けたままの柔造が口を開いた。


「弱い自分が嫌いやった」
「……え?」

まさか柔造の口からそんな言葉がでるとは思ってなかった。
柔造は明陀の中でも重要な地位にいるし、周囲からの信頼も厚いし、前線で戦い頼りにもなる。
そんな柔造のどこが弱いのだろう。
そんな事言えばわたしのほうがはるかに弱い。


「…こないなこと言うと名前はキレるけどなあ……」
「…わたし?」


今の話に私がなんの関係があるのだろうか。


「名前。お前は女や」


確かにその言葉は祓魔師になって最も嫌いだった言葉だった。
女だからってそこらの男よりは強い自信もあったし、悪魔だってちゃんと倒せている…のに。


「毎回名前が傷ついて帰ってくんのが何よりもしんどかった。俺がもっと、…」


一旦切られた言葉の続きは少しの間発せられなくて、風が木の葉を揺らす音だけが聞こえた。


「もっと…強ぉなってたらお前に怪我させんですんだのかもしれん」


お前を守りたかったんや、そう言った柔造の背中を見つめることしかできなかった。
わたしが言葉を発する前にそれと、と柔造は続けた。


「矛兄が死んで…俺が志摩の跡取りになってもうてぎょうさん重圧かけられた。俺も最初は志摩の跡取りなんやからしゃんとせなあかん思っとった」


ポツリポツリ、次から次へ出てくる柔造の気持ち。


「ここんとこ…もう何がどうなっとんのかわからんようになってなあ…」


自分は何をすればいいのか?
矛兄と比べられるのではないか?
八百造は自分を認めてくれているのだろうか?
いくら信頼を集めても消えない不安、死ぬかもしれない毎日。


そんなことを吐き出して、1拍おいて、


「俺、弱なったわ」


自嘲する言葉を出して柔造は黙った。
いつの間にか奥歯を噛み締めていたらしくて口の奥で軽い鈍痛が広がる。


「そん、な」


自分の出した声が震えていることに気付いて1度言葉を切って真っ直ぐ柔造を睨み付ける。


「柔造が思うほど、つよいひとなんぞおらん」


柔造はバカだ。そんなアホみたいなこと1人で勝手に抱え込んで。1人で誰にも言わずに引き受けようとして。
そういうことは心の弱い強いなんて関係ない。辛いときに誰かを頼れるか頼れないかでだいぶ変わるものだ。


「ちゃんと、周り見てみい…柔造1人くらいなあ、簡単に支えられるんや」


人を頼ろうともせずになにもかもマイナスに考えて。そのくせ人の心配ばっかして、勝手に守ろうとして。

第一、そんな柔造だからこそ、みんなは柔造の事を信頼し、認めて、柔造のことがだいすきなのに。
それさえも柔造は気づいていなかったのだろうか。


「もっと、信じて欲しい」


まだ背中しかみえない柔造が笑った気配がした。あの、いつも私に見せていた困ったような笑いかただ。


「名前には敵わんなあ…」


でも、と柔造は続ける。
ずっと感じている嫌な予感がさらに広がってきた。


「堪忍なあ、名前」


そう呟くと柔造が立ち上がる。
不意に空気がずん、と重くなった気がした。

なにかが、おかしい。


「…柔造?」
「もう、手遅れや」


振り向いた柔造の頭には、角が生えていた。



―――悪魔堕ち。



「なん、…嘘、」


目の前の光景に頭が働かない。呆然と突っ立っていると柔造が微笑む。


「最後に名前と話せてよかったわ」



瞬時に私の側に来た彼に反応する前に頭をいつものように撫でた柔造は、もういなくなっていた。







それでも世界は美しい
(あなたが思ってる以上に)




20120613

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