蜂蜜と罠


ぱったりと身体の関係がなくなったのは、朔麻さんが加入してからだと気づいた。ガイから誘われることもなくなったし、俺から連絡をしても流されて終わる。付き合っていたわけじゃないし自然消滅も何もないけど普通に悔しいというか、苛立っているというか。人が変わったようにバンドに対してクソがつく程真面目になったのは朔麻さんによるいい影響なのかもしれないけれど、構ってくれなくなったガイを見兼ねて思わず口が滑った。
「お前んこと好きなんだけど、多分」
「…………あ?」
まだ未完成の新曲をヘッドフォン片手に聴き入るガイの手元にはルーズリーフとボールペン。見慣れない光景。作詞なんて前まで触れようともしなかったじゃん。むかつく。今までと違うのがむかつく。俺に見向きしないことにもむかつくし、ホモじゃないはずの俺がクズみたいなヤリチンのお前に本気で惚れてるってことに気づいてないのもむかつく。女とヤる気にもなんねぇし、ここ最近自分でする時無意識にケツに手を伸ばしてしまうなんて言ったらすっげぇ馬鹿にして笑ってくるんだろうな。あんだけ散々好き放題ヤッといて何なんだよ。先に手を出したのはそっちなんだから責任取れよ。大概自分も諦めの悪いねちっこい女みたいでそれにもむかついてきた。いや、もしかしたら気づいてないフリをしているだけかもしれない。そんなの尚更むかつく。っていうか俺が告白してんだからちゃんと聞けよ、バーカ。
「今なんか言った?」
「っだからぁ、」
言おうとしてやめた。
「…ごめん、取り込み中だった?」
資料片手に目の下にクマを作って、明らかに徹夜明けの朔麻さんがドアを開けていた。ガイの視線は知らぬ間に朔麻さんに移っていて、まるで俺がここにいることを忘れてるみたいだ、なんとなくそんな気がする。
「ガイ、これ」
朔麻さんが夜な夜な編集した一度没になった曲、はたまたガイに歌詞を乗せて欲しくて書いた新曲。どっちでもいいしなんだっていい。いずれ弾くことになろうとも今の俺には関係ない。
「俺外しますよ」
我ながら可愛げのない態度、そう心ではわかっていても未熟な俺は子どもみたいに感情を剥き出しにしてしまう。多分、めちゃくちゃ顔に出てる。
「いいって、寿貴くん、話し込んでたのにごめん」
「しょうもない話しかしてないっすよ。じゃ」
「あ、ちょっと、、」
朔麻さんを跳ね除けるように俺は部屋を飛び出した。

朔麻さんのことは尊敬してる。メンバーの誰よりもすげぇと思ってるし、バンドマンとしてじゃなく俺もこういう人になりたいってくらい人間的にも出来すぎている。欠点がない。そんな人に俺が敵うわけない。
ガイはきっと尊敬を越えて朔麻さんが好きなんだろうし、朔麻さんもガイを認めてる。それに応えるように真面目にバンドに向き合うようになったガイ。…俺の付け入る隙なんてどこにもない。アホらしい。遊びから始まった関係に本気になった俺が馬鹿だった。ていうかいつから?お互い処理するのに都合がいいからセックスしてただけだったろ。一方的に攻め合って終わったら即解散、そんな関係のどこに愛されてるなんて錯覚してた?

煙草を切らしていたことを思い出して喫煙室をスルーした。コンビニに行こうと三階に到着したエレベーターに乗り込むな否や覆い被さるように壁際に追いやられた。咄嗟に出した掌が壁を叩いた。
「…っなんだよ」
姿を見なくてもわかった。瞬く間にどきつい香水の香りが狭いエレベーターの中に充満する。
「ガイ…っ」
振り向いた瞬間、顔を押さえつけられて覗き込まれるように触れるだけのキスをされた。
「お前、泣いてんの?」
「…は…?泣いて、な」
待てよ、状況が理解出来ない。そんな中横目で確認した行き先は一階を示していた。いつ押したのかなんて気づく筈もない。下降していく間、何度も何度も離れてはくっつく、啄むような短くて長いキスをした。僅かな浮遊感、唇から体温が流れる度に脳が痺れる。愛されていると錯覚して苦しくなる。もうやめようと思っていた矢先になんでこいつは。
「…なんで」
到着を知らせる間抜けな合図と共に扉が開いた。力が抜けて壁に寄りかかる俺の手を引くガイ。「行かねぇの?」って言いながら振り向き様に見せる表情にはよく見覚えがある。こんな直球に誘ってくるなんてらしくない。強引に誘導する手は痛いくらいに強く握られていて何となく余裕のないことが伝わってきた。
馬鹿みたい。そんなん見せられたら俺はのこのこと着いて行くしか選択肢がないも同然だ。好きだから離したくないってその一言が、お前が言えないだけならいいな。




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