03 その陽炎


 スケッチブックに描き込まれていく、スネイプ教授。平面の紙の中で動きながら、次の一筆を待っている。
 指先を描き込む時は腕を突き出し、背中を描き込む時は後ろを向く。まるで絵自身が描きやすいように動いているみたいだ。
 線は自身がどの部位に描かれたものかを理解し、描きかけでも既に全身が描かれているような動作をしている。彼女の頭の中をそのまま描き出したかのようだった。

「……絵を描く時に魔力を込めれば、誰でもできるってことですか?」
「いやいや、彼女は特別だ。しようと思えば出来るかもしれないが、彼女のは意識せずとも魔力が込められていくんだ」

 絵を描く邪魔をしないよう、フリットウィックと声を潜めて会話をする。スネイプ教授本人はモデルを引き受けているとは思えないほどくつろいでいた。

 動く絵画と違うのは明白だ。動く絵画の場合、背景を描き込み、人物を重ねるように描く。完成後に魔法をかけた際、絵画の中の人物が自由に動いても背景に穴が開かないようにするため。
 それに基本的に正面しか描かれていない人物画は、背中を見せることが出来ない。他の絵画に移動する際も横歩きだ。

 しかし彼女の絵は、人物をあらゆる角度で描かれるため、上下左右360度動き回れる。
 ものの10分で描き終えた彼女は、スネイプ教授に礼を言った後、僕の方を向いた。

「あっ……えっと、先生に用があったんだよね」
「Ms.アーレント。Mr.マルフォイにも頼んでみるのはどうかね?」
「えっ、マルフォイ……?」

 フリットウィックがそう言うと、アーレントと呼ばれたハッフルパフ生が改めて僕の顔を確認してくる。一瞬アーレントが首を傾げた。

「僕の絵? なんで?」
「彼女は人の顔を覚えるのが苦手でね。絵を描いて覚えるんだ。おっと、すまないが私も処理せねばならない仕事があるんだ、マルフォイ君話だけでも聞いてあげてくれ」
「レポートは預かる。話は部屋を出てからにしたまえ」

 言うだけ言ってフリットウィックが部屋を出て行った。スネイプ教授に促されレポートを渡すと、アーレントと部屋を出た。タイミングが悪くて加点を貰い損ねてしまった。

「一応話だけは聞いてやる」
「ありがとう、マルフォイ。私クロエ・アーレント。フリットウィック先生が言った通り、私、人の顔を覚えるのが苦手で……友達の絵描かせてもらいたくて」
「……なら僕と顔を合わせるたびに初対面みたいな対応していたのは、顔を覚えられなかったからなのか?」

 弱くよそよそしい態度に語気が強くなっていく。親しい仲ではないし、最初から仲良くなる気も無かったが、初対面として接せられていたと分かったら気分は悪い。

「そう、そうなの。もし良かったら、マルフォイの絵を……」
「フン、顔も覚えられないくせに友達? 笑わせるなよ。話は聞いてやった、じゃあな」
「…………ご、ごめんなさい」

 眉尻を下げて、弱々しく謝るアーレントを無視して僕はスリザリン寮の談話室に戻った。
 人の顔を覚えるのが苦手? そんな事にいちいち構っていられるか。絵を描かれても、何の得にもならない。

 無性に腹が立って、物に当たっていたら、夢の中にまで出て来やがった。


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