「綱吉様」

 建物に寄りかかるようにして座る青年の名前を呼ぶ。ずいぶん前から気づいていただろうに、私の姿を見ると彼は眉を寄せた。

「ザンザス?」
「はい、ボスからの伝言です」
「嫌だ」
「ついでに、獄寺様からも」
「絶対、嫌だ!」

 まるで子供のように、確かに姿だけ見ればその行動と合っているような気もするが、聞かないと一点張りの様子に呆れる。これがマフィアのボスだとは、誰も信じないだろう。

「座る?」

 彼に軽く叩かれた地面を見る。服が汚れることも、今日はボスの機嫌が良かったから多少の時間がかかることも気にしないが、女性に地べたに座ることを誘うのはいかがなものだろうか。目線を上げると、彼は首を傾げ私の答えを待っていた。

「伝えてもいいですか?」
「見下ろされるときよりも聞く気になるかもしれない」

 曖昧な答えだ。苛立ちを感じないことはな いが、伝言役という面倒な役職のせいで慣れていた。嫌な慣れだ。

「失礼します。……どうしたんですか?」

 そっと隣に座ると視線を感じ、首を傾げる。

「いやあ、久しぶりだなと思って」

 ふわりと、実年齢から大分幼い笑みを彼は浮かべた。(あ……)ときめきとはまた違う、心がほんのりと温まるような感覚に気まずさを覚え、曖昧に頷く。この笑顔は何故か苦手だった。

「綱吉様は休憩中、ですか」

 ぎこちなく尋ねると、彼は驚いたように目を見開いたあと「そうかあ休憩中かあ」と呟きながら笑い出した。笑われることを言ったつもりはない。眉を寄せると「うん、休憩中!」と満面の笑みで言われた。

「ちょっとだけ、疲れちゃってね」

 マフィアのボスらしくない。部下でもない人間に弱音と取られてもおかしくない言葉を吐くなんて。我らのボスには、絶対に考えられないことだ。だが、信頼されていると思えば悪い気はしない。どこか遠くを眺める彼を静かに見つめる。ふと、彼の頭を幼子にするように撫でたい衝動に駆られるが、それは私の役目ではないと自分に言い聞かせ、彼と同じように遠くを眺めた。

「……私は星になりたいです」

 自然とこぼれ落ちた言葉に、苦笑する。意味が分からないといった様子の彼に「なんでもありません」と微笑みで応える。考えるように口を噤んだ彼は、しばらくすると「そっか」とだけ言い、「最近ヴァリアーはどう?」と近況を尋ねた。

「誰かさんがお見合い写真をボスのほうへ回してくるので、機嫌が悪いことが多いですね」 「……そっかー」
「絨毯のクリーニング代馬鹿にならないので、止めて欲しいですよね」

 にこり、今日一番の笑顔を浮かべ彼を見る。彼も今日一番だろう笑顔を浮かべ「そんな迷惑なやつは誰だろうね」と返してきた。

「さあ、誰でしょうね? 綱吉様、そこでボスの伝言ですが」
「あーあー! 聞かないよ! どうせお見合い写真のことだろ?クリーニング代はザンザスが悪いんだから九代目に言って」
「違います」
「え?」

 間抜け面に思わず吹き出す。彼の顔が一瞬赤く染まるがすぐ元に戻り、真面目な表情で伝言を求めた。ようやく聞く気になったらし い。

「護衛のことです」
「護衛?」
「はい。本当は我らヴァリアーが九代目からお願いされた任務なんですが、ボスはこれは俺の仕事じゃないと放棄しまして」
「え、ちょっと待って」
「自分の女は自分で守れというのがボスの信念らしく」
「え、ええ? もしかして、その護衛する人って」 「笹川京子様です」
「ええー!」

 大きな叫び声だ。これほど大きければ、獄寺様にも気づかれただろう。

「えっ、でも、どうして、京子ちゃんが」
「覚悟を決めろということではないでしょう か?」

 微笑みと最後に獄寺様の言葉を伝え、立ち上がる。がさりと、近くから草を踏む音が聞こえた。彼は気づいていないようだが、多分獄寺様だろう。 小言に付き合うのは御免だ。未だにパニックに陥っている彼を残し、軽やかに駆け出し た。

あまつ空なる人を恋う
 彼は空のように全てを包み込む人だった。彼女は花のように空を待つ人だった。ならば、私は花が空を見るのを飽きないように空 が花をすぐに見つけられるように、輝く星になりたい。


end 20120911
plan:まやかし



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