Primula


気づいてしまった。よく見ると、いや、よく見なくても全然似ていないことに。今ははっきりとそう思う。似ているとしたら金髪のやけに似合う色白な肌くらい。右手首には黒い星のタトゥーが入ってて、骨張った指と指に挟まれているのはメンソールの強いマルボロ。俺の頭一つ分くらい小さくて(あまり身長のことを言うと怒る)、華奢な身体には不釣り合いなオーバーサイズのトレーナーやTシャツをよく着ていて足元は基本スニーカー。香水は少しツンとするスパイシーなやつ。口数は多くないけどよく笑うし、メンバーのやりとりにたまにツッコんだりする。一見怖そうな見た目とは裏腹に話しやすくて、何よりバンドのボーカルとして圧倒的な実力を持つ彼はメンバーから慕われていた。
知れば知るほど似ていないのに、勝手に懐かしい気持ちになってしまう。新しい表情を見つけては、あの人はこうだったなぁ…と思い出して比べるばかりだったけれど、いつしかそんなこともなくなった。過去の恋を引きずったままどことなく似ている人と出会ってしまったわけだから、好きにならない筈がなかった。いや、それ以上に好きになった。週に数回バイト明けのスタジオの練習で会う度、その後メンバーとご飯に行く度、方向が同じだからと二人きりで電車に乗って帰る度、ステージの上でいつもと違う彼を見る度に、伝えられない好きが募っていく。知らない彼を知る度に俺は、初めて恋を知ったような重量の幸福感で満たされていく。溢れた感情の行き先はどこにもなくて、だからあの日、俺は運命を左右する告白を零してしまったのだ。
「蓮介が好き、…です」
スタジオ終わりの終電前、駅に向かう途中。こんな時間にも関わらず人がたくさんいる渋谷でも、誤魔化せないくらいにはっきりと言ってしまった。この気持ちに気付いてから今の今まで告白なんてするつもりなかったのに。その場のノリ、酔った勢い、そんなんじゃない。本心が口から溢れた。俺の一歩前を歩く、ほろ酔いで上機嫌な蓮介がたまらなく愛おしく思えてしまった。出来ることならこのまま一緒に朝を迎えたい、ずっと一緒にいたい、ああ好きだなぁ…なんて、反復する心の中の告白が、声になってしまった。俺もいつもより酔っているのかもしれないが、この失態を犯してしまった瞬間に我に返った。急に冷静になった俺は結果なんかよりもこれまで築いてきた関係が崩れることに怯えた。聞こえていないふりでもいいから「今、なんて言った?」って聞き返してくれたらよかった。「ううん、なんでもない」って返してそのまま何もなかったことに出来たらいいのに。
都会の雑音がなぜだか遠くに聞こえる。蓮介の背後にはせわしなく行き来する人の影が見えるのに、周囲100メートル以内に俺と蓮介しかいないようにすら思える。見開かれた大きな瞳が困惑した色で俺と視線を交える。今逸らしたら、負けだと思った。
「…おう…」
この緊迫した空気の中で、彼なりに出した答えは俺の思った通りだった。肯定とも否定とも取れるその返答にまだ救いがあると思えたのは、少し麻痺してしまっているかもしれないが。ただ、完全に脈無しだ。この場で拒絶されないだけマシなのかもしれないけど、明日からどうやって話そうとかって頭の中はこれからのことを考え始める。
「ごめん。キモいよね、ごめんね」
出来るだけ普通に、平常心のつもりで。俺は上手く笑えているだろうか。蓮介は表情ひとつ変えず視線を足元に落とした。冗談を言うようなテンションで謝るしか出来なかった。
「今の、なし。本当に。ごめん何でもない、忘れて」
終電乗れなくなっちゃうから行こう、と歩み寄り促すと蓮介が俺の腕を掴んだ。この空気に耐えきれず逃げ出そうとする俺に勘付いたのか、半ばキレた様子で痛いくらいの力で掴んできた。
「…?」
「逃げんなよ」
しっかりと俺を見て放たれた言葉は予想を遥かに超えていて、開いた口が塞がらない。
「好きだから、なに?それだけ?」
「何って…」
「俺も好きだよ友達としてって言うのは、レオが言ったのとは意味違うんだろ?」
必死に否定したのが裏目に出たのか、本心は蓮介に筒抜けだったみたいだ。聞こえてないふりしてくれたら良かった、なんて思うんじゃなかった。人の気持ちを蔑ろにしない、そういう真面目なところにもすごく惹かれたんだった。
「…うん」
「勝手に決めんな、ちゃんと考えるから」
その言葉だけで充分だよ、とは言えず。少しは期待してみてもいいのかなぁ。




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