放課後、わたしはたまにしか立ち寄らない屋上に来ていた。
いつもなら授業が終わると千鶴ちゃんたちと遊びに行くか、家に帰るかのどちらかなのだけれど、今日は何故かここに立ち寄りたくなったのだ。

「………」

わたしは色褪せたフェンスに身を預け、今にも雨が降り出しそうな曇り空を見上げた。
そういえば夕方から雨が降り出すようなことをお天気お姉さんが言っていたような気がするなと、今朝のニュースを思い出してみる。
置き傘あったかなーと考えていると、ギギッと重い扉が開く音が聴覚を震わせた。
自分以外の誰かが屋上へ来るなんて珍しいなと思いながらそちらに視線を向ければ、視界の端に入ってきたのは、古典教師であり、わたしの恋人でもある土方先生だった。

「あれ?先生、珍しいですね」
「…お前、まだ帰ってなかったのか?」
「たまにはいいじゃないですか。ちょっと寄り道しただけです。すぐ帰りますから」
「そうかよ」

いつもと変わらない会話をするわたしと先生
――――先生はわたしの近くに来ると、煙草を取り出し口に咥えた。
わたしが誕生日にプレゼントしたシルバーのライターで煙草に火を点ける。
ふわりと煙草の匂いが漂い、淀んだ空と同じ色をした紫煙が水のように流れた。
ドキリと胸が跳ね上がる。
これが大人の色香というものだろうか。
見とれてしまうくらいかっこよくて、気が付けば先生に抱きついていた。

「っ、!?……おい!なにしやがる…!」

突然、抱きつかれた先生は、堪ったものではないと言いたげに顔を歪ませた。
めげないわたしは先生のスーツに顔を埋めて、煙草の匂いが染み付いたそれをくんと嗅いでみる。
先生はそんなわたしを見て、やれやれといった溜め息をつくと、呆れた顔をわたしに向けてきた。

「えへへ。先生がかっこよく見えたから、つい…」

言って、へらりと笑ってみせると先生は「たく、お前は…」と零した。
わたしはその隙を狙って先生の煙草を取り上げる。

「っ、あぶねえから返せ!」

声を荒げる先生に、わたしはにっこり笑みを見せると「怒鳴っても怖くないですからねー」と言って先生の唇を奪うように自分のものを重ねた。

「っ………」

少し苦くて、ニコチン独特の味と臭いが鼻腔を霞める。
あまり味わいたくない味だなと思いつつも、唇から伝わってくる先生の温もりが愛しくて、胸が熱くなり、鼓動が早くなった。

「…ん……、ふぁ…」

名残惜しかったけれど、わたしはゆっくりと唇を離し、潤んだ瞳と上気した頬を先生に向ける。

「……口が寂しいならこっちの方が健全じゃないですか?」
「っ、はぁ……たく、お前は…」

呆れたような、諦めにも似たような口調だった。
けれど、先生の表情は優しかった。
先生はわたしから煙草を取り上げ、携帯灰皿に押し付ける。
そして、わたしの目を見ながらそっと囁いた。

「…泊まりに来るか?」
「ぇ……」
「お前が煽ったんだ。……責任取れ」

ぶっきらぼうな口調だったけれど、先生の少し照れた様子に思わず口元が綻んでしまう。
わたしは返事の変わりに抱きついた。
今度は先生も抱き締めてくれた。
その優しさと温もりが、とても嬉しかった。

「だいすき、先生」
「ああ、知ってるよ」

先生は薄く微笑むと、わたしの額にそっと唇を落とし、わたしという存在を確かめるように、きつく、そして優しく抱き締めてくれた。
煙草の匂いも先生のようにわたしを包み込む。
苦いのはちょっと苦手だけど、この匂いは大好きだ。
わたしはそっと瞼を閉じて、もう一度「だいすき、先生」と呟いた。


淀み空に紫煙くゆらす



(2012.07.27)

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