深淵
「本日の公演はー…」
遠くの方で退場のアナウンスが聞こえる中、吐息だけを漏らし互いの舌を絡ませ合う。火照った身体から蒸気が出ているみたいに暑い。壁に肩や肘やらをぶつけながらエナメルのタイトスカートの中を弄った。トイレの個室に男2人は狭すぎる。呼吸の間に唇が離れたタイミングで舌を耳から首にかけて這わせれば、首の後ろに回された腕は力無く俺の髪を撫でた。香水と汗の匂いが混じり合って少し苦い。声を抑えながら小さく震えているのは、多分こいつにとってこの辺が性感帯とかいうやつだからだろうか。興味本位で女形やってみろよ、と提案してから伸ばし始めた髪はもう鎖骨を隠す程の長さに達していた。
太腿に密着するタイトスカートを捲り上げて、露わになった男物のボクサーパンツ越しに舌先でつついて見せた。華奢な身体といい化粧の施された顔といい、誰もが女だと思って疑わないであろうこいつの下半身は、今はっきりと男を主張している。
「…どう?」
女みたいな格好で男に攻められるのは、
「興奮、する」
「ははっ、とんだ変態だな」
鼻で笑っておきながら、ぞくり、と自身の下部に熱が集まるのを感じた。早く触ってくれと言わんばかりに欲情した目つきで上から見下してくる。 やめろよ、そうやって煽られるのは正直得意じゃない。伸びた髪には鬱陶しさしか感じないし、あまりにも俺に従順なこいつに可愛いとか愛おしいだなんて生温い感情は抱けなかった。ただただ本能的に求められれば求められるだけ与えてしまう、俺はすごく単純だから。早く関係を切らないと駄目になってしまう気がするのに、これで最後と思うほど身体は欲を吐き出す矛先を身勝手にもこいつに向けてしまう。執拗に扱く度に静かに喘ぐ寿貴に対して抱くのは強大な支配欲のみ。寿貴に自分を重ねて、あの頃俺を金で飼っていた奴らと同じ気持ちになってしまっている気がして吐き気がした。金で繋がっていた関係よりも遥かに残酷であることに気づかないフリをしてる。もっと大切にしてやりたい、僅かに芽生えるそんな良心は理性と共に飛んでしまう。早く、早くやめなくては。口の中に出された精液を飲み込んで、嫌がる寿貴に無理矢理キスをしながらベルトを解いた。そういえば、昨夜も一緒に飲んだ後にそのままヤったんだっけなぁ、と慣らさずに挿入した直後に思い出した。
もう、手遅れかもしれない。